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鐘の余韻はどこへ行く?

「主、エンジンニアがやられました」


 少女の声。


「知ってる。ネットニュースを見たから」


 男はスマートフォンで、Twitterの情報を眺める。エンジンニアの話題になると、彼の犠牲になった被害者たちを追悼するようなコメントが多かったが、エレボルの話題になると一変。変態糞黄色男なんて呼ばれ、ホモビデオの男優を模したセリフで馬鹿にされ、コラ画像がたくさん作られていた。


「うーん。やるなぁ! 凄い! ねぇ、ハライやニチジツは何かやったの?」


「危険の際は、主の通りこのハライがエンジンニアの首を落とすつもりでした。しかし、その必要もなく、あの子……エレボルと言うべきですね。エレボルは見事にエンジンニアを打ちのめしました」


「エレボル……エレボル! エレクトロンボルトの略なのかな!? うーん、良いね理系野郎! 憎いよ黄色い変態め! 変態イエロー」


「まだ戦闘に関しては稚拙で素人ですが、今後次第で如何様にもなれるポテンシャルがあると憶測できます。いかがいたしましょう?」


「今はとりあえず情報だけ集めて、直接的な干渉はしなくていいよ。ああ、もちろん、エレボルだけでなく、ジュンの日常もちゃんと監視しといてね」


「わかりました」


「それと、仮にも俺の弟であるアイツは?」


「入学式に、リンチにあってからはあまりストレスを抱えるようなイベントはありませんね。おそらく、ジュンさんがやり過ぎたことで、周囲は軽蔑から哀れみの対象として見られているのだと思われます」


「ちっ」


「ジュン様は、やはり、これを狙ってあんなことをしたのでしょうか?」


「さぁ。別にアイツはイジメがあっても平気で見て見ぬ振りが出来る人間だからな。ただ、計算した上の行動なのは同意できる。まぁ、大方のところ……友人の為とか」


「そういえば、今日のジュンさんは……こんなことを……」





__________________ΩΩΩΩ__________________



 古椅子の家は、レンガ造りでヨーロッパ風味だった。加えて庭にも菜園が並び、バーベキューの道具が端に片付けられている。そういえば、古椅子家は暇さえあれば家族でバーベキューをしたり、傍らに止めてあるジープでキャンプに行く愉快な一家だったと、針井は思い出す。景気の良い邸宅だな、と彼は古椅子の邸宅を見るたびに思う。


 エンジンニアを撃破した針井と古椅子は、小人の力を使って空中から帰宅する。針井はもちろん、かのコスチュームを着たままだ。


 針井は古椅子をその庭に置くと、古椅子は大きく頭を下げ始めた。


「今回は、自分の不手際でジュンさんに危険が及んでしまい、本当に申し訳ございませんでした」


 バットマンのお面を外すことすら忘れ、深々と頭を下げる古椅子に、針井は少し困ったように、


「いや、良いよ。そう畏まるなって」


 と言う。


「ですが……」


「まぁ、とりあえずはお開きにしよう。俺は眠い。昨日はネット掲示板の荒らしやっててあんまり寝てない。天井のシミの数が偶数か奇数かが気になって、ずっと数えていたんだ」


「そ、その趣味はあんまり良くないと……」


「あーっお兄ちゃん帰って来た! げぇっ! なんか変なのいる! おかーさーん! お兄ちゃんが空飛ぶ猥褻物に絡まれてるー! ショットガンで撃ち殺して下せ―!」


「こ、コラ! ハナ!」


 突然、古椅子宅から中学生くらいの少女が騒がしく出てきた。少女は黄色い猥褻物みたいな針井を見た瞬間に、目をワッ! と大きく開いて驚き、近くにあったショットガンや拳銃を拾って、針井に立ち向かった。


「邪魔しないでお兄ちゃん! その変態の正体くらいわかってます! どうせあのファッキン針井なんでござろう!? 今なら猥褻物の恰好をして強盗しに来たって言い訳が立つで候! あーどっこいしょー! どっこいしょー! あっ、ソーランソーラン!」


 古椅子羽奈は二連発式の散弾銃を両手に、そしてベルトに9mm拳銃を携えて兄の古椅子と悶着を起こしていた。羽奈は針井に散弾銃の標準を定めて撃とうとするが、すぐに古椅子がそれを外す。逸れたいくつもの弾は古椅子邸の天井に穴をあける。


「そういえば、お前たちの父さんは日本ライフル委員会の会長だっけ」


「いかにも! 我が尊敬するお父様は、日本の陰湿なイジメや不良の増加による犯罪率増加を憂い、日本憲法に銃所持自由を認めさせた第一人者なのです! 銃による報復を恐れ、イジメや暴力事件を起こす不良も激減しました。父は日本のヒーローなのです! 日本じゃバットマンだってジョーカーに機関銃をぶっ飛ばします!」


 羽奈は偉大な父を語ることに興奮しているのか、散弾銃をそこらに激しく撃ち続けた。バーンッ! バーンッ! 辺りの壁や天井が穴だらけになる。針井も古椅子も、うるさくて仕方がなく眉を顰めた。


