第82話 最低最悪な罠
あれから近くにあった罠を排除し終わった二人は、かなり眠かった為に、詳しいことは明日話すと三人に告げて残りの時間を睡眠に割いた。
それから数時間後、竜郎が目覚めた頃には十一時を回っていた。
さすがに寝過ぎたと、愛衣を起こして支度を済ませてから外に出ると、すでに起床していた三人が外で待っていた。
これが気安い仲ならば、遅いと文句でも言われそうなものだが、夜中に起きだした二人が何かをしていたのと、役にたてていない事から起こしに行くことも出来なかった様だ。
また肉を焼いて五人で食べるというルーティンをこなすと、三人に昨日何者かが罠を仕掛けていったことを伝えた。
「それはやはり、盗賊の仕業でしょうか?」
「それ以外は、可能性が低そうだな」
「ちっ、罠を張るなど卑怯な奴らめ!」
「まあ、落ち着きなよ。罠の場所は特定できてるんだから」
息巻くサルバを愛衣が落ち着かせて、ようやく出発となった。
昨日と違い道中が明るいので、もっとスピードを出したいところだが、罠を排除しながら進んでいるので、そうはいかなかった。
時速二十キロくらいで進みながら、カルディナに位置を特定を頼み、竜郎は土魔法で罠を地中で圧潰させて無力化しながら進んでいった。
愛衣が竜郎の横で手を握っていてくれるため、魔力消費はほとんどしていないが、同じ作業の繰り返しに精神的に疲れてきていた。
休憩を挟みながら、そんなことを続けていると、昼ごろに何かが三つ道の真ん中に置かれていることに、カルディナが一早く気が付いた。
なにかと調べてみれば、生命反応のない、人型の何かだという事が解った。
それが何か一瞬で理解すると、竜郎は苦い顔をしてそれが遠目に見える範囲で犀車を止めた。
「どうしたの?」
「道の真ん中に、死体が三体置かれている。それに、その死体に近寄れば罠が無数に発動する様に仕掛けられている」
「─────っ」
その言葉になんと言っていいのか解らずに、愛衣は息を呑んだ。
それが正常な反応だと、竜郎は愛衣の頭を撫でて一人で外に出ようとした。
しかし、愛衣に腕を掴まれて首を横に振られた。
「私も行くよ。竜郎だけに、嫌なことはさせたくないもん。私は何もできないかもしれないけど、せめて隣で一緒にいてあげることは出来るから」
「そうか。じゃあ、一緒に来てくれ」
「うん」
そうして二人が犀車から降りると、上の三人が急いで降りてきて、話しかけてきた。
「まって下さい。たぶん、あそこにある死体は、…………たぶん、私達の仲間です」
「他にも仲間がいたのか」
キャサリンの仲間という言葉に、竜郎は驚き半分、納得半分といった表情をした。
そして同時に、仲間の死体を目の当たりにして冷静に判断できず、遺体に近寄ったところを罠で殺す。
そんなことを考えながら、あの罠を設置したのかと思うと、人の命や思いを何とも思っていない盗賊たちに怒りが湧いてくる。
「あれは罠……ですよね?」
「ああ、そっちもこの距離なら、罠かどうかくらいは、解魔法で解るんじゃないか?」
ジェマの問いに答えながら、解魔法使いのキャサリンに視線をやった。
しかし、解魔法を使って仲間の死体の情報を得るのが耐えられなかったようで、キャサリンは使う事が出来なかった。
苦しげな表情だけで二人はそれを悟り、憮然とした表情をしていたサルバに、今からやることを確認することにした。
「今からあそこの罠を解除して、死体はその後火葬するつもりだが、それでいいか?」
「ああ。頼む。だけど兄貴、俺も近くで見てていいか?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう」
ジェマとキャサリンが泣き崩れて座り込む中、サルバだけは最後まで硬い表情のまま、二人の後ろを付き従う様に歩いてきた。
そうして竜郎と愛衣は、三つの遺体の顔がはっきりと見える場所まで来ると、改めてサルバに仲間だった人達か聞いてみた。
それは真ん中の一体が三メートル程の巨体を持つ人間で、最後までその頑丈そうな肉体で味方の盾になっていたのだろうと解るほど、傷だらけになっていた。
そして両脇の二人も、言葉に言い表しがたい状態で置かれていた。
そんな惨状に対し、目を逸らさずにちゃんと見てから、サルバは歯を噛みしめながら小さくこくりと頷いた。
