第75話 懲りない奴ら
馬鹿な衛兵のおかげで、予定以上に町を出るのが早くなってしまった事に最初は落ち込むものの、あんなのが町の治安を維持している場所にいたくはないと思い直し、気持ちを切り替えて町の門を出て行った。
門前で直ぐにジャンヌを出すのは抵抗があったので、門が見えなくなるまで歩いて行くことにした。
出て正面右側に伸びていく道を二人並んで歩きながら、竜郎はこっそりと雛鳥サイズになってもらったカルディナを手の平に出して周辺警戒を任せた。
すると出して直ぐに警戒を促すように、手の平をつんつんと突いてきた。
予想以上にあの衛兵の動きが速かったかと、自分でも探査魔法をかけて探ってみると、覚えのある反応が三つあった。
『愛衣。そのまま反応しないで聞いてくれ』
『解った』
真剣な竜郎の声色に、愛衣も気を引き締め直した。
それを感じ取った竜郎は、今得ている情報を自分なりに噛み砕きながら説明していった。
『この前襲ってきた盗賊が、俺たちをつけてるみたいだ』
『出発して直ぐにって事は、町の外で張ってたのかな?』
『その可能性はあるが、あの後つけられていた様子もなかったのに、どうやって俺たちがここにいるって事を知ったんだろう』
『町の衛兵がグルだったりして』
そんな事はないだろうと言いたいところだが、顔は見られていないはずなのに、明らかに目的を持ってつけられていること。
最初に会った衛兵の態度の悪さ、そして食堂の衛兵の横暴さ。
それらを加味してしまうと、あながち違うとも言えなかった。
思っている以上にトーファスという町が不味いことになっているかもしれないと、竜郎の胸に嫌な予感が過る。
『相手をしてやる筋合もないけど、これからも付きまとわれるのは厄介だ』
『あれだけ一方的に負けたのに、しつこいなあ』
どうしたものかと考えあぐねていると、あの時にはいなかった人間の反応が三つ、堂々と近づいてきた。
それに対し二人は、あえて気付いていないフリをしながら歩き、どんなアクションを起こしてくるのか万全の態勢で待ち構えていた。
そうして見知らぬ人物が振り返ればすぐに見えるほど近づいてくると、なんと声をかけてきた。
「おーい、そこのお二人さーん」
なにも邪な感情を持っていなさそうな、明るい声色で声を掛けられ、二人は怪訝そうに眉を顰めた。
その間に聞こえていないとでも思ったのか、同じようにさらに声を掛けてきた。
さてどう切り替えしたものかと考えたが、あえてここは乗ることにした。
「おーい」
「なんですか?」
竜郎が返事をすると、その距離十メートルまで詰めてきていた冒険者風の格好をした男達が、人のよさそうな笑顔を浮かべてこちらに小走りで駆け寄ってきた。
その姿に内心では警戒度マックスにしながら、表情は普通にして追いつくのを待った。
すると、その中で二番目に背が高く、一番細身の男が笑顔で何かを差し出しながら話しかけてきた。
「これは、君たちの落し物じゃないか?」
「…………見覚えは、ないですね」
「私もなーい」
まったく覚えのない巾着のような袋状の入れ物をこちらに見せてきた男に、二人は首を横に振った。
「あれ、間違えてしまったようだな。
町で君たちに似た人が落とすのを見たから、追いかけてきたんだが」
「だから違うって言っただろ」
「そうだぜ」
「いやぁ。すまんな、おまえら」
どうやら勘違いして、町から落し物を届けに来てくれた冒険者──という設定らしい。
しかし竜郎とカルディナの探査魔法の結果では、どう考えても町からではなく外の物陰で隠れていたとしか思えない位置からやってきていた。
つまり、この男たちの言っていることは嘘である。
そのことを愛衣にも念話で伝え、警戒を解かない様に言い含めてから、今度はこちらから話しかけてみた。
「わざわざ届けようとしてくれた事には感謝します。
しかし、それは僕らの物ではないので、本当の持ち主を探してあげてください。
それでは、もう用はないでしょうし、これで」
「ちょっと、待ってくれ」
「なんですか?」
「いやなに、実はこの中には十万シスのコインが入っていたんだ。
君たちじゃないなら、これ以上探すつもりもないし、俺たちで貰ってしまおうと思ってるんだが……君たちもどうだろう。
間違えて話しけたのも何かの縁だと思うんだ」
その言葉に他の二人が不満げな声を上げるが、結局は渡すことに同意していた。
しかし竜郎達には、例えそれが本当だったとしても受け取る気は無かった。
「お気遣い痛み入りますが、見つけたのはあなた方でしょうし、僕らが受け取ることはできませんよ。
そちらで全部分けてください」
「…………そうか。なら、そうさせてもらうよ」
男達の顔が一瞬引きつったのを、二人は見逃さなかった。
