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羽ばたく音が聞こえる日 その4

 __まずいな、レーサンの方。事情は知らないが、あちらもあちらでただならぬ戦場にあるらしい。


 古椅子との通信を切った後、針井は険しい顔つきでそう思った。


 そして、針井が改めて辺りを確認すると、空には4体のハエ人間が飛んでいる。そのうちの一人は、波速輝夫。そして、残りの2体はウエストの細い女性タイプと背丈の小さい子供タイプのフライアン。


「お、落ち着いてください、2人とも! 暴れても、ほかの誰かが傷つくだけです! 誰かを傷つけるなんて、そんな空しいこと……!」


「うるさいうるさい! なんで私ばっかりこんな目に!」


「もう嫌アアアッ!」


 女性タイプのフライアン、名付けるならば『フライアン・レディ』はヒステリィになっていて、子供タイプのフライアン、名付けるなら『フライアン・LG(Little Girl)』は自暴自棄になっている様子で、とにかく不満を発散するために暴れていた。フライアン・輝夫は極力傷つけぬよう、2人を抑えていた


「後、何体いるんだヨ、荒れ狂うハエ人間たち、通称フライアン・ライオッツは」


 黄色いコスチュームを纏い、辟易する言葉をこぼす針井の後ろにも、生体電気を支配され、動けなくなった中年男性サイズのフライアン、名付けるなら親父フライアンが地べたに蹲っていた。


「な、なんでこんなことに……っ!」


 親父フライアンは現実を恨むように呟いた。


「心中察するよ。家族のために夜遅くまで残業した帰りに拉致されて、起きたらハエ男になっているんだ。……ついに、今まで守ってきた家族にまで存在を拒絶されて」


 針井が視線を変えた先には、親父フライアンの妻と思わしき女性と娘が塀に隠れていた。そこにある一軒家がところどころ破壊されており、おそらく針井と親父フライアンで争った形跡であろうか。


「エレボルさん! は、早くそいつを殺してください!」


 親父フライアンの妻が、叫ぶように針井へ命令する。


 そんな妻の反応が意外で、針井は少し目を丸くした様子で尋ねる。


「おいおい。この人は、ハエの姿になったとはいえ、元は貴女の旦那さんじゃないのか? そんな物騒なことを……」


「知りません! 主人は人間です! そいつはハエ! 人じゃない!」


 妻はとても興奮をしているようで、一言一言が肺の空気を出し切る勢いだった。気になった針井が親父フライアンの様子を見ると、その顔は悲しんでいるのか、それとも怒りを覚えているのか判断ができなかった」。


「どう思うよ、親父さん」


「夢……これは悪夢だ……」


 親父フライアンは頭を抱えたような言葉を漏らす。


「10年……10年以上、守ってきた家族だぞ……。毎日毎日、俺は仕事を頑張って……上司にだってたくさん叱られて、辞めたいと何度思ったことかっ……! それでも、必死に頑張って守った妻に……っ!」


 さすがの針井も同情の念が湧いてきたらしい。ハエ人間となった彼に冷酷な言葉をかけることもないし、慰める言葉さえ選べなかった。


「知らない! 知らない知らない知らない! 黙りなさい! 主人のような言葉をかけないで!」


 しかし、この妻でさえも狂っており、正常でないことは明らかだった。


「どうしよう、お嬢さん」


 針井が親父フライアンの娘に助け舟を求めると、


「気持ち悪い……早く殺して」


 と、短くいったあと、気分を悪くしたみたいに家へ帰っていった。


「……今の気持ち悪いは、うん、俺のコスチュームがキモイって意味だと思うよ。勘違いするな」


 親父フライアンはついに絶望の絶頂にでも達したのか、黙って何も言わなくなる。針井のフォローすら、なんの効力もなかったらしい。


「娘の言う通りです! そんな害虫は早く殺してください! 知ってます! フライアンは野放しにしたら気色の悪い卵をそこらに植え付けて、何匹も繁殖するんです! しかも卑劣なことに、女性を暴行した上でです! 嫌らしい! 私や娘だっていつ襲われるかわかったもんじゃない! 殺せ! 殺せ! 早く殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……」


