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イカれちまった平均棍 その1

「フライアンがミナミ町に向かってきているらしいです」


 古椅子がネットニュースを読んで愕然し、そう発言したのは、フライアンがIchのテレビ局を抜け出した翌日の昼過ぎ。針井と古椅子は5限の授業を終え、今は約10分の休み時間の中にいた。


「マジか。ヤバいな。ああ、そういえば昨日の夜に『やる夫はカードを引くようです』の最新話がまとめサイトで更新されてたけど読んだ?」


「あ、読んでません。後で読みますね。で、話を戻しますよ。フライアンはIchのテレビ局から行方をくらました後、ンゴヤにて男は殺し、女は犯し尽くすの暴徒となりました。警察は役に立たず、侍とは対峙せずに逃げ回っていましたが、今日の昼頃になって突然にミナミ町へ進路を変えているようです」


 古椅子の説明を聞きながら、針井は自身のスマートフォンでフライアンの情報を収集し始める。少しして、針井は「なるほど」と呟いた。


「フライアンはどうやら、以前の理性的で紳士的? な有り方は既になく、ただ傍若無人になったようだな。ただ、フライアンがミナミ町に向かっている理由は、暴力だとかの単純な欲求を満たすためではないらしい」


「では……?」


「波速博士の自宅がミナミ町にある」


 針井が情報のソースをスマートフォンに表示させ、古椅子に見せる。特に、ニュース番組の速報では、フライアンに暴行を受けた女性たちが、フライアンの持つ波速博士に対する怨恨の強さを良く語っていた。口癖のように『人類を支配してやる。僕を拒めば殺してやる。波速博士は問答無用だ』と言っていたらしい。


「フライアンは波速博士の研究所を既に破壊していたらしい。たぶん、その辺りで博士の住所を特定したんだろう。まぁ、ンゴヤの女に偏見があったから、Gifの温泉に浸かりながら美女とのアバンチュールを妄想しているのかもしれないけれどな」


 「ああ、俺はンゴヤにも可愛い女の子はたくさんいると思うよ」と針井は遅れて付け足し、古椅子もそれに同意した。美醜に地域性が関係している科学的根拠はないため、ンゴヤだからかわいい子がいない! というのはただの偏見にすぎず、そしてその感覚に縛られることは恥ずべきことだろう。


「あの、1つ聞いていいですか?」


「ん? なんだ?」


「もし、もしもフライアンが悪鬼のまま、ミナミ町で暴れまわったら……。ジュンさんは闘いますか?」


 針井は「うーん」と捻りだすような声を出して頭を抱え、


「またあの恰好かぁ……。うーん。うーん」


「あ、あの。別にコスチュームはただマスクと衣装を変えれば大丈夫です。ドン・キホーテのコスプレグッズでも良いですし。ただ、大いなる力に対する大いなる責任という言葉は、守られる自分たちが言うべき言葉じゃないのかもしれない、と思うのです。今の自分としては、ジュンさんは前みたいに無理に戦う必要なんかなくて……」


「お前さ。俺に気を使いすぎて、頓珍漢なことを言っているぞ」


「えっ?」


「まぁいいや。とりあえず、俺がどうするかはその時に決める。それでいい。それより、今、生放送で面白い番組やってるぞ」


 針井はネット上の動画配信サイトから、とある生放送の番組を選び、自身のスマートフォンに表示する。そして、古椅子はそれを横から覗き込んだ。


『ええ。まさかフライアンがあのような癇癪を起こすとは……。私は研究の為に彼と長い付き合いがありましたが、あんな心の闇を抱えているとは……』


 スマートフォンに映し出される生放送では、波速博士が重々しい顔をして、フライアンとの日々を独白していた。周りにはフラッシュなどが飛び交い、所々にカメラを持った人であふれている。失礼にもマイクを使わずに大声で何かを質問する声も聞こえるなど、その辺りはかなり騒々しい様子だ。

 

