第93話 領主のお家事情
リャダスの町の町長。
会ってみた時は太った気の良い偉い人と言った風体だったが、確かにあの人物が手を回せば、今目の前に首が転がっている人物の脱走などたやすいことだろう。
それに何時ぐらいに出かけるのかも、ギルド長と会話をしている時に目の前で話していた記憶もある。
ならば頃合いを見て、竜郎達が大量の蜂型魔物デプリスを始末して、疲労している所に盗賊達を当てるという事も可能ではありそうだ。
この線は、6割方本当だと思ってもいいと竜郎は判断した。
だが、リャダス領主の息子。
今竜郎が手にしている杖を買う時に、小さなおじいさんから聞きかじった情報では、親の権力を笠に着た馬鹿息子と記憶している。
その馬鹿息子が自ら親の権力を削ぐようなことを、果たしてするだろうか。
これが一番の疑問だった。
「リャダス領主の息子は、今の親のおかげで好き勝手にしていると聞いた事がある。
そんな人間が、わざわざ危険な橋を渡ってまでリャダス領の乗っ取りなど考えるとは思えないんだが?」
「親の脛齧りの放蕩息子。確かにこの情報しかないのなら、疑いたくもなるだろうな。親が失脚すれば噛む脛が無くなるんだから。
だが今現在その放蕩息子は、噛んだ脛から引き剥がされようとしているんだよ」
「親がついにぶちぎれたって事?」
「簡単に言えばそうだ。元々─────」
そうして、紅鎧の男は詳しい内情をペラペラと話しだした。
それによれば、元々現領主ブレンダンは、息子のバートラムに家督を譲る気でいたのだという。
しかし最近になって、三女のロランスに家督を譲ると言いだしたらしい。
その原因はと言えば、ブレンダンは女児ばかりでようやく生まれた末っ子の長男が、可愛くてしかたがなかった事もあって、さんざん甘やかして育ててきた。
しかしその結果、家の財産を食い荒らされ、それだけなら自分の不徳とブレンダンも甘受していたが、最近になって無断で公費を横領していたことが発覚した。
それが明るみに出れば、この地を開拓し、何百年と治めてきたリャダス・ブルーイット家の名に傷をつける事になり、民衆からの非難も避けられない。
そこで目を付けたのが三女ロランス。
三女と言う立場で、良い所に嫁に出すくらいにしか考えてもいなかったこの娘だが、とかく頭が良く機転もきき、領主の娘と言う地位も存分に生かして、孤児院設立や、学校の増設、インフラ整備の充実化などに精力的に携わり、民衆からの支持も厚い女政治家として活躍していた。
その一方、バートラムの馬鹿息子ぶりは領内でも度々目撃されており、すでに周知の事実。
これが次の領主になる位なら、女性でも市民の為に熱心に働いてくれるロランスを次の領主に──と、おおっぴらに言わないだけで、リャダス民は誰しもがそう思っていた。
なので領主ブレンダンは横領をもみ消し、息子を地方送りにして表には二度と出さないようにし、馬鹿息子を育てた馬鹿親の汚名を雪ぎつつ、優秀であれば誰でも上に行けると示し、初めての女領主を据えることを英断した領主として、ブレンダン・リャダス・ブルーイットの名を残そうとしているらしい。
そして町長もまた、今その横領に関わっていたのではないかと嫌疑がかけられていた。
実際に結託しなければ不可能な点がいくつも見つかり、その噂は少しずつ民衆の耳にも届いている。
いくら領主が横領の件自体を隠そうとしても、口の軽いものは何処にでもいるのだ。
そしてこの噂は、半年後に控えている町長選に大きな影響を与え、現町長の次期当選は不可能とまで言われだしていた。
またその逆にロランスが次の町長にと、マリッカ・シュルヤニエミという妖精族の女性を擁立した。
こちらに女性票は完全に流れ、ロランスに期待している多くの男性市民や、古くから現町長を支持していた層もこちらに流れ出してしまい、次の町長選は実質決まった様なものであるらしい。
そこで今回の乗っ取り計画である。
