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羽ばたきの音が聞こえるまで その3

「主。エレボルがフライアンを倒しました」


「知ってる。ネットニュースで見たから」


 いつぞやと同じように、男はTwitterに表示した情報たちを眺めていた。今回に関しては、エレボルもフライアンにも悪意ある表現が多数あった。エレボルは変態黄色タイツ野郎として、彼の戦闘中の動きは切り取られ、動画サイトでBB化されていた。フライアンは特に惨い。彼は無能そうな弁護士を模した3Dモデルが作成され、肛門から勢いよく産卵をするといった動画やホモビデオに出演するような動画が流行していた。


「何度見ても傑作。やっぱ特殊男性脱糞シリーズは投稿者も気合が入ってるな」


 男がゲラゲラと笑いながら見ているスマートフォンから、下品な音が鳴る。彼を慕う少女はそれをただ黙って眺めていた。


「んで? ハライは見ていて、ちょっとは横やり入れたんだろ? どうだった?」


「はい。エレボルは戦闘に関して天才的なセンスを持っています」


「ほう。しかし、最後にはハライの力を借りたよな」


「いえ。もとは私が注意を逸らしたのが原因です。注意散漫にも思えますが、私は十数メートルの高さの校舎に張り付いて、そこから石を投げたわけです。普通ならば下の野次馬たちを疑うはずですが、エレボルは私がいた位置をほぼ正確に振り向きました。むしろ良い反応速度です。それに、フライアンは主の洗脳の力なくして動くことはありませんでしたよ。普通は恐怖で再生どころか声も出せません。物理的じゃなく、精神的に屈服させて拘束するのはやりますね。という訳で、もしこの2つのイレギュラーがなければ、エレボルは勝利していたわけです」


「おう。流石に戦闘のプロからすればそこまでは簡単に推測できるか。では、最後にエレボルがフライアンを丸ごと焼き殺さずに、小さな放電でフライアンを止めようとした理由は?」


「単純に、焦っていたから。または、人質なんて通用しないと言いつつ、やはりエレボルも人の子だからでしょうか」


「惜しい。が、違う。エレボルに人質が通用しないことの半分は本当だぞ。ただ、条件によって制限がかかるだけで」


「制限、ですか?」


「ああ。よく考えてみろ。アイツが本当に博愛の心があれば、人質にされた女子生徒にも気を使って、彼女も落下によるケガはなかったはずだ」


「確かにそうですね」


「アイツはちゃんと、他人のことをどうでも良く思えるくらいには立派さ。しかし、焦っていたあの時は殺しても良いか迷った。だから、広範囲で高出力の放電の発射が遅れた」


「では、その条件とは?」


「アイツの友達である古椅子だ。アイツはジュンのすべてを奪ったと言っていい」


「古椅子礼……がですか?」


「ああ。アイツ、古椅子の前では人を殺したくないんだろ」



__________________ΩΩΩΩ__________________



 エレボルがフライアンを打ち破り、学校はすぐに休校になった。生徒たちは興奮も冷めぬまま、校門の辺りでやたら騒ぎ立てていたが、教師が飛んできてからはだいぶ落ち着いた。


 中田とその取り巻きたちは人影のない花壇で屯していた。ハプニングによって授業が中断したというのに喜ぶような様子もなく、どちらかと言えばドンヨリとした雰囲気だった。


「糞っ!」


 中田が思いっ切り拳をレンガに叩きつける。元々野球部で肩の強かった中田の打撃は、レンガを粉々に粉砕し、粉がボロボロと零れ落ちる。


「落ち着けよ、伸二。確かにアイツがさっさと死ななかったのはムカつくけど、レンガ壊したのバレたら後々に面倒だぞ」


「うるせえ」


 中田が怒気を込めてそう言うと、取り巻きの一人は怯えたように黙る。


「てか伸二。あんまり拳を痛めつけるなよ、怪我をしたらどうするんだ」


「知ったことじゃない。どうせ野球部に入るつもりはないんだ」


「……そうだけどさ」


 尋ねた取り巻きが気まずそうな顔をした。


「つーか、なんか俺たちが悪役みたいになってるよな。あの関西弁がゴチャゴチャと綺麗事ばっかり言うし、変態野郎はしゃしゃり出て湯豆腐の弟を助けるし。どうせなら、湯豆腐の弟が死んだ後にハエ野郎を殺してくれればよかったのに」


