羽ばたく音が聞こえる日 その5
「お客様! 当映画館は黄色いコスチュームを纏った変態とハエ人間の来場はご遠慮願っております故!」
エレボルの格好の針井と、フライアン姿が4体。それに、ぐったりとして寝ている様子のフライアンが数体、宙に浮いている。彼らは針井とフライアン波速が制圧したものの、暴れるので針井のパワーで気絶したまま針井が宙を浮かせたまま拘束しているらしい。
「じゃあ『デッドプール2』のチケットを5つ出せ。あの映画は肌の色で人を差別してはいけないという美徳をかたる映画だ。当然、それを放映する映画館もその主義に乗っ取る責任が生じる。だからそのローカルルールは無効だ」
「そんな無茶苦茶な!」
黄色いコスチューム針井の説得にも意を介さない中年アルバイターに対し、針井は電撃の攻撃をすることで黙らせる。ほかの店員もついでに気絶させ、それによってほかの客も追い出した。
「よし、これでここは貸し切りだ。ポップコーンやドリンクもセルフサービスで勝手に利用しよう」
「えっ、大丈夫なの?」
波速フライアンはきょとんとした顔(といっても何度も言うが表情筋が乏しいのでそんな仕草) で波速に尋ねる。
「私、そのデッドプールって映画は嫌なんだけど。ヒーローモノって幼稚だし」
フライアン・レディはふてぶてしく主張する。
「は? テメー喧嘩売ってるんか? じゃあ何が見たいんだよ」
「コナン。彼氏のマサシと来るつもりだったの」
「コwナwンw。んなもんTwitterで適当に探ってネタバレしてやるからw」
「つまんなー。オタクってホント偏屈」
「表出ろやスイーツ女!」
「私、クレしんみたい」
フライアン・LGが割って出る。
「クレしんか。良い選出だ。将来が楽しみだ。ただ、今回のクレしんはギャグテイストだから見送りだな。だが家に帰ったらロボとーちゃんを見ようか。あれは子供のころに一度見、大人になったらその意味を理解してより感動するタイプの映画だ。将来のために見よう。クレしん英才教育サイコー!」
「クレヨンしんちゃんか。娘も好きだったなぁ」
と親父フライアン。
「クレヨンしんちゃん……? 幼稚ね」
「はいはい。お前もロボとーちゃん見ようね」
「戦国もいいよね」
波速フライアンが横から出てくると、フライアン・レディはまた呆れたように、
「輝夫……あなたまでクレヨンしんちゃんなんて……」
そんな問答を繰り返しているうちに、5人は上映ルームへと入る。
「で、何を見るの?」
フライアン・レディの冷たい声。
「デッドプール。R15だけど、LGちゃん大丈夫?」
「良くない。クレしん。それかドラえもん」
フライアンLGは不満がありげ。
「よし」
「良しじゃないよね……」
そして、映画が始まる。といってもまずは予告上映。面白い映画も面白くもない映画も面白そうにPVにされているが、せっかちな観客にとっては全く面白そうとも思えない映像作品である。
「ねぇ。私たち、映画見てていいの?」
「今更かよ」
フライアン・レディがポップコーンをキャラメルと塩味の2つずつ、さらにメロンソーダやオレンジジュース、どれもLサイズで並べていた。そんな悠々自適をしている彼女がこんなことを言うので、針井は少し滑稽に思えた。
「店員が何も言わないからなぁ。俺も文句を言われたらしぶしぶ引き下がるんだけどなぁ」
「アンタ、やっぱヒーローじゃないでしょ。悪いことばかりしてる」
「みんな気づくのが遅いんだよな、そこに気づくのに」
針井は肘を付き、ぼーっと画面を見つめてそう答える。
「そういえば、お前に脅しとくぞ。お前がきれいな女を1人でも殺してみろ。俺はお前を危険視して、すぐに殺す」
「ふーん。女の子だけには優しいの?」
「そうだな」
「嘘ね。変なの」
2人は少し沈黙。
「お前が生き残る道は1つ。とりあえず、波速くんに付いていけ」
「……輝夫に?」
「そ。あいつは、少なくともお前の味方だし」
