第74話 嫌な町
朝もまたバーベキューセットを出して、竜肉に塩を振って焼いて食べていく。
連続で同じメニューなのだが、不思議と飽きは全く来なかった。
しかしそればかりでも面白くないと、他の食べ方も何か考えようと話し合ったところで、さっそく犀車を出発させた。
「今日は、町に着くんだよね」
「ああ。途中でミミリスって町を無視して、その先にあるトーファスに向かう予定だ。
その二つは、ジャンヌの足なら半日もかからないからな」
「それで最後に、一番大きなリャなんとかって町だっけ?」
「リャダスな。オブスル、ミミリス、トーファス、リャダスの四つで、リャダス領。
んで領主が直に統治してる町だからか、この辺で一番栄えてるらしいな」
竜郎の豆知識に感心しながら頷くと、愛衣は栄えている町と言うのが楽しみになってきた。さぞショッピングし甲斐があるのだろうと。
そんな愛衣の頭の中を察することなく、竜郎はやがて来た分かれ道の前でジャンヌに一度止まってもらった。
そこでマップ機能を使って、どっちがトーファスに近い道かをもう一度確かめる。
右に曲がるとミミリスに直行で、トーファスに行くには少し回り道になる。
という事で、ジャンヌに魔力を補充しなおして、そのまま真っ直ぐ行くトーファス直通の道を選んで進んでもらう。
それから昼食や魔力補給の為に休憩を挟みつつ、夕方前にはトーファス付近にまでやって来た。
そこからは余りにも目立つジャンヌと犀車を《アイテムボックス》にしまって、徒歩で向かって行った。
やがてトーファスにたどり着くとオブスルの時と同じように、町の外に設けられている詰所と思われる建物から、猫背の男が面倒臭げに出てきた。
「この町に入るのか?」
「はい」『なんか感じの悪い奴だな』
『ほんとに。とっとと入っちゃお』
「なら、身分証をみせてもらおうか」
オブスルの時に対応してくれた青年とは真逆で、何とも横柄な態度で身分証の提示を求められた。
気分が悪くなったものの、昨日の様な輩に絡まれないためにも今日は町の中に入っておきたいと、我慢して身分証を見せた。
「なんだ、ただの冒険者──ランク6!? それにパーティランクは8!?」
「そうですが、何か問題がありますか?」
「いえいえ、ありませんよ」
『急に態度が変わったね』
『それだけ冒険者のランクってのは、重要な物なんだろうな』
そんな事を念話で話している間に男は手元をごそごそ動かして、入町許可証を差し出してきた。
それを受け取ると粒子になって消えて自分たちに吸い込まれると、オブスルの印が消えて、その場所にトーファスの印が描かれていた。
それから定型文の様に、一か月で印が消えるからその前に更新しに来て欲しいなどの説明を受けた。
二人はそれに適当に相槌を打ちながら、男の態度がマシになっていたので、昨日の盗賊について話してみた。
「……盗賊? この辺じゃ聞きませんね。一応、上に話を通しときますよ」
「お願いします」
もう少し反応があるかと思ったものの、かなり薄い対応に肩すかしを食らった。
しかし、こちらの世界ではこれが普通なのかと特に何を言うでもなく、門を通っていった。
中に入ればオブスルと違って白い建物は無く、いたって普通の色をした石造りの建物が並んでいた。
継ぎ足し継ぎ足しで道を作っていったのか、オブスルのように綺麗に伸びた道はなく、グチャグチャした通路が入り乱れていた。
その道を見た二人は迷子にならない様にお互い手を繋いで、今夜の宿と飯を探して回った。
すると規模は以前見た物よりも小さいが、屋台が集まっている場所があったので、そこによって食事をとりつつ店主に良い宿は無いかと聞いてみた。
すると、この近くに二人で泊まれる宿があると紹介を受け、場所を教えて貰った。
それから店主に聞いた通りに歩いて行くと、少しさびれた雰囲気の三階建の宿屋を見つけた。
二人は躊躇することなくそこに入っていき、二人で15,000シス支払って部屋の鍵を受け取った。
「ん~。なんか、この町全体的に活気がないよね」
「愛衣もそう思ったか」
オブスルにいた人らは屋台の店主は皆愛想がよく、町の通行人も活気に満ち溢れていた。
しかしそれが町柄なのか、淡々と仕事をこなす店主に、俯きがちに早足で歩く人々。
こちらまで気分が盛り下がってしまっていた。
「辛気臭いし、必要な物だけ買い揃えて、とっととリャダスに向かおう。
四つの町の中でも特に大きいみたいだし、そっちならもっとマシだろうさ」
「だねぇ」
既に、この町に見切りをつけた二人は明日買うものを細かく決めてから、竜郎はこの町の雰囲気の悪さや、盗賊の襲来などから、さらなる戦力増強をすることにした。
「という事で闇魔法をもう一段階上げて、カルディナとジャンヌを強くしたいと思う」
「また大きくなるんだね。カルディナちゃんなんて、そのうち乗れるようになるんじゃない?」
「それが出来たら楽しいかもな」
そんな冗談を言い合いながら竜郎は、闇魔法のレベルを5から6に上げて、残りSP(4)になった。
それから愛衣にくっついてもらいながら、光と闇の混合魔法をLv.6ずつに調整し、まずはカルディナの新しい体を造って、そちらにカルディナを移植しなおす。
そして解魔法も、Lv.6の因子にまで上げて定着させた。
ここで完全な姿をお披露目するには狭いと思い、自分の中に直ぐに入ってもらった。
そしてジャンヌも同様の手順を踏んで、風魔法 Lv.6の因子と体に変わった。
