体のない野獣たちはポチポチと足音を鳴らす その2
「なるほどね。それで、その首つり死体が出たのを皮切りに、続々ととうすこ民と名乗る模倣犯が、ジャスコで逆さまガッツポーズのイラストを乗せた死体を吊るし始めたと」
古椅子の通話中のスマホから、冷静そうな針井の声が出る。
「はい。悪質にも、女性や子供を狙う人が多くて、今では少し歩けばすぐに死体が見つかるような惨い有様です」
「警察は?」
「なぜか来ないんです。それに、どうにも一般人の避難が滞っているような気がして……」
ドッゴーン!
突然、軽トラックがイオンの出口から飛び出してきて、自動ドアのガラスと鉄格子を破壊する轟音が鳴った。地面を割るようなブレーキ音を出しながら止まり、そして、それに乗っていた数人が銃を向けた。
「な、なんやなんや!」
古椅子のすぐ近くでカナは目を丸くしてそれを見ていたが、勘の鋭い古椅子は銃を持った彼らが何をするかすぐに察し、
「伏せてください!」
とカナと翠を両腕で抱き、彼らの死角へと飛び込んだ。
その間もなく、彼らは銃を乱射した。辺りには銃声とそれと同じくらいの大きな悲鳴が響き渡った。
「ひ、酷すぎるよ……」
翠が声を漏らす。周囲の音にかき消されそうなほど小さな声だった。
「ウォォオオオオオオオオオオオオ」
乱射魔の一人が叫ぶ。
「なんだよ! 結構当たんじゃねぇかよぉ! なんてこ、だしてやがる。Ride on! 俺はぁ! でっかだんだんちょ、オウルガイツカやぞ! いいから行くぞ! みんなが待ってんだ! 俺は止まんねけえからよ!」
「だんちょぉ! だんちょぉ! だんちょぉ!」
乱射魔たちは何かの演技をしながら、限りあるだけ機関銃やサブマシンガンを警戒に放ち続ける。彼らはおしゃべりに夢中で、最初こそ人を目掛けていたものの、次第に辺りを破壊することを楽しんでいる様子だった。ついにそのうちの一人は言葉にならない叫びをしながら、天井へとサブマシンガンを撃つために、二階のショッピングモールや3階の床に穴が開いた。
「ゆ、許せん……」
カナは古椅子に押しつぶされていて、うつ伏せ状態のまま、そう呟いた。それを聞いていた古椅子と翠は、カナの顔が見えなかったけれど、決して笑っているとは思わなかった。
「あたしなら、あいつらを倒せるはずや」
「だ、ダメです!」
古椅子は責めるようにそれを拒んだ。
「なんでや! あいつらは人を殺してるんやぞ!? あんなん許せるんか!?」
「ダメです! 倉石さんの反粒子パワーは、使い方を間違えるとこの町……いえ、この地球を破壊しかねません!」
「で、でも……!」
「自分が、行きます」
乱射魔たちがその機関銃やサブマシンガンらの弾が切れ、その場を支配していた威圧的な高音たちが失せていく。機関銃を持っていた乱射魔の一人が、重量のある機関銃を無作為に放り投げたために、軽自動車はドォッン! と思い音が鳴り、大きく揺れる。
「おわっ! 気をつけろ!」
「ふざけんな! 豚みたいに重いんだぞ!」
機関銃を捨てた乱射魔は手が痺れたらしく、小刻みな体操をする様子を見せた。また、別の男が「ひぇ~重そう……」と機関銃を触ると、「あっちゃ!」と声を上げる。機関銃は熱を帯び、銃身が少し赤くなっていた。
「……」
そんな油断した彼らを見ると、古椅子は静かに物陰から飛び出し、ゆっくりとだが確かな速度を持って乱射魔たちに接近し、半自動拳銃を取り出す。スライドを引いて弾を装填し、古椅子は彼らを体の真正面にとらえ、拳銃を水平に構える。そのまま、一度、引き金を引くと、乱射魔の一人は頭からすっ飛んでいき、そのまま軽自動車から地面に落ちた。
「誰だ!?」
乱射魔は叫ぶが、古椅子はそのまま2、3と引き金を引く。鮮やかな手つきで行われたそれは、見事、残りの乱射魔たちを仕留めていく。
そして、ついに乱射魔は一人残らずくたばるが、それでも辺りを一度見渡し、伏兵の有無を調べる。そして、しばらく何も起きないことがわかると、おそるおそる警戒を解いてく。
「……無念だ」
古椅子は穴だらけの床や壁、それに破壊しつくされたガラスやショッピングモールのオブジェ、それに血だまりの中で倒れている人たちを見、一言だけそう呟く。
__ジュンさんなら、乱射している時点で飛び出して、そして多くの命を救えたのだろうか。
彼が思惑する周囲は妙に静かで、寂し気な風と機関銃から微かにこぼれた白い煙だけがそこにはあった。