これは完全に黒だと断定した二人は、とっとと離れることにした。
「という事で、僕らはもう行くので」
「ああ。引き留めて悪かったな」
『愛衣、警戒しておいてくれよ』
『たつろーもね』
お互いに注意喚起しながら、後ろを向いて男達から距離を取り始めた。
その際、男たちの指先の動き一つすら解るほどに、探査魔法で具に感知しておいた。
すると二人が背を向けた瞬間──こちらに笑いかけていた口角が下がり、三人がお互いの顔を見合って頷きあうのが解った。
『来るぞ』
『おーけー』
男たちが各々持っていた武器を構えながら、二人は忍び足で近寄ってきて短剣を振り上げて、一人は杖を構えて魔法を使おうとする。
魔法は発動させられると厄介なので、こちらから後の先を取って塞いでおく。
まずは相手より先に魔法を完成させた竜郎が、火炎放射を後ろ全体に浴びせかけた。
魔法使いの男だけは距離があったおかげで、袖の先を焦がされただけで難を逃れた。
だが真後ろにまで迫っていた二人は火炎が直撃して、体中が火だるまになっていた。
しかし魔法で調整して低温の炎になっていたので、熱さでの激痛はあるが死ぬことは無い絶妙な火加減で焼かれていた。
二人の男は炎に包まれ、それを消そうと激痛を我慢しながら地面を転げまわる。そんな中、魔法使いの男は二人を無視して、また攻撃を仕掛けようとする。
しかしそれが完成する前に、いつの間にか背後に回っていた愛衣の鞭が後頭部を強打し、地面に突っ伏して気絶した。
それから魔竜の時に使ったワイヤーを《アイテムボックス》から出して、三人をきつく結んで地面に転がした。
それから痛みで呻く二人の男から火を消して、何故自分たちをしつこく狙うのか問いかけた。
「あんたらは、なんで俺たちを狙ったんだ?」
「何も言わねーぞ」
「ならまた炎を浴びせることになるが、それでもいいか?」
「「────っ」」
必要とあらばそれも辞さない覚悟だが、実際にはやりたくないと思っていた竜郎は、その恐怖に引きつった顔に脅しだけで済むと確信した。
「それでもいいなら──」
「──わかった! 言うから、それを消してくれっ」
「お、俺もだ!」
火の温度が伝わるほどに近づけると一人の心が折れて、その姿を見たもう一人も同様に口を割り始めた。
「お前達は、この前の夜に俺たちの仲間が襲った奴らだろ?
俺たちがこの周辺に根を張ってるって事は、ばれる訳にはいかねえんだよ」
「リャダスの領主の耳に入れば、大規模な粛清がされるかもしれないからな」
「……じゃあ、どうやって俺たちがここにいる事が解ったんだ? 顔は見られていないはずだが」
「それは……」
「それは?」
口ごもる二人に、また炎を見せながら凄んでみせると、苦い顔をしながら話し始めた。
「……トーファスの衛兵と、俺たちは繋がりがあるんだよ。
盗賊の事を話した奴らがいるって言うから、交代で張ってたんだ」
「そういう事か」『愛衣の言った通りだったな』
『適当に言っただけだったんだけどなぁ』
「まあいい。もう俺たちは行くが、また追いかけてくるなら今度は容赦するつもりはない。
今後は、よく考えて行動するんだな」
「ああ」
「……わかった。もうお前たちは追わねーよ」
まったくもって確証はないし、信じるつもりもない。
だがリャダスの町は正常らしいので、こんな奴らに構っているよりも仲間が来る前に逃げた方がいいと判断し、二人は三人の男をワイヤーで縛ったまま、男たちの衣服を裂いて猿轡をして目立たない所に放置した。
大人しくしていれば、これ以上何もするつもりはないという事は伝わっているようで、未だ気絶している男以外は協力的に動いてくれた。
そうして二人は男たちが見えなくなるまで走っていき、見える範囲に誰もいない事を探査魔法で探ってからジャンヌを出現させ、カルディナも本来の姿に戻した。
「また二体とも、おっきくなったな」
「だねぇ。この子たちは最終的に、どれくらいの大きさになるのかな」
ジャンヌは二メートル半の体格で、その身に纏う筋肉もさらに増して、魔法の補助が無くても犀車を運べそうなほど力強さに満ち溢れていた。
一方カルディナは、超大型の鷲と言った風体で、さらに無駄な筋肉をそぎ落とし、芸術品のような気品を纏っていた。
もちろん二体とも魔力の保有量も、魔法のレベルも上がっているので、見た目と比例して中身も成長しているので頼もしい事この上ない。
その姿に二人は満足そうに笑みを浮かべ合うと、早速犀車を出してジャンヌにつないでいき、カルディナは犀車の上に誂えた自分用の席に飛んで行った。
「よし、準備は完了」
「よっしゃ、いっちょずらかりましょうかね」
「逃げるが勝ちってな」
そうして二人はジャンヌが引く車に乗り込んで、全速力でリャダスを目指すのであった。