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入学式へ駆けていけ!

 入学式の風情としては最高の舞台で、桃色の桜は満開の姿で新入生たちを出迎えた。よほど、新入生たちを歓迎したかったのだろうか。それほどにタイミングが良かった桜の姿に、校門前では新入生たちが「きゃっきゃきゃっきゃ」と騒ぎ、加えて彼らの付き添いで来た両親たちは、ちょっとした行列を作り、校門と初々しい制服姿の娘息子など並べて、記念写真を撮っていた。


「お前、湯豆腐の弟だな」


 ツーブロックパーマで目つきの悪い少年が、威圧的な態度でそう尋ねた。背後には、同じくしてガラの悪そうな友人たちが曰くでもありそうに、その先を見つめていた。


「えっ?」


 どうにも覇気のない細身の少年は気の抜けた返事をする。それを聞いて、目つきの悪い少年は弾けるような勢いで首元を掴み、そのまま細身少年の顔面へ拳を叩きつけた。


「キャーッ!」

 

 と、どこからか女子高生が叫ぶ。周囲は突然のことに事件が起きた少年たちから距離を取って、その先に注目し始める。誰かが彼らに注意してくれるだろう、と皆が期待しているうちに、目つきの悪い少年は語り始める。


「俺は中田伸二。中田慎吾の弟だ、知らないとは言わせないぞ! お前の兄……湯豆腐に人生をめちゃくちゃにされた中田慎吾の弟だ! 覚えているよな!? 中田慎吾」


「こ、公衆の面前で下ネタはちょっと……」


 ボンっ!! と中田は破裂するような音が出るほどに勢いよく頭を叩きつけた。細身少年の奥歯が宙を舞い、空しく地面に転がった。中田は怒りが収まらなかったのか、ついでにと蹴りを加えはじめ、さらには後ろにいた友人たちまでそれに参加する。


 周囲は乱暴な彼らの行為に恐怖したと同時に、『湯豆腐』という単語についてとりたててザワついた。細身少年に怯える者、軽蔑する者、同情はするが、助けようとしたくない者。スーツを纏う大人たちでさえ、間に割って入るつもりはないらしい。それぞれ千差万別の反応がそこらにあるが、どれも決してポジティブな感情出ないのは確かだった。


「ま、待ってよ! 兄ちゃんは……」


「その名前を出すな!」


 波速少年が兄の名前を口にしようとした途端、中田はカッとした表情と共に、暴力を持ってそれを止めた。


「おぞましい名前だ!」


「お前の兄のせいで、俺の兄ちゃんは逮捕されたんだぞ!」


「伸二の兄ちゃんだけじゃない! 先輩のほとんどは逮捕されるか心に傷を負ったんだ!」


 彼らは怒りを発散するように波速少年に暴行を加える。波速少年は桜の木の下で顔を隠すようにうずくまって、その暴力に耐えた。新調した制服はすでに土埃と傷でいっぱいである。


「てめぇ……よくもノコノコと入学式にこれたもんだな。ほら、なに四つん這いになってんだよ。四つん這いになるんだったらワンワン泣いてみろ」


「わ……ワン」


「3回だよ! 3回!」


 中田の後ろにいた男がおかしく笑うように命令した。


「何しとんねん!」


 無慈悲に見つめるだけの観衆たちの中を割って出て、少女は現れた。


 彼女は肩にかかろうかとするボブに、威嚇する少年のような目、への形とそれの左右対称的な形をした眉のせいか、どこか強気なイメージを思わせる。その上、髪型のセットが苦手なのか、所々に癖っ毛があった。


「なんだ、お前」


 伸二の取り巻きの一人が彼女に威嚇を返すような対応で尋ねた。それに続くように、ぞろぞろと波速を囲っていた少年たちは彼女の方へ向いて、威圧するように睨み返した。


 少女は最初こそ彼らに怯む様子を見せたが、しかしそれに負けじと歯を食いしばって、


「そんな数人で寄って集って殴りつけて楽しいんか!? 単なるイジメやん!」


「囲ってるがただの数人なだけマシだろ」


 伸二とその友人たちは図星を突かれて腹を立てる顔と、どこか無知の門外漢が好き勝手言う様にウンザリした様な顔をしていた。


「ていうか、お前はコイツの兄が何したか知ってるのかよ」


 中田が尋ねる。


「知らんわ! でも、弟のコイツに何の罪があるんや! やったのは兄なんやろ!?」


 はぁ~。と伸二がわざと少女まで聞こえるくらいに大きな溜息をつき、そして友人たちは挑発するようにニヤニヤとした顔をする。その馬鹿にするような反応に、少女は顔の血管が破裂するくらいに顔を真っ赤にして、今にも食ってかかりそうな虎のような顔をする。


「ちょ、ちょっとっ! カナ……!」


 顔が丸く、おぼこい印象を持つ少女が必死の顔で観衆の中から入ってきて、伸二たちと対峙する少女__つまりカナの腕を掴み、「やめろ、やめろ」と言いたげに引っ張って関りの外へ持って行かせようとした。しかし、カナはそんなのは全く受け入れられないらしく。