「せっかく、俺が突き落としたのにな」


 イライラとしている中田を尻目に、取り巻き二人の愚痴はエスカレートしていく。


「てか、波速ってハエが来ても知らんぷりしてたよな」


「湯豆腐の弟だぞ? 学校がぶっ壊れさても、クラスの奴らが死のうと喜ぶような奴だし」


「波速もさっさと転校するか、引きこもってくれないな―。実際、アイツと一緒に卒業するなんて嫌だもん。ぜってー卒業式ぶっ壊されるわ」


「もっと殴ってやらないとわからんかもしれんな。俺も伸二のにーちゃんみたいに冤罪ふっかけられたら堪ったもんじゃないし」


「にーちゃんは、本当にレイプしたぞ」


 中田の発言に、取り巻き二人はギョッ、っとした顔で黙った。


「面会したときに聞いた。すげー痩せ細くなって、今にも死にそうな顔で独白しやがった。クラスで一番胸が大きくて、スカートを短くしていた女の子に、いつも欲情してて、前からヤリたかったことも言っていた。だから卒業式の時、気分がハイになって、レイプした」


 取り巻きは取り次ぐ言葉さえわからず、中田はそのまま続ける。


「獣みたいに腰振って、参加しようと集まって来たオスは殴って振り払った。悲鳴か喘ぎ越えかもわからん声をしてたから、男は雪崩みたいに集まって来たが、全部振り払ったらしい」


「もう良いよ、伸二」


 取り巻きは制止の言葉をかけるが、中田は歯止めが気ないらしい。


「でも、それを独白したとき、にーちゃんは泣いてた。凄い後悔してるし、なんであの時にあんなことをしたのかわからないって、馬鹿みたいに泣いてた」


「伸二……」


 中田の顔は火薬のように神経質な顔をしていて、取り巻きは同情的な声を漏らす。


「なぁ、今からカラオケ行かね? どうせもう野球なんてしねーし、遊んでも誰も文句ないだろ」


「良いな。あっ、ならナンパしてみね? 俺たちってけっこーイケてるし、わりとワンチャンある気がするぜ」


「いや、俺は……」


「よっ、お三方。ちょっといいかな」


 中田が言葉を終える前に、空からゆっくりと降りて来る黄色い姿の男がいた。全身タイツ姿なので汗が滲んで嫌なにおいが漂い、その上で汚れや傷も見当たる不格好な姿。彼の名はもちろんエレボル。


「げっ! エレボル!? 死ねよ!」


「きっしょ! だっせぇ! 近くで見ると本当に気持ちわり!」


「言いすぎだろキミら」


 エレボルはプカプカと浮遊しながら言い返す。顔はマスクで隠しているが、彼は内心で傷心していた、


「何の用だよ」


「いや、流石に君たちは一線を越えたなぁ、と思ってね」


「一線?」


「波速輝夫の事だ」


 波速の名前に、中田や取り巻きは少し反応を見せる。皺を出し、敵意にも思える視線をエレボルへ送る。


「今までみたいな、ちょっとしたイジメなら別にいいとは思ったね。実際、アイツの兄はお前の兄貴にそれに値するレベルの仕打ちを受けたしな。それに、助けてやるほどに波速に義理はないし」


「じゃあなんだよ」


「落とすのはいただけない。キミらが嫌がらせの延長にいるなら別にどうでもいいと思ったが、波速を殺そうと思うなら俺も少し考える」


「はっ。お前も綺麗ごとの馬鹿だな」


 中田は嘲笑する口調で吐き捨てた。


「何が、落とすのはダメ、だ。俺らは今までアイツをリンチしたし、ムカついたって理由で殴ったし、今回だってその延長上くらいのことをしたまでだ。それに、あの時は生死がかかっていたんだ。あれくらいいいだろ別に」


