第72話 竜の肉を食べよう
心象伝達と念話を同時に使った、脳内で視界を共有しながら喋るという技術を編み出し、これでたとえ離れてしまっても、お互いの状況を明確に伝え合う事が出来るようになった。
そうして一通り実験をし終わると、今度は別の項目にも目を向けていく。
「この疲労回復って項目は、ずばりそのままの意味で良さそうだな」
「ついにステータスと関係ない領域にまで、回復の手が伸びてきたね」
「魔の手みたいにいうなよ……。
しかし簡易生魔法みたいなものに、気力と魔力の回復速度がさらに向上したのはいいな」
「くっ付いているだけで良いなんて、相変わらず最高の称号だよね」
それには竜郎も同感だった。
別に引っ付きたくなれば引っ付けばいいのだが、理由を作ってくっつきあうのは、それはそれで別ものなのだ。
そうして犀車の中で改めて効果を確かめるという名目の元、二人は抱きしめ合いながら暫くその感触を味わった。
数分間それを続けた後に、ようやく後回しにしていたレベルの制限について聞くために、久しぶりにヘルプを起動した。
「ステータスの横にある、あの記号の意味は何だ?
…………五十レベルになるのに必要な経験値は満たされている状態?
満たされてるのに何でレベルが上がらないんだ?
…………五十レベルに上がるには、自分自身が何かの壁を乗り越える必要がある──と」
「自分自身の壁って、随分フワッとした言い方だね」
「だよな。具体的には?
…………状況や場所、人によって違うから具体例はない───って、なんじゃそりゃ」
「そう言われちゃあ身も蓋もないけど、もうちょっとヘルプ頑張ってよ」
などと二人でヘルプに愚痴をこぼしながら、いろんな角度で問いかけても、これと言った情報は得られなかった。
「はあ……。これは保留だな」
「それ以外にやりようもないし、ゆっくり探していこ」
「だなぁ」
そんな風にして過ごして、そろそろ外の様子を見ようかと思い始めた頃。徐々に犀車のスピードが落ちていき、やがて止まってしまった。
慌てて二人が御者席に戻って何事かと見てみれば、ジャンヌが魔力切れを起こして、へばっていた。
「すまんっ!」
「えっ。どうしちゃったの!?」
未だ状況を掴めていない愛衣に説明する前に、竜郎は急いで魔力を補給していくと、直ぐに元気を取り戻した。
「ごめんな。自分の時の感覚で考えてた」
「そういえば、たつろーの時は大体私がくっついていたんだっけ。
でもカルディナちゃんも魔法使いっぱなしだけど、そっちは大丈夫なの?」
竜郎は念の為に犀車の上で羽を休めながら、探査魔法を使ってくれていたカルディナを呼び寄せて確認するが、そちらは平気そうだった。
しかしカルディナにも万全をきして魔力を補給し直し、愛衣に振り返った。
「解魔法の探査魔法は集中力を要求されるけど、慣れれば魔力消費はかなり抑えられる。
だが風魔法は、常に魔力を放出し続けているから燃費が悪いんだ。
称号効果を当たり前の様に受けてたから失念してた……」
そう言いながら竜郎はまたジャンヌを撫でて、もう一度労わると、ここで休憩を挟む事にした。
カルディナに周辺警戒を頼んでから、犀車の中で寝袋を尻に敷いて二人で並んで昼食を取る。
それからバテる前に止まっていいとジャンヌに言い含めてから、二人は御者席に乗り込んで再び進みだした。
石畳の上を順調に進んでいると、何回目かのすれ違う人達が目を丸くしてジャンヌに驚いていた。
その様子に目立たない様に陸路を選んだんだけどなぁと思いながらも、一生懸命自分たちを運んでくれているジャンヌには文句など口が裂けても言えないので、まあいいかと結論付けた。
やがて道から外れた場所の樹の本数が減ってきて、だんだんと草原風景に変わってきた。
「なんか、魔物が全然出てこないな」
「ねー。オブスル周辺が、異常だっただけなのかなあ」
「となると、魔物が出そうな場所を探す必要が出てくるな」
「ダンジョンとか何回か聞いたけど、そこはどう?」
「確かに魔物の出現場所として、そこ以上の場所はなさそうだな。
この辺にダンジョンがないか探してみるか」
このまま異世界旅行と言うのも乙なものだが、あくまでも最優先事項は日本に無事帰還する事である。
今のところSPは魔竜討伐で稼いだ分があるので、数日さぼってもいいかもしれないが、ずっとでは二人も困るのだ。
その考えの元、ダンジョンに潜るという選択肢も入れ始めていると、カルディナが犀車の上で鳴き声を上げた。
どうやら魔物が近くにいるらしい。
