第81話 手を変え、品を変え
肉の焼ける匂いが再び辺りに漂いだす、すると腹ペコ三人組は涎を垂らさんばかりに肉を凝視していた。
というか、サルバに至っては本当に涎を垂らしていた。
その姿にどれくらい食べていなかったのかと心配になりながら、最初に焼けた肉をサルバに渡した。
「いや、俺は最後でいい。先にジェマに、あげてくれ」
「そんなに涎垂らして、かっこつけないでよ、お兄ちゃん」
「そうよ。逆にかっこ悪いわよ」
「うぐっ」
お兄ちゃん風を必死で吹かそうとするサルバだったが、説得力皆無の様相のせいで、逆風に陥っていた。
「そういうこった。先に食っとけ。他の二人の分ももう焼ける」
「す、すまねえ」
そうして残り二人の分の肉も焼き終わり、皿に乗せていると、なにやらサルバが騒いでいた。
危険性はなさそうなので、二人分の肉をさらに乗せてから近づいた。
「どうかしたのか?」
「それが……、兄さんが食べるなり美味い美味いと騒ぎ出してしまって……」
「ああ、そういう事か。まあ、今回の味付けは成功したみたいだし、それを抜いても、すきっ腹なら普段より上手く感じるだろうさ」
「はあ」
今回は、以前使った香辛料を少しと塩を適量という、そっけない味付けだったが、今度のものは香辛料の独特の癖がいいアクセントになって、愛衣は今現在も美味しそうに肉にかぶりついていた。
そんな姿を横目で眺めつつ、竜郎はジェマとキャサリンにも肉を渡した。
持った時に薫る匂いに、二人の視線は肉に奪われ、竜郎に礼を一言いってから、それを口にした。
「おいしぃ」「───っ」
キャサリンは肉の美味しさに、無意識に声が漏れていた。
そしてジェマに至っては余程口にあったのか、一度仰け反ってから興奮気味に肉を貪っていた。
それからほどなくして、サルバを筆頭にすぐに食べ終わると、竜郎にジェマが問いかけてきた。
「あのっ、こんな美味しいお肉初めて食べました! なんのお肉なのですか?」
「え? 何の肉って、竜の肉だが。《竜を喰らう者》とかいう、称号が手に入らなかったのか?」
「「「竜!?」」」
目玉が落ちるのではないか、と言うほど見開いた瞳に見つめられ、竜郎は一歩後ろに下がった。
それでようやく自分たちが今どんな表情で竜郎を見ていたのか気付いて、一旦落ち着くように三人で深呼吸していた。
「竜の肉って……、そんな高級品をホイホイ食わせて良かったのかよ。道理で旨いわけだよ」
「そうですよ。私達なら、もっと安いので良かったのに」
「まだ大量にあるから、気にするな」
「そうそう、というかそれ以外まともな食料を持ってないってのもあるし」
竜郎と愛衣のその言葉に、想像以上に自分達とかけ離れた存在なんだと知った。
なんせ大量に持っているという事は、それを倒した可能性が高い。
さらに先ほど、竜郎が口にした《竜を喰らう者》。
これは《竜殺し》の称号が無ければ得られない称号で、先ほどの言葉からその称号を持っていることを三人は確信した。
『なんか、急にキラキラした目で見つめてきだしたんだが……』
『ほんとだ。どうしたんだろうね?』
自分たちを見る目が明らかに変わった三人に、念話で会話しながら二人は戸惑っていた。
冒険者にとって竜殺しは一つのステータスであり、冒険者を志す者ならば一度は夢見る称号なのだ。
そんな存在が目の前にいる事に、サルバ達は感激していた。
しかし、そんなことを知らない二人は最後まで気が付かず、羨望の視線を浴びながら、居心地が悪そうに後片づけに取り掛かったのだった。
手際よく撤収作業を終えると、ジャンヌの苦労をねぎらいながら、二人で抱きついて──と言うよりのしかかって戯れた。
そんなことをしていると、ふと視線を感じて振り返ってみると、羨ましそうな顔をして見ていたジェマと目が合った。
すぐに視線を逸らされて、何でもないと言った風に装うが、愛衣が手招きするとおずおずとやって来て、ジャンヌに触らせてあげた。
「おっきいですね。それに二人によくなついてる」
「自慢の我が子ですから」
「ふふ、そうなんですね。私もテイマーを目指そうかな」
愛衣とジェマが仲良さげにそんな会話を楽しみながら、ジャンヌと遊んだあと、再び犀車に全員が乗り込んだ。
「出発するぞ! 準備はいいかー?」
