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ファーストフード店で待っている。

「ジュンさんの事は信頼してますけど、やっぱり入学初日にあれはダメですよ……。みんなは本気でやってると思っているんですから」


「まぁやり過ぎたかもなぁ」


 ジャンクフード店の4人席で、針井と古椅子は向かい合い、ハンバーガーやポテトを齧りながら談笑している。しかし談笑と言うほど楽しいものは少なく、代わりに古椅子は先ほどの針井の行為がいかに冒涜的かを諭し、たいして針石は適当にそれを受け流していた。


 平日の昼間の為か、店内はそこそこに密度の余裕があって、基本的に静かな様子。かくいう、彼ら2人は入学式を午前中に終えて、そのまま解散と言う流れだったために、その足でここまで流れ着いてきたという顛末だ。よって彼らが通うミナミ高の付近のファミレスは針石や古椅子のような学生で溢れていたが、しかしそこから少々離れているこの場所では、それほどでもない。


「ていうか、バットとかいつの間に隠し持っていたんですか……ビックリしましたよ」


「うーん。手品のタネを晒しちゃうと、今後の活動に響くんだよなぁ」


「そんな物騒な活動なんてやめてくださいよ……」


 針井があまり真剣に説得と向き合わない態度に、古椅子は呆れと諦めの感情が同時にやって来る。


 古椅子の説教文句が衰え始めて頃、店内に自動ドアの解放音と、何やら高音のオーサカ言葉……例えば「翠ちゃんは何食べるんや?」だとか「あたしはダイエットなんか必要ないって!」などが店内で反響した。


 何やら聞き覚えがあるな。と針井と古椅子は顔を合わせて互いの記憶の確実性を確認すると、そのまま声の方向を向いた。やはり、それは記憶違いな声ではなくて、2人の因縁のあるカナと翠の姿であった。


「あ~あ。気まずいヤツと縁があったなぁ」


 針井が気落ちしたような声を出し、古椅子も隠すようだったが、確かに彼女の登場に乗り気でないように苦笑いを見せた。


 カナと翠は注文を終え、商品を受け取ってテーブルを探していると、すぐに針井と古椅子の2人を見つける。カナと翠は少し、「うわぁ……出たよ……」だとか言いたげな表情をした。針井はそれに含むような微笑で手を振って返し、ついでに古椅子もぎこちない笑顔でぺこりと頭を下げる。


「よっ、久しぶりやな」


 カナが針井と古椅子の方へ向っていくと、むしろ気軽で悪意のない感じに声をかけてきた。針井と古椅子はどこかヒステリックなイメージがあったカナの行動に、少し虚を突かれつつも、


「おう。それって関西弁?」


「せやで。オーサカから引っ越してきたんや」


 「まぁよろしくお願いしますわ」と言いながら、カナは2人席を針井たちの席とつなげて座った。翠は渋々しつつ、少し笑った様子でカナの向い席に腰を下ろす。流石の針井と古椅子は取り繕う顔も薄れながらそれを見守っていた。


「そういえば、自己紹介がまだだったよね。私は春野翠」


「あたしは倉石カナ。引っ越して間もないけど、よろしゅうたのみますわ」


「あ、ああ。えっと、自分は古椅子礼です。よろしくです」


「針井純。礼と同じ、西中出身」


「なんや、2人とも。美女二人の前で緊張しとるんか?」


 にや、とカナは笑顔を見せる。表情筋が程度よく引き締まっていて、柔軟剤を使ったタオルのように柔らかそうな顔である。いくつかの恨み文句を身構えていた2人にとって、それは困惑顔を指せるに相応しかった。


「確かに、春野さんは綺麗だよな。清楚な感じで」


 針井が古椅子へと目配りをすると、彼はそれを早々に察したらしく、少し怯えるように


「そ、そうですね。美しいです」


 と不器用な顔で言う。


「あ、あはは。ありがとう」


「ちょ! 待てや! あたしはどうなんや!?」


「ええっと……倉石さんは関西弁で可愛いと思うよ」


「え、ええ。確かにそうですね……。関西弁が可愛らしいです」


「それ単に関西人の特徴やんけ!」

 

 カナは待っていましたと言わんばかりにツッコミ(いわゆる関西人が頻繁に行うボケや笑いどころを明確に説明する行為)をした。針井と古椅子が引き気味なのはさっきままだったが、2人のカナに対する偏見がなくなったのは確かだった。

 

