第73話 闇夜の襲撃者たち
最初の一口を嚥下した瞬間に称号を得たことに、二人はハトが豆鉄砲を喰らった様な顔をするが、すぐに正気に戻ってシステムからステータスを起動して確認した。
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称号名:竜を喰らう者
レアリティ:8
効果:竜を食することで、竜力を得られる
注)以前食した竜以下のレベルでは効果はない
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「竜力ってのはこれか」
「なんか追加されてるね」
システムのステータス画面をみれば、気力、魔力と表示されている真下に、
竜力:100
と、新たな項目がいつの間にか追加されていた。
しかし気力なら愛衣が、魔力なら竜郎が使い慣れているのだが、竜力なんてものは初耳で、使い方どころか使い道すらまったく解らなかった。
「まあ、今は先に肉を食べるか」
「賛成!」
けれど今は食欲優先。
腹ペコな二人に、それを押さえろと言う方が無理である。
そうして白飯が欲しいと口にしながら、竜肉を頬張って腹を満たした。
それから二人は一服がてら、ゆっくりと風呂の準備を始める。
まずは目隠し用に新たに買ったテントと、鉄のインゴットを取り出していく。
そうしてから竜郎は愛衣と手を繋ぎながら、テントの中に入って床部分に鉄を薄く引き伸ばす。
一面に敷き終えれば、そこに傾斜をつけてテントに開けた穴から水の排水ができるように加工していく。
それができたら、以前作った風呂桶を嵌める空間を作って、そこに置いたら簡易浴場の出来上がりである。
「ここまで来ると、シャワーとかも欲しくなるね」
「魔法でできないことも無いが、ここまで来ると、ちゃんと作りたいな」
竜郎が付きっきりでなくても、シャワーが浴びられるような何かができないか考えながら、愛衣に勧められるままに先に風呂に入った。
できれば二人一緒にと行きたいところであるが、万一の事態に二人とも裸では困るので、備えて直ぐに動ける人員を確保しておくために我慢した。
それから愛衣も風呂に浸かり、初めの頃とは天地ほども違う快適な野営をして過ごすと、オブスルで買った寝袋と同じ素材の敷物を敷いて、その上に二人で寝転がって抱きしめあう。
「寝るときは、カルディナちゃんだけでいいの?」
「ああ、睡眠は大事だしな。
風呂みたいに完全無防備ってわけでもないし」
そう言って自分の隣に置いた装備に視線を向けた。愛衣も竜郎が言うのなら異存は無く、見張りは犀車の上にいるカルディナに任せて就寝した。
二人が寝入って数時間が経ち、辺りは暗く静寂に満ちていた。
そんな時、カツカツと外側の天板の上にいるカルディナが、犀車の天井を嘴で叩いて音を立てた。
その音が三度響き渡ると、竜郎が目を覚まし、声を出す前にカルディナの探査魔法と同期して何が起こっているのか状況を確認した。
「これは人間……だな。それに十人以上いる」
嫌な予感を感じながら、こちらを包囲するように遠巻きに集まっている人間らしき反応に舌打ちした。
最悪の場合を考えて、愛衣を起こすのは止めておこうかと思ったが、万全を期した方がいいと思い直して、すぐに生魔法で起こしていく。
そのついでに自分の眠気も完全に払って、状況を愛衣に伝えると、二人で急いで装備を身に纏った。
その頃になると、怪しげな人間たちの反応が二百メートルまで近づいていた。
「先に俺が仕掛けるから、愛衣は一先ず隠れて、ヤバそうなら出てきてくれ」
「解った。けど危なかったら、直ぐに助けを求めてね」
「ああ、その時は頼む」
そうして竜郎は、闇魔法で自分の周りに黒い靄を生じさせて身に纏っていく。
そしてそのまま、天井に作っていた開閉口を開けて外にスッと飛び出し、腹這いになって目でも確かめる。
月明かりのせいで、直ぐにばれるかもと思いながらも、相手は犀車の上はあまり見ていないようで、まだ気付かれた様子はなかった。
その反応に一つ目の山場は抜けたと、ホッとしながら相手の状態を詳しく見ていき、その情報を念話と心象伝達で愛衣と共有していく。
『冒険者には見えないな』
『それに商人や、ただの町人ってわけでもなさそうだね』
ボロボロだったり、薄汚れた装備や服を身に着けて殺気だち、とてもじゃないが、こちらと仲良くしようという雰囲気ではなかった。
その中でも明らかに魔法抵抗が低そうな男を選んで、試しに解魔法で解析を掛けてみた。
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名前:???