「波速博士の緊急会見……。しかし、博士の安全の為に、またホログラムで登場ですか」


「ま。フライアンもどこかでこれを見てるだろう」


『波速博士。フライアンは現在、時速60キロメートルくらいでミナミ町に向かっているようですが、やはり波速博士の自宅を襲撃する意図があるのでしょうか?』


『恐らくそうでしょう。私の研究所が破壊されたことを考えて、間違いないです』


『ちなみに、その研究所が襲撃された際にも、博士の姿は目撃されていませんが……』


『ええ。たまたま、私は別のところにいたんです。ただ、私は、彼と友人だとさえ思っていました。そんな彼がこんなことを……。もしかしたら、私は彼を止めれたかもしれない。そう思うたびに、自責の念で夜も眠れない! だから、決めました。私の住所を公開します。フライアン、決着を付けようじゃないか』


『えぇ~!』


 スタジオやスタッフたち、それに出演者たちの驚きの声が漏れる。周りの出演者たちは興奮した野生動物みたいに博士に対してアレコレと質問を投げつけるが、博士はそのほとんどを無視した。


「凄いことになったな」


 突然のことに、針井も息を飲んだ。


『Gif県ミナミ町〇×……(町の前には郡を入れるものだが、この小説上の設定ではないものとします)』


 波速博士がすらすらと自身の住所を語った。ネット上に自身の特定につながる情報を漏らすこと以上に恐ろしいものは中々ないもので、特に彼の状況ならなおのこと危険が高い行為にも関わらず、波速博士の様子は、どこか淡々としているようにも見えた。


「アレ?」


 古椅子は波速博士の住所を耳に入れると、どこか違和感を抱いたらしい。彼は相当に引っかかるらしく、なにかなにかと頭を抱えて考え込む。


「この住所……普通に近所ですよ。ていうか、聞き覚えがありますね」


「ああ。ミナミ町って結構広いけど、普通に聞き覚えのある住所だ」


ミナミ町はGif県の南部に位置し、面積は200平方キロメートルをゆうに超える。その位置とサイズから現実世界の各務原市と羽島市、可児市を丸々と包み込むイメージが好ましい。町と呼ぶにはかなりのサイズである。それゆえ、2人が疑問を抱くくらいに覚えのある住所であれば、その住所はかなり近い場所だとわかる。


 針井と古椅子は顔を合わせ、互いに思案の顔を作る。しかし、2人はなかなか冴えた回答を出す様子もないままでいると、


「なぁ、なんか学校や先生の様子がおかしいんやけど」


 隣からカナが出て来て針井に話しかけた。


「そうか? そういえば、さっきから廊下が騒がしいような」


 針井がその辺りを見渡すと、廊下には生徒たちが「マジで!?」とか「ヤバーい! これ休校じゃん!」と、奇声にも近い声を発しながら群衆を作り、また大声で走り回るものもいた。


「フライアンが近くまで来ているからでしょうか。確かに、生徒を自宅に帰した方がいいのかもしれませんね」


「逆だろ。こういう時こそあまり散乱せずに固まっていた方が……」


 針井のセリフが終わる間もなく、サイレンの強烈な音が学校中に響き渡る。そしてすぐにサイレンに負けずけたたましい放送の声がやって来る。


『緊急! 緊急! 生徒は各自、教室に戻り、待機してくだ……』


ドォーン!


 けたたましい放送の声すら掻き消す轟音が鳴った。それはまるで、校舎の一部が破壊されるくらいの衝突音と、その瓦礫が落ちたような音だと、針井と古椅子はなんとなしに察することができた。


「なんやなんや!?」


 カナは訳も分からない様子で、その音を確認するために窓から顔を出す。針井や古椅子、同じくして好奇心にかられたクラスメイト達も、窓から身を投げるような勢いで外の様子を確認し始める。


「ふざけるな、波速縦一! 出鱈目な住所を教えやがって! 普通の高校じゃないか!」


 ブゥーンと空気を切り裂くような羽の音を出しながら、フライアンは怒声を響かせた。彼の顔はハエそのものだったが、表情筋無いとは思えないほどに鬼人のような怒りが伝わって来る。

 

『ああ、すまない。それは、私の息子が通う高校の住所だった。まずいな、これでは私の息子へ彼の牙が向いてしまう』


 針井が生放送を表示したままにしていたスマートフォンから、波速博士の声が漏れる。その声は、本当に危機感を抱いているとは思えなかったが、演技をしているようにも思えない、無機物的な声色だった。

 

 



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