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イカれちまった平均棍 その2

「ここに波速の息子がいるんだな!?」


 フライアンは叫んだ。もちろん、それは窓や校庭から彼を見つめている全生徒たちへと伝わるほどの大音量で、辺りはザワザワと騒がしくなった。


 しかし、最も緊迫している教室があるとすれば、他にならぬ、針井と古椅子の所属しているくらいに違いはないだろう。


「マズいぞ」


「ええ……」


 針井と古椅子はすぐさま振り向き、律義に椅子に座って待機していた波速輝夫の方を見る。机の上には次の授業の準備をした跡があり、どうやらフライアンなどの情報とは無縁だったらしい。緊急放送に言われたことに則って、極力席から離れないようにしていたのだろうか。


 針井と古椅子だけでなく、クラスメイトたちが波速輝夫へと注目する。彼も流石に鈍感ではない。その視線たちを察知し、波速輝夫は委縮した様子を見せた。


「えっ、あの……みなさん、どうしたの?」


 波速はあまりにも鈍かった。外で聞こえたフライアンの声すら、自分には全く関係ないと思っているらしい。


「どこだっ! 波速の息子!」


 フライアンはどこかの適当な教室へ、ガラスを割るほどに勢いよく侵入する。そして、生徒たちの鋭い悲鳴と物が弾けてぶつかる大きな音、そしてたまにグチュグチュと生々しい音がしたあと、その教室はしーんと静まった。


 そして、その教室の窓から男子生徒の腕や体の一部が放り投げられ、続いて、フライアンが、ゆっくりと教室から出て来る。フライアンの片手には、衣服をはぎ取られ、蛆の塊を咥えている女子生徒の死体があった。彼の羽が鳴る音は、この場では妙に印象の強い音となる。


「おそらく違った」


 フライアンは静かな余韻を感じるように呟いた。


「あの憎き、波速縦一を思わせるような、人を苛立たせる顔はなかった。次だ……」


 フライアンは激怒するような声を震わせていたが、片手に持っていた女子高生の死体をちらっと見えると、すぐに機嫌を変え、甘いような声を出す。そして、フライアンは手に持った女子生徒の頬にキスをして、そのまま顔を合わせて人形遊びをするように、


「聞いてよ、みくちゃん。いやキミの名前がみくちゃんかどうかは知らないけど、どうでもいいね。うん。僕をみんなが拒むんだ。僕は好き好んでこんな姿になった訳でもなくて、ただナガノっていう不幸な場所で生まれただけなのに……。ついに、僕を利用するだけ利用した男が、最後まで僕に利用されろなんて言いやがった……。殺したいよ……。もうみんな殺したい。わかるよね? みくちゃん」


 フライアンの声は次第に怨念が籠ったような重い響きを起こし始める。しかし、まさか死体が何か口を滑らせるはずがない。女子生徒の死体はうんともすんとも言わなかった。


「そっか。ありがとうみくちゃん。でも今度会う時はもっと喋ってね」


 そう言って、フライアンは女子生徒の死体を捨てた。


「キャーッ!」


 至る所で悲鳴が聞こえる。女子生徒、男子生徒と関係なくフライアンから背を向けて逃げ出し始める。校舎内の廊下では、雪崩を作るような勢いで人が出口を求めて激しい足音を鳴らす。


「逃げんじゃねーよ! 良いか!? 今すぐ波速の息子を出せ! そうすれば、この場は収めてやる! ただし、1分以内だ! それを過ぎたら、俺に背を向ける人間は全員殺す! 俺に抱かれても良いという女は別だ! ベンチョを鳴かせながら四つん這いになっていろ!」


「う、うわあああ!」


 針井のクラスからも悲鳴をあげて逃げ出す者が続出し、また泣き崩れてそのまま立ち尽くす者も現れ、騒々しさがます。


「ど、どうするんや!?」


「とりあえず、波速さんは顔が見えないように避難させ……」


 古椅子がそう言いながら、波速輝夫の方を向くと、男子生徒の一人が彼の制服の襟を掴んで無理矢理引きづった。


「えっ、ちょっと! な、なに……!?」


  波速輝夫は訳も分からず抵抗するが、男子生徒は黙って顔を殴ると、波速は頭が真っ白になったみたいにボーっとし始め、すぐに黙った。


「ちょっと!? 何しとんねん、お前!」


 カナが大声でその男子生徒を咎める。よく見れば、その男子生徒は中田の取り巻きの一人だった。


「何って、コイツをフライアンに差し出すんだよ。そうすれば多くの人間が助かる」


「ふざけたこと言うなや!」


「ふざけたことじゃないだろ」


 カナの横から、もう1人、男子生徒がそう言い放った。彼も、中田の取り巻きの一人だ。


「考えてみろよ。全生徒とコイツ1人の命、どっちが重い?」


「両方重いに決まってるやろ! 1人でも、10人でも、1,000人でも! 死ぬことは凄く辛いことや! 数の問題じゃないねん! だから1人でも死なないように人は努力するのに、自ら差し出すなんて、死ぬ人間を自分たちで増やすやん!」


