第85話 リャダス到着
仮眠だけで過ごした二人は、それからも眠ることなく、竜郎の生魔法を頼りに目を開けて犀車に揺られていた。
その後方には、三十人程が収容された円柱の箱が引かれて、外見では解らないが、その中は向かい風を利用して横に回転していた。
すでに気絶から目覚めた盗賊達は、訳も解らないまま、すし詰め状態で回転台に乗せられて悲鳴をあげていた。
しかし、竜郎はそんなものに気を回している暇はない。なぜならジャンヌだけでは重量オーバーなため、竜郎も風魔法を使って手伝っていたからだ。
ただ自分がつらいだけなのは癪なので、そのついでに回転速度を上げて密かに嫌がらせをしていた。
そんな事をしながら、遅れを取り戻す様に道中をできるだけ速く突き進んでいった。
自分達を狙っていた盗賊は後ろの奴らで全てなのか、その途中で盗賊の反応は無く、一度だけ魔物の反応もあったが、止まって相手をするのにも時間がかかるため、泣く泣く無視して駆け抜けていった。
「ああ……、もったいない」
「今は出来るだけ早く盗賊を届けなくちゃいけないんだから、我慢我慢」
あの劣悪な環境で、長い時間過ごさせたら誇張抜きで死人が出そうである。
なので、道中の魔力補給を兼ねた休憩時間以外は、立ち止まらずに行くことに決めていたのだ。
そんなこともありながら、夕方頃には後ろの盗賊達にも悲鳴をあげる元気すらなくなり、静かに犀車を走らせていくと、ようやく待ち望んだ場所が見えてきた。
「ようやく見えてきたな」
「どこど───あれねっ」
二人の視線の先には、オブスルとは対照的な真っ黒な外壁が見えていた。また横幅は何処まであるのか視認できない程彼方まで壁が続いており、その町の大きさを語っているようだった。
「今まで行った町の中で、一番の都会なんだよね」
「そのはずだ。マップを確認した限りでも、大きさだけでも、オブスルの町の数倍の広さがあるな」
「すごっ」
ここ数日間、ほとんど犀車の上で過ごしてきたおかげで、町への渇望が募ってきていた二人は、眠気も吹き飛び意気揚々と向かって行った。
近づいていくと、五つ横に並ぶ大きな門が見えてきた。
そしてその門の前には、立派な詰所がそれぞれ設置され、左側二つの門以外の場所に、何十組かの人たちが列をなして並んでいた。
そこへ二人だけならジャンヌも車もしまって、目立たぬように町に行っていたのだが、今は大きな荷物も抱えているため、諦めてそのまま適当な列に並んだ。
やはりジャンヌは見た目からしてかなり目立つらしく、色んな視線を集めていた。
また、その存在が引く車に繋がれた物の中からうめき声が聞こえて、不気味そうに見てくる者もかなりいた。
そんな風に周りの注目を集めていたら、何事かと詰所に待機していた衛兵が急いでこちらに走り寄ってきた。
「そこのなんだか良く解らない動物を連れた人達ー! そう、君たちだ! 先に検問するから、こちらから詰所に来てくれー」
「解りましたー」
並んでいる人には申し訳ないが、早い所処理したい案件があるのでお言葉に甘えて、ゆっくりとジャンヌに車を引いて貰いながら、五十代くらいの白髪交じりの衛兵に誘導されるままに、五つ並ぶ門の内、一番左側の門の前にやって来た。
「まずは身分証を見せて貰えますかな」
「はい」「はーい」
犀車から降りて直ぐに、白髪交じりの衛兵にそう言われた二人は、素直にそれに従った。
「ん!? っごほん。高ランクの冒険者の方々でしたか。そちらの方々もそうですかな」
「あっちにいるのは、途中で盗賊に襲われている所を保護した冒険者達です」
「───盗賊ですと? 流れの者達でしょうかな」
「そうでは無いみたいですよ。じつは───」
今回の衛兵は真面に見えたので、これまでの経緯を細かく伝え始めた。
トーファスの衛兵とは違い、真摯にこちらの話に耳を傾けてくれ、表情も険しくなっていた。
そして極めつけに後ろにつないだ収容箱を外して持ってくると、内側の箱だけを切り離して、中身を説明してから白髪交じりの衛兵の前にドシンと捨てた。
「では、中を見ても?」
「ええ、全員身動きが取れないようにはしていましたが、念の為気を付けてください」
白髪交じりの衛兵は、部下らしき衛兵たちに指示して入り口を開けさせた。
すると中から悪臭が漂いだし、最も入り口近くにいた衛兵が涙目になりながら、手前に居た盗賊数名を外に連れ出してきた。
「それと、そいつらが持っていた装備もありますが、渡した方がいいですか?」
