第76話 商人との会話
ジャンヌでの移動速度を加味しながら、リャダスまでの到着時間をマップ機能を見ながらおおよそで計算すると、今日を入れて四日ほどかかるようだった。
「四日かあ。県で言う県庁所在地みたいなところなんでしょ? 早く行きたいんだけどなぁ」
「まあ。領内はかなり広いみたいだし、楽しみは後にとっておくという事で、今は二人旅を楽しもう」
御者席で互いにもたれ掛る様に座る愛衣の肩を抱き寄せて、より密着させてから、こつんと頭をくっつけた。
愛衣はそれだけで気分が高揚して、二人でのんびり行くのも悪くないかと、くっつけた頭をぐりぐりとこすり合わせた。
それからジャンヌが羨ましそうに見ているのにも気が付かず、互いに小突きあいながら進んで行った。
さんざんじゃれつきあった後、犀車の上で食べ損ねた昼食を取り、それからカルディナとジャンヌの魔力補充の為に立ちどまった。
すると、二匹は寂しそうに竜郎や愛衣にすり寄ってきた。
「かまってやれてなかったから、寂しかったのか?」
「おお~、甘えんぼさんだぁ」
大きく立派な外見になっても、まだまだ甘えたな二匹をあやす様に二人は全力で可愛がった。
それは魔力を補給し終えても暫くやまず、二匹が満足してくれるまで続けたのだった。
それにより予定よりも長い時間立ち止まってしまったのだが、二人はいつも頑張ってくれているこの子たちに、何かしてあげたかったのだ。
そうして二匹との戯れタイムを終えて人心地付くと、二人はまたリャダスに向かって突き進んでいく。
しかしオブスルからトーファスまでの道のりは、ほぼ曲がり道はあったが、しっかりと整地されていたのか坂もないひたすら直線の道が続いていただけだった。
けれどそれに対しトーファスからリャダスまでの道のりは、道が急に曲がったり、S字にうねっていたり、急角度な上り坂、下り坂と、何故もっと効率的に整地しないのかと怒りたくなるくらい険しくなっていた。
「また上り坂か。ジャンヌ、〈また俺も風魔法でアシストするから、頑張ってくれ〉」
「ヒヒーーーンッ」
「相変わらず、おんまさんみたいな声だね、ジャンヌちゃんは。───それにしても」
「ああ」
道が直線ではなくなり出した辺りから、綺麗な草原風景からゴツゴツした石と地面が丸出しの大地になっていて、所々にポツンと木が二、三本生えているが、その全てが苔に覆われ真緑に染まっていた。
日当たりはいいのだが、鬱蒼とした景色と面倒な道に嫌気がさしていた。
そしてそれは、そんな時に起こった。
魔物の出現もなく、犀車の上で探査魔法を使いながらくつろいでいたカルディナが大きく鳴いて、竜郎に何かが近づいてきていることを警告してきた。
「何?」
「──どうやら、前から人がやって来るみたいだな」
「また盗賊?」
「以前襲ってきた連中じゃなさそうだが、さてどうなるか」
竜郎と自前の風魔法で坂道を登りきったカルディナの二十メートル程前に、のんびりと大きな荷馬車を駆っている、護衛を一人横に連れた商人らしき男が見えてきた。
護衛の男はともかく、商人の男は丸々と肥え太っており、とてもじゃないが戦えるようには見えない。
なので警戒はするものの、こちらからは何もせず穏便に通り過ぎようとした──のだが、大きな荷馬車を引いている十頭の馬の内、一頭が臆病な性格だったのか、坂から上ってきたジャンヌに驚いて暴れ出してしまった。
それを宥めるために荷馬車は止まってしまう。竜郎はああ、面倒な事になってしまった、と思いつつもジャンヌが見えなくなれば落ち着くだろうと、そのまま通り際に頭でも軽く下げておけばいいとスピードを上げる事にした。
しかし、その前に荷馬車を降りた護衛らしき男が手を大きく上に上げながら、竜郎達の進路上に躍り出てきた。