「というか、2人は息ぴったりだね! 古椅子くん、針井くんの意図をすぐ読み取って凄いや」


「付き合いは長いですから」


 と、ついさっきまでの殺伐さが嘘のように4人はウマが合い、頭が軽くなった気分で世間話をし合った。男2人はつい食事を忘れ、女二人はつい食事をし始めるのが遅れたくらいには気楽な時間で、カナと針井なんかは互いに気兼ねなく喋れるとわかったのか、2人は自然に名前を呼び捨てにし合うし、古椅子や翠はそれを安心したように見ていた。自分の相棒が新しい環境で上手くやっていけるか心配になっていたのだろう。


「ところでなんやけど、あの波速くんはなんでイジメられてても、みんな助けんの? あんなことがあったら、普通はみんなで止めるやろ」


 その場の空気が冷たくなったことを、カナですらなんとなく察した。古椅子と翠は言葉か説明に困ったように顔を鎮めている。対して針井が何かを考えているのか、困っているのか、「んー」と意味ありげに喉を鳴らす音だけが、その場をしばらく支配する。


 カナが「少々、マズイ話題を出してしまったのか?」という疑問がはっきりとしていく錯覚をしていた頃に、針井は口を開いた。


「まぁ、なんとなく察してると思うけど、アイツの兄ちゃんが数週間前の卒業式を滅茶滅茶にしたからだよ。滅茶滅茶って言っても、本当に規模が大きくて、怪我人、逮捕者、死人も数人いたな。ミナミ町というか、Gif県……それどころか東海地方でもわりとニュースになったんだけど、関西人には疎い話のかね」


「でも、結局はあの子に兄ちゃんなんやろ? いくら何でもひどすぎるわ、そんな話」


「そうなんだが、逮捕者の中に、あの中田慎吾がいてなぁ。聞いたことないか? 中田慎吾」


「知らん。誰それ」


「ミナミ校の元エースピッチャーです。元々、ウチの高校はそれほどに野球が強かったわけではないのですが、彼の活躍で昨年は甲子園に出場するくらいに強くなったんです。彼の活躍は、ミナミ市……いえ、Gif県全体が熱狂していたくらいで……彼が逮捕された時のGif県の雰囲気はそれこそ……」


「驚天動地で……。地球が揺れ動いたような、感じだった。だって、中田くんのお兄ちゃんは別に……不良でも何でもなくて、むしろ熱血な人で、そう、『普通にカッコいい人』だった。本当に悪い噂なんか全くなかったし、実際、後から調べて過去に何かがあったなんてこともなかった」


「マスコミがどれほど粗探ししても、すぐにガセが証明される記事しか出てこなかったしな」


「なのに、まさか大学のスポーツ推薦が決まった時期に、卒業式であんなに惨いことを……」


 門外漢だったカナにとって、イマイチに共感に難しい他人事ではあったものの、翠の表情や話し方からタダならぬ一件であったことをなんとなしに理解した。


「それ以外にも、教師の中にもリンチにあった人だとかもいたり、パイプ椅子を持った女の子に殺されかけた男の人だったり……それに男性が集って、女子生徒へ言うのもおぞましい行為を行ったり……。波速さんのお兄さん……つまり湯豆腐は、ただ卒業式に首謀者として扇動をしただけですが、あまりにも結果が惨すぎて……」


「とにかく、田舎町で起きた事件にしてはあまりにショッキングで、とにかく湯豆腐がすべて悪い、って感じになってる。頭の固いおっさんやおばちゃんなんかは、魔術だの呪術だの、ヒトラーの生まれ変わりだの、まさに言いたい放題。もう電流がプラスからマイナスへ働くことも、真珠湾攻撃も、自分の子犬が病気で死んだことも、全部が湯豆腐の仕業って感じになってる」


「なんや……。湯豆腐だって確かに悪いことをしたに違いないけど、だからって全部悪いことは話が別やん……。名前は変やけどさ」


「いえ、湯豆腐は名前じゃなくて、ただの仮名ですよ。『You know who』という言葉がなまって、『湯豆腐』になった感じです。そもそも、未成年のせいか彼の本名は表に出ないんですよね……。ええっと、確か本名は、波速……なんでしたっけ」


 古椅子は何とかしてくれるだろうという期待を込めて針井に目配りをする。


「波速……忘れた。……忘れたな。完璧に湯豆腐の方で存在の記号が固定されてる。野獣先輩の本名みたいに度忘れしたわ」


 針井と古椅子、たまに春野が混じって、それぞれの記憶を洗うように湯豆腐の本名を議論するが、議論に明かりがつかず暗中模索するさまが続いた。流石のカナも、興味のない悪役の名前探しに混じるほどに気分の良い性格ではないため、黙ってそれを眺めていた。


「あっあの!」


 カナが退屈を持てあまし、ドリンクに付いていたストローを使って一人遊びを始めていたころ、テーブルの外から可愛らしい女の子の声が入って来た。4人はラグがありつつも、そちらを向いて音の方を確認する。


