第84話 一先ずの終着
竜郎が残った一人を倒すべく、魔法を使おうとした時だった。
度重なる《危機感知》の使用で、その寸前にスキルレベルが上がったのと極限状態による集中力を発揮したおかげで、自分にとっての危機を発動する人間の方角が直観に近い形で理解できた。
「させるかよっ!」
『たつろー!』
全身甲冑の男は背負っていた棍棒を手にしてそれを地面に突き入れ石畳を割ると、そのまま上に振り上げて石片を竜郎の方向に向かって浴びせてきた。
竜郎は探査魔法で来るのは解っていたのだが、地面に棒を突き入れた時点で何をするか解らなかったため、一瞬反応が遅れてしまった。
そのため愛衣が飛びだして、《アイテムボックス》からだした盾で間に割って入った。
『助かったっ』
『いいってことよ!』
しかし全身甲冑の男は、その一瞬の隙をついて闇魔法の範囲外へ脱出してきた。
それでも月のない深夜には変わらないので、明かりがない男にとっては不利だと踏んで、先ほどの場所から直ぐに移動し居場所を特定させないようにした。
けれど全身甲冑の男もそれは重々承知していたので、再び闇に飲まれる前に腰に下げた袋に手を入れて目的の物を取り出した。
それに少量しか持ち合わせていない自前の魔力を流して、地面に叩きつけた。
『なに!?』
『地面に火が付いたっ』
「そこかあああああっ!」
男が何かを地面に落として壊すとキャンプファイヤーかと言うほど巨大な炎が辺りを照らしだし、不自然に暗くなっている場所を探し出した。
もちろんそこは竜郎達のいる場所で、男は棘付き棒を振り回しながら迫ってきた。
レベルが三十を超えているだけあり、なかなかの俊足であったが愛衣には及ばない。
愛衣は向こうがたどり着く前に、鞭を操って先端を顔面に放った。
「はああああっ」
『弾かれた!』
『ああ、だがもう詰みだ』
「ぐああっ」
竜郎の火魔法によって男の着けた火を操り、熱伝導率の高い鉄製の鎧を炙っていく。
しかし、それで一度は立ち止まりはしたものの、男は火を鎧に纏わせたまま突っ込んできた。
「うおおおおおおっ」
「「なっ」」
『そんだけ根性があるなら、まっとうな人生歩めよ!』
『そんなこと言ってる場合じゃないよ!』
自分自身が明かりになったため、気合で火傷の痛みを堪えられれば竜郎達の居場所を容易に探れるようにはなっていた。
しかしこんな事を長時間続けるのは不可能だと察した男は、一撃に賭けることにした。
気力を棍棒に纏わせられるだけ纏わせ、それを二人の方向に向かって振り下ろした。
棍棒から放たれた気力の塊が、不自然に闇に覆われた場所に見事当たった。
「よしっ!」
「はずれっ!」
「ぐぁっ」
喜色を帯びた瞬間に、いつの間にか後ろに回っていた愛衣に甲冑に凹みができるほどの威力を帯びた鞭の柄で後頭部をぶん殴られた。
それでようやく男が完全に地面に突っ伏した。
「な……んで……」
「こうすれば解りやすいか?」
「あ……」
答え合わせでもするかのように火の玉を周囲に散らして地面を照らし、何故後ろにいたのか教えてやった。
それは男の正面にあった闇が後ろにまっすぐ伸びて鎧の炎が照らせない範囲に来たところで、大きく円を描くように男の後ろに闇が伸びていた。
甲冑で視界が狭められているのに加えて集中しすぎたせいで前しか見ていなかった男は、いつの間にか目の前の闇から抜け出されていることに気が付けなかったのだ。
「これでスッキリしたろ? じゃあ、眠ってろ」
「───が」
「うわぁ、痛そう……」
竜郎は地面に突っ伏していた男の頭に、土の塊を落として気絶させただけだった。
しかし愛衣の攻撃でも気絶しなかったしつこさを加味した結果。かなり大きな物を落としたため、頭の部分の甲冑がひしゃげていた。
「これ、死んでないよね?」
