第77話 未警戒の場所から
商人から別れて、一夜が明けた。
朝食を食べ終わった二人は御者席で手を繋ぎながら、今の今まで忘れ去っていた竜力について、ヘルプを使って調べていた。
解ったことは、竜力を得たことで竜が使えるスキルを使えるようになるらしい。
「竜が使えるスキルって、またざっくりとした説明だな」
「じゃあ、私でもあの氷のブレスが出来るのかな?」
「うーん。それは魔法関係のステータスが規定値以上あった上で、スキルに氷魔法がないと人間には無理みたいだな」
「つまり、そのスキルを再現する土壌がないと、習得できないって事ね……」
「まあ、そういう事だな」
魔法が一切使えない愛衣からしたら、口から氷を吐ける自分に憧れを抱いたのだが、叶わぬことだと知って肩を落とした。
竜郎も竜郎で、一瞬だけでも竜尾閃のような物理攻撃ができるのかと期待してしまっただけに、少なからず落胆もあった。
そんな風にしばらく落ち込んだ後、二人は気持ちを切り替えていく。
「でも逆に言えば、それさえクリアできれば竜族限定のスキルも手に入れられるようになったとも考えられるわけだし、面白くはあるな」
「それもそうだね。そう考えてみると、ちょっとやってみたいのが出来たかも」
「ああ、でも今のとこ竜力は百しかないし、《響きあう存在》でのステータスアップにも適応されてないみたいだし、まだ大したことに使えそうにはないな」
そう言いながら改めて竜力の増やし方を見れば、以前食べた竜肉よりも高いレベルの竜を食べる必要があると表示されている。
しかし、この条件は竜郎にとっては他の人よりも有利ではある。
《レベルイーター》でひと手間増やすだけで、調節していくことができるからだ。
ただ、これからどれだけ竜と戦う機会があるかというのが問題ではあるが。
それからも竜力の事をあれこれと二人で話し合いながら犀車は進んでいったのだが、カルディナが慌てた風に声を上げた。
竜郎は何事かとすぐにカルディナの魔法に介入しようとしたのだが、それよりも早く左方の地面の中から、三十センチ程のボールのようなものがジャンヌに体当たりしてきた。
ジャンヌは自前の体格もあって大したダメージは受けなかったが、それからいくつもの謎の物体が四方八方から襲ってきた。
「ジャンヌ! 〈止まってくれ〉」
「ヒヒーンッ!」
「愛衣!」
「がってん!」
竜郎の言葉に疑いも持たずに、ジャンヌはただ愚直なまでにしたがって速度を落とし始めた。
そうなると、こちらがただの的になってしまうのだが、右折の道がもう少しであるのにこのスピードで突っ切るのは不味いと思った竜郎は、杖を素早く取り出して、速度が緩んだ瞬間に水と土と闇の混合魔法を作り上げて発動した。
それは一メートルの厚みを持つ水の壁で、その内部には闇魔法で強化した尖った土片を大量に配置していた。
謎の物体はそんなものは関係ないとばかりに特攻を仕掛けてくるが、水に勢いを殺されながら土片が刺さって即死、または血を流しながら泳いでこちらにまで根性でやって来るものと二通りあった。
しかし、例えこちらに辿り着いても傷だらけの身体では俊敏に動くことも出来ずに、愛衣の振るった鞭に強く打ちつけられ、結局は水の壁の内部で死んでいった者達と同じ末路を辿っていく。
その方法で十五匹近く倒していくと、ようやく特攻では抜けられないと悟ったのか、地面に穴を掘って潜っていった。
次はどうくるのかと警戒していると、水の壁の内側から飛び出してこちらに迫ってきた。
「まあ、そうくるよね」
「あの外見だしな」
二人は慌てずに、モグラそっくりな外見の魔物に対応していく。
まず竜郎は、これ以上壁の内側に来れない様に、地面に土と闇の魔法をかけて硬度を限界まで上げて蓋をした。
すると魔法で補強された地面は硬くて掘れないのか、地面からは来なくなった。
そして愛衣もその間にも、鞭を縦横無尽に振り回して次々と仕留めていく。さらにジャンヌもカルディナと協力して、竜郎達に加勢してくれていた。
「もう地面からは来れない! 一気にいくぞっ」
「こっちはもうやってるよ!」
「──みたいだなっ」
既に暴れまわってる愛衣達に、苦笑しながら乱戦の中で仲間を巻き込まない様に攻撃する方法を考える。
そんなことをしている間にも、どんどん数が減らされていくので、何もしなくてもいいんじゃないかとも思うが、それでは格好もつかないので早速行動に出る。
まずは解魔法を使って、水の壁の内側にいる魔物の位置を正確に調べておく。
それが終わると、すぐに水と闇の混合魔法で造った、粘着性を持った水網を打ち込んでいく。
その網にかかったモグラたちは地面に張り付いて、暴れれば暴れるほど絡みついて身動きが取れなくなっていく。
そうして無力化したものを、赤い光球を送り込んでレーザーで打ち抜いていった。
二人と二匹の猛攻撃になすすべもなく、内側にいるモグラ達はその数を減らしていき、最後に残ったのは竜郎が捕まえたまま放置していた物だけになった。
「まだ外に二、三匹いるが、あれはほっとけばいいか」
「恐いのは数だけだったもんね」
普通の冒険者でも一対一なら対処できるレベルだったので、今の二人にとっては油断さえしなければなんとでもできる相手だった。