クラス:斧術使い
レベル:19
気力:???
魔力:20
筋力:158
耐久力:158
速力:???
魔法力:26
魔法抵抗力:???
魔法制御力:21
◆取得スキル◆
《斧術 Lv.5》《筋力強化 Lv.5》《???》
《???》《???》
◆システムスキル◆
残存スキルポイント:???
◆称号◆
《同族殺し》
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(人のステタースを見るって難しいな、完全に調べられない。
それにしても──《同族殺し》。こんな称号も有るのか。
これはやっぱり……そういう事だよな)
竜郎は覚悟を決めて、杖に魔力を通していく。
『今から火魔法で壁を造るから、驚かないでくれよ』
『解った!』
愛衣が敵の攻撃だと勘違いしない様に、何をやるか心象伝達も駆使して大雑把に伝え、そのまま相手が本格的に動き出す前に魔法を発動した。
まずは犀車の周りを大きく囲むような火の壁を作り出す。
その魔法に面食らって人間たちは一度立ち止まるが、直ぐにこちらに走り出してきた。
逃げずに立ち向かってくるあたり、完全に盗賊の類だと竜郎は判断し、さらに火魔法を追加する。
竜郎が造った火壁から、一匹が三十センチ程の蛇を産み落としていき、百匹以上のそれを一斉に散らして盗賊たちに向かわせた。
それを見た盗賊たちは、その蛇の多さに驚くものの、大きさは大したことは無いと何も考えずに向かって来ると、手に持った斧や槍、剣などで攻撃してきた。
しかしそれは、蛇の形をしているだけの火であり、ただ武器を当てただけでは消し去ることはできない。
振り降ろしてきた武器に纏わりつき、そのまま持ち主に這いよって手を焼き、腕を焼き、肩を焼きと進み、それに悲鳴をあげている間に、他の何匹かも纏わりついて体のあちこちに火傷を負わせていく。
それをまともに味わった者は逃げて行き、ある程度離れた所で解放してやる。
だが盗賊の内の何人かは、魔法を使ったり、気力を纏った攻撃で蛇の火を散らしたりと抵抗を見せていた。
しかし相手の数が減っているのと比例して、蛇を量産し続けていたため、盗賊たちの実力では大量の蛇を対処できなくなっていき、やがて逃げた者達と同じ末路を辿って行った。
「退却だーーーー!」
竜郎がちょうど解魔法でステータスを調べた斧術使いがリーダーなのか、その男が指示を出した途端、一斉に抵抗を止めてスタコラ逃げ去っていった。
これだけ痛い目に遭わせれば、もう来ないだろうと思った竜郎は、それ以上の追撃を止めて、カルディナと一緒に残党がいないかくまなく調べていった。
「カルディナ、おいで。知らせてくれてありがとな」
「ピュィ」
ご褒美と言うわけではないが、よしよしと撫でながら魔力をめいっぱい補充してあげた。
するとカルディナは嬉しそうに、一鳴きした。
その姿に微笑んだ竜郎は、また頭を撫でてから、周辺警護を頼んで犀車の中に戻っていった。
「おかえりー」
「ただいま」
犀車の中に戻るなり愛衣の抱擁を受けた竜郎は、その時になって初めて血が滲むほど手をきつく握りしめていたことに気が付いた。
覚悟をしたと言っても、ただの学生だった少年には、人を傷付けるという行為は精神的にきつかったのだ。
それを察してか愛衣は、竜郎の体から完全に力が抜けるまで、抱きつきながら背中を撫で続けた。
そうしてようやく穏やかな気持ちに戻った竜郎は、愛衣に手をまわしてキスをしてから、お礼を言って敷布団代わりにしていたマットの上に腰掛けて、さっきの男たちの情報を愛衣に心象伝達で送った。
「やっぱり、こういう人達もいるんだね」
「ああ。犯罪者なんてのは人間がいれば、どこに居たって出てくるんだろうな。
それに日本と比べたら、治安は悪そうだ」
やはり寝るときは、できるだけ町中の方がよさそうだと、二人はこの世界の危険意識を高めていった。
そうして目が覚めてしまった二人は、仲良く両手を繋ぎ合って、他愛もないことを話し合いながら眠りに落ちていった。
あれから盗賊どころか、魔物の一匹も現れず、日が昇り辺りを完全に照らし出した頃、竜郎は起床した。
愛衣を起こして、あいさつ代わりのキスを交わして支度を整えた。
「よし、今日もがんばろう!」
「おー!」
昨日の出来事を吹き飛ばす様に、二人は明るく元気に犀車から外に出たのだった。