「大丈夫か、レーサン」
カナと翠が安全だと思ったのか、弱気な足取りで古椅子のもとへ歩み寄ってきた。
「すみません。あんなことを言いながら、臆病にもすべてが終わってからの制圧になってしまいました……」
「……ええよ。でも、次くらいは……別にあたしを頼ってもええんや」
古椅子はそれについて何も言わず、ただ曖昧に返事をする。
「こんなのってないや……」
翠は死体や破壊物が並ぶ辺りを見て、古椅子と似たような感想を覚えた。
「こいつら、何のために……」
「たぶん……いえ、わかりません。現実の鬱憤を晴らしたかったのでしょうか」
古椅子は喉元辺りに何か発言がこみあげていたらしいが、すぐに飲み込んだ。
「あの、古椅子くん……、スマホ、落としたよね」
翠は古椅子へとスマートフォンを渡す。カナと翠を庇ったときにどこかへ飛んでいたものだが、幸運にも、あの銃撃で被害はほとんどなく、それどころか通話中のままだった。
「そっちがどれほどヤバいか、よくわかったよ。そして、お疲れ。レーサン」
スマートフォンから針井の声が出る。それを聞き、どこか緊迫していたような顔をしていた古椅子に、少し安堵が込み上げたようだ。
「聞いてただけだが……、いまの乱射魔って、アレだよな」
「鉄血のオルフェンズ……。それも、よくネットで話題になっている、あのシーンです」
乱射魔たちの発言に、なにやら記憶がささやくらしい二人は、お互いが同様の記憶を確かめ合った。
「とうすこ民ってのが、暴れてるらしいな」
「はい。……もしかして、それも知っているんですか?」
「ああ。俺がよく通ってる掲示板で、あるyoutuberに嫌がらせをしていた集まりだ。そう、とうふって言うyoutuberに嫌がらせをしていたんだが、嫌がらせをする行為を『すこ』という言葉で表現していた。Youtubeの低評価を押すことを『すこすこ砲』なんて呼んでたな。とうふをすこる……で、とうすこ民」
「『すこ』と言えば、好きを砕いた言い方でしたよね」
「そう。好きと言いつつ、低評価を押す。意地の悪いネットユーザーが好きな皮肉だよ」
「そうか! あの首つり死体、顔にガッツポーズ……つまり高評価のボタンがついていました。けど、それは逆さま死体にです。だから、実際は、そう、上向きに親指を立てたガッツポーズが逆さまになり、下向きのガッツポーズ、つまり低評価」
「一見、意味わからんが、しかし面白い暗喩だな。……あー、なるほどね。そのシンボルが彼らの潜在意識を刺激し、行動に駆り立てたのか。そう、事前に菌を植え付けていれば。そうか、兄貴、こんな洒落たことをするんだな。口ではすこすこ言う彼らの本性を妙に表現してるよ」
「菌……? それに兄貴……?」
「いや、気にしなくていいい。それより、そっちに行けるのはちょっと時間かかりそうだ。こっちも、立て込んでてな」
「そうですか……わかりました。倉石さんや春野さんは何とか守ります。自分が」
「……すぐ行くから」
その針井の言葉を最後に着信が途絶える。古椅子はそれを確認し、一度、深呼吸をすると
「純さん、できるだけすぐに来るそうです」
「……あいつ、あたしのこと嫌いやし、遅れてくるんちゃうか?」
「そんなことありませんよ。彼との付き合いは長いんですが、ジュンさん本気で心配していたのがわかります。ただ、それまで、何とか自分らで、できることをしておきましょう」
「できること……?」
「避難誘導です。なぜかは知りませんが、警察の到着も遅く、逃げ遅れた人も多いです……おや?」
古椅子の視線の先に、一人の童子がいた。青を基調としたTシャツを着て、うずくまり、何やら怯えた様子でいた。
「自分、声をかけてきます」
そう2人へ言い残し、古椅子は少年のもとへと駆けて行った。カナは「レーサンは大きいから余計怯えるんちゃう?」と冗談めいたことを言い、古椅子はそれを若干、本気にしつつ、少年に近づくと、
ぶぅぅぅうん……。
それは、小さなエンジン音だった。辺りにはさっきの軽自動車が一つくらいで、他に自動車はない。そして、その音は童子の胸のほうからなっていることに、古椅子はすぐに気づいた。
「なんで……なんでぇ!」
童子が雄たけびながら振り向くと、彼の胸に、熱く鳴る小さなエンジンが搭載されていた。
「え、エンジンニア……?」