フライアン・レディは黙ったままなので、針井は続ける。
「こうやって映画を見ようって提案したのも、波速くんがお前やLG、もっといえば後ろでくたばっているハエ人間たちを案じていたからだ。不幸な事故に遭って、八方ふさがりになった君らを救いたいらしい。じゃあ、俺としてはとりあえず映画でも何でもいいから、お前たちに娯楽を提供してやるのさ。もっと人の道から外れたと思ってるかもしれんけど、案外、人と同じような楽しみはやってみればできる、って思えるように」
「そういえば、ゆっくり映画なんて久々だ」
針井の話を聞いていた親父フライアンは感嘆するように言った。
「ははっ。変な話だけど、ハエ人間になった今のほうが、人間らしく楽しめるような気がする。思えばずっと仕事だとか家族サービスとかで、安らいだ覚えがないし」
「人間らしいかは別に、親父さんは人間として立派ですよ。結局、あの家族を許したくらいですし」
「心外だ。よもや、俺が妻や娘に手をかけるとでも?」
そんな言葉をかける割に、親父フライアンはどこか嬉しそうだった。人間としての誇りを捨てずにいたことを、やはり誰かに褒められると嬉しいのだろうか。
「ああ、波速くん。少しいい? 話があるからちょっと出ないか?」
「えっ? でも映画が始まっちゃう」
「それまでに終わるさ」
「私たちが聞いたらダメな話……?」
LGは不満があるのか、それとも詮索したいのか、抜け出そうとする2人に問いかけた。
「……男の友情を確かめ合いに行くのさ」
「ホモみたいなマネはやめなさいよ」
「しねぇよ馬鹿」
強めな否定をしつつ、針井はレディの言葉をかわす。そして、針井は自然に波速を連れ、上映室から抜け出した。
暗転したシアター内から抜けた2人は、光が強くなった映画館の廊下に足を置くと、すぐに針井が問いかけた。
「最後に、聞いときたくて。今後、ハエの彼らとどうするかについてを」
「そっか。そうだよね」
波速はさっきまでの楽し気な雰囲気に飲まれていたのか、直面すべき現実についての話になると、ひどく物憂いとした。
「ナガノに、行こうかなって」
「えっ、ナガノ……」
針井は驚いた声をだす。そして、少し寂しげにも思えるように顔を歪めた。
「確かに、みんなは不満に思うかもしれない。ナガノなんて、人間の住む場所じゃない……ただ、それでも、人間との共存って、すごく難しいだろうし……」
「……でも、お前たちも人間だろ? 少なくとも、心はさ」
「うん。みんな、話し合えばいい人だったね。親父さんも、レディも、LGちゃんも……。ただ、みんなはやっぱり他の人にコンプレックスを持っていて、普通の人の姿を見たら、羨ましく思っちゃうと思うんだ。それに、なにより、普通の人に石を投げられたら、レディやLGちゃんは、とっても気にするだろうから……」
「……少なくとも、普通の人に石を投げられなければ、キミらはGifに住んでくれるか?」
「えっ!? ……そりゃあ、まぁそうしたいけど」
「よし。もしそうなったら考え直せ。少なくとも、ナガノに住むなんて馬鹿な真似は」
波速は思わぬ反応に、ビックリ仰天と目を丸めた。
少なくとも針井が言った可能性が達成されれば、他ならぬ僥倖ではある。しかし、それが達成されることが奇跡以上に難しいと波速は知っていたので、嬉しいというよりも不可解だ、という気持ちの方が大きくなった。
「針井くんは、なんで僕やみんなのためにそこまでしてくれるの……?」
「一緒にいて楽しい友達が、ナガノで苦しむなんて、心が痛いだけ」
「……ありがとう。うれしい」
針井は塩らしくして、今にもうれし涙を流しそうな波速を見て、少し自信の発言が恥ずかしく思った。そして、すぐに波速から顔を逸らし、
「じゃ、俺、ちょっと用事あるから。映画が終わるまでには帰るよ」
「えっ!? う、うん! よくわかんないけど、頑張って!」
「おう。映画、面白いから楽しんでな」