めざわりテレビ・フライアンさんにインタビュー・3週目
『さて。今日はいつものフライアンさんだけでなく、かの高名な波速博士にも来ていただきました』
『知らない人は初めまして。私は工学を中心に研究をさせていただいている波速縦一です。今日は最近懇意に研究対象としているフライアンの付き添いでこの番組に出演させていただきました。短い時間ではありますが、よろしくお願いします』
『そして、隣にはそろそろ見慣れてきたフライアンさんです』
『どうも』
『では、まず波速博士から見て、フライアンさんはどう見ていますか?』
『はい。まずフライアンを知る為にはナガノを知る必要があります。ナガノはご存知の通り、20年前のバーストから魑魅魍魎の巣となりました。あそこでは裸の人間はハエくらいしか生態系の上になれません。彼は放射性によって遺伝子が変化したハエを栄養源に生きていきました。それによって、自身もハエになった……。フライアンはそう解釈しているようですが、もしかすれば彼自身の遺伝子も環境によって変化があったのかもしれませんね』
『確かに、あの環境で20年も行けていたのですから、元から異常になりつつあったのかもしれませんね』
『そんな! もしかすれば、放射性によって人体に様々な変化はあったかもしれません。しかし、こんな姿になるほど恐ろしい変化が見られたのはおよそ3年前です。それまでは本当に普通の人間だったんです』
『そうですか。ですが今の姿もなかなかに興味深い。頭部はもうほとんどがハエと同じ機能になってますね。胴体も早く動けるよう次第にコンパクトになりつつ、背中に生えている羽も前翅は発達し、後翅は小さく収まっています。いわゆる平均棍ですね。頭部は半球形。前方の両側に大きな複眼、中央に一体の棒状の触角。口吻もハエそのものです』
『すごいですね。まさにハエになろうとしている男です』
『はい。左右の目に挟まれてる場所に短毛がありますよね? この短毛はハエにとっての感覚氏の一種なわけです。この毛の表面に孔が開いていて、それは神経細胞で匂いの分子を中枢神経に伝達します。彼自身にも、そうやって匂いを区別していることが分かりました。また、この唇も象の鼻のように前に伸ばすことが出来ます。まさにハエそのもの』
『止めてください。まったく嬉しくない』
『ふぅむ。しかしフライアンの研究により、平均棍が飛翔移動時の角速度検出の役割があることも発見され、その上でナガノ生物の生の遺伝子の研究も大きく発展した。君の飛行能力の分析が、航空力学にも大きく貢献されました。全部、キミのおかげだよ』
『いやぁ! 良かったですね!』
『別に』
『ナガノについて情報をくださるのも良いですね。特に松本や諏訪湖辺りは放射性濃度も高く、奇妙奇天烈な生命体も多い。フライアンは伊那辺りで人類(不明確)の集落を発見し、少しの間は生活していたそうですが、彼らの文化や生活も不肖理系の私ですが、とても興味を持ちました。ぜひ早急な調査が欲しい』
『ああ、一部で都市伝説となっているナガノの人類ですね!? フライアンさんの発言によって、より信憑性が増したわけですね』
『まぁ、確かに伊那で(おそらく)人類と生活したことがあります。ええと、確か4年くらいですね。彼らは良くもわからない魔術やら邪神だかを信仰しているようで、その上、どういう消化機能を備えているのか放射線に汚染されている土でも難なく摂取するイカれた集団だ』
『しかし、彼らと決別したきっかけは?』
『実のところ、僕のハエ化が進行して、迫害されたんですね』
『ナガノ人にさえ迫害されるとは』
『哀れですね。フライアンさんはキョートに隔離しましょう』
『嫌ですよ。キョートなんて』
『選り好みしないでくださいよ』
『それより、今日は僕がハエから人間に治るかの話だったはずでは? 波速博士。僕はそれ以外に興味はないんです。お願いしますよ』
『えっ、ああ。正直に言うとですね。無理ですね。ハイ』
『は?』
『あははー。そらそうよ』
『まぁ、私の専門が医学じゃないですし。それを治す方法なんてわかりませんし、むしろ研究の為なら治そうなんて思いません』
『は? は?』
『と言っても、確かにあらかたあなたを研究し尽くし、もうそろそろ飽きているのも事実。そこで、私は1つの提案をしたいと思っています』
『ほう。その提案というと?』
『もう一度ナガノに行ってください。そして、ナガノの調査をお願いしたい』
『すいませんちょっと、止めてもらっていいですか? 僕は普通の人間として生活したいんです。あの怪物の倉庫にもう一度と紛れてこいなんて冗談にしても笑えない!』
『とは言ってもですね。貴方を受け入れてくれる人間のコミュニティーがないんですよね』
『ええ。自分も貴方が飲食店で見かけたら、すぐに立ち去って全身を消毒して町ごと引っ越すと思います。ああ、それと貴方が番組に出演すると視聴率が下がるんですよ……。なので、次からはもうお呼びすることはないのでよろしくです。自分は面白い顔なので好きなので名残惜しいですねぇ』
『おい、何だよお前ら……』
『そういう訳だ。フライアン、キミが人間社会に貢献する方法は1つ。調査隊としてナガノに派遣されること。これがキミの出来る唯一の人間社会への貢献だ。就職したがっていただろう?』
『ふざけるな!』
フライアンが怒りのままに爪の先を波速博士に突き立てた。
しかし、波速博士は血を噴き出すことも苦しむ様子もなく、フライアンは彼の体をすり抜けていく。勢いが余って、スタジオのセットを破壊し、大きな音が鳴る。そして続々とスタッフたちのざわめきが聞こえてくる。
『すまないな。もしもの為にホログラムで出演させていただいた』
波速博士は何事もなかったかのようにフライアンに語りかける。
『しかし……うぅむ。期待はしていたのだが、残念だ。やはり、人間とハエは分かり合えないらしい。よく考えれば、私たち人間とハエとの関係は、ハエが台所のロジンと油にもがき苦しむ姿を、人間たちが気色悪いと眺めているのが正解なのかもしれない』
もう一度とフライアンは波速博士に突進するが、ただホログラムが一瞬ほど消えるのみでそれ以上の反応はない。
『ふざけやがって! 僕は人間だ! こんな醜い姿になっても、人間として生きる意味くらいあるだろう! なぜその権利をお前らは笑う!?』
『だれも貴方の権利なんて笑っていません。ただ貴方の顔がとても面白いものですから』
あはははー。とスタジオから笑い声が鳴った。その中心にいたフライアンは、手首をプルプルと震わせ、怒りを堪えていた。
ビューン!
と、フライアンは風を切る音と共に天井を突き破り、そのままテレビ局の外へ出た。
「許さないぞ、人間ども! 俺だってこんな真似はしたくなかった! だが、もう散々だ! お前ら一人一人を奴隷にして俺が王になってやる!」