第88話 町長の頼みごと
二階に上がり、奥へ奥へと歩いて案内された部屋の扉には、ギルド長室と書かれた札が掛けられていた。
それに二人が注目している間に、カテジナが扉をノックしていた。
「カテジナ・リサークです。ジョエル・ウイッカム氏が仰っていた、お二人が訪ねていらっしゃいましたので案内させてもらいました。入室してもよろしいですか?」
「─────ああ、かまわんぞ」
一拍したのち、オブスルの高齢のおじいさんギルド長ではなく、ハッキリとした重みも感じるような口調の低い声で返事が来た。
それを聞いて直ぐにカテジナが扉を開けて、二人を連れて入っていった。
「おおっ、君たちがあの盗賊どもを捕まえたという冒険者たちか!
私はこの町の運営を任されているジョエル・ウイッカムと言うものだ。
して、君たちの名も改めて聞いてもいいか?」
「竜郎・波佐見です」
「愛衣・八敷です」
「そうかそうか。ままっ、立ち話もなんだ、ここにきて座ってくれ」
先ほどの渋い声とは打って変わって、甲冑を纏った二名の護衛を後ろに立たせた、かなり太った巨漢の男が笑顔で迎えてくれながら、ギルド長らしきロマンスグレーな雰囲気を醸し出す男を自分の隣に座らせて、二人には空いた場所に座る様に促してきた。
どうやら、この男が町長らしい。
二人に対する異様なハイテンションに押されながらも、大人しくそれにしたがって、ジョエルとギルド長の正面に二人は腰掛けた。
それを見届けたカテジナは、お茶を人数分入れ直すと、一言言ってから去っていった。
「それで町長さんは、僕らに何か用があるらしいですが、聞いてもよろしいですか?」
「おおっ、そうだな。そちらも忙しいであろうし、早速本題に入らせてもらおう。いいよな、ザン」
「ああ、私もそれで問題ない」
二人は旧知の仲なのか、町長の方が親しげに話しかけたのを、慣れた感じで軽く受け流していた。
「まずは、町長としても礼を言おう。あんな集団が町の周辺にいたとは思わなかった。
忙しさにかまけて、自分の周りがおろそかになるとは情けない限りだ。
冒険者ギルドに報奨金を預けてある故、後で受け取っておいてくれ」
「報奨金ですか。……では、ありがたく受け取っておきます」
施しというわけではないので、遠慮なく受け取っておくことにした。
『今回の宿代ぐらいは貰えるかな』
『鍛冶師の町でどれくらいお金がかかるか解らないし、ここですぐ使える現金が手に入るのは助かるな』
今後の算段を頭の中で思い浮かべつつ、満足げに頷いている町長を見た。
さっきこの町長はまずは、と前置きしていたのが気になっていたからだ。
「それでだ。君たちの話では、他にもリャダス領内に盗賊が群れているという事だが、それは本当かね?」
「の様ですね。オブスルからトーファスの間にもいましたし、また別の団体とリャダスの近くで二回接敵しましたから。
それにトーファスの衛兵とも繋がりがあるみたいなことも言っていたので、相当大きな規模になっているのかもしれませんね」
「……うーむ。私も部下からその知らせを聞いたが、俄かには信じがたいな。
トーファスの町長が、それをみすみす見逃すとも思えんのだが」
「それを証明できる物は無いですね。盗賊が言っていたことをそのまま伝えただけですから、嘘じゃないとも言い切れませんし」
「のようだな。今、そのあたりの尋問もしている所だから、いずれ解るだろう。それでだ」
話を切り替えるように、苦い顔をしていた町長が顔を引き締めた。
いよいよ、本当の本題が来るのだろうと竜郎も背筋を伸ばした。
ちなみに愛衣は、暇そうに竜郎の手をテーブルの下で握って遊んでいた。
「現在、盗賊討伐の為に兵を動かそうと考えていてな。
君たちが捕まえた中には、元は軍に所属していたものがおってな。
その者が指揮をしていた様で、向こうの戦力はかなり高いものと想定して動いている」
「それに参加してほしい……と?」
「ん? いやいや、確かにそれは心強いが、これはこの町を任された私や兵の仕事だ。
