第94話 袋小路
紅の鎧の男は《アイテムボックス》からさらにもう一本、銀色に光り輝く普通サイズの斧を左手に持ち、二振りの斧を手に襲い掛かってきた。
まず小さい方の斧で細かい斬撃を、そしてその中に大きい方の斧で大きな斬撃を混ぜ込んで二人に放っていく。
それを真面目に弾く理由もないので、愛衣は竜郎を抱えて《空中飛び》も使い器用に避けていった。
その間に竜郎は回避は全て愛衣に任せ、自分は身を任せたまま、新たな魔法を作り上げようとしていた。
なれていない魔法に、本当にできるか不安に思いながらも、何とか完成にこぎつけた。
「はあっ」
「───っがあ!?」
それは水と光の混合魔法で、極限まで圧縮した水を極細にして放出する、所謂ウォーターカッターに似たようなものだった。
それを計五本同時に造り上げ、目の前の男に向かって放ったのだ。
驚異的な身体能力で三本までは躱されたものの、残り二本は右の二の腕と、左足の脹脛を貫いて小さな穴を穿った。
「これは水魔法……か? こんなことも出来たのだな」
「もう降参しろ。まだこちらには何手も取れる手段があるんだ、お前じゃ勝てっこない」
「そいつは──どうかな。あああああああああっ」
「なんだ!?」「何!?」
突然体をくの字に曲げて地面に向かって叫びだした男に、二人が狂ったかと見ていると、二の腕と脹脛から出ていた血が止まり、傷が消えていく。
そして男が顔を上げれば、口元に上と下に二本ずつ牙が伸び、額からは一本の白い角が生えていた。
「お前、人種じゃなかったのか」
「ああ、厳密に言えば人種と鬼種のハーフだがな」
「鬼種って事は、鬼がいるんだ……」
「そりゃあ、いるさ。この辺では珍しいかもしれんがっ───な!」
愛衣の言葉に律儀に答えながら、男の腕の筋肉が盛り上がり、両手の斧を振り下ろした。
「りゃああっ」
「これでも届かないのか。お前達こそ本当に人種か」
「さてね。実はとんでもない種族かも知れないぞ?」
「いいな、その方が面白い!」
「戦闘狂みたいね」
「だな」
遠距離からの気力の斬撃では、どう頑張っても愛衣の壁は抜けないと判断し、男は半鬼化したことで、一時的に上がった身体能力を駆使して、スピードでかたを付けようとした。
しかし、それは竜郎の魔法で邪魔されることなった。
竜郎は大量の水を男の周りに放出し、それを操って水の中に沈めて行った。
水の抵抗で速度は落ちながらも、両手の斧を下に打ち付けて水を衝撃波で飛ばし、その一瞬で脱出することが出来たのだが、その先には愛衣の鞭の先端が伸びており、三角錐の重りがモロに角を打ち付けて、へし折ってしまう。
「があ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ」
「やっぱ、あれって折っちゃ駄目な奴だったのね」
「自分から急所を増やしてどうすんだよ。まったく」
そんな事を言い合っている二人だが、角を折られるより前に普通は避ける事ができるほど身体能力が上がっている筈であり、いとも簡単に成しえた二人のタッグがおかしいだけである。
そんな事とは露知らず、竜郎達は地面にうずくまって苦悶の声を漏らしている男を見つめていた。
「がはっ、はあはあ……はあ。まさか、俺がこんな醜態をさらすとはな……」
「だから言ってるだろ。何をしようと無駄だって」
「そうそう、大人しくしてたら、これ以上痛くはしないからさ」
「はっ。甘いんだよ、お前らは」
そう言いながら、男はフラフラと立ち上がった。
往生際が悪いと思いながら、何をしてくるかと警戒していると、突然男の体が真っ白に変色しだした。
「なんか血色がないどころか、真っ白になってるんだけど!」
「良く解らんが、すぐに動けるようにしておいてくれ!」
「了解!」
何をするか予想ができないので、竜郎はその前にねじ伏せる事にした。
土魔法と風魔法は、捕まえて引き渡した際にこちらの情報を悔し紛れにペラペラ漏らされても困るので、伏せたまま残しておきたい。
そうなってくると、確実にばれている火、水、闇が候補に挙がってくる。
なのでどうせばれているのなら、いっぺんに使ってみることにした。
まず闇魔法で水を変質させて、今度は粘性をさらに増し、常人なら指先一つ動かせないほどのものにする。
しかし、この男は常人ではないので、火魔法でその水に高熱を持たせる。
それを白色化した男に浴びせかけた。
水温は百度、その上粘度の増した水の中では、抜け出すことも出来ない。
さすがに火魔法対策の鎧類のある場所は温度による被害はなく、これは予想していたので良かったのだが、あらゆる隙間から鎧の中に入り込んで、内側からも熱してても、身に纏っていれば全身に効果があるのか、水温での被害は皆無だった。
「やっぱり、火魔法は全体的に効かないみたいだ」
「でもドロドロ水がへばり付いてるから、いけるかも」
「─────いや、駄目っぽいぞ。来るっ」
「もう、しつこいっ」
男の身体が膨らみだしたかと思えば、身長は変わらないが筋肉が盛り上がって体積が二倍ほどに変化し、角もいつの間にか生え変わっていた。
そして装備品の鎧やマントも、持ち主に合わせて巨大化していた。
それから、竜郎の粘性の水など存在しないかのように動きだし、手に持った二振りの斧で気力の斬撃を放ってきた。