「止めないでくれや、翠ちゃん。だっておかしいやろ? こんなんイジメどころか犯罪や! しかも、あたし達の晴れ舞台、高校の入学式でこんなことするなんて!」


「わかるよ……。わかるんだけどね……」


 翠と呼ばれた少女の反応も、どこか周囲の観衆たちと似ていて、「止めたい気持ちはあるのだけれど、湯豆腐の弟を攻撃する伸二を止めたくない」と言った感じだった。カナはそんな煮え切らない様子に、怒りを鎮めるどころか、理解できないことによって余計に怒りを増長させた。


「お前さ……。何にも知らないんだから、そこの春野の言う通りにさっさとどっか行けよ。何にも知らない奴がしゃしゃり出て来るのって、本当にムカつくんだよな。特に偽善的なヤツ」


 伸二が軽蔑を込めるように言いつける。カナはその言葉がきっかけになって、ついに伸二たちへ攻撃しようと向っていこうとする。翠はそれを腕にくっつくようにして押さえつけた。


「止めないでくれや! 止めるな翠ちゃん! ホンマにムカつく! 何でその子は好きなだけ殴られて、この腐れ外道はニヤニヤ笑ってんねん!」


「ダメだよ! ダメだって、カナ!」


伸二を殴ることもかなわず、ただ必死な顔でじたばたしているカナの様子がさらにおかしくて、伸二とその友人たちは声を出して笑いあった。対して周囲の人間は何も言わず、ただ気まずそうな顔をしていた。


「いい気なもんだよな。お前みたいな奴って、困っている他人を助けて、ちょっとでも優越感みたいなのを得るからやってるんだろ? イイコトをしたって評価されたいのか? それとも天邪鬼なのか? まぁどっちにせよ、ロクな性格じゃないわ。お前みたいな奴って、かえって弱いやつを見下してるんだよ、偽善者」


「24時間テレビで涙流していそう」


カナは怒りが最高潮に達した。何か言葉を放っているようだが、ほとんど叫びに近い高音ために言葉を解読するのは誰にもできなかった。さっきまでより余計に暴れる為、翠もさらに抑えることに必死になっていた。


「まぁまぁ。落ち着きなよ諸君。特に関西弁の君」


 とりたて特徴のないこの少年が出てくると、カナは「あ!? なんやお前!」と恫喝して出迎えた。特徴のない少年は怒気のある声にもどこ吹く風で「ははは」と笑い返した。少年の後ろから、気まずそうな顔をした大柄の男が遅れてやって来る。


「どうせ君が殴りにかかっても、あの中田氏には敵わないよ。なんせ、中学野球で全国まで行ったエースだからね。そこの2人も地方新聞で見覚えがある。不良ではないけど……腕っぷしは相当だよ。つまり君では人数も筋肉の量も違う。ユニークな顔面で入学式迎えたいなら止めないけど」


 カナは怒りの方向を変えて「キーッ!」と高温の威嚇を特徴のない少年へ向けた。先ほどと同じく、彼はそんなことお構いなく、やれやれと言った様子でいた。


「お前、誰だ? 中学別だろ?」


 伸二の友人の一人がそう尋ねると、


「いや、キミら有名だし。特に中田伸二君の方。ああ、俺の名前は針井純。後ろのデカい人は古椅子礼。同じクラスだったらよろしく」


 胡散臭い微笑で、針井は伸二へ挨拶する。古椅子と呼ばれた大柄の男も遅れたが慌てて「どうも」と礼をした。


 伸二は、カナのように自身を攻撃する態度には少々のむかっ腹が立った。なので、口で反撃をすることにした。しかし、針井のように自身の行動に悪態をついたわけでもなくやって来た人物を前にして、少し肩透かしの思いになる。そのせいか、波速やカナへの攻撃が阿呆らしく感じ、代わりに飄々とした針井に対して少々の警戒心が生まれる。

 

「まぁ、実際にムカつくよな。聞けば、あの事件にはヒトラーの演説や犯罪心理学を応用したらしいって専らのウワサらしいぞ。だから感動的なあの場所で、傷害事件の祭りになったんだ。ひっでえよな。死人まで出て、加えて殺人犯まで生まれた。でも、首謀者の湯豆腐はかなり軽い犯罪の分類。牢屋に入るか入らないかのレベル……なんとも、やるせないなぁ。卒業生、加えて教師陣に見送った在校生……ほとんどの人生が狂った事件だというのに」


「お、おう」

  

 ついさっきまでムカッ腹状態だったにも関わらず、伸二たちの反応は今ひとつ付いていけない、現実感がないといった感じで、返事もガスが抜けたようだった。3人の表情から波速に向けた怒りや、カナに向けた軽蔑の表情は完璧に薄れている。