それを確認した後は、周囲に張り巡らされた罠を発動させる前に土魔法で圧潰させて無力化した。
すると頭上で飛んでいたカルディナが、焦ったようにこちらに鳴き叫んできた。
それに嫌な予感がした竜郎は、水の壁、炎の壁、土の壁、風の壁を全て光魔法でブーストして、一瞬で四重の壁を築いて、自分と愛衣、サルバを守る様に四方を囲んだ。
カルディナも急降下してその中に納まった瞬間、死体のあった場所から大きな爆発音が響き渡った。
その衝撃をこちらに届かせないように、竜郎は愛衣の手を握りしめながら、無我夢中で耐え抜いた。
それからキーンという耳鳴りがして聴覚がおかしくなっていたので、生魔法を使って愛衣を、次に自分、サルバの順で治していった。
生魔法のレベルが低かったせいか、少し違和感は残っているが、当面は問題なさそうなので、カルディナの探査魔法を使ってもらって、完全に安全が確認できてから四重の壁を取り除いた。
「…………ひどいな」
「──っう」
「っ!?」
視界が開けた先には、石畳の道は破壊され、その周りには血がぶちまけられ、肉片が飛び散って、元の形が解らない程に損傷した何かがあった。
カルディナの探査魔法で、どんな惨状になっているのか想像がついていた竜郎は堪えることができたが、突然見せられた愛衣は吐き気を、サルバはその場に膝をついて呆然自失し目を見開いていた。
竜郎は直ぐに土魔法を使って地面を動かし、散らばった肉片と骨をできる限り集めて、それを土で作った玉の中に押し込める。
それから竜郎は、その玉の内部を火魔法で超高温に加熱して焼いていく。
匂いが届かない様に、風魔法で風を起こしながら、土の玉を崩れない様に闇魔法で補強しながら整形しなおして、骨壺のようにした。
「たつろー、いったい何が起こったの?」
「地中の中の全ての罠が発動した、または壊されたり、取り除かれたりした場合に、死体の中に埋め込まれた爆弾みたいな何かが爆ぜるようになっていたんだと思う。
俺が無意識に死体を詳しく調べなかったせいで、危ない目に遭わせてごめんな」
「ううん、しょうがないよ」
愛衣はまだ吐き気が少し残っていたが、それでも竜郎に抱きついて気にすることは無いと慰めた。
そんなことをしていると、後方の二人とジャンヌも、さきほどの爆音に何事かと、心配そうにこちらにやってきた。
死体は無かったが、破壊の跡と先ほどの爆発音と照らし合わせ、おおよそ何があったか理解した二人は、先ほどから微動だにしないサルバに駆け寄った。
二人を見たことで、ようやく自分を取り戻したサルバは、やるせない気持ちを拳に込めて地面を殴った。
憎しみと、何もできなかった自分への情けなさ。サルバはそんな感情が渦巻きながら、オオカミの遠吠えのような声で叫んだのだった。
それから三十分ほど、三人を落ち着かせるために道の隅に止めた犀車の天板に乗せて休憩させながら、竜郎達は道の修繕をしつつ、盗賊がやってこないかを警戒していた。
「あれだけ大きな爆発音だったんだ。かなり離れていても聞こえたはずだ。確認しに来てもいいものだが、くる気配がないな」
「かなり大がかりな仕掛けだったし、発動したから死んだって思ってくれたのかもよ?」
「だが、本当に狙った人物が罠にかかったかどうかは解らないはずだ。
他にも何か、気付いていないような罠を仕掛けているのか?」
余りにも常軌を逸した罠に、疑心暗鬼になってくる。またそれこそが、狙いなのかと思考がループする。
日本にいた頃には感じた事のない、人からの悪意を見せつけられ、二人は精神的に参ってきてしまっていた。
しかしそんな中でも、二人を元気づけようとしてくれる二匹の仲間たちに心を癒され、何とか持ち直すと、二人は先に進むために再び犀車に乗り込んだ。
「出発するぞ!」
「はい! お願いしますっ」
この時に返事をするのは、いつもサルバだったのだが、この時ばかりは妹のジェマが応えていた。
それにサルバを連れてくべきではなかったと後悔しながら、竜郎はジャンヌに出発してもらう様に話しかけた。
それからほどなくして、食欲は全くないのだが、いつ非常事態に見舞われるかわからないので、昼食を取るためにジャンヌに道から外れた場所に止まってもらった。
