第8話 ウゲー
川のせせらぎを耳に、白い砂利道をひた歩く竜郎一行。
すでに二時間ほど歩いているが、景色は代わり映えもなく大自然を湛えていた。
ここまでの道中。イモムシのような奇天烈生物の歓迎を、また受けることになるかもと警戒していたが特に何もなく、しだいに警戒は薄れ眠気が二人を襲ってきていた。
「あふ……眠いー」
「ふぁあ……だなー」
愛衣の欠伸につられるように欠伸をし返した竜郎は、スマホを取り出し時間を確かめた。
ディスプレイに表示された数字は夜中を指している。
しかし上を見上げると太陽がちょうど真上に来るかどうかという所で、むしろ昼前と言っていいほど辺りは明るかった。
「異世界にも時差ってあんのかね」
「最初来たときは薄暗かったから日が暮れるのかと思ってたけど、まさか明るくなるなんてね」
そこで今度は二人そろって欠伸した。
「そろそろどっかで寝ときたいけど、今寝ると夜中に歩くことになりそうだな」
「うん。それにいつ何時イモムーの襲撃がくるとも限らないから、その辺で野宿ってのも危なそう」
「いもむー? ああ、イモムシたちのことか」
「名前なんて解んないから、勝手に和名をつけたの」
「和名……なのか?」
自信満々に胸を張る愛衣に何か言う気もない竜郎は気にするのをやめて、歩きながら魔法の練習をした。
今ではスキルに頼らなくても綺麗な球体を、それぞれの属性で出せるようになったため、混合魔法を練習していた。
「楽しそうだね」
「ああ、もう少ししたら新魔法をお披露目しよう」
「新魔法?」
「ああ、混合魔法と言ってな。複数の属性魔法を混ぜて使うんだ」
「へー面白そう。期待してるからね!」
「任せとけ」
ちなみに何故、竜郎が混合魔法を知っているのかというと、それは光と闇の魔法のせい──いや、おかげともいえた。
当初、竜郎はその必要SPの多さから、この両属性はとても強い攻撃ができる魔法だと思っていた。
しかし蓋を開けてみれば光と闇という非物質を発現させるだけで、それ自体に攻撃性は皆無だった。
そこで、いったい何にこの属性たちは使えるのかとヘルプに尋ねた。
その結果が混合魔法である。
どうやら光と闇魔法は他の属性と組み合わせることで強化したり性質を変質させたりと、多種多様な可能性を生み出す魔法だという。
そこで勿体ないお化けに取り憑かれた竜郎は、どちらの属性も無駄にならないように混合魔法の練習をしだし──今に至る。
それからまた三十分ほど経ち、竜郎はすでに愛衣と軽口を言い合いながらでも球体を造りだし、混合魔法もその感覚を掴めるようになってきた頃だった。
竜郎の数十メートル先に、奇妙なモノが生えているのが見えてきた。
「なんだありゃ」
「え、何? ───うげぇ」
「女の子が『うげぇ』とか言うんじゃありません」
その『うげぇ』は、森の木々の間に堂々と生えていた。
その正体は二メートルはある大きな花のツボミだった。
色はショッキングピンクに蛍光色の黄色と青のドギツイまだら模様。
葉っぱと茎は地面スレスレにちょこんと生えて赤黒かった。
そして愛衣一番の『うげぇ』ポイントである、緑に先端が黄色の触手のようなものが、花弁の中から数本出てウネウネと動いていた。
「あいつの和名は『ウゲー』に決定ね」
「ああ。あんまりな名前のはずなのに、こんなにしっくりくるなんて驚きだぜ!」
「でしょー、でも嬉しくないのは何故かしら」
「まあ、できればあんなのがいること自体知りたくなかったな」
「みーとぅ」
何故に英語?と竜郎は首を傾げたが、今は目先のことに集中した。
目下の問題は、このまま進めば確実にウゲーの横を通る必要があることである。
幸い川の手前ギリギリで進めば、森の木から数メートルは距離を空けられる。しかし、だからといって安全に通れるかは謎である。
まずあの触手はどこまで伸ばせるのか、遠くに向かって種を飛ばすなどの遠距離攻撃は持っているか、などまるで解らないからだ。
「ということで、先生お願いいたします」
「投石ね!」
「その通り。だけど今回はちょっと違う」
そう言うと、竜郎はニヤリと笑みを浮かべた。それに愛衣も何かあるとニヤリと笑い返す。
「とゆーと?」
「魔法を少し使って投擲用の武器を作ってみる」
「ほうほうっ。具体的には?」
「イメージとしてはフリスビーみたいな物を想像してほしい」
「フリスビーね。《投擲》もLv.6だし、大抵の物は当てられると思うよ」
「ああ、あとは俺がちゃんと作れるかだけだな」
そうして竜郎は砂利の中から平らな石を集めだした。
「何か手伝うことある?」
「ああ、こういう感じの平べったい石を集めてくれ」
「りょーかい」
それから十分ほどで石を集めると竜郎はその前に腰掛け、それを興味深そうに中腰で愛衣が見ている。
「まずは、この石を適当に円盤型に積んでいく」
「ふむふむ」
言った通り適当にガチャガチャ積んでなんとか形だけを整えると、その石の山に手を置き、《土魔法 Lv.1》をスキルに頼らず自分で発動を意識する。
すると石と石同士がくっついていき、三分ほどで大きさが直径40センチほど、表面がごつごつした、潰れたどら焼きのようなものができた。
「ぶちゃいくなフリスビーだね…」
「おう、Lv.1じゃこれが限界だったぜいっ」
それから、ぶちゃスビー(愛衣命名)を、まだ余っている石で三つ作ると愛衣の足元に積んでいった。
竜郎からしたら重かったがステータス補正が著しい愛衣は、発泡スチロールでできているのかというくらい軽々と持ち上げてみせた。
「それじゃあ、これを投げればいいんだよね」
「ああ──っとその前に、この距離でも《レベルイーター》が使えるか試してみてもいいか?」
それに右手でどうぞのジェスチャーをしながら「いーよ」という愛衣に、正面を譲ってもらい《レベルイーター》を起動する。
イモムーの時と同じように口内に黒球を生成すると、ふっと強めに吹いてみた。
しかし相変わらずノロノロと標的に向かって進んでいくが、十メートルくらい先で消えそうになる感覚がし、竜郎は慌てて消さないようにと意識を集中しだす。
そこからは距離が離れれば離れるほど維持が大変になり、呼吸をするのにも気を使う有様だった。
まだか、まだかと焦れた末にようやくウゲーに黒球が触れた。そこからも意識を途切れさせないように集中すると、距離が離れているせいかやや遅れて情報が入ってきた。
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レベル:14
スキル:《擬態 Lv.5》《触腕力上昇 Lv.3》《強酸 Lv.3》
《穴掘り Lv.3》《糸吐き Lv.1》《かみつく Lv.5》
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(《糸吐き Lv.1》? ──あいつ糸吐くの!?