「わかる……っ! 惨い事件だった! 俺は兄や姉、尊敬する先輩なんていなかったけど、湯豆腐は屑だ……。特に、伸二君。大学の推薦があった野球部の兄さんがいたんだよな? 俺は甲子園の試合見てたよ。兄さん、大活躍だった。俺はすっかりファンになったよ……。彼はミナミ町……いや、我らがGif県の誇りだった……。しかし、彼は大学で野球をするどころか、大学の推薦までナシになった。そんな兄さんの人生をぶっ壊した湯豆腐は許せねぇ。弟だって、同罪だ。いや、君の痛みを癒すには、湯豆腐の親類縁者、全員を火炙りにするべきなんだ。だから……」


 針井は隠し持っていたバットを取り出し、それを振り上げた。


「こうしてやろう」


 そして、そのまま波速の方へじわり、じわりと足を進めていく……。


「ちょっ! マズいですよ!」


 後ろにいた古椅子はギョッ! とした顔でそう言い、針井を大きな体でガッチリ固定して動きを止める。流石の行動に、周囲の人間は「うわぁ!」だとか「マズイマズイ!」などと慌てた声が聞こえる。


「止めるな礼さん。屑は遺伝するぞ。どうせ3年後の卒業式を滅茶苦茶にされるなら、ここいらで焼を入れてやろう。安心してくれ。俺は日曜大工やってるから、アーク溶接とかその辺は詳しいぞ」


「ちょっ! ホントにマズいですって!」


 意外にパワーのある針石、大柄の古椅子に負けず劣らずと抵抗をする。針石は易々と前進を出来るわけではないが、しかし古椅子もなかなか、後ろに引っ張って行くのに苦しんでいる。


「ふっ、ふざけるな!」


 伸二はどこか余裕のない怒りを抱えながら、針石に向かって食って掛かり、顔面を殴りつけた。針石は当然、バットを落として、古椅子から離れるように飛んで行った。


「い、いくら何でもバットをそんな使い方するなっ!」


針井はコンクリートの道に叩きつけられたせいか、それに何も応答せず、死んだように沈んでいた。流石に、古椅子も「じゅ、ジュンさん!」と驚いたような顔で飛んでいき、応答を確認した。


 その間、伸二は不機嫌な様子で友人らと共に入学式の会場まで消えて行った。その時、針石が落としたバットを律義に拾い、そして極力に波速やカナを視界に入れないように努めていたのが印象的だった。


「な、なんやねん。アイツ……」


 カナが恨めしそうに呟いた。


「針井くんって、聞いたことある。確か、西中(ミナミ町立西中学校の略)で、ちょっと問題がある子だって……。不良だとか、事件を起こしたわけじゃないんだけど……。女の子の顔を平気で殴ることもあるとか……」


 カナと翠が隠れるようにコソコソと噂をしていると、突然、周囲に影が出来たことに気付く。影を作ったほうを見ると、190はあろう大きな体躯をした古椅子が、気絶している針石を抱えながら二人の傍にいることに気が付いた。


「うわぁっ!」


 2人は悲鳴を共にしつつ古椅子から距離を取った。


「す、すいません! 怯えさせるつもりはなかったのですが!」


 慇懃な言葉と腰が低いのかペコペコと何度と頭を下げる古椅子。その姿に、2人は警戒するような相手じゃないと少しずつ心を開く。もともと、針石の凶行を止めていたこともあり、2人は古椅子について悪い印象はなかったのもあった。


「あの、ジュンさんがすいません。決して、悪い人じゃないんです。今回だって、本気でやろうと思ったわけじゃないと思うのですが……」


 古椅子はあれやこれやと拙いながらに針井の行動を弁明し始めた。しかし、やはりと言うべきか旧知の古椅子でさえ針井の行動は難解だったらしい。あまり真実味は感じなかったが、それでも説得が終わるまで長々してやろう、という根気の良さだけは伺えた。その為に、2人が取り繕ったように「納得した」と返事をすると、ぎこちない笑顔と深い礼の2つを見せてその場を去る。


「へ、変な奴がいたもんや……」


 古椅子に聞こえないように、カナは小さく呟いた。


「ま、まぁでも、あの人は悪い人じゃないと思うよ……。針井くんも……いや、どうだろう」


 しかし、2人は古椅子という人物が決して悪人でない事については、すぐに確信した。


 彼は蹲る波速に声をかけ、ハンカチで顔や制服の汚れを落としてやり、そしてそのまま保健室まで波速に肩を貸してやっていた。その時、ぶらんぶらんと針井は不安定に揺れ動いていたが、彼は入学式まで目を覚まさなかったために、傷の手当てで忙しかった波速と保健室で丁寧に待っていた古椅子と同様に入学式には参加が出来なかった。

 

 結局のところ、3人は入学式が終わってすぐにクラス名とその教室の場所を聞き、動きがぎこちない波速を助けながら教室へ向った。


 奇妙なことに、因縁の6人(針井と古椅子にカナと翠、伸二に波速)は全員が同じクラスだった。


 



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