「ああ、確かにそうだな」


「なんだよ、いきなり出てきて馬鹿みたいだな」


「どうせお前もこっちの事情を何も知らないんだろ?」


 エレボルが中田の言葉を肯定すると、取り巻き二人も調子が付いて、一斉にエレボルへの罵倒を始める。


「……そうだな。なら、正直に言おう」


「何をだよ」


「俺は、波速の友達になったんだ」


 エレボルの言葉に、3人は一斉に驚いたような、信じられないかのような顔になる。


 そして、そんな彼らの事を全くお構いなしに、エレボルはマスクを脱ぎ捨て、針井は顔を晒した。


「お前っ!?」


 取り巻きの1人が思わず声を漏らした。中田や残りの取り巻きも強烈なものを見たような顔になる。


「知らないだろうけど、ちょっと前から話すくらいには付き合いがあったんだ。んで、今回のことを含めて、流石にお前たちを許すことが出来なくなった。うん、これで筋は通るだろう」


「おい、あの変態ってコイツだったのかよ! 偽物じゃねーのか!?」


「いや、普通に浮いてる時点でコイツに間違いねぇ! きっんも! 一緒の空気吸いたくねぇ! てか近寄るな! 汗くさっ!」


「言いたい放題だな」


 針井は流石に悲しげな感情が顔に出る。


「ま、そう言う事だから。もし、今後に波速へちょっかいをかけるようなら、その時は俺が出る。フライアンとの会話中に出したから聞こえなかっただろうけど、俺はこの世のどんな他人が死にかけていても見捨てることくらいできる。けど、身内の場合は別だ。今からお前たちを丸焦げにすることだってできる。全身を静電気誘発体にすることだってできる」


 俺はお前たちと波速を見守っているからな、と最後に付け足す。3人は睨むような怯えるような、様々な視線を針井に送る。


「何で今頃になってこんなことをする。入学式の時は、俺たちより酷いことをしたのに」


「評判なんてアテにならないだけだ。単純に、偏見を捨てただけ」


「じゃあ、なんで波速はお前を友達だと思える? 入学式の時、俺たちより酷いことをしたお前に」


 針井は少し沈黙し、回答に困った後、


「さぁ。アイツか変なんじゃない?」


 その回答に、3人は文句を言うようなことも、不満があるような反論もなく、ただ針井を睨むだけだった。


「じゃ、そう言う事だから。あっ。それと、俺が変態な黄色だって誰にも言うなよ。ネットで晒したらガチで殺すからな」


 そう言い残し、針井はマスクを再びつけてエレボルになる。そのまま、空中へ飛んで行った。



__________________ΩΩΩΩ__________________



場面は変わって、少女とその主。


「はぁ!? ジュンに友達!? しかも相手がアイツかよ!」


「はい。記録にもとりました。聴きますか?」


 少女はレコーダーを渡すと、男はすぐさまそれを再生する。すると、針井とフライアンとの会話が流れ、少女はそれを早送りしてエレボルと中田たちの会話のシーンにした。男はそれを黙って聴き、それが終わるとレコーダーを切る。


「糞。糞&糞。でも、なんとなく心情は察せる」


「そうですか?」


「これも、古椅子によるものだな」


 男はそう前置きをし、続ける。


「ジュンは、古椅子にとって居心地の良い環境を作ろうとしている。そして、その古椅子は根っからの理想主義者。人と人との争いや揉め事を嫌い、理想的な平和を好んでいる。だから、ジュンは古椅子が見える範囲だけでもお花畑にするために雑草を刈り、醜く貪欲な外注は裏で駆除をする」