《穴掘り Lv.3》も謎だし、《強酸 Lv.3》とか《かみつく Lv.5》とかなんなんだ
こいつ、ホントに植物かよ。
あと《擬態》がLv.5もあるんだったらもっと優しげな色合いの花にしろ!
あーもういい、全部頂いとこう)
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レベル:1
スキル:《擬態 Lv.0》《触手力上昇 Lv.0》《強酸 Lv.0》
《穴掘り Lv.0》《糸吐き Lv.0》《かみつく Lv.0》
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(やっと終わった、距離がある分なんか全体的に処理がもっさりしてキツイ…。
必要な時以外はなるべく近づいてやろう)
イモムーとの戦闘の数倍の疲労が体を襲ってきていた竜郎は、《レベルイーター》の今後の使い方を改めつつ、口の中の黒球を飲み込んだ。
すると何故かウゲーの花弁が段々と開いていき、ついには地面にぺたりとついて気持ちの悪い触手が丸見えの状態でウネウネと動いていた。
「キモイキモイキモイキモイキモイキモイキモイッ」
「…………」
生理的嫌悪感に襲われた愛衣は、粟立つ肌を摩りながらその場をぐるぐる回転していた。
一方竜郎は遠距離での《レベルイーター》の使用で体力が無くなってしまい、その場にへたり込んでそれどころじゃなかった。
「たつろー大丈夫?」
「ああ……大丈夫、だが、まだ、疲れ、て、立て……そうに、ない…」
「OK、たつろーはそこで休んでて!
私のぶちゃスビーで、この世からウゲーを消し去ってみせる!」
息も絶え絶えな竜郎にそう返事をすると、愛衣はぶちゃスビーを横投げに構えた。そして一度深く深呼吸をし、息を止めると一気に振りぬいた。
ビュンという音を残し、吸い込まれるように数本ある触手の真ん中程を束でぶった切っていった。その時何やら籠った声で悲鳴のようなものが聞こえ、切れた場所から紫色の液体を噴きだしていた。
「ぎゃーす!」
それにすかさず謎の奇声を上げながら第二投を、今度は身を低く根元から切るようにぶちゃスビーを投げる。
これも綺麗に決まり触手を根元から見事切り落とした。
「やった!」
と思った矢先だった。
先ほど切り落とした触手の根元あたりの地面がボコボコと盛り上がっていったかと思うと、「ギュルァアアアアアアアーーーーーー!」という怒声を上げる、3メートル近い赤黒い蜘蛛がその身を現した。
「うええっ」「マジ、かよ…」
その蜘蛛は背中に大きな花弁をくっつけ紫色の液体を吹きだしていることから、ウゲーの本体であると二人は察した。
それから辺りをギロギロと見回した巨大蜘蛛は、竜郎たちをすぐに捕捉した。
それに竜郎も気付くが疲労でうまく動けそうにない。これはまずいと愛衣の方を見ると、愛衣は両手にぶちゃスビーを携えて竜郎の前に立った。
「逃げろ!」そう竜郎が言おうとしたが、その前に愛衣と蜘蛛の声にかき消される。
「でりゃあああああああああっ」
「ギュルアアアアアアアッ」
その掛け声と共に、愛衣は左手のぶちゃスビーをボウリングのように下手投げで放った。
するとそれは狙い違わず左側の足付け根に向かい、足二本を切り落とすことに成功した。
蜘蛛は痛みと突然無くなった部位に対応できず、足を滑らせ左半身を擦るように地を滑る。
そこで愛衣も走り出す。足が二本なくなってもまだ敵対意識は薄れていない蜘蛛は、他の足で滑走を止め立ち上がろうと上を見た───その時、蜘蛛の頭上へと跳躍していた愛衣と目があった。
「はあああああああああっ」
突然の出来事に理解が及ばず動きが止まった蜘蛛の頭に、右手のぶちゃスビーを下へ叩きつけた。
それはグシャッと嫌な音をたて、蜘蛛の頭を叩き割った。