第96話 これからの行先
《『レベル:50』になりました。》
《光魔法師 より 複合魔法師 にクラスチェンジしました。》
《スキル 複合魔法スキル化 を取得しました。》
(確か50レベルになるには、自分自身が何かの壁を乗り越える必要がある。だったか……。
確かに壁と言えばそうだが、もっと別の壁がよかったな)
思わぬところでレベルが上がったことに複雑な念を抱きつつも、紅の鎧の男が完全に事切れたのを確認してから、竜郎は土魔法で造った入れ物に収容して《アイテムボックス》に死体ごとしまいこんだ。
それから竜郎は、愛衣に手を繋いでもらいながら魔力を回復していき、土魔法で整地しなおして、惨状をできるだけマシに…なんとか見られるレベル……かも知れないというくらいには仕上がった。
そしてもう程なくして後続の盗賊達がやってきてしまうので、竜郎はいそいで土魔法で地下道を造って逃げていく。
そしてその際に、さりげなく地下に引きずり込んでいた、鍵となる存在も回収して行った。
その鍵とは、紅鎧の男がサルマンと呼んでいた、解魔法使いだった。
気も弱そうな上に、解魔法の使い手という事は、直接的な攻撃手段を持っていないはず。
なのでこの男をとらえて、商人のギリアン・マクダモットの居場所を聞き出し、救出、領主との面談。という筋道を立てたのだ。
そうして気絶したままの男を魔法で造った即席台車にワイヤーで縛り付けて乗せて引きながら、土魔法で穴を掘って盗賊たちの包囲網から抜け出し、そこから先も暫くモグラ活動を続けていく。
それから盗賊達と戦った場所からかなり離れ、地上に出た頃にはすっかり夜を迎え、月明かりが煌々と照っていた。
本当なら今頃清々しい気分で宿で休んでいる頃だったはずなのに、笑ってしまうほど真逆の状況に竜郎達は嫌になる。
二人が盗賊の援軍の現在位置をカルディナに飛び回って貰って探ってもらうと、かなり離れた場所で未だに竜郎達を探し回っているようだった。
「ひとまず一安心だが、まずはギリアンさんの救出を急いだ方がいいな」
「そうだね。少しでも早く助けないと、これからどうなるか解らないし」
今はやることがあるからと、出来るだけ何も考えない様に次の行動を決めていく。
「となると。おいっ、お前がもう目が覚めているのは知っている。
商人のギリアン・マクダモットと言う人物がどこにいるか教えろ!」
「…………」
「これって、寝たふりなの?」
「ああ、間違いなく。大体三十分くらい前から起きて俺達の会話に聞き耳を立ててたみたいだし、なんとなく状況を理解して話したら用無しの自分も──とか思っているんだろ。
そうだろ、サルマン?」
「…………」
竜郎は解魔法で常にいつ起きるか探り続けていたので、目覚めているのは確実。
であるにもかかわらず、脂汗を流しながら目を瞑る男にため息をついた。
「なあ、あんた何で盗賊なんてやってんだ? とてもじゃないが、そんな肝っ玉じゃ辛いだけだと思うぞ。
それに、あいつがそばに置くくらいなんだから、それなりに解魔法使いとしては優秀なんだろ? 他にも道はあっただろうに」
「…………………………う、うるさい。そ、そうするしかなかったんだから、ししし、しょうがないだろ。
わわわわ私は、き、君たちみたいに、つつ強くはないんだから」
竜郎の声音に殺意や、高圧的なものを感じなかったからか、サルマンはかなり緊張し、どもりながら、ぐちぐちと自分が何故盗賊なんてものをやる羽目になったのか語りだした。
それによれば、元々サルマンはトーファスで衛兵をしていたらしい。
その頃は、解魔法使いとしては歳の割に優秀であったのもあり、解析班の期待のルーキーなどともてはやされていたと言う。
だが、トーファスの町長が殺されてから、まっとうな衛兵は殺されるか、従属するかを迫られ、死ぬのが嫌だったため盗賊たちの傘下に入ったらしい。
そしてその時に、名前をイヤルキというあの紅鎧の男に目を付けられて、強制的にレベル上げをさせられ、消耗品のように扱われ、散々な目に遭いながらも、死にたくないという一心で耐え抜いた結果。
……いつの間にか、一番そばに居たくない男の側近になっていたのだという。
「もしそれが本当なら、散々な人生ね……」
「ほほほ本当だ! わ、私はいつだって盗賊なんてやめたいと思ってたんだ!