しかし、今転がっている死体の数を探査魔法で調べればその数五十六。
竜郎の魔法なしで、そんな数で一斉に襲い掛かられたら、ダメージ覚悟で戦う必要もあったのだろう。
そんな風に考えながら竜郎は残しておいた三匹からレベルを貰うべく、《レベルイーター》を発動させた。
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レベル:17
スキル:《掘削 Lv.3》《突進 Lv.3》《引っ掻く Lv.1》
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レベル:1
スキル:《掘削 Lv.0》《突進 Lv.0》《引っ掻く Lv.0》
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(掘削か……。地面の下までは探査範囲にいれてなかったから、カルディナが気付くのに遅れたんだろうな。何か考えておくか)
モグラ型魔物のように、地面からやってくる魔物を想定していなかった事に、まだ警戒心が甘かったと反省しながら、似通ったレベルとスキル構成の他二匹からも貰っていき、合計(36)のSPを手に入れた。
「SPはどんな感じだった?」
「うーん。三匹からとっても、三十六にしかならなかった」
「やっぱ、この辺の魔物は弱いんだね」
「ああ。こんな事なら、もっと残しとけばよかったな」
そう言いながら水壁の外で、未だにこちらを観察しながらウロウロしている同型の魔物に目を向けた。
「「あっ」」
「「ビーーー!」」
竜郎と愛衣の視線に危険な物を感じたのか、脱兎のごとく地面の中に潜って逃げて行ってしまった。
「ああ……。SPが逃げていく……」
「最近、魔物がSPにしか見えなくなってきたよね」
「まあ、貴重な栄養源だからな」
「栄養源て……」
スキル名的には間違いではないのだが、なんとなく嫌な響きに愛衣は苦笑いするしかなかった。
そんなこんなで死骸の処理をしようとモグラに近づくと、なんともスコップの様な形状をした立派な爪が見えた。
好奇心にかられて竜郎は、モグラの死体を《アイテムボックス》に入れて、爪だけ分離して外に捨てる。
そして爪を取り出してみれば、頑丈で鋭利なスコップと言った風体をしていた。
これは何かに使えるかもしれないと、モッタイナイ精神を発揮した竜郎は、全部の死骸から爪だけはぎ取って収集していった。
「穴掘りなら、魔法でやった方が早いよね。そんなのいるかなあ」
「まあ、なんかに使えるかもしれないし、念のためにな」
そんなことを話しながら、ジャンヌの風魔法と竜郎の土魔法を使って一か所に集め終えると、用のない他の部分を残らず燃やしていった。
若干の焦げ臭さの中、竜郎が犀車を見ると、綺麗だった車体は傷だらけになり、土にまみれ、あちこちに直径五センチ程の凹みが出来ていた。
「まじか……」
「あちこちぶつかってきてたもんね。そりゃこうもなるよ。けど小さいへこみだけで、穴は開いてないし、頑丈さは証明できたんじゃない?」
「それもそうなんだがなあ。せっかくの新車だったのに……仕方がない、綺麗にするかな」
「魔法で?」
竜郎が頷くと、愛衣はホッとした顔になった。
二人でこの大きさの車体を磨くのは、骨が折れそうだからだ。
表情から愛衣の気持ちを察していた竜郎は、ポンと頭に手を乗せてひと撫ですると、車体に土と闇の混合魔法を使って凹みや傷を修正していきながら、さらに硬化と軽量化もしておいた。
「おおっ、さすがに魔法は早いねえ」
「まあな」
二分ほどで車体の傷と凹みを直し終わると、竜郎は水と風魔法で水を勢いよく杖の先から吹きかけていく。
そのままぐるりと一周して汚れを取れば、元の綺麗な鉄色に鈍く光る車体に戻った。
しかし、その姿を改めて客観的に見た愛衣は少し不満げな顔をした。
「……うーん。綺麗になったのはいいけど、鉄色一色ってのは、やっぱり女の子としては思う所があるね。もっと可愛い色にしようよ~」
「色か。色のついた鉱石とかあれば、それを鉄と混ぜて色付けなんてのも出来そうだな。
愛衣はどんな色がいいんだ?」
「そりゃあ、金一色の成金仕様だよ!」
「可愛くないよねっ!?」
竜郎に突っ込まれた愛衣はケラケラ笑って、冗談だと告げた。そんな成金仕様は嫌に決まっているよ、と。
しかし竜郎は愛衣なら言いかねないと思っていたからこそ驚いたのだが、愛衣はそのことには気が付いてはいなかった。
「しかし色か。俺は別に拘りなんてないから、このままでもいいんだが、そう言われてしまうと寂しい感じもしてくるな」
「そうだよ。個人的にはレーシングカーみたいな躍動感あふれる、かっちょいいのもいいかも」
「それはいいかもな。けど残念なお知らせが一つ」
「なにかね、たつろー君?」
何故かどこぞの社長の様に聞いてきた愛衣に、竜郎は現実を突き付けることになる。
「────俺たちに、そんなデザインセンスはない」
「おふっ」
ボディに一発かまされたボクサーのような声がもれ、愛衣は地面に膝をついて切ない現実を噛みしめたのであった。