第80話 三人の気持ち
準備も整ったところで、早速同行してもいいことを三人に告げる事にする。
「解った。道中こちらの指示が聞けるのなら、同行してもいい」
「ほんとかっ」「「本当ですか!?」」
「ああ」
そう言って竜郎は、視界を遮っていた闇魔法を解いて三人に姿を見せた。
すると、あちらの顔も月明かりに照らされて良く見えた。
まず、男ともう一人の女性は茶髪で犬の様な獣耳と尻尾があり、残りの一人の女性は獣耳はなく、黒がかった金髪をしていた。
そして三人の共通点として、竜郎達と同じか、下手したら年下にも見え、少年や少女と言った方が似合う容姿をしていた。
一方、あちらはあちらで、遠距離から二十人近い盗賊を蹴散らした人たちは、さぞ熟練の冒険者なのだろうと思っていたため、自分たちと大差ない背格好の二人に驚愕していた。
「名前は?」
「───えっ、っとはい。ジェマ・ミリェートです」
「サルバ・ミリェートだ。ジェマとは兄妹で、俺が兄だ」
「キャサリン・センプランです。二人とは幼馴染です。それで、あなた方は……」
一方的にお世話になる身なので、聞いてもいいのかどうかと言った風に、おずおずとキャサリンが聞いてきた。
別に名前くらいいいかと、こちらも自己紹介をする。
「竜郎・波佐見だ」
「愛衣・八敷だよ。よろしくー」
「「よろしくお願いします」」「よろしく」
「んじゃあ、俺たちはリャダスに行くから、それまでこいつに乗ってもらう」
「それは……馬車ですか?」
ジェマが犀車を見上げながら、そんなことを聞いてきた。
そもそも引いているのが馬ではない時点で、すでに馬車ではないのだが、三人を追加で乗せるために改造した結果、キャンピングカーみたいな外見になってしまっていた。
それがこの世界では見慣れぬフォルムなのか、三人は車を見て呆けていた。
「まあ、そんな様なものだよ。君たちはあの梯子から上って、そこの座席に座ってくれ」
「俺たちは、何もしなくていいのか?」
「ああ。しいて言うなら、探査魔法が使える人がそっちにいるみたいだし、ただ乗っているだけが嫌なら、それをやっていてくれ」
「わかりました」
解魔法の使い手はキャサリンだったらしく、張り切りながら頷いていた。
どのくらいのレベルかは知らないが、探査魔法は解魔法の基本と言ってもいい魔法なので、そこは任せてみることにした。
それから三人には犀車の上に乗ってもらい、竜郎と愛衣は御者席に座って、その二人の膝の上に寝そべるようにカルディナが乗っかっていた。
その姿にジャンヌが羨ましそうに見るが、カルディナは気が付かぬふりをして、二人に甘えていた。
「〈ジャンヌには、次の休憩のときに甘えさせてあげるから、頑張ってくれ〉」
「ヒヒーーン!」
竜郎の一言に嬉しそうに嘶くと、三人分の重量が増した車を、風魔法の力を使って引いていった。
動かし慣れた重さから百キロ以上は増していたため、初動が荒くなってしまい強い揺れが一瞬生じたが、走り出してからは対応してきたのか、スムーズに進行していた。
「リャダスまでは、あとどれくらいだっけ?」
「明日の夕方くらいには着くはずだったんだが、面倒事に巻き込まれずに、最速で行った場合の概算だったから、明後日の昼前くらいにずれ込みそうだ」
「そっか、今回のだけでも結構時間くったしね」
「朝起きるのが遅いってのも、有るんだがな」
「たつろーが寝かせてくれないからぁ」
「道中じゃあ、そこまではしてない上に、俺より早く寝てるよな!?」
「そうだっけ?」
「そうだよっ」
いつも竜郎に起こされている身としては、すっとぼけるしかなく、愛衣はヘタクソな口笛を吹いて誤魔化した。
それに竜郎は、しょうがないなぁと軽く頭をポンと叩くと、そのまま肩を抱き寄せたのだった。
そんな風に御者席で終始いちゃついている中、車上では手すりにつかまりながら、三人が話し合っていた。
「お兄ちゃん、この馬車すごく早いね」
「それはそうなんだがよ、引いてるあれはなんだ? 匂いがしねえぞ」
「アストラル体の魔物が具現化したような、そんな生物?」
「魔物って事なのか?」
「少なくとも風魔法が使えてる時点で、動物じゃないわね。それに二人と一緒にいた鳥も、私より広範囲に探査魔法を使ってる」
「タツロウさん……だっけ? あの人は魔法を使ってたし、アイさんがテイムしたんでしょうか」
相変わらず、この世界の人々にとっては異質な存在である二人は、また新たに謎を振りまいていた。
「どっちにしても、俺たちは何にもできてねえって事だよな」
「私達とたいして歳も離れていないみたいなのに、すごいね」
「私の解魔法はあまり役にたっていないようだし、これじゃあ、ただの寄生よ」
余りにも情けない状況に、三人とも表情が暗くなった。
というのも、ここまで逃げる過程で、すでに三人犠牲にしてしまっているのだ。
その三人が駆け出しの三人を逃がすために足止めしてくれたおかげで、今こうして生きているのだ。
そして助かったのもまた、他の冒険者に助けて貰って、なおかつ町まで寄生する羽目になるなんて、冒険者にとって恥でしかなかった。
「ヨナーシュ達は、どうなったんだろうな」