「よし。今日する事は、これで終わりだな」
「今日は宿だし、お風呂は無理かな」
「まあ、バスタブだけなら置けないことも無いんだろうけど、今日は大人しく体を拭くだけにしておこう」
「外ではお風呂に入れて、宿では入れないって変な感じ」
そんなことを言いつつ、二人はタライにはったお湯で体を拭いて、ベッドに横になった。
それから二人は向かい合って、抱きしめ合いながらお互いの唇を押し当てながら、恋人の時間を過ごしていくのであった。
朝目覚めると、竜郎は愛衣を抱きしめる力を強くしながら生魔法で起床させる。
「たつろー、もう朝なのー?」
「朝だよ」
寝ぼけ眼で見つめてくる愛衣が、あまりにも可愛かったので、そのまま抱きしめ直して頭をぐりぐり撫で繰り回した。
「こらー、髪がグチャグチャになっちゃうよー」
「後で梳かすよ。だからもっと堪能させてくれ」
「しょうがないなぁ」
愛衣は後で髪を梳かれる自分を想像しながら、口元がニヤけてしまう。
それからベッドに愛衣が座ると、その後ろに竜郎が座り、ワシャッとなった髪を愛衣自前の櫛で梳かしていく。
その際、寝癖は水魔法で生成した水を霧状に噴射してセットしていった。
「これでどうだ」
「うーん。ここがちょろっと、フワフワしすぎかも」
「こうか?」
「ふむふむ──うん、ばっちり!」
竜郎の視界を心象伝達で送り、鏡代わりに使いながら確かめて髪を整え終われば、着替えて朝食をとって、それから店を探して回る。
すると三十分ほどで商会ギルド系列の三階建ての百貨店を見つけて、必要な物だけを買い漁った。
そうしてオブスルより規模の小さい百貨店を後にして、行き掛けに当たりを付けていた食堂に向かった。
そこは小さな大衆食堂と言った風体の店構えで、中に入れば四人掛けのテーブルが並び、数人の客が腰掛けていた。
二人は適当な席に座ると、一人で給仕をしていた三十代前半くらいの女性が注文を聞きに来た。
そこで適当に注文をして待っていると、やたらと横柄な男が入ってきた。
その男は足で蹴り飛ばすように椅子を引いて、ドカッと椅子に座ると、大声で一方的に注文を言いつけた。
『なんなのアイツ、すごく偉そう』
『店員にやたらと偉そうにするやつは日本でも何度か見たことあるが、それに輪を掛けて酷いな。
絡まれたら面倒臭いし、無視しよう』
『りょーかーい』
どこか不満げな返事に竜郎は苦笑いしながら、向かいに座る愛衣の足に絡めるように自分の足を伸ばした。
それにすぐ愛衣は反応して、嬉しそうに笑いながら自分からも足を絡めていった。そうして机の下で人知れずじゃれついていると、こちらに料理が運ばれてきた。
程よく腹も空いていたので喜色を浮かべて料理を受け取とり、自分たちの目の前に置いた所で先ほどの男が気炎を上げた。
「おいっ。なんで俺の料理より、そんなガキの方を先に出してんだ!」
「申し訳ございません。しかし、こちらのお客様の方が先に注文を頂いていたんですっ」
「んなこたあ、関係ねーんだよ」
男はテーブルを蹴り上げてひっくり返し、給仕をしていた女性にずかずか近寄り、腕を振り上げた。
そしてその手を振りぬこうとした──のだが、突然目の前に炎が現れ、男が怯んでいる間に愛衣が女性を後ろに下がらせた。
「何しやがる!」
「何しやがるも何も、あんた頭おかしいのか?
料理が優先的に出されなかったら、店の人に手を上げるとかおかしいだろ」
「ああ? てめえ、俺はこの町の衛兵だぞ! 牢屋にぶち込んでやるからなっ」
「取り締まる側がこんなのとか、この町終わってるね」
「んだと、糞アマァ!」
愛衣が馬鹿にしたように男を見下したその表情に、怒り心頭し衛兵を名乗った男が愛衣に向かって腰に佩いた剣を抜いた。
しかしそのスピードは、愛衣にとっては亀の如く遅い。欠伸をしながらでも躱すことができた。
けれど愛衣に凶器が向けられるのを、黙って見ていられるほど竜郎は呑気ではない。
瞬時に作った炎を剣に当て、根元から溶かした。
すると、その溶けた鉄の液体が男の足にかかり悲鳴をあげた。
「ぐぎゃあああああ」
耐えきれずに二人の足元に転げまわった。ジュウジュウ音を立てながら足を焼かれ、冷め固まった頃にようやく悲鳴が止んだ。
そうして男は脂汗をびっしり掻きながら、息を切らして膝をつき二人を睨んだ。
「てめえら、こんなっ、こんなことしてタダで済むと思うなよ!」
「タダじゃないなら、お金でもくれるのかな?」
「こんな奴の金はいらないなぁ」
「──ぐううぅっ」
動じるどころか平然と自分を馬鹿にしてくる二人に、男は歯が砕けるほど力で歯ぎしりしながら、足を引きずって店を出て行った。
「あの……。助けてくれたことにはお礼をいいます。ですが早く逃げないと拙いですよ!」
「逃げないとと言われても、まだ食べてないし」
「でもここに居たら迷惑かけるかもしれないし……。
あ、これ皿ごと持ってって良いですか? その分お金払うんで」
「もう、タダでいいですから!」
そう言われながら皿を持たされ背中を押され、店を追い出された。
まあしょうがないと《アイテムボックス》に皿ごとしまって、店から離れだした。
「これから、どうしよっか?」
「本当は今日一泊してから、朝早く出ていく予定だったんだけどな。今日出ていくか」
「面倒なことに、なっちゃったなあ」
野宿の回数を減らそうと思った矢先に、これである。
二人は、しぶしぶ町への門に向かって行くのであった。