もももし、私がその商人の場所を話して、ぜぜ全部うまく行ったら、見逃してくれるというのなら、喜んで君たちの手伝いをすすすすするぞ」
「完全に信用はしないが、その話は取りあえず信じてやるから落ち着いてくれ。聞いてるこっちも落ち着かなくなる」
「あああああああああ、ああ……。すまない……」
男はワイヤーでコイルの様に巻かれたまま、器用に深呼吸をして気を落ち着けていく。
二人も焦らせては話が進まないと、それが終わるのをじっと見守った。
やがてサルマンが落ち着きを取り戻し、まともに口が聞ける状態になったところで、盗賊の住処について語ってもらう。
場所はトーファスの富裕層が住む区画の一角で、もともと前の町長が住んでいた邸宅をそのまま奪って使っているらしい。
自分の領内でこれだけやりたい放題にされていても、未だに気が付いていなさそうな現領主に呆れさえしつつ、より詳しい情報を聞き出していく。
「わ、私がアジトについて知っているのはこれくらいだ。あ、後は、警護している人間も当然いるが、君たちなら問題ないだろ?」
「最後にもう一つ聞いときたいんだが、あのイヤルキって奴より、強い奴はいるか?」
「イヤルキより強いとは言い切れないが、あそこには力だけならイヤルキ以上の奴が一人いるはずだ」
「それはどんな奴?」
「な、名前はエンニオ。赤みの強いオレンジ色の毛が特徴的な虎の獣人で、極度の先祖返りを起こしてる。
だ、だがそのせい……この場合はおかげか?で、知能は低いんだが、純粋な膂力だけならイヤルキの鬼人化した時よりも上だと言われていた」
竜郎と愛衣は、真っ白で筋肉お化けと化した鬼状態の時の事を思い出しながら、エンニオの強さをおおよそで想定しておいた。
そして、今の話でもう一つ気になったことがあったので、竜郎はサルマンに聞いてみることにした。
「あれよりも力が上ってのは解った、気を付けておく。
でだ。さっき知能が低いと言ってたが、どれくらいだ?
システムがインストールされないくらいって事か?」
「おいおい、さすがにシステムはインストールされてるよ。じゃなきゃ、人間として扱われないだろ?
だ、だがまあ、人種族で言うと五、六歳程度かそれよりもちょっと下くらいだと思う。
ただし強烈な癇癪持ちのっていう枕詞がつくがね」
「やっかいだなあー」
「そう……だね。私も何度か殺されそうになったことがある。
それを唯一宥められるのが盗賊の頭目だったイヤルキと、その右腕と言われるグレゴリーという男だけだった。
ちなみにグレゴリーは、領主の息子の秘書とか言って今もそっちにくっ付いているはずだ。
種族は人種、クラスはテイマーだ」
テイマー。
確か動物を調教して使役するスキルを使うもので、高レベルになれば、魔物すらその支配下におけるようにもなるという。
そんな本から得た情報を参照しながら、竜郎は頭のメモに要注意人物を書き留めていく。
「わかった。とりあえず、話してくれたことには礼を言う。ありがとう」
「な、ならこの金属の紐を解いてくれないか? 今後は遠くに行って、一切君たちの前には姿を現さないし、ちょっかいも出さないと誓うから!」
「そうしたいのはヤマヤマなんだが、なんせ情報源が今の所お前しかいないし、それが本当にあっているのか確かめる手段もない。
だから、いっちょ俺達がトーファスに行ってる間、幽閉させてもらう」
「そ、そんなあ! 君たちのあの変わった動物がいくら速くても、片道で四、五日はかかる距離じゃないのかっ?」
「ああ、その方法で行けばどんなに急いでもそのくらいはかかるな。
だが今回は別の方法で行くから往復で二日もかからないと思う」
単純な直線距離なら、疲れないジャンヌでの旅も悪くない。
だが、今回行く道は蛇行や坂道が多いため、どうしてもその分距離は長くなるし、スピードも遅くなる。
だが、もう一つの方法、つまり空路を行けば、直線一本道で一気に行ける。
竜郎が疲れるという事以外、時間短縮を目指すならこの方法以外にない。
けれどそれを知らないサルマンは、想定以上の短い期間を言われたことに、目を丸くするも、とてもじゃないが信じられてはいなかった。