このまま進んでしまうと轢き殺しかねないので、仕方なく減速していった。
『いつものように、愛衣も警戒しておいてくれ』
『解ってるよ』
念話で意思疎通を取りながら、いつでも動けるように準備しておく。
そうして犀車が止まれば、ニコニコと営業スマイルを浮かべた商人らしき太った男が話しかけてきた。
「いやあ~、急に御止めしてしまって申し訳ございません」
「いえ、そこの馬が暴れだしたのはうちの子のせいみたいですし、かまいませんよ。
それで俺たちに何か?」
「あー、そんなに警戒しないでいただきたい。
私は別に文句を言いたくて、あなた方を引き留めたわけではないのです」
「それじゃあ、どんな用事なの?」
別に長くかかわるつもりもないと告げるかのように、愛衣は回りくどい太った男の言をせかした。
それに太った男は、あまり時間をかけて喋るほど目の前の二人には悪感情を持たれてしまうと察し、すぐに伝えたいことを言ってしまう事にした。
「はい。実はそちらの車を引いている、変わった動物を私に売っていただけないかと思いましてね」
「無理です」「だめ」
「そんな、膠も無い……。では、五千万シスでは?」
「お金の問題ではないので」「ムリムリ」
売る気は毛頭ないが、売ったところで魔力切れを起こして動けなくなるだけである。なので二人は強くその意思を示した。
すると、それは男にも伝わったのか肩を落とした。そうしていると側に控えていた男が何かを耳打ちし、商人の男が目を見開いて驚いていた。
「その動物は、魔物なのですか!?」
「お答えする義務はありません」
「えっ、ああ、そうですね。そんな義務はありません」
竜郎に冷静に返され太った男は、思わず聞いてしまった自分を恥じるように頭を下げた。
「では、それは置いておくとして、あなた方は私に雇われる気はありませんか?
たった一頭で車を引いて、あの坂道を平然と登りきるその脚力、並みの賊なら恐れを抱きそうなその外見。
そしてその子を自分の子供の様に懐かせているお二人の技量。
ぜひとも、うちで役立てて頂きたいのです!」
息を切らせながら長文を語りつくした男に若干引きつつも、そんなことをするつもりはないので、素気無く断った。
するとなかなかの高給を提示してきたが、それにも二人は聞く耳持たなかった。
「はあ。そうですか……。残念ですが、これ以上は意味がなさそうですし、諦めることとします。
ですが、ご興味が出てきましたら、リャダスの商会ギルドに、ギリアン・マクダモットと尋ねて下されば私に繋がる様にしておきますので、覚えておいて頂ければと」
「ギリアン・マクダモットさんですね。一応覚えておきます。
それでは、もう行きますね。そちらの馬も大分落ち着いてきたようですし」
「はい、足を止めて頂きありがとうございました。それでは、道中お気をつけて」
「そっちも、気を付けてね。盗賊とか出てきたから」
さらっと、そう言って別れようとしたのだが、盗賊の言葉にギリアンは慌てて二人を呼びとめてきた。
それに竜郎は、少し可哀そうだが、この男があの盗賊たちと繋がっていないとも言い切れないので何も言わなかったのだが、愛衣にそれを伝えていなかった自分の落ち度だと反省していた。
「盗賊が出たとは、確かなのですか!?」
「はい。一度目は二十人くらいに夜襲を掛けられて、二度目は盗賊がいたことを知らされないために、町を出るとき待ち伏せをされていました。
ちなみに待ち伏せしてきた盗賊を問い詰めたら、トーファスの衛兵もグルらしいですし、もしこれからそこに行くのなら、警戒しておいた方がいいと思います」
「衛兵と盗賊がグル? それが確かなら、とんでもないことですよ。
けれど、そうなるまでにはそれなりに時間がかかるのでは無いでしょうか?
