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羽ばたく音が聞こえる日 その2

「輝夫くんって、改めて優しい奴なんだな。ま、ちょっとその優しいのもネジが外れてるけどね。あ、うん。やっぱ普通に変だ」


「まったく、誰に似たんだろうね」

 

 波速博士は、自嘲するように笑った。


「お前の妻は善人だったんだろ」


「妻……? 君はまだ雌を見つけて生殖しているのかい? 遅れてるなぁ……」


「……」


「冗談だよ」


 波速博士はソファに腰かけ、足を組み、手の甲を顎にかける。対して、針井はそんな波速博士を責めるような視線を送る。


「で、輝夫くんがネオ・フライアンになったことはわかった。んで、ネジが外れてるくらいの善人だってことも。そんで? なんで輝夫くんは鉄格子を破り、憎きいじめっ子3人を抱えて家出したんだよ。何とか言ってみろよ、ネグレクト野郎」


「おいおい、人に答えばっかり聞くなよ。レポートを書くときは、自分で調べるものだ。学生は学生らしく、Twitterや5chで情報を収集し、科学的考証をするんだよ」


「よっし。わかった」


 針井は諦めたような顔をした。ついさっきまで、波速博士をきつく責めていたものの、突然の転換に、波速博士は少し意外そうな顔をした。


 が、突然、波速博士の脳に微量の電流が発生する。そして、波速博士は右足を大きな軌道を描いて上に突き出し、そして頭は仰け反り、舌を口から出して上下運動を始めてた。それだけでもかなり常軌を逸しているが、もっと異常なのは、体は動かせないことである。表情一つピクリとも動かない、自分の体が自分で全く制御できない、まるで自分が思考する無機質になった感覚に、波速博士はこれ以上にない恐怖を覚えた。


「やっべ、やっぱり微制御が難しいな」


 __こ、コイツ……!?


 もちろん、波速博士は何かを発言する余裕などない。しかし、脳にゴキブリが侵入したし、カサカサと音を立てているような感覚になりつつも、思考をするくらいの余力はあったらしい。


 __の、脳だ。脳をハックされた! それも運動野だけを狙って!


「とりあえず戻すわ。もういいぞ、小人さん」


 彼の言葉で、波速博士は解放される。急に運動の制御ができるようになった反動と、短い時間ながらも体の制御の不能は、相当なストレスになったらしく、汗がドバーッと流れ、息切れを起こした。


「まだ制御が難しいんだよ、他人のニューロンを支配するの。長時間やると、相手を殺してしまう。拷問用の技としては、完全にイカれた性能だよ。てか、本当はささっと相手を洗脳できればいいんだけど。……どっかの誰かみたいに」


「……わかった、わかったよ。何があったのかを知りたいんだな? 下手な脅しなんてやめろ」


「早く言えよ」


「全く……」


 波速博士は忌々しげな顔をした瞬間、彼の小指辺りにバチッと光が走った。針井の気は短いらしい。


「わ、わかったって! 町にフライアンを放ったんだよ!」


「は?」


「輝夫をフライアンにした原理と同じさ。ミナミ町の、この辺に住んでる奴を適当に、老若男女関係なく、その辺にいた奴をハエ人間にしたんだよ! そろそろ、暴れだす頃じゃないの?」


「なるほどね。輝夫くん、同じハエ人間になった人たちを止めに行ったのか。……ああ、なるほど。いじめっ子たちを抱えていったのは、このクズ親があの3人をハエ人間に改造しないように隔離したのか」


「そーいう所で妙に頭が回るのは感心するな。あっはっは」


「なにわろうとんねん」


 針井はそばで点けたままのテレビを磁力の力で勢いよく波速博士に叩きつけた。


「うごっ!?」


 腰かけていたソファごと波速博士は飛んでいき、そのまま床に転がって、壁に頭をぶつける。針井はそのまま、たまたま目に留まった台所の蛇口を小人に命令して手ごろな長さに切断し、そのまま磁力の力で彼の手物へ呼び寄せる。そして、その蛇口を波速博士の口にしゃぶらせる。


「てめぇはネグレクトしてて知らんかっただろうが、俺と輝夫くんは体のほくろの数まで知ってる仲なんだよ。だから、俺は彼を傷つけるような奴は許せない」


「ひってふろ」


「は? ハキハキ喋れ、陰キャ」


「知ってる、さ。お前と息子の仲はな」


 はっはっはっ! と波速博士は笑い声をあげる。


針井は、圧倒的優位にあるというのに、その波速博士の愉快な声に、余裕が摩耗していくのが分かった。


「兄貴に聞いた。彼には感謝してもしきれないな、こんなに、自分を解放できる状況を用意してくれ、その上、こんなに気持ちが良くなれるんだから」


 針井は愉快な声に腹が立ったので、彼の股間に重みのある蹴りを入れた後、そのまま破壊された屋根を出て、波速の後を追った。流石に、金的を食らえば、波速博士は笑う余裕もないらしく、しばらく静かになった。


「……それにしても、波速くんは、あの3人を許すどころか、救ったのか。皮肉なもんだよな。中田の弟の些細で小さな悲劇を最も憂いていたのが、自分でも身内でもなく、最大の悲劇を被っていた波速くんなんだから」


 そんな言葉をつぶやきながら、針井は空を舞い、天井に空いた穴から波速宅を抜け出す。


「とりあえず、家に忘れたふなっしーの猥褻物衣装を取って来るか」


 針井は空気を切る音を出しながら、自宅へ向かった。


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