それは竜郎も解っていたが、懇切丁寧にこちらのネタを晒すつもりもない。
なので無理やりにでも、こちらのいう事を聞いてもらう他無い。
「最初に言ったと思うが、俺達はまだ完全に信じたわけじゃないんだ。
だから確証が取れるまでこちらの指示に従ってもらう。
ただ大人しくいう事を聞いてもらえるのなら、できるだけ人道的に扱うつもりだ」
「う……。そりゃあ、そうか……。生きるためとはいえ盗賊なんてやってたんだからな。わ、解った、君たちの言う通りにしよう」
かなりしょげてはいたが、サルマン本人の了承も得られたため、道から大分外れた場所であるここに、できるだけ不自由のない地下室を造ってみることにした。
その現場は見せたくないので、サルマンに闇魔法を使って見えなくしてから、カルディナに土魔法で手伝ってもらいつつ地下室を造りあげた。
椅子に机、寝そべられる空間、ベッドに蓋付きの汲み取り式トイレ。それに、三日分の食料保管庫。
完全に密封されない様に、空気穴をいくつか地上の目立たない場所に通しておく。
そして一番力を入れたのが、床と天井、壁である。
あのモグラ型の魔物が来たとしても、掘られないように鉄も混ぜ、闇魔法で今できる最高硬度にまでしておいた最高傑作でもあった。
これなら例えサルマンが中から出ようとしても壊せないし、魔物からの侵入対策もばっちりである。
この空間をすんなり開けるには、竜郎と同レベル以上の土と闇の混合魔法が必要になるハズなので恐らく問題はない。
「それじゃあ、一応そこに念を入れて三日分の食糧を入れておいた。竜の肉だから腐らないし、生でもいけるだろ」
「竜の肉!?」
「おおう、また驚かれたね」
「そそそ、そりゃそうだ。竜の肉を市場に流してみなよ。どんなに高値を付けても買い取る人がいる筈さ。そんな貴重なものを、わわわ私の為にっ」
竜郎達としては元の世界に帰られる様になる頃までに、おそらく食べきれない量を所持しているので、意識としては牛肉よりも価値は低く、美味しい保存食ぐらいの感覚で渡しただけなのだが、サルマンは貴重な物を自分の為に差し出してくれた事に感動していた。
思えば盗賊になってここ数年、誰からも優しくされてこなかった上に、いつ殺されるか解らず、ずっとビクビクしながら生活していたのだ。
例えその辺で買ってきた安い肉だったとしても、歓喜しただろう。
そんな中で、肉の中でも最高級に位置する竜肉である。完全に涙腺が崩壊していた。
しかし、そんな心情など察することも無ければ、知ることもできない二人は、正直ドン引きしていた。
「ま、まあ、お気に召したならいいんじゃない?」
「そ、そうだな。んじゃあ、俺達は行くから。できるだけ早く帰ってこられるように努力はするつもりだ」
「あ、ああ。君たちが帰ってこられない時は、私も一蓮托生だ! がががが頑張ってくれ!」
「「お、おう」」
そうして二人で外に出ると、竜郎は出入り口を完全に癒着させて、開閉できないようにしておく。
それから《アイテムボックス》から、飛行用のボードを取り出したところで、一度動きが止まった。
「どしたの?」
「ああ、そう言えば……その、レベルが上がったんだ」
「そうなの? って、もしかしてあの時?」
「ああ、あの時だ」
できるだけ考えないようにしてここまで来たが、竜郎自身ステータスが大きく変わっていることを実感しているので、その情報を共有しておかないわけにもいかない。
しかし、いざ思い返すと、あの時の感触がまざまざと甦り、暗くて重い何かに心が押しつぶされるような、そんな形のない不安や恐怖がこみ上げてきた。
お互いが何をどんなふうに思っているのか、痛いほど解る二人は手を繋いで、この気持ちは一人ではないとお互いの目を見て確認し合う。
そして竜郎は、もし一人でこんな思いを抱き続けていたのなら、きっと自分はいつか壊れてしまったのではないかと、そんな思いが込み上げて涙が出てきた。
愛衣もこんな気持ちを竜郎一人に背負わせることが無くて良かったと、涙した。
こんなにも解りあえる存在が、こんなにも近くにいてくれることに感謝しながら、抱きしめあって、キスをして、そしてまた抱きしめあったのだった。
涙が止まる、その時まで。