「では、今回の行動もそれに則り、公開的ないじめの現場を止めたと言う事でしょうか?」


「おそらく、それが正解に近い。そもそも、ジュンが友達なんて甚だ笑わせる」


「そこまでおかしいことでしょうか?」


「ああ。アイツは社会的な障碍者だよ」


 男はきっぱりと、そう言う。まるで、心から確信しているような言いぐさである。


「古椅子という男に、アイツは何を見たんだろうな。幼馴染だろうが、中学生くらいになれば、ジュンも古椅子の潔癖症を満たすには、現実世界での実現は不可能だとわかっているはずだ。いや、察している。確実に。そして、これも確実に言える。アイツは脅し、暴力などで人を動かすことが何より効率的な支配だと考えている」


「それは障害でしょうか?」


「ああ、何よりも正しい事実だ。俺も全面的に同意するよ。だが社会は理想が大好きで、事実を容赦なく隠蔽する」


 呆れるように男は言う。


「しかし、疑問があります。彼はなぜ今頃になってイジメを止めたのでしょう」


「そう、それが最大の疑問だ。ジュンにとって、俺の弟である波速輝夫を友達だと言ってまでイジメを止める意味なんてない。そもそもアイツは、なんだかんだでシャイだ。あの古椅子でさえ、あまり友達だと言わず、腐れ縁だとかの表現をする」


「そこは、なんだか主と似ていますね」


「ああ。しかし、気になる」


 男は少し思考した後、


「よし、次はもっとジュンに探りを入れてみよう」


 男はそう言って、少女の顔へ思いっ切りに拳を叩きつけた。少女はそのまま崩れ落ち、男はそのまま少女のみぞおちへと蹴りを入れる。それは中々に止まることを知らず、蹴り、蹴り、蹴り……と鈍い音が続く。


 少女は次第に顔を紅潮させ、涎を垂らし、快楽にふける。目は焦点を失い、甘い言葉を垂らした。



__________________ΩΩΩΩ__________________



 エレボルとフライアンが対峙した翌日の昼休み。


 古椅子は相も変わらず、おでんを持ってやって来る三野をしどろもどろに対応していて、針井はそれを同情的に眺める。今日は野菜が多めらしい。針井は少しそれを頂いたが、三野の悲しげな瞳を前に箸が思うように進まない。よほど、古椅子に食べて欲しかったらしい。


「あっ、あの、良かったんですか? 僕なんかと一緒に昼ご飯なんて」


 針井の隣から、波速が遠慮がちに顔を出す。


「昼飯を一緒にするくらいなんでも良いよ。それよりそのハンバーグ美味しそうだな」


「あっ、でも冷凍食品……」


「羨ましい。俺のかーちゃん、冷凍食品すら作らないし。昼飯の弁当を作るために早起きするより男と朝までホテルにいるような女だから」


「そんな飯のマズくなる情報はいらんねん」


 カナが可愛らしい弁当をつつきながら、そう言った。


「ていうか、どういう風の吹き回しや? ついこの間まで、波速くんと関わるな言うてたジュンが、ご飯に誘うなんて」


「だから、一緒にご飯するくらいなんでも良いだろ。風の吹き回しで言うなら、西向きの風だ。春野が良いと言えば、今日くらい誘っても良いかなと。良いんだろ?」


「え、あ、うん。全然いいよ。私も、やっぱり可哀想とは思ってたから」


 翠自体も、フライアンの事件以降、波速に対する同情を強くしていたらしい。加えて、助けてやれなかった無念もあるのだろうか。


「あたしの許可はないんかい! まぁ、あたしもむしろウェルカムくらいに思ってたからええけど」


「あの、ありがとうございます。楽しいです」


 楽しいという割に、どこか遠慮がちだった。


 針井はちらりと教室を見渡す。中田やその取り巻きたちはいない。ついさっきまで、恨むようにこちらを見ていたが、彼らも居心地が良くないと感じて他所へ行ったらしい。


「なぁ、ジュン。中田たちとなんかあったか?」


「彼らもあの時の行動を気に病むくらいの良心があったんだろ」


 針井はぎこちない笑顔を作る波速を眺めながら、おでんのちくわを口に入れた。


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