こう言ってしまうと口は悪いが君たちは部外者だ。この件に関わって貰おうとは思っていないよ」
人殺しの手伝いをさせられるのかと心配したが、どうやら杞憂だったようだ。
竜郎は安心しつつも、町長が何をさせたがっているのか解らなくなった。
その雰囲気を察してか、町長は一度竜郎の顔を見てから話を続けた。
「君たちには、冒険者として依頼をしたいんだ。もちろん、冒険者らしい仕事だ」
「と、いいますと?」
「実は盗賊退治に兵を動かすことになったせいで、困った事が発生していてな。
えーと、何と言う所だったか……。ザン、あとの説明は頼んだぞ」
「……ブープロン湿原と言う所に、今蜂型の魔物のデプリスが巣を造ってしまったらしい。
その巣の破壊と、デプリスの殲滅を頼みたいようだな。
先ほど言った通り精鋭は盗賊討伐に取られてしまったらしいし、下手に下っ端に任せたら要らぬ被害を出しかねんからな」
どうやら魔物討伐の依頼らしい。
人を相手にするより気楽でいいが、問題は危険度である。
「それは、そんなに危険な魔物なんですか?」
「危険と言えば危険だが、火を嫌う魔物でな。自分の周りに火を飛ばしておけば、最初は近づかれることもないだろう」
「最初は?」
「ああ。それでも巣に危害を加えた瞬間、何者であろうと捨て身で攻撃してくる。
それからどう対処するかで、被害の大きさが変わる」
今まで来た魔物の傾向からして、普通の蜂よりも大きいのだろう。
その上で、それが大量に押し寄せてきた所を想像してみた。
とても、二人で行くような依頼ではない気がした。
「それを、何故僕らに頼もうと? 他の冒険者で、もっと人数のいるパーティに頼んだ方がいい気がしますが?」
「この魔物は大人数で押しかけると、かなり警戒されるからな。
下手をしたら巣にたどり着く前に、巣を持って逃げていくことがある」
「…………逃げてくれるなら、それはそれでいいのでは?」
「頃合いを見て、戻ってこなければな。完全に始末した方が早い。たった二人で、ランク8のパーティはそういないからな」
「ああ……。そういう」
蜂が自分達の巣を持って逃げる姿を見てみたい気もするが、そんな場合でも無さそうだった。
「難易度的にはどのくらいですか?」
「少人数で挑むのなら、レベル5のダンジョンくらいだろうな」
「レベル5ですか」
相変わらずダンジョンを基準にするのは止めて頂きたいが、以前オブスルで行った依頼をカルネイがレベル7のダンジョンと言っていたことを思えば、今回はあれよりも危険度は少ないという事になる。
『どうする、愛衣?』
『うーん、盗賊は退治してくれるみたいだし、やってみてもいいんじゃない?』
『まあ、後は場所と条件次第か』
『そうだね』
お互い目も合わせずに、念話でさりげなく相談し合ってから、前向きに検討しながら詳細を詰めていく。
それによると、場所は本当に直ぐ近く、馬車で四時間ほどの所にあるらしい。
巣をドンドン増やしていく習性もあるため、早急に対処しないと町にも被害が出かねないらしい。
また報酬も、二人と言う超少人数で挑めるというのは、かなりポイントが高いらしく、その希少性も加味して弾んでもらえるらしい。
『日帰りすることができて、そこそこの魔物を大量に倒せばSPも手に入れられるし、旅の資金や装備品購入の足しにもなる。受けても良さそうだな』
『今日休んだ分も、余裕で取り戻せそうだね』
デプリスに関しては、ここでの話だけを鵜呑みにせずに、後で魔物図鑑でも調べておくとして、今回は最近の魔物不足を補う事もできそうである。
頭の中でもう一度よく考えてから、竜郎はこの依頼を受けると二人に伝えた。
「そうかそうか、受けてくれるか! ここで言うのもあれだが、他の有象無象に頼んでいたら、そっちが気になって盗賊討伐に身が入らない所だったぞ!」
「オブスルでランクを受けたようだし、あそこのギルド長がやったとなれば実力も信用できる。期待しているぞ」
「解りました。さっそく、明日にでも行こうと思います」