「そうして頂けるとありがたいですな。こちらで見聞して、返却できそうなものがあれば、冒険者ギルド経由でお返しします」
「はい。あと、そこの収容してる箱ごと持っていっていいですよ。ちょっともう……使いたくないですし」
想像したくはないが、中は汚物にまみれているのが一瞬香った匂いだけでも察することができた。
そのため竜郎は内側の箱を押し付けるために、切り捨てたのだ。
それは白髪交じりの衛兵にも伝わったのか、苦笑いをしながら嫌そうな顔をしていた部下たちに、その処理をする様に命じていた。
「まずは、盗賊の捕獲ありがとうございました。取り調べをして、その証明が出来次第お知らせしますので、それまでこの町に滞在していてください。冒険者ギルド経由でお知らせしたいと思っているので、そちらにも一日一回くらいは通ってもらいたいのですが、どうでしょう?」
「まあ、そのくらいなら大丈夫だと思います」
「ご協力感謝します。ではそのようにしてもらうとして、入町許可証を発行しますので、五人とも出して頂けますかな」
ようやく自分達の旅路の軌道が戻り始めたことにホッとしつつ、二人は身分証を再び出して、三人もそれに遅れて提示した。
それから他の所と同じように入町許可証をもらい、トーファスの印が消え、リャダスの印が刻まれた。
サルバ達は、すでにリャダスの印が押してあったので、そのままだった。
それから、衛兵の男とニ、三必要事項を話し合ってから、入っていいと言われたので犀車に乗り込もうとすると、思い出したかのように白髪交じりの衛兵に呼びかけられた。
「ああ、タツロウさん。その……馬車を引いてるその動物はいったいなんですか?」
「馬です」
「いえ、別にどんな動物を連れて、どんな動物に引かせようと、高ランクの冒険者なのですから、そこは信用しています。
しかし色々な物を見分ける必要のある職業柄、未知のモノは知っておきたいのです。
なので、後学の為にぜひ教えて頂けませんか?」
サイだと言ってしまってもいいのだが、こちらの世界にいるかもわからないし、それを一から説明するのはめんどくさい。
なので竜郎は、馬で貫き通すことにした。
「いいえ、この子は突然変異の馬です。な、ジャンヌ?」
「ヒヒーーンッ」
「た、確かに鳴き声は馬そのものですな。しかし、これが……馬? いやでもヒヒンと鳴いたし……」
思考の迷路に陥った衛兵を置き去りにして、竜郎はそそくさと車上に乗りこんで、町に向けてゆっくりとジャンヌを進めた。
それに白髪交じりの衛兵は、一瞬遅れて気付いたものの、これ以上の言及は無駄だと悟り、好奇心を押し込めて手を振って見送ってくれた。
「結局、馬で通したんだ」
「ああ、会うたびに説明するのも面倒だし、これからは馬で通そう」
「まあ、なぜか鳴き声は馬そのものだしね」
「なぜか……な」
漆黒の外壁をくりぬいた様に続く道を、五メートルほど移動すると、やがて町の内側が見えてきた。
「これが……、リャダス?」
「なにこれ、オブスルと全然違うじゃん」
そこは今まで入った、オブスルやトーファスとは全く違う街並みだった。
町を構成している建造物の中には、今まで見てきた石造りの物もいくつかみられるが、その多くは外壁と同じようなツルツルとした光沢を持った素材でできており、
色は黒もあるが赤もあれば、青や緑と、色とりどりな印象を受けた。
さらに、オブスルでは百貨店ぐらいしか高層建築物はなかったが、ここリャダスではそこらじゅうに五階建て以上の建物が立ち並んでいた。
また道路も特徴的で、壁に添う様に続く赤と白と緑の道が三本、門からまっすぐ歩いた所から奥に向かって同じ色の物が三本、そこから区画ごとに横に伸びる道が三本一組の間隔でいくつも伸びており、道が全て左右対称な形になるように設計されていた。
そして一番竜郎達を驚かせたのは、その道が歩くくらいの速さで動いているのだ。
赤は町の奥に向かって、緑は門に向かってベルトコンベアの様に人々を乗せて運んでいた。ちなみに真ん中の白は、動きはせずに、立ち止まっている人がそこに立っていた。
中世ヨーロッパから、近未来に迷い込んだような錯覚を覚えて、御者席の上でボーっと街並みを眺めていた。
すると、後ろから追いついてきたサルバ達がこちらに合流した。
「兄貴、そんな所で呆けて何やってんだ? かなり目立ってるぜ?」
「───え? ああ。ちょっとこの街並みに驚いてな」