「ああ、三人とも席についたぜ! 兄貴!」
「おお…、そうか……。じゃあ、ジャンヌ!」
「ヒヒーーン!」
竜肉を食べさせてから、サルバに兄貴と呼ばれるようになった竜郎は、慣れない呼称に戸惑いつつも、悪口を言われているわけでもないので、特に訂正することも無くジャンヌに出発してもらう。
やはりまだ今の積載重量に慣れていないのか、前よりは良くなったが一度大きくガクンッと揺れてから、段々とスピードが上がっていった。
それから夕方の時間も過ぎて、時間的には夜と言っていい頃になった。
予想以上に呆気なく終わった道中に肩すかしを食らいながらも、犀車を道から外れた場所に移して停車した。
犀車が完全に止まると全員そこから降りて、例の如く竜肉を五人分焼いて、受け取るのを渋るサルバ達に無理やり渡し夜食を取った。
寝る場所用にテントを貸そうと提案すると、天気もいいし地面でいいと言って聞かなかった。
なので、無理やり渡すのも恩着せがましいかと、そこは納得しておいた。
仮に盗賊や魔物が来ても、一晩中カルディナが見張っていてくれるので、余程の事がない限り安全だというのも、当然加味しての事だが。
そうして寝る支度が整ったら、お風呂に──と行きたいところであるが、水魔法を使えることは隠しておきたかったので、今回は犀車の個室でこっそりと水拭きをするだけに留めておいた。
「最終的には、もっと快適な居住空間にしてみたいな。キッチン、トイレ、風呂完備みたいなさ」
「完全にキャンピングカーみたいだね。でも、そうするとジャンヌの負担が半端無さそうだけど」
「闇魔法のレベルをもっと上げて、より高度な変質を身に着けて、さらに魔力体生物としてのレベルも上げて、その上で鉄よりも頑丈で軽い素材を大量に手に入れられれば、不可能ではないはずだ」
「その条件を満たすのが、そもそも大変そうだね」
竜郎としても、理想論を語っただけなので半分冗談みたいなものだった。
主目的は日本に帰ることであり、快適ライフを目指した素材探しではないのだから。
それから、こうできたら便利だよね話に花咲いた二人は、眠りに着くまで語り合ったのだった。
そうして、眠りに落ちて五時間ほど経った頃。
竜郎は、犀車をカツカツと嘴で叩く音で目が覚めた。
(なんだ?)
竜郎は直ぐにカルディナの魔法と同期して状況を探りつつ、愛衣を生魔法で起床させていく。
(人数は五人……。盗賊ではないのか?)
「どうしたの? たつろー」
「道沿いに歩いて、こちらに向かってきている人間が五人いる。念のために武装して、起きていてくれ」
「わかった」
それから念話と心象伝達を駆使して、愛衣と情報を細かく共有しながら、一度犀車から出て上に上がり、見えにくいように闇魔法で目立つ車体を隠しておいた。
謎の五人組は早歩きくらいのスピードでこちらに向かってきながら、途中何度か立ち止まっては、歩き出すという奇妙な行動をしていた。
『なんなんだろうね?』
『さあ。普通の冒険者や商人ではなさそうだが……』
そんなことを言っている間にも、かなり近いところまでやってきていた。
それからまた立ち止まってウロウロしてから、もと来た道を戻っていった。
『また来た道を戻っていってるぞ』
『何がしたかったのかな?』
『詳しくは解らないが、もしかしたら盗賊側の斥候なのかもしれない』
『じゃあ、見つかっちゃったって事?』
『こっちはどうかわからないが、外にいる三人は見つかったかもしれないな。
まあ、どうせ道を走っていたら見つけられるだろうし、こうしてアクションを起こしてくれた方が、何かあると思って行動できる分ありがたいくらいだ』
対人戦はできるだけ避けていきたいところだが、この道はリャダスに行くのに一番快適なルートなのだ。
道なき道を突っ走るのは御免こうむりたく、多少強引にでも突破しておきたかった。
なので事前に何かありますよ、と知らせてもらえる方が、警戒もしやすいというものだ。
「さて、大分遠くに行ってくれたみたいだし。ちょっくら調べてみようか」
「調べるって何を?」
「所々立ち止まっては、不自然に歩き回っていたからな。罠を仕掛けていったのかもしれない」
「そんな事したら、ここを通る人全員が危ないじゃない?