それを愛衣に躱して貰っていると、その間に男が巨体に似合わぬ俊足で詰め寄ってきた。
「がああああああっ」
「はああっ」
愛衣が宝石剣一本を片手で操って、男の振るう斧を受けていく。
そして、それをこなしながら《アイテムボックス》に鞭をしまって、代わりに三つの牛頭の魔物から回収した斧を取り出して、接近戦特化に切り替えて戦っていく。
「がぁあああああ!」
「ホントの鬼みたいになったら、結構、強いかもっ」
「動きは止められない、多少の傷は回復する……っしょうがない。人間相手に使いたくなかったが──」
これが一番人にばれたくない上に、人道的にどうかという葛藤もあって使わなかった《レベルイーター》を発動させた。
『愛衣、少しでいいから動きを止めてくれないか』
『解ったっ』
他人には見えない黒球を当てるために念話を送って頼むと、愛衣は宝石剣に本気で気力を流し込み、その上で小さい方の斧を切り裂いた。
大斧の方は同じく自分の大斧で弾き返して、仰け反ったところに蹴りを入れた。
「ごはっ」
「たつろー!」
「解ってる!」
愛衣の合図と同時に黒球を吹いて、男に入り込ませていく。
すると、男の情報が入り込んでくる。
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レベル:67
スキル:《人鬼化》《鬼人化》《斧術 Lv.12》
《体術 Lv.4》《集中 Lv.5》《狂化 Lv.2》
《身体強化 Lv.7》《気力回復速度上昇 Lv.5》
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(なっ、レベルのないスキルだったのか。仕方ない、斧術と体術、それと狂化もだな、これさえなければ何とかなるだろ)
竜郎はまず斧術から始めた。
すると目に見えて動きが鈍くなり、普通の攻撃に織り交ぜていた気力の斬撃も放てなくなっていた。
しっかりと効果が如実に現れている事を確認しながら、他も一気にレベルを下げていく。
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レベル:67
スキル:《人鬼化》《鬼人化》《斧術 Lv.0》
《体術 Lv.0》《集中 Lv.5》《狂化 Lv.0》
《身体強化 Lv.7》《気力回復速度上昇 Lv.5》
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そうして竜郎は人間相手にどうなるのか解らないため、必要最低限の物だけを吸い取って、黒球を飲み込んだ。
「があ? …………これは。──いったい俺に何をした?」
《狂化》が切れ、冷静な判断が戻ってくると、さすがに自分の身体の異常に気付いて《鬼人化》を解くと、風船が萎むようにして体が縮んだ。
「何のことだ?。俺達には良く解らないが、元の状態に戻ったという事は、諦めたと思っていいか?」
「諦める? 何を言っている? 例えお前達がここで俺を捕まえられたとしても、無駄な事だ。また町長が手をまわして、外に出られるんだからな」
「そうならない様に、あんたを連れていって、町長も領主の息子も悪い奴だよって教えてあげるんじゃない。何言ってるの?」
「お前達こそ、まず前提条件が間違っている。あの町で町長の耳に入らずに、領主に会うことなど不可能だ。そしてその領主以外に、俺を見せた所で町長の息のかかった者に横やりを入れられて、結局は元の木阿弥。領主と直接会える伝手でもあるというのなら、別だがな」
当然そんなものはないだろうと、高を括っている様子に、竜郎たちはだからこんなにも強気でいられるのかと、そう思った。
「安心しろ、ちゃんと伝手はある」
「ほお? それはどんな? まさかリャダスに向かっている途中で出会った商人、ギリアン・マクダモットの事じゃないといいが」
「─────っ」
「おやおや、その顔は図星か。残念だったな、お前達とすれ違うルートを通っていたもんだから、ちょいと交渉してな、今は俺達の住処にご滞在中だ」
「その言い方だと、殺してはないようだな。人質のつもりか?」
もしそうなら最悪切り捨てる覚悟もあると、毅然と答えた。
しかし、男の嫌な笑みは尽きない。
「いや、そんな事は思っていないが。けれどお前たちはそいつ無しで、領主に会えるかな?」
「リャダスの冒険者ギルドを通して……」
「ああそう言えば、その冒険者ギルドの長は、町長の古い友人だそうだが? はたして領主に繋ぎをとって貰えるかな」
確かに、町長と親しげに話していたのは覚えている。有りえない話ではない。
「なら他の町の……」
「やってみるがいいさ」
トーファスやミミリスは無理だとしても、オブスルならレーラもいる事だし、何とかなるかもと期待したが、あまりにも堂々と笑う男に何かあるのではと思ってしまう。
『どうしよっか?』
『どうしようかな……』
今最も簡単で安易な道は、全て無視して竜郎たちが日本へ帰る事だけに専念する事だ。
しかし、そうするとオブスルにまた不幸が降りかかる。できれば何とかしておきたい。
ならどうするか。
その瞬間、最悪の選択肢が二人の脳裏を掠めたのだった。