「ああ。今、解魔法でも調べてみたが命に別状はないよ。
ステータス補正のおかげだろうな」
「そっかそっか。んで、こいつら町に連れてくんだっけ?」
「ああ、いっそ現物を見せた方が信憑性があるだろ?」
そう言って竜郎は気絶している甲冑の男を、盗賊達を纏めて収容していた穴の中に魔法で放りこんだ。
そしてそこに空気穴だけ残して念の為にと蓋をして、それから残り少なくなってきた鉄のインゴットを取り出した。
今回はまず大人三十人ほどが、ギリギリ詰められる大きさの円柱型の鉄の箱を一つ。
そしてそれをすっぽり覆える大きさで、同じ形の物をもう一つ造る。
「あれ? 二つも造ってどうするの?」
「そりゃ、魔法使い対策だよ」
「んん?」
良く解らないと首を傾げる愛衣を撫でながら、その二つの箱をさらに加工してから、愛衣に頼んでマトリョーシカのように一回り小さい物を大きい物の中に入れて貰い、真ん中に通した支柱にはめ込み外れないように魔法を使って丁寧に補強した。
それができれば後は犀車に繋ぐための金具と、走るための車輪もつければ完成である。
「できた!」
「これって……。私は絶対乗りたくないなあ……」
竜郎が思い通りに動いてくれるか風魔法で実験している様を見て、愛衣はそんな感想が漏れた。
それは竜郎の風魔法で起こした向かい風を受けた途端、内側の箱が横にグルグル回りだした。
風を受けた時に大きい箱と小さい箱の下の間に挟まれるように設置した風車が回りだし、そこに支柱で接続されている上に乗った箱の方も一緒に回る仕組みになっているからだ。
さながら巨大コーヒーカップといった風体で、よほど三半規管が強くない限り酔う事必至である。
「これで魔法使いも集中できないだろ」
「そうだけど……、町に着いた時に中がまずい事になってそう」
「そこは自分たちの不逞を恨んでくれって事だな」
竜郎は殺すつもりはないが、容赦をするつもりもなかった。
なので盗賊たちを穴から一人一人拾い出して、装備を奪って残った鉄から造ったワイヤーで身動きが取れないようにしてから箱の中に立たせて収容していく。
思っていた以上に密集して詰まっている姿に二人はドン引きしつつ、愛衣と協力してその箱を押して、サルバ達とその護衛に残しているカルディナとジャンヌのいる場所に向かっていった。
そしてその頃には、薄らと太陽の光が差し込み始めていた。
「もう朝か……。工作と収容に、思った以上に時間を割かれたな」
「結局、徹夜になっちゃったよ~」
愚痴をこぼしながら、二人は目的の場所にたどり着いた。
するとすぐにカルディナとジャンヌがやってきて、二人の無事を祝っていた。
それに遅れて暗い表情をした三人がやってきて、竜郎達が引いてきた謎の円柱型の箱に目を向けていた。
「その中には、やはり……」
「ああ、今回きた奴は全部捕まえた。
後はリャダスの衛兵に渡して、盗賊がいる事の証明に役立ってもらうつもりだ」
「ここに入ってるのが、あの……あの罠を仕掛けた奴らなんですか?」
「罠の位置を記した地図を持っている奴が何人かいたし、まず間違いないだろう」
「「………………」」
キャサリン、ジェマは自分達の質問に返ってきた答えを飲み込むように、無言で目を瞑って下を向いた。
それを見た竜郎は三人にとっては特に良い感情は無いだろうと、なるべく意識させないように素早く犀車の後ろに繋いでいった。
するとその作業の途中で、今まで能面のような顔で突っ立っているだけだったサルバが無言でこちらに近寄ったかと思えば、手甲鈎を両手に嵌めて盗賊の収容箱の入り口の前に立った。
「何のつもりだ?」
「こいつらを殺す」
「聞いていなかったのか? こいつらは、衛兵に渡す。
殺したら本当に盗賊だったのか証明できないかもしれないだろうが」
「でもっ、それは全員じゃなくてもいいだろうがっ!