そしたら誰が仕掛けたって事になって、私達が何かをする前に盗賊の存在が明らかになりそうだけど」
「まあ、まだあると決まったわけじゃないし、あったとしたら、あっちも形振り構っていられなくなったって事かもしれない」
そんな事を話しながら闇魔法を解くと、カルディナと一緒に探査魔法で生き物ではなく、罠の類がないか綿密に調べていった。
すると周囲百メートルの範囲内だけでも、十八個の罠が仕掛けられていた。
場所を特定できたら、犀車から降りる。
すると近くで寝ていた三人が、こちらも気配を察していたのか起きていた。
一度目が合うが、そこにいるようにジェスチャーで伝えて、罠のある場所まで歩いて行った。
「ここだな」
「ホントに罠を仕掛けてたんだ。それで、どんな罠なの?」
「バネ仕掛けの罠みたいだな。それに微弱にだが、魔力を放っているものが一個ある。けど、これは純粋に仕掛けだけで動いてるタイプだな」
そう言いながら竜郎は、土魔法で四十キロくらいになる様に調整した土塊を、愛衣に渡した。
「これで何をすればいいの?」
「俺が指定する場所に、軽く放ってみてくれ」
「はいよー」
竜郎は愛衣に場所を示すため、光魔法で光の輪を作って、罠の発動範囲を囲った。
それが終わると、愛衣はそこに向かって土塊を放った。
土塊は丁度、光の輪の中心に鈍い音を響かせながら落ちた。
するとそれを貫くようにして、三十センチ程の針が地面から飛び出してきた。
それは土塊を刺し貫いて、何か透明な粘性の液体がこびり付いていた。
竜郎は毒かと思い、直ぐにその粘性の液体を解魔法で調べてみると、それはただの接着剤だった。しかも、かなり強力な。
現にすでに針に滴っていた粘性の液体は完全に固形に変化し、貫いた土塊に完全にくっ付いていた。
「一定以上の重量がかかった場合に針が突き出て、刺さったらその場所に接着剤でくっ付けて抜けなくするって事か」
「エグいなあ」
「生魔法で傷口を回復出来たとしても、軽くトラウマになりそうだな」
そう言いながら、今度は十八個中一個だけ見つかった、微弱な魔力の反応のする罠に近づいてみる。
それから鉄のインゴットを取り出して、土と闇の混合魔法で大きな壁を造ってから、罠のあるポイントに水魔法を使って、水槽の様にした分厚い水の層で、その上を覆った。
それからまた、愛衣に土塊を造って渡して、水で覆った場所を心象伝達で教えて、鉄の壁の向こう側からそこに落ちるように山なりに投げて貰った。
すると、それはザブンと分厚い水が乗った場所に着水して沈んでいった。
それを確認したら、今度は竜郎が魔法で水の内部に水流を起こし、土塊をどけて水の外に追い出した。
それから一秒後、地面から四角錐の物体が現れて、展開図の様にパカッと開くと、水の中に風が生じたかと思うと、尖った破片が散らばった。
結局その破片は二人のいる場所に届くことも無く、分厚い水の中より外に数個飛び出ただけで終わった。
「これは一定の重量がかかった後に、時間差でこの四角錐の奴が飛び出して、その中に仕込んであった魔法液をエネルギー源にした風魔法を発動させて、中に入れたこの破片を周辺に散らす物みたいだな」
「威力自体は大したことなさそうだけど、無防備な場所に当たったら痛そうだね」
「ああ、目にでも入ったりしたら、失明しかねない」
そうしてどんな罠か実地での実験も交えて調べ終わると、竜郎はそれを罠の研究用に採取するために、土魔法を使って残らず地面から掘り出して、仕掛けを外してから《アイテムボックス》に収納していったのだった。