サルバの言葉にそう返すと、さも驚いたかのように、ジェマも話に加わってきた。
「そうなんですか? でもまあ、私達も田舎から出てきたときは、はじめは驚いたっけ」
「という事は、都会では大体こんななの?」
「ヘルダムド国に属するここリャダスを含めた主要都市は、最新の建築素材に最新の技術を用いてインフラ整備をしていると聞きますし、大体そうだと思いますよ。
ただ、こちらを優先しすぎて他の町とかなり差が出てしまっているのが、問題になっているみたいですが」
「「へぇ」」
愛衣の質問に今度はキャサリンが答えてくれ、そこから得た情報に、リャダスだけが特別ではないと理解した。
そして他にも、ここに根を張って活動していたらしい三人に、この町の宿屋や店、冒険者ギルドの場所などを聞いていった。
それを一つずつ、マップ機能の情報と照らし合わせながら確認していった。
「こんなものかな。ありがとう、これで町をうろついて探し回る必要もなくなったよ」
「俺達が受けた恩と比べたら、こんなんじゃまるで足りねえよ」
「そうですよ。それにお店や施設の場所は、町にいくつか設置されてる掲示板を使えば案内してもらえますし、役立ったとはとても言えませんよ」
「もう既にその掲示板の情報が私達の役に立ったよ。ありがと、ジェマ」
愛衣は明らかに年下のジェマに、お姉さん風を吹かせて頭を撫でた。
それにジェマはふにゃっと目を細め、サルバとキャサリンは微笑ましそうに見つめていた。
それを数秒眺めていたサルバが、何かを決意したかのようにこちらに真面目な顔で話しかけてきた。
「兄貴!」
「なんだ?」
「俺を、兄貴たちのパーティにいれてくれねえか?」
「急にどしたのサルバ君」
ジェマを撫でていた愛衣も、そこから手を外してサルバの方に向き直っていた。
「俺は今回、嫌と言うほど自分の弱さを見せつけられた。だから強くなりてえんだ。でも俺一人じゃあ、たかが知れてる。だから、二人に──」
「断る」
「なんで!?」
「なんでって、そりゃあ俺達にも色々有るんだよ。やらなきゃいけない事が山積みなんだ。
それにもう一つ。お前が強くなりたいって気持ちは伝わったが、俺達とサルバじゃあ多分強くなる方法が違う。
お前はお前に合ったスタイルの先生を探したほうがいい」
「けどっ」
「それにサルバ君は一人で強くなるって言ってたけど、ここに仲間が二人もいる事を忘れてるよ?
そんなんじゃあ、いつまで経っても誰かを守るなんてできないと思うんだけど」
竜郎や愛衣に諭されながら、サルバは妹と幼馴染を見た。
すると、二人は憮然とした表情で愛衣の言葉にうなずいていた。
「お兄ちゃんは私達とチームでしょ。一人で強くなってどうするの?」
「そうよ。それに私達じゃあ、そもそも二人の役になんか立てないし、結局負んぶに抱っこで甘えてしまうわ。
そんな状態で強くなっても二人には一生追いつけないわよ」
「お前ら……。そうか……追いつくか」
サルバは心のどこかで、楽に強くなる方法を取ろうとしていたのかもしれない。
けれど人にまた迷惑をかけて、それで多少強くなってもたかが知れている。
大切な仲間を、困っている人を助けるためには、どんな状況からでも守れるくらい強くなる必要があるのだ。
せめてこのチームで、竜郎や愛衣とどちらか一人とでも並びたてるくらいには。
「兄貴、変なこと言って悪かったな。俺は俺で、強くなる方法を仲間と一緒に考えてみる」
「いいよ。どうせなら追いつくなんてみみっちいこと言わずに、追い越してくれよ」
「そして将来は、強きを挫き弱きを助ける、そんなヒーローになってね!」
「強きを挫き弱きを助ける……姉さん、良い言葉だな」
そうしてサルバは、愛衣がどこかで聞きかじったセリフをいたく気に入り、頭に刻み込んでいった。
「あ、あとこれを渡しておく。どうするかは、自分たちで決めてくれ」
「これは……。遺骨ですか?」
「遺骨と言うより、遺灰だな」
そう言って近くにいたキャサリンに、《アイテムボックス》からだした土色の壺を手渡した。
あの爆発の時に集めて焼いて残ったものを、一応保管しておいたのだ。
もし別れ際までに三人が受け取れるような状態なら渡す、そうじゃなければ適当に綺麗な場所に撒いてしまうつもりだった。
けれどもう大丈夫そうで、三人はしっかりと受け取ると、礼を言ってきた。
そして最後に二人と三人でそれぞれかたい握手を交わして、即席パーティは解散となったのだった。