こいつらを指揮していた奴だけでも殺さなきゃ気が収まらねえんだよ!!」
「お兄ちゃん……」「サルバ……」
涙を流しながら竜郎に向かって吠えるサルバに、殺された仲間の無念さも、サルバの気持ちも痛いほど解る妹達は、本来止めなくてはいけないはずなのに体が動かなかった。
「その指揮してたやつが、一番重要なんだよ。
だからと言ってせっかく生け捕りにしたんだ、他の奴もどんな情報を持っているか解らないから殺させるつもりはない」
「あんたは、仲間を殺されてないからそんなことが言えんだよ。
殺された所を想像してみてくれよ、赦せないだろうがっ」
「そうだな。赦すつもりもないし、何処に居ようが探し出してぶっ殺してやろうと思うだろうな」
「ならっ」
「でも、捕まえたのは全部俺達だ。今、こいつらをどうするかは俺達が決める。
俺達の目的が済んだ、その後でなら止めはしない。
だけどそれは、自分の力だけでやってくれ。
俺たちは出来るだけ、お前たちを助けてきたと思ってる。
なのにそんな俺達の上澄みだけかっさらっていくのは、さすがにないんじゃないか?
お前の敵討ちに俺達を巻き込まないでほしい」
「───ぐううっ」
確かに愛衣を傷付けるような輩なら、例え殺すことになっても守る覚悟はあるつもりだ。
けれど出会って二日も経っていない人物の殺人行為に加担したいと思う者は、どこか頭がおかしい人だろう。
例えそれが、どんな悪人だったとしてもだ。
「……ここで俺が、無理にでも行動に出たらどうする?」
「その時は、こちらも無理にでも止めさせてもらうさ。それで、どうするんだ?」
「お兄ちゃん……」
妹のジェマが心配そうに見つめる眼差しが突き刺さるのを、サルバは感じた。
そして、それがサルバの心を折ったのだった。
「…………………………解った。諦める……」
「ならよかった。まあ気休めにはならないだろうが、できるだけ重い罪に問う様に言ってみてもいいし、そうでなくてもそれなりの刑が待っているはずだ。
なにもこんな屑どもの為に、お前が手を下すのは勿体ない。
俺達への礼として、その力で困った人を助けてくれるんだろ? 綺麗な手のまま助けてくれよ」
「兄貴……。ああっ、解った。
きっといつか、兄貴よりもスゲー冒険者になって、仲間も、弱い者達も、皆守れるような自分になってやる!」
「その意気だ! 出会ってそんなに経ってはいないが、お前には復讐なんかより、そっちの方が似合ってると俺は思うよ」
そうして男同士、ガシッと握手をした。
もちろん、今のやり取りでサルバが完全に吹っ切れたわけではない。
けれどそれをも飲み込んで、もっと大きな存在になる決意を固めたのだ。
もう二度と、惨めな思いをしない為に。
そしてそんな光景を、女性三人が見つめていた。
「これで、一先ず落ち着いたかな」
「そうですね。まだ全部は消化しきれませんが、リャダス領内では人を殺した盗賊に待っているのは死のみです。
そう考えれば、この領の法に任せて公の場で裁いて貰うのが正しいあり方……なんですよね」
「きっといつまでも、このやるせない気持ちは続くんだろうけど、お兄ちゃんがそれを抱えて強くなるって言うなら、私はもっと強くなってみせる」
「その意気だよ」「ええ」
そうして年上二人に頭を撫でられたジェマの瞳に大粒の涙が一滴、流れ落ちたのだった。