「その分、自殺率は上がっただろ。引き金を引くだけで死ねるようになったし」


「自殺したい人は自殺させるべきでしょう! なんで人の自殺を他人にとやかく言われる筋合いがありますか!? よくいるんですよね~。散々に人を苦しめて、助けなかったくせに、自殺した途端に自分だけは味方だったとか、そんなつもりはなかったとか、生きていれば幸せになれたのにとか言っている人種! あ~滑稽滑稽コケッコッコー! 産卵ぽんぽんぽぽぽぽーん! 死ねや! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!」


「おい。この妹、ちゃんと学校行ってるのか? 知能がいろいろおかしいだろ」


「皆勤賞ですよ。特別学級ですが、毎日元気に学校に通っています」


 針井と古椅子は互いに顔を合わせて会話をしていると、古椅子は少し気が緩んだのか、羽奈を抑える腕の力が緩んだ。羽奈は古椅子の腕を振り切って、針井に向けて何度も散弾銃を撃ち込んだ。


「おりゃあぁぎゃかああ! 隙ありぃ! 死ねぇえええええええええ!」

 

 自由の身になった羽奈は軽くなった体を存分に震わせ、針井に向けて銃の引き金を引いた。運よく、針井はとっさに反応することができたので、照準からすかさず離れてそれを避ける。


「すいません! 手が抜けてしまって! 早く逃げて!」


 古椅子はすぐさま再び羽奈を拘束。羽奈はまだまだ暴れたりないようだったが、針井は流石に敵わないと思い、そのまま超スピードで空を上がり、古椅子宅を去った。


「ゴラ―っ! 降りてこい卑怯者! 逃げるなんて卑怯者! チキン野郎! 京都人!」


 針井は京都人扱いに少々の苛立ちを覚えたが、それ以上に散弾銃や拳銃の音が鳴っている様子が自身を冷静にさせた。


「本当に申し訳ありませんでしたー!」


 針井が随分と古椅子宅から離れたが、古椅子が謝罪をする声は延々を思うほどに長く続いていた。



 __________________ΩΩΩΩ__________________




「それが報告? まぁ、やっぱりこう言うキチガイがいるからライフルの所持は肯定できないよなぁ」


「いえ、この後の話です」


「この後? 何かあったのか?」


「ええ。ジュンさんが倒れたんです」


「倒されたんじゃなくて?」


「倒れました。飛んでいる途中で、バタッ! と」



__________________ΩΩΩΩ__________________



「おい。起きろや、暴力男」


 ソファーの上で針井は目を覚ます。遠くにある台所でフライパンが何かを焼いている音と、テレビでニュース番組が流れる音、そして古くなった木材がキィーキィーと音を立てているが聞こえて、針井は不安を感じた。

 

「おう」


 針井の目にはカナの顔が大きく映る。カナは気絶している針井を上から覗くように見ていたらしい。


 針井がカナを払い退けて、辺りを見渡した。机やタンスはすべて木製で、虫に食われていそうだ。フローリングなんかも随分と経年劣化をしている。針井が少し重心を移動してみると、キィーキィーと音は強く反応する。窓の外を見ると桃の花があった。どうにも築年齢の古そうな部屋であると針井は感想を思う。


 そして、どうやらマスクやコスチュームは外されているらしい。針井はぶかぶかのTシャツと甚兵衛を着せられている。


「感謝するんやで。途中で、猥褻物の恰好をしたお前が空から揺ら揺ら降って来たから拾ってやったんや」


「そ、そうか」


「ああ、あたしと婆ちゃんでお前の傷口直したで。キミさ、あの時に傷口塞いだって言うの半分嘘やろ。途中でボロボロと血が出てきたわ。婆ちゃんも呆れてたな。とりあえず消毒液をドバドバ入れて、穴に豚肉を突っ込んで、溶接みたいに肉を溶かして塞いでやったで! 溶接って意外に楽しいな! 工業高校行っても良かったわ!」


「あ、もう良い。何をやったかをそれ以上言うな。つうか豚って……せめて牛使えよ、牛」


 針井は話を遮ったが、しかし遮った後にする話題がない事に気付き、少々の気まずさを覚える。


「とーちゃんとかーちゃんはおらんのか?」


「おらんで。婆ちゃんの家でお世話になってんねん」


「なんでこんな田舎町にわざわざ?」


「あー。翠ちゃんと一緒の高校に来たかったねん。ほら、あたしらラブラブのカップルやん?」


「突っ込みにくいボケだな」


「そういう反応が一番ムカつくわ」


 針井がソファーから上半身を起こして、体を伸ばす。体に妙な異物感はあったが、痛みや故障は見られなかった。


「キミさ、ジュン。もうヒーローごっこは止めたほうがええで」


「ヒーローじゃない。ふなっしーの男性器のコスプレだぞ」


「せっかくオブラートに表現したのに、下品なこと言うなや!」


 カナは針井の頭を大きな手振りで叩きつける。針井は「いてっ」と声を上げたが、カナは殴られた記憶から、それに罪悪感はなかった。


「とにかく、こんな大怪我をしてまでエンジンニアに立ち向かう必要はあったんか?」


「あるんじゃないか? 一応、俺が何とかしなければ警察は今後も惨殺されていただろうし」


「しかしやなぁ……。警察だってもっと他に被害を抑える対策があったのかもしれへんし……。それに、ジュンの素性だっていつバレるかもしれへん」


「確かに、それは一理あるな。ただ、人が殺されているから、それを止めようと、つい行動してしまう。そんな正義感くらい、認めてもいいんじゃないか? 別に、なにもおかしい事じゃない。助けようという正義感と、それが為しえる力があったら、誰だって無茶をやってしまうものだ」