「簡単にやられはしないでしょうけど、私達に盗賊が追い付いてる時点でもう……」
「でもでも、もしかしたら生きてるかもしれないじゃん! 町に着いたら捜索願いをだそうよ!」
「捜索願を出した所で、それに見合う報酬を私たちは持っていないわ」
「うう……」
「くそっ、何でこんなことに」
後悔を胸に三人は涙を流しながら、足止めを買って出てくれた人たちの無事を祈ったのだった。
車の上でそんな重い感情が渦巻いているなど露知らず、カルディナを二人で可愛がりつつ、合間合間にキスをしたりくっ付きあったりして呑気に過ごしていた。
しかしそれも無理からぬことで、カルディナの探査魔法には盗賊の反応も、魔物の反応も無く、警戒心を保ち続けるのは無理だったのだ。
「思った以上に示威行為として効いているのか、それとも何処かで仲間を集めて待っているのか。どっちだと思う?」
「え~? じゃあ、希望的観測で諦めてくれたという事になってたらいいなぁ」
「そうだといいが、俺たちに続いて、上の三人も逃がしたとなると、さすがに本腰入れて潰しに来そうなものだが」
もしここで折れるくらいなら、最初からやっていないのではという考えから出た言葉なのだが、あながち真意を掴んでいる気がしていた。
なので人任せにしないで、カルディナにも探査を任せているのだが、結局それからも特に何もなく、ジャンヌの補給と少し遅い昼食の時間となった。
事前に知らせることなくスピードを落とし始めたため、上にいた三人が何かあったのかとこちらに慌てて声を掛けてきた。
「何かあったのか!?」
「何もない! これから昼飯を取るために止まるだけだ」
「わかった!」
自分たちの世界に浸っていた為、他人を乗せていることを失念していた竜郎は、それだけ言って犀車を止めると、ジャンヌに素早く補給してから昼食の準備をしだした。
その間に、上にいた人物たちも梯子を使って下りてきた。
それに目線だけやって、マイペースに肉を焼いていると、竜郎と愛衣以外のとこから腹の虫の音が聞こえてきた。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
「しょうがねーだろっ。生理現象なんだから!」
妹が兄をポカポカ叩いて、何やらやっていた。
それをみていると、キャサリンが気にしない様にと言ってくれたので、竜郎も目線を網の上で焼かれている肉に戻した。
それから香辛料を少しだけと、塩を少々振りかけて、二人前の食い扶持を用意し終わると、それを皿に乗せて二人でさて食べようとした時だった。
またサルバ達のほうから腹の虫が鳴って、空腹を周囲に訴えかけていた。
「お腹空いてるなら、何か食べれば?」
「荷物も出来るだけ捨てて逃げてきたから、食料はあと一食分ずつしかないんです」
「《アイテムボックス》は、取ってないのか?」
「私達みたいな駆け出しが、そんなスキルを持っているわけ無いじゃないですか。そんな余裕があるなら、まずは他に使いますよ」
言われなくても先に気が付くべきだったと、竜郎は思っていた以上に気が緩んでいた事を自覚した。
なのでおかしくない無い程度に、言い訳をしておいた。
しかしそうなってくると、食べ物の無い人たちの前で美味しそうに肉を食うという、なかなか残酷な状況になってしまっていた。
まだ食料には余裕があるし、何より三日だけとはいえ、少ない食料で過ごすことの不安は知っていたので、二人は目線で会話して分けてあげることにした。
「こっちには食料はまだあるし、肉だけでいいなら分けてもいいぞ」
「そんなっ、さすがにここまでして貰っておいて、食料まで奪うわけにはいきません」
「だけど私達だって、近くで腹ペコな人がいるのに、堂々と食べられるほど図太くはないんだよ。それを言うんだったら、もっとうまく隠してよ」
「うっ、すいません」
三人ともバツが悪そうな顔をして、頭を下げてきた。本当にそう思うんだったら、車上に残っているべきだったのだ。
「と言うわけで、君たちも食え。腹いっぱいとまでは言わないが、俺たちと同量位なら大した痛手にもならないから」
「すまない。この恩はいずれっ」
「そういうのはいいさ。礼が欲しくて助けているわけじゃないんだから。けれど、どうしても恩を返したいって言うのなら、ここから無事に町に帰って、立派な冒険者なりなんなりになって、今の自分たちみたいに困っている人を助けてやってくれ」
「───わかった。今すぐには無理でも、俺は将来あんたたちみたいに、誰かを救えるほどの冒険者になってみせる」
「私もっ」「私もです」
しょぼくれていた三人の瞳には、強い意思が宿った。
正直、このまま町に戻れたら冒険者ではなく、もっと危険の少ない職を探すつもりだった。もともとミーハーな気持ちで目指していただけだったのだから。
しかしこれから成長し、今の自分たちのように困っている人を助けられたのなら、足止めを買ってくれた仲間たちにも少しは顔向けができるのではないかと、心を入れ替えたのだ。
そんな深い事情までは察することはできなくても、三人の中で何かが変わった事に気付いた竜郎は、何も言わずに三人前の肉を焼いていったのだった。