「素晴らしいな! 明日中に解決してくれたのなら、私が報酬に追加しておこう」
オブスルのあのおじいちゃんギルド長が、思いのほか信用されていることに竜郎達が驚いていると、町長はかなり上機嫌で身を乗り出した重そうな体を、ソファの背もたれに乗せて、冷めたお茶をグイッと飲み干した。
それから、せっつくようにギルド長に肘を当て、依頼書を制作するように促した。
ギルド長も解っているとばかりに、胸ポケットから出した、レーラも使っていた板を取り出して空中で二分ほどポチポチとやってから、二枚分の依頼書を制作し終え、こちらに差し出してきた。
「では、頼んだ」
「解りました」「わかりましたー」
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依頼主:リャダス町長
依頼内容:ブープロン湿原に発生している、デプリス及び、デプリスの巣の駆除
報酬:5,000,000 シス
許諾 / 拒否
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『五百万シスとは、これまた豪気だな』
『相場が解んないけど、多分高いんだろうね』
受け取ってから内容をすぐに確認して、その値段に驚きながら許諾を押した。
すると依頼は受理され、竜郎達に吸い込まれるようにして消えていった。
「これで私の話は全てだ。君たちは、何か聞きたいことがあるかな?」
「そうですね。一応そちらで行っているという尋問が終わるまでは、この町に滞在していた方がいいですか?」
「うーむ。そうだな、新たな情報が出てきたときに確認したいことが出てくるやもしれん、という事でいてもらえると助かるな。なあに、そう時間は取らせんさ」
「解りました。こちらからは以上です」
それからは細かい依頼の説明をギルド長から受けて、湿原までの道も詳しく教えてもらった。
そうして今回の話を終え、竜郎達は部屋を後にした。
それを部屋に残った二人は無言で見つめ、足音が聞こえなくなったのを確認して再び話し始めた。
「若い上に冒険者をやっていると聞いていたから、もっと不調法者かと思えば、教養はしっかりと身についているようだな」
「それはそうだ。高ランクの冒険者はレベルの高さや強さだけではなく、人柄も信用に足らねばならぬのだから」
「そうだったのか? 冒険者にはあまり詳しくはないのでな。偏見があったのかもしれん」
「別に気にしてはいない。これでお前の気がかりが一つ減っただろ。食事の量も減るといいな」
ギルド長は、町長の出っ張った腹をポンと叩いた。
それに対し、町長は鼻息をフンッと吐き出した。
「あれ一つではない。俺には気がかりなことだらけだ。日に日に起こる問題が増えていくのだからな」
「町長選も近いのだったか。そんな体形になるほど大変なら、町長など止めてしまえばいいとも思うが。または、ストレスで食う癖は直すとかでもいいがな」
「ふん、この悪癖は死ぬまで治らんさ。それに俺は町長の座を諦めはしない。ここまで這い上がったのだ、絶対に手放してなるものか」
「そうか。今は妙な噂も飛び交っているようだが、俺は一市民として、お前を応援していよう」
そうしてギルド長は、唯一残っていた自分のお茶を飲み乾したのだった。
一方その頃、竜郎達は下の受付で盗賊捕獲の報奨金を受け取ってから、ギルドを後にして帰る方角に行く道路に乗った。
「このまま行けば、道で会った商人との話も無駄になりそうだな」
「町長が動くんなら、領主も当然知ってるでしょうしね」
「だろうな、本当に意味がなさそうなら、貰った金額は返そうかな。報奨金も思った以上にあったし」
「そっちも五百万だっけ。それにしても商人さんかあ、確かに今の状況だと会う約束だけで、大金を貰った事になりそうだね」
商人との約束の日は明後日、それまでにサクッとデプリスを駆除をするべく、二人は明日の準備をするために、自分達の宿に足早に向かっていったのだった。