まずは四つの町の中で、一番小さく目だったものも無いトーファスなら、領主の目も届きにくい。
なのでここを足掛かりに、地下からジワジワと占領している最中らしい。
実際、トーファスはすでに陥落しており、何をしても首を縦に振らなかった町長を殺し、替え玉を立てた状態で、盗賊の補給基地も置かれているほどらしい。
またミミリスも、町長の娘を攫って実質言いなり状態らしい。
少し離れた場所にあるオブスルにはまだ手を出せてはいないが、そこは一度無視して、リャダスを乗っ取った後に侵略すればいいと考えているとのこと。
そうして馬鹿息子は名前だけの領主になり、領の運営は今の町長に任せ、リャダスは紅鎧の男が統治し、それぞれの町は盗賊達を衛兵として雇い入れて、ある程度好き勝手にさせる予定らしい。
そこまでの話を聞き、オブスルが平和だった理由を知り、ゼンドーやレーラがまだ安全だと解って胸をなでおろした。
しかし、この男の話を信じるのなら、近い将来またオブスルが混乱に見舞われる事態が発生してしまう。
せっかく魔竜騒ぎを収束させたのに、これでは助けた意味がない。
「その話は確かに本当かも知れない、だが嘘かも知れない。証拠はないのか?」
「歳の割に随分疑り深いな。そこも評価が高いぞ。しかし、証拠か……。サルマン、何か無いか?」
「うえっ、わわわ、私ですか……? ああああ、はい。わわわ私ですよね。ここにはもう私しかいないのですから」
そう言いながら解魔法使いサルマンは、首のない死体をチラリと横目で見た。
それから一生懸命、この男の役に立つことを証明するために思考を巡らせていると、ふと紅の鎧が目に入った。
「そそ、その、緋炎の鎧と滅炎のマント、ははは破砕の炎斧が証拠に、なるのでは?」
「……ああそうか、よくやったぞ。確かにこれらは証拠になるか」
「どういう事だ?」
「いやなに、この鎧とマント、そして何と言ってもこの斧はリャダス・ブルーイット家に代々受け継がれる家宝なのだそうだ。
今回火魔法を扱うやたらと厄介な魔法使いが相手だと言ったら、バートラムがこれを俺に渡してくれたんだよ。
なんでも、この装備で先祖がその昔リャダス領に巣食っていた炎の魔竜を打ち倒したとかなんとか。
本当かどうかは知らないが性能は他の装備と比べ物にならないし、装備者に対し炎を限りなくゼロに無効化してくれる所を見ると法螺ではないだろう。
それに、ここに転がっている赤褐色の甲冑は、その頃に追従した騎士の物らしいぞ。こちらも驚くほど炎耐性が高い」
「つまり、領主かその身近の人物でなければ到底用意できない代物だと?」
「その通りだ。ほらこの斧にも、このマントにも、この鎧にも、この甲冑にもブルーイットの家紋が刻まれているだろ」
竜郎達に見えるようにマントをめくったり、鎧の中央に刻まれた模様を指し示したりしてきたが、生憎家紋など知らない二人には判別できない。
しかし、それに似た模様はリャダスの街中で何度か見た記憶もある。
「なら、それとあんたらをセットで領主に提出したら、その計画は終わりって事か」
「そうだな。だが良く考えてみろ。俺とお前達二人が組めば、この計画は成功したも同然だ。
俺達に手を貸したら、お前たちは町一つ好きにできるようにしてやる。悪い話じゃないだろ?」
『だってさ。愛衣、どう思う?』
『うん。そんな町なんかいらないよ』
そんな事をしなくても、二人は面白おかしく自由に行動できている。
町なんて貰っても、足かせでしかない。
だから、答えは決まっていた。
「断る」「やだよー」
「…………そうか。残念だな───では少々痛い目に遭って貰ってから、もう一度聞くことにしよう」
「何度聞かれても、答えは変わらない」
「それに、痛い目にも遭わないよ」
「なら、確かめてみるか?」
そうして紅の鎧をきた男は、斧を手にした。
そしてさらに後方に、今でも炎の牢獄に捕らわれている部下たちに向かって怒鳴りつけた。
「お前らは、いつまでそこにいる気だ! 出てこれなかった奴は俺が殺してやる!