「イカれてるよ、お前。イカれてるから、誰もお前に賛同しないぞ」


 カナの周囲には、黙ってカナや波速輝夫から目を背ける者、それにカナの意見にむしろ反感すら覚えた者など、誰1人としてカナの味方は存在しなかった。中には「早く湯豆腐の弟を捨ててきてよ」と辛らつな言葉を放つ女子生徒もおり、カナはあまりの非情さに顔面を涙で濡らし始めた。


「ち、違う。絶対に違う! お前たちのがおかしい! す、翠ちゃん!」


 カナは翠に寄って、両手で肩を掴んだ。しかし、翠は曇ったような顔で、小さな声で「わかんない……ごめんね、わかんない」と謝るだけだった。


「ほらな。お前は違うようだが、自分が死ぬくらいなら誰か一人が死ぬ方がいいんだ、皆は」


 今度は中田本人がカナを責めるように言い放つ。


「何もおかしい反応じゃないだろ。足し算的にも、1と10の重さは違う」


「人を計算できるわけがない!」


「できる。それに、人間はどこまで行っても自分が可愛い。そもそも、普通の人間は自分と他の多数の人間の天秤でされ自分に傾くくらいだ。しかも、今回はそれほどに残虐じゃない。どうしようもないクズの弟さえ死ねば、とりあえずこの学校から去ってくれるかもしれない。あのハエ野郎の目的はコイツの父親なんだから」


「まったく、どうしようもない家系だな、コイツ。兄は卒業式をぶち壊し、父は暴力ハエを連れてきた」


「でも、弟が全部、清算してくれるんだ。まぁ良かった良かった」


「ふざけるなや!」


 カナが中田に飛びかかると、中田は難なくそれを避け、そのままカナの腹へ蹴りを入れて突き飛ばす。


「ゴホッ! ゴホッ!」


 いつか、波速をリンチしたときに食い掛った時ならば、中田もここまで本気でカナを制することはしなかっただろう。しかし、今はなんといっても非常事態。少しの時間ロスが自分の命を削っている緊迫感から、つい女子相手にも手加減を忘れた。しかし、むしろ前々から気に食わなかった女が転がっているのを見て、愉悦を感じくらいだった。


「カナっ!」


 翠が青い顔になってカナのもとに走り寄った。遅れて、古椅子が続く。


「おい、フライアン! こいつが波速の息子だ! これ持ってさっさと出てってくれ!」


 中田の取り巻きは、フライアンからも見えるように波速輝夫の顔を窓の外へと突き出した。フライアンは声に従ってその方向を見る。


「僕は視力が悪いんだ。よく顔が見えない」


 中田の取り巻きはフライアンの間抜けな答えに、少し苛立ちを覚え、感情をそのままむき出しにするような声で


「だったら、投げ飛ばしてやる」


 そう言って、取り巻きは波速輝夫を窓の外に放り投げた。


「えっ!?」


「おい!」


 カナが凄い形相で投げ捨てた取り巻きを睨み飛ばした。


「ここは3階やぞ!」


「3階ならギリギリ死なないかもしれないし、それにどっちみちフライアンに殺されるんだからどうでもいいだろ」


 彼らの背後で、波速輝夫は落下していた。


 フライアンは落ちる波速輝夫の姿を捉えて、それを追う。しかし、反応に遅れたラグもあり、フライアンが波速輝夫を掴むよりも前に彼は地面に落下しそうだった。


 ___不憫だ。


 と、フライアンは思う。


 今では暴虐を尽くす悪鬼と化したフライアンだったが、流石の波速輝夫の扱いには同情の念を抱いた。いや、むしろ彼を悪鬼に刺せるまでの過程が、まるで自身の経験と重なったために、同情を覚えるのは必定だったのかもしれない。


___どうせ糞みたいな人間しかいないと思っていたし、実際にそうだったが、ここまで性根が腐っているとは。


 しかし、同情の念があっても速度は上がらない。精々、フライアンは神様に彼への加護を祈るくらいだった。


 と、その時。


 波速輝夫の落下が緩やかに止まり、代わりに、フライアンの背後から放電が向かってきた。


「ガァッ!」


 フライアンに強烈な電撃を受け、体の全体が焦げて煙を上げる。


 対して、波速はまたゆっくりと体が下へと落ちていく。


 それを、黄色いコスチュームの男が受け止めた。


「大丈夫か」


 黄色いコスチュームの男__針井純はエレボルの恰好で波速輝夫の体を下ろした。



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