上の三人はさすがに食事を取れる状態ではなかったらしく、辞退してきたので、今は二人分の肉を焼いていた。
リアルにスプラッタシーンを見た後なので、肉は正直御免こうむりたかったが、それどころではないので、二人は我慢して腹に収めていった。
しかし不思議なもので、こうして無理にでも一度収めてしまうと、気分も持ち直し、活力も戻ってきていた。
なので犀車の上にいる三人にも無理にでも食べさせようかとも思ったが、愛衣と相談して止めておくことにした。
まったく知らない人の死体を見た自分達と、仲の良かった人達の死体では、まるで違うのだろうからと。
そうして体に活力が戻ってきた竜郎達は、甘えさせるのは程々にして、ジャンヌとカルディナに魔力補給をしてから、すぐに出発した。
「思った以上に遅れてるな」
「そうなの?」
数は目に見えて減ったが、それでも思い出したかのように点在する罠を潰しながら、竜郎はマップ機能で現在地を見てため息をついた。
「ああ、罠を潰すために速度を落としているのが、一番の原因だな」
「全部潰さないと、この前の商人さんが引っかかって来れなくなるかもしれないしね」
自分達だけなら最悪空を飛んで行くことも出来る、しかし三人を町まで連れて行くと決めたし、この道を使う関係のない人達への被害も無視していくことができなかった。
「これでせめて弱い魔物でも来て、SPを稼げればいいんだが」
「そっちは、まるで音沙汰ないねえ」
「っと、そう言えばこの前モグラから稼いだSPをまだ使ってなかったな」
「また闇魔法を取るの?」
「生魔法とか散々お世話になってるし、今回みたいに不測の事態が起こった時に、すぐ治せるっていうのも魅力的なんだが……。うん、闇魔法を取るかな」
「傷を負う事を考えるよりも、負わないようにする方が私達らしいよね」
まさしく自分の考えを読み取ってくれた愛衣を抱き寄せながら、現SP(40)から、消費SP(34)で《闇魔法 Lv.7》に上げた。
闇魔法を上げたとなれば、カルディナやジャンヌをさらに上のレベルに押し上げておきたいところだが、それをするには上の三人に色々見られる可能性がある。
サルバの前で四属性の壁を造ったり、今も罠破壊の為に土魔法を使っていたりと、もう気にする必要はないのではとも思うが、それに輪を掛けて魔力体生物は異質だろうと、これだけは隠しておくことに決めているのだ。
それからまた時は過ぎて、太陽がかなり傾きだし、赤い日差しを犀車に当てていた。
当初の予定では、今くらいにリャダスに入町し終わっていたはずのなのに、どうしてこんな事になってしまったのだろうと思いつつ、竜郎は道から百メートル程外れた場所を指定して、そこに駐車してもらった。
「随分道から外れた場所に止めたね」
「ああ、今夜は闇属の日。ということは、朔の日でもあるって事だ。
夜襲をかけるにはうってつけじゃないか?」
「闇魔法で隠れられるのにも、打ってつけだと思うけど」
「ああ、だから隠れてやり過ごせるかもしれないし、いざ戦闘になってもカルディナの解魔法と、俺の闇魔法で簡単に制圧できるかもしれない。だから、どっちも出来そうな距離を取ってみた」
「道の近くじゃ、少し明かりを照らしただけでもばれちゃうもんね。確かにこの距離なら探査魔法か、光魔法で辺りを一斉に照らさないと、見つけにくいかもね」
そうして今夜が山場だと踏んだ二人は、せっせと夜食の支度をする。
その頃には、サルバを除いた二人は落ち着いたようで、食事も一緒に取らせてほしいと言ってきた。
サルバはガタイもしっかりしているし、朝食は取っていたので、二食抜いても大丈夫かと、そっとしておいて四人で食事を取った。
それから今夜襲ってくる可能性が高いという話を二人に聞かせ、今夜は犀車の上で眠る様に言っておいた。
いざとなったら犀車で強行突破というのも考えているため、最初から三人には搭乗しておいてくれた方が楽だからだ。
二人はその話にうなずいて、犀車の上に戻っていった。
「さて、今夜はどうなる事やら」
「平穏に行きたいところなんだがな」
まだ見ぬ卑劣な賊どもが、あの様な罠だけで全てが終わったとは思っていない二人は、カルディナに警戒を任せて、今夜に向けて早めに仮眠を取りだしたのだった。