どうせ触ったところで死にはしない。突っ込んで来い!」
「───そんな無茶な!?」
確かに死ぬことは無いが、それでもかなり痛い上に、火傷も負う。
そうなる様にイメージして使ったからなのだが、それをやったら竜郎が消すまで纏わりつく炎に苦しみ続けることになる。
それを知っているからこそ、竜郎にとって突っ込む事を強制するなど正気の沙汰ではなかった。
「可哀そうだと思うなら、消してくれてもいいんだぞ?」
「……断る」
「そうか。まあいいさ、その分こちらへ割ける労力も減るというもの。俺としても有難い」
「嫌な奴!」
「ああ。今まで敵対した者どもには、よく言われる───な!」
男は、巨大斧を真横一文字に振りぬいた。
その動作は竜郎にはまるで捉えることは出来なかったが、愛衣がいち早く反応し竜郎を抱えて上にジャンプした。
すると、真後ろにあった植物が切り裂かれた後に、地面に一メートル程の切れ目を入れた。
「やはり、このくらいはたやすく躱すか!」
「飛び道具は厄介だね。やっぱり」
「ああ、それに下っ端も動き出した」
着地と同時に、三撃放ってきた斧の切れ味の乗った気力の刃を放ってくる。
これを愛衣は宝石剣で相打って打ち消していき、その間に竜郎は温存していたカルディナとジャンヌを魔力フル充填の状態で召喚し、下っ端を任せることにして、自分は自分で魔法の準備に取り掛かった。
「また妙な技を使ったな。それに俺の気力の刃を、あっさりと切り伏せるその力!
くくっ、お前達は実に面白いな!」
「ちょっと、家の旦那様が集中してるんで、騒音は控えて下さるかし──らっ!」
「おっと、今度は鞭か……。剣と鞭のダブルに闇と炎のダブル、ビックリ箱の様だな」
「頭ー!、こっち─ぐああっ」
「それに比べて、こちらの情けないこと」
愛衣が右手の剣で気力の刃を切り裂きながら、左手に持った鞭で攻撃するもあっさりと躱された。
その間にも下っ端はカルディナとジャンヌのタッグにやられて、地面に突っ伏していた。
その光景に紅鎧の男はため息をつきながら、愛衣の攻撃を躱しつつ、斧の斬撃を見舞うのも忘れなかった。
けれどその全てを愛衣は対処し、竜郎が魔法を完成させるまでの間、見事に守りきった。
「くらえ……」
「なにっ!?」
竜郎は、現在もむやみな特攻をかけられている炎の牢獄を一瞬で消し去って、次に発動した魔法は水と闇の混合魔法。
粘度の高い水を広範囲にまき散らし、鳥黐の様にして絡め取っていく。
それは紅の鎧の男も同様で、体中に粘性の水を被って、まともに動けなくなり、驚愕に目を見開いていた。
「これでもう動けないだろ」
「大口叩いてる割に、大したことなかったね」
火魔法対策は万全の様であったが、今まで一度も盗賊たちの前で使ってこなかった水魔法はさすがに対策が取れていないらしく、地面に大半が縫い付けられて呻いていた。
それにはどうしようもないと踏んだ竜郎達は、捕えるためにまずは紅鎧の男を無力化しようと一歩踏み出した──その時。
「はあああああああっ」
「嘘だろっ」「うそっ」
紅鎧の男は気合を入れて足に力を入れると、そのまま立ち上がって、斧を自分の真下にぶち当てた。
すると地面に大穴を開けて、その時生じた気力の衝撃破で粘性の水は吹き飛んで、再び自由の身になっていた。
「火魔法、闇魔法、それに水魔法。さらに不思議な魔物を呼び出す力。
まだ他にもありそうだな。いいぞ、もっと見せてみろ」
「他の奴とは段違いだな。あんた盗賊なんてやらなくても、十分それなりの地位に就けたんじゃないのか?」
「人を殺しても許されるのなら、それでも良かったが……。どうも気に入らない奴は、その場で殺したくなる性分でな。普通の生活が出来そうにないんだ俺は」
「いかれてる……」「気持ち悪い……」
「ふっ、散々な言い草だ、な!」
只一人立っていた場所から、さらに地面を斧で殴って粘性の水を吹き飛ばして道を切り開いた。
「さあ、次は何をするんだ?」
「どうする、たつろー? もう逃げちゃう?」
「証拠は揃えておきたい所だが、この際それも有りか……」
「逃げるだと?」
逃げようとするところを察した紅鎧の男は、逃がすくらいなら殺すと、常人では身のすくむ様な殺気を放ってきた。
しかしそれを平然と二人は受け流し、怒声を上げながら斧を片手に突っ込んできた男に対して、こちらも容赦をもっと削る必要があると、人を傷つける覚悟を持ち始めたのだった。