「あっ、古椅子先輩がいて……。すいません! 奇遇でしたので! 声をと……」


 その少女は顔が果物のように小さく、小動物的な調子や小柄な体躯などから、中学生くらいだとなんとなしに推測できた。何より、彼女が来ているセーラー服はどこか野暮ったくてスカートの丈も弄っていなさそうな上に、裁縫の授業で作って擦り切れるまで使っているバッグに体操着を詰め込む姿なんかは、どうにも垢の抜けない感じがある。



「ああ。三野さん、どうも」


 古椅子が体裁の良い顔で三野に返事をすると、彼女はそれまでの緊張で押しつぶされそうな様子が嘘のように、はち切れんばかりに歓喜する顔を見せる。それでカナと翠はなんとなしに、古椅子と三野の関係を推測し、対して針井は「またか」なんて呆れた顔をしていた。


「なぁなぁ、ジュンさんや……。あの子って、まさか古椅子さんに惚れるはれるな感じ?」


「そうだよ。もうメロメロ」


「えーっ! あれって後輩じゃないの? 卒業しても追いかけてきてるとか!?」


「ああ。ボンドとして市販したいくらいの粘着力」


「ロマンチックやなぁ……」


「そうだねぇ……。卒業してもお互いの愛は変わらないんだ。憧れるなぁ」


 カナと翠は乙女の周波数で受送信したような会話で盛り上がる為、針井は蚊帳の外にいるような疎外感を感じた。女性と言う生物は、どこかロマンやら文学的な恋愛に対しては内容の有無に限らず雑食なところがある。


 と言っても、この三野って娘、普通にストーカーなんだよなぁ。


 針井はそんなことを思うが、口にはしなかった。カナと翠の会話は、針井がいなくても(むしろいない方が)盛り上がっていたために、口をはさむ余裕がないのだ。


 針井は、三野と言う少女が古椅子の家に毎夜毎夜と訪問していることを知っている。この訪問が始まったのは、確か雪が降ってもおかしくないであろう寒い冬の頃のこと。彼女はおでんを作り過ぎたという口実で古椅子家のインターフォンを鳴らし、ついでにと古椅子家の夕食に招待された。それに味を占めた彼女は、以来、毎夜のようにおでんを持って来るようになった。冬を超え、春になっても夏になっても、秋を超えてもう一度と冬になっても、それは変わらなかった。断り方の下手な古椅子の家族は、彼女が精神疾患に罹っているという現実を上手く伝えられず、これでもう一年は彼女とおでんの鍋を突っついている。針井がたまに横から何かを言うが、あまり効果が現れないので半ばあきらめていた。


「ああ、三野さんだっけ? ちょっといいかな」


「あっ、はい……。えっと、お2人は先輩の……」


「そんなんじゃないねん! いやな、あたしたちはそろそろお暇するから、古椅子くんはお好きに使ってや! 擦り切れるまで使ってくれな!」


 「おいおい、何を言っているんだ、お前たちは」と言いたげに、針井が呆れた顔をしつつ、自分の存在を叫ぶように割って入ろうかとした瞬間に、


「ああ、ジュンは私たちが借りてくで。ええな? 古椅子くん」


「よくねぇよ」


「いや……あの……」


 男性陣が女性陣へ露骨に嫌な顔を主張して見せる。翠の方は流石に罪悪感を覚え、どうしようかと笑って胡麻化して見せたが、カナの方は多少の躊躇いこそあれど、いやいや、しかし、と振り切って、


「すまんな。三野さん。お幸せを願っとるで!」


 と一言を残して、カナは針井を引っ張って出て行った。針井はもちろん、抵抗する様子は見せたし、嫌々とする顔もしていたのだが、カナの行動が少々唐突であったのもあり、抵抗する暇もなくあっさりと流されてしまった。翠は古椅子と後藤に会釈をして、針井とカナの後を追う。


「お前なぁ……」


 針井はジャンクフード店を抜けても止まることのないカナの足元に辟易する。カナはそんな声を無視し、満足するまで歩いた後、ドっと音を出しながらベンチへと倒れた。翠が後ろで微笑をしていたのを、針井は確認したが、彼女の心情まではあまり理解できなかった。


 カナはカバンを乱暴にベンチの横へ放り投げ、ぐったりとした態勢になりながら


「さて、どうしようか」


「何も考えていなかったのかよ」


 針井が悪態をつき、後ろの翠がクスクスと笑う。


「そうだ。木曽川に行かない?」


「ああ、いいな。面白い動物がいるかもしれん」


「動物? トキか何かか?」


「いや、野生のワニだとかスイギュウとかの方が多いな」


「は?」  


 



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