 バチッ! と火花が鳴ったと思えば、妻の近くにあった塀が切断されて、コンクリートの塊が大きな音を立てて落ちた。


「な、なにを……?」


「いやさ……俺は別に害虫駆除の業者でもないし、ましてやあんたに依頼されてお金をもらったわけでもない。ついでに万人を守る正義のヒーローでもないんよ」


「お、お金……? せ、正義のヒーローのくせに……! わかりました。いくらならそいつを殺しますか?」


「いや、人を格好で判断するな。俺は貴女を守るヒーローじゃない。そして、金で動くかは気分次第だ」


「じゃ、じゃあ!」


 妻がしどろもどろに言葉を紡ごうとしたとき、親父フライアンが起立する。そして、彼はまっすぐ妻のもとへ歩み寄る。


「な、なんで動き出して……?」


「5分間だけ……5分間だけ、彼の生体に潜む小人……まぁ電子が彼の脳による指令で動くようにした」


 妻は足が竦み、親父フライアンから逃げるように後ろへ倒れこむ。


「た、助けて……っ」


「話し合ってくれ。他人の家族の問題だ。他人の俺が出るなんて野暮だろう」


 妻の切り裂くような悲鳴を針井は無視し、別のフライアンが飛んでいる空へと向かっていった。


「邪魔よっ! どいてよっ!」


 フライアン・レディは波速フライアンを爪で切り裂いた。


「うっ!」


 フライアン・レディの体をつかみ、拘束していた波速フライアンは仰け反って、彼女の体を離してしまう。


「うわあああああっ!」


 フライアンレディはマンションの1つを破壊し、中にいた20代半ばの青年に近づいた。


「く、来るな化け物!」


「ば、化け物……っ」


 フライアン・レディは愕然とした様子になる。


「い、いやっ……いやああああああ!」


 フライアンレディはその青年に爪を向けて飛び掛かる。


「駄目だよっ!」


 獰猛なフライアンレディと青年の間へと、波速フライアンは立ち、彼女の爪攻撃を受け持った。


「どいてっ! どいてよっ!」


「だ、駄目だよっ! そんなことをしたら、この人が死んじゃう!」


 暴れるフライアン・レディを掴み、今度こそ逃がさないようにする波速フライアン。彼女の爪は彼の体を貫通したが、それでもお構いなしに波速フライアンはギュッ、と力を入れた。


「こ、このみ……?」


 青年はフライアン・レディを見て、女性の名前を呟いた。


「……」


 フライアン・レディは何も言わない。


「お、お前、なんでそんな醜い姿に……」


「……知らないわよ。知らないわよ! 私だってこんな姿になりたかったわけじゃない! 気づいたら……気いづいたら!」


 どうにもその青年とフライアン・レディの関係は恋人に近いもののようで、彼女は複雑な恋慕の情を持て余しているようだ。


「わ、私たち……も、もうおしまい……?」


「ごめん、無理。……無理だわ。それ。流石にな」


 波速フライアンは、フライアン・レディから力ががっくりと落ちるのが体感で分かった。表情筋は衰えているので、やはり機微はわからないけれど、空しそうな表情のように思えた。


「てか、笑えるわ。はは、何その顔。ワロス。……うん。じゃあ、俺はどっかに避難するから、まぁ、そっちも達者でやってくれ」


 そう言い残して、青年は部屋を飛び出していった。


「……」


「あの、元気、出してください。まだ、人生は長いんです。生きている限り、良いこともあるんですよ」


「馬鹿じゃないの……。こんなハエ女……。もう生きてたって良いことない……。良いの。私、できるだけ嫌なもの全部壊して、かわいい顔した女と男を全員殺して、そのあと死ぬの」


「駄目ですよ……誰かを殺しても、それは幸せじゃありません。誰かを幸せにしない幸せなんて、空しいんです」


「じゃあどうしろってのよ! こんな顔で、どう生きてけって!」


「僕も、手伝いますから……。みんなが幸せになれるようなことを……」


「うるさいハエ男!」


 と、フライアン・レディが叫んだ瞬間、彼女の背後から電撃が光、そのまま彼女は崩れ落ちた。波速は遅れて彼女の体を支え、ぐったりとしている体を背に乗せて固定する。


「そっちもそっちで、えぐい寸劇をしているんだな……」


 フライアン・レディが破壊した天井の穴から、針井が降り立った。針井の片手には、ぐったりとしているフライアン・LGがいた。波速は、自分がフライアン・レディを抑えている間に、針井が出際良くフライアン・LGの対処をしていたと察し、エレボルのファンだった彼は尊敬の念を強くした。


「……彼女、できれば報われてほしいな」


「難しいな。けど、まぁ俺も手伝うよ。できることだけ」


 向かい合う2人は神妙そうに落ち込む。


「そういえば、その子、抑えてくれたんだね。ありがとう」


 波速は感謝の念を告げるついでに、フライアン・LGを指さす。すると、マスクに隠れているが、針井はフライアン・LGの話題となると、少し気まずそうな顔をした。


「……まぁな。この子もこの子で、ちょっとこの後は大変だろうな」


 針井の意味深な言葉に気づき、波速フライアンは尋ねた。


「なにがあったの?」


「たぶん、お母さんを刺殺したらしい。支離滅裂な言葉しか言わないから、はっきりとはわからないけど……まぁ、こんな顔をした娘が出てきて、受け入れる母親もいないだろう。愛していた母親に拒まれて、つい、ってところかな」



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