「それ、ジュンの本音か?」


 カナの質問に、針井は意外そうな顔をし、そして沈黙した。うまくごまかす言葉が見つからないらしい。


「……それ、礼さんの考え方やろ。礼さんに言われて、断れなかったんやな。……それでも、もうしないでくれや」


「まぁ、たぶんしないよ。アイツだって、別に面白半分でやったわけじゃないだろ。そうにしても、すぐに反省して、何年も後悔に根を持つような奴だ。多分、変人の俺がヒーローをやれば更生するとでも考えたんじゃないか? だから、俺は別に恨んでない。」


 カナの表情が沈む。針井は言い過ぎたと思い、素直にカナの言葉に従う。


「でもだ。お前の行動も悪い。お前なんて力もない癖にエンジンニアと向かい合いやがって」


「あれは倒そうとしなかったからええんや!」


「バカ。凶悪殺人犯に説得して殺さないでください、なんて通じるかよ」


「ふなっしーのチンコに言われたくないわ。このアホジュン!」


「女の子がチンコとか言うなよ、チンコとか」


「二回も言うなや! セクハラ男!」


 針井とカナが激しい問答をしていると、台所からカナの祖母らしき女性が「おやおや」と言いたげにほほ笑みながらやって来る。


「針井さん、元気になってよかったね」


「あっ、これはどうも。お世話になりました」


「いえいえ。こちらこそ、話を伺う限り、カナを救ってくれたようで」


 その後、針井はカナの祖母に何度と頭を下げられ、その度に彼はしどろもどろとしながらそれに対応する。彼は感謝されることに慣れていないらしく、その様子をカナに何度とからかわれた。


 お礼の1つなのか、カナの祖母は針井を夕飯に招待する。針井は最初こそ断りを入れたが、祖母もなかなかに粘着した為か、針井はすぐに折れて、自宅に連絡を入れた。カナも悪い気はしていない様であるし、何より祖母にとっては娘が連れてきた異性の知り合いであるためか、少し張り切っている。夕飯は、少し3人にしては多めだった。


 3人が談笑する中、テレビのニュースでエンジンニアとエレボルについての放送がされた。どうやら、野次馬の中には、銀行にて行われた戦闘の一部始終を動画に収めた者もいたらしい。公園での最終決着はもちろん動画などの記録は無かったが、代わりに現場にいた子供たちがインタビューを受けている。


『あんな恰好をして外に出られるなんて変態だと思った』


『社会が生んだ闇だと思う。抑圧された意識がマスクをかぶることで解放されるんだ』


『キモイ。彼氏がしてたらすぐに絶交して、みんなにチクって村八分にすると思う』


『へんたーい! 見てるかへんたーい!』(数人の小学生たちによるコメント)


 その場にいた子供たちのコメントは以上のように温かいもので、針井は涙が出そうになったのを堪えた。おそらく、自宅にいた古椅子もコスチュームを誉められ、似たように思ったことだろう。


対して、カナは大笑いしていたが、すぐにエンジンニアに殺されかけたエレボルを庇うカナの姿(モザイク付きだが)をテレビに映ると、そのあまりの無謀さに、祖母は静かだが確かな厳しさがある言葉をカナにかけた。


「ホント、お前が来たときはびっくりしたわ」


 箸と白米を両手に持っている針井が、カナを戒めた。


「もうええやろ。まったく……」


 カナは祖母からの叱咤でウンザリしていたらしく、針井の言葉を払いのけた。


「でもさ、お前、どうしてそこまでできるんだ? 波速くんの件も含めて、どうして強い奴に立ち向かえるんだ?」


「……弱いやつの味方して、なんか悪いんか? 腕っぷしで力の弱い子を支配しようなんて考える男が嫌いなんや」


__________________ΩΩΩΩ__________________



「と、言うような感じです」


「ふーん。なるほど。いいね。ジュンのこう言う日常だけでも、随分と彼の芯となる部分が分かってくる」


「芯、でありますか」


「ああ。特に良く分かったのが、アイツがヒーロー気取りなんて始めた理由だな。古椅子か。ふーむ」


「ジュンさんは、古椅子を強く思っているのですね」


「違うな。いや、強く思っているのは間違っていないのかもしれないが……。強く思うにも様々な感情がある」


「複雑、なのでしょうか」


「もっと捉えれば、依存、だろうな。ははっ、じゃあ、予言をしてみよう。アイツは、今後、万人を救うヒーローにはならない!」



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