しかし私は何度もトーファスに通っていますが、一度も盗賊になんか……」
「……これはあくまで個人的な憶測なんですが、商会ギルドに属している商人は、物が届かないと、すぐに何かあったと勘繰られてしまう。だから手出しをしない様に徹底している。
逆に俺たちのように少数の旅人や冒険者は、確実に殺して物品を奪っている。
そう考えれば一応の筋は通るのでは?」
それに一考するものの俄かには信じられないのか、太った男は何を言うでもなく、地面に座り込んで唸りだした。
しかし竜郎達は、それにいつまでも付き合う義理はない。
なので後の判断は自己責任ということにして、このまま立ち去ってしまおうかと思い始めた──そんな時、男は体型の割に素早い動きで立ち上がって、真っ直ぐに竜郎の目を見てきた。
「私は、あなたの言う言葉を信じてみようと思います」
「それは別にかまいませんが、正直出会ったばかりの人間をホイホイ信じるのはどうかと思いますよ」
「いえ。私も若輩ながら、商人の端くれ。
信じられるか、そうでないか位は見分けられると自負しております。
そこでですが、私達は一度リャダスに戻ろうと思います」
「まあ。こちらとしては、このままトーファスに行くのはお勧めしませんからね」
暗に別に好きにすればいいと突き放したのだが、男はまだ食いついてきた。
「私の父親はリャダスでも名の知れた商人なのですが、領主とも懇意にしているので、そちらに頼めば盗賊の件は直ぐに伝わると思います。
なので我々と共に来て、父に会ってくれませんか?」
「リャダスにはちょうど行くところですが、俺たちはまだ貴方を信じていません」
「……ですね。衛兵がグルだったのだとしたら、商人に化けて──というのもあり得るでしょうし。
なら、お二人は先にリャダスに行って、私達は七日後、暦で言うと4月17日の土属の日にそちらに戻ります。
そこでまた落ち合って私の身分を保証する。それから、お二人は盗賊の情報を父に話す。と言うのはどうでしょう」
「俺たちが、それをする事のメリットは?」
「勿論、少なくないお金を差し上げますし、その情報の裏が取れれば、さらに領主からも褒賞が出ると思います。
──それに、お二人も盗賊がいなくなった方がいいのでは?」
付きまとってくる盗賊を話し一つで一掃してくれるのなら、それは確かにメリットではある。後顧の憂いをできるだけ断っておくのは、悪いことではないのだ。
もちろん竜郎も、その考えに至ったうえでの質問だった。
ただ金銭だけしか提示してこないようなら、例えこの男が無害な商人だとしても付き合う気はなかった。
しかし、ただの親のすねかじりではなく、自分で考える頭を持っているこの男なら信じてみてもいいと思えた。
『この話、受けてもいいか?』
『いいよ。私も賛成』
「ではリャダスであなたの身分が本当だと解った暁には、協力しましょう」
「ありがとうございます。それでは、これは一先ず前金という事でお受け取りください」
男がコインを差し出してきて、それを竜郎が受け取ると、三百万シスと表示されていた。
「ずいぶんあっさりと出しますね。言ってはなんですが、このまま逃げてしまうかもしれませんよ?」
「その時は、自分の目が曇っていたのだと諦めますよ」
最初の営業スマイルではなく、本当の笑みを浮かべた男に、竜郎もようやく笑いかけた。
「解りました。では、これは遠慮なく貰っておきます。
待ち合わせは七日後、リャダスの冒険者ギルドに、昼の十二時でどうですか?」
「七日後、リャダスの冒険者ギルドに、昼の十二時ですね。
解りました。では七日後に」
「はい、それではまた」
「ばいばーい」
そうして約束を交わすと、竜郎はジャンヌに指示をだして車を再び引いてもらう。二人は手を軽く振って、商人たちからグングン距離を取っていく。
「これで全部丸く収まるといいね」
「ああ、そうだな」
犀車をごとごと鳴らしながら、二人はリャダスへとまた進み出したのであった。