それを聞いたジャンヌは、竜郎の意向を組んでスピードを落としだした。
「おっ、ようやく魔物のお出ましね」
「倒し易いくせに、スキルをたくさん持ってる奴が来てくれると楽なんだけどなぁ」
そう言って二人とも、それぞれ杖と、鞭と宝石剣を取り出して準備を整えた。
そんな時、愛衣はふと宝石剣の違和感に気が付いた。
「あれ? 気力を通してもないのに、翠じゃなくて極彩色のままになってる」
使い終わったらすぐに《アイテムボックス》に入れてしまっていたので、今の今まで気が付かなかった。
しかし確かに気力に触れてもいないのに、既に色が変わった状態になっていた。
「ん~言われてみれば色は気力を流した時みたいだけど、内面から溢れ出る輝きみたいなのは無いな。
ちょっと気力を流してみたらどうだ」
「そうだね。──ふっ」
気合をいれながら、《身体強化》で流れる気力を注入していく。
すると色はそのままで輝きを取り戻し、それどころかさらに細かい光の粒子を剣から散らすようになっていた。
「やたらとゴージャスになったっ。かっこいい!」
「たしかに少年心をくすぐる剣だな。そのうち光線が出たりしそうだ」
「それができるようになれば、八敷流奥義に加えてもいいかな」
「そんなもん、いつ作ったんだよ……っと、来たな」
冗談を交わしながら魔物を待っていると、草原に移り変わったおかげで視界が開けて、魔物の位置が解りやすい。
見て取れる限りでは、四足歩行で中型犬サイズのヤモリみたいな魔物が二匹見えていた。
しかし見えているのは二匹なのに、探査魔法の結果は四匹になっていた。
それに疑問を感じた竜郎は、水魔法を使って草原に浅く広く水を張っていく。
すると視認できる二匹のヤモリがバシャバシャと音を立てながらやってきて、さらに目に見えないもう二匹のいる場所にも水飛沫が上がっていた。
「あら解りやすい」
「だろ。んじゃあ、見えてる方を任せていいか?」
「そっちでいいんだ。じゃあ楽勝だね!」
愛衣はまだ距離もあることから担当の二匹の内、手前の一体に対して鞭の先端を当てに行く。
それは気力を含むことで細く長く伸びていき、寸分たがわずヤモリを貫いた。
それから気力を抜いていくと、伸びた鞭が元に戻ってきた。
しかし太くなってしまうため、貫いたヤモリにガッチリと食い込んで一緒に引き寄せてしまった。
「うわっ、変なのが付いてきちゃった」
「もう死んでるみたいだし、大丈夫だろ」
解魔法で調べれば死亡判定をしっかりと貰えたので、竜郎は自分の担当に集中していく。
まずは水魔法で見えない二匹のいるであろう場所に、渦を出して足を取って見ることにした。
思惑は見事に嵌り、うまい具合に進行速度が緩くなっていく。
そして逆に愛衣担当の生きているもう一匹の方は、流れを作って早くこちら側に引き寄せて分断すると、見えない二匹を中心にして周りの水をかき集めて巨大な球体にし、その中に閉じ込めた。
さらにそこから出てこれない様に、洗濯機の如くグルグルと水流を内部で回転を加えて窒息させていく。
そのまま三十秒ほど水洗いをすると、中の物体がその存在を露わにした。
見事にピクピク痙攣しているのを確認した竜郎は、球体を解いて自分の目の前にまで水を流して引き寄せた。
急に意識を取り戻されても厄介だと、土魔法で四肢を拘束してから《レベルイーター》を発動させた。
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レベル:7
スキル:《かみつく Lv.2》《透明化 Lv.3》
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(よわっ!? 変わったスキルを持ってるから、そこそこ強いと思ったんだが……。
まあでも、町と町の間の道に強力な魔物が出てこられても困るか)
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レベル:1
スキル:《かみつく Lv.0》《透明化 Lv.0》
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そうして順にもう片方からもレベルを頂いていき、SP(13)とレベルを搾り取った後に火葬処理をして振り向けば、愛衣の方もとっくに勝負が付いていたので、そちらもしっかり燃やしておいた。
「こんなもんかな。しかしやっと会えた魔物がこの程度だと、SP稼ぎの効率が悪いな」
「いろいろ回ってあの森が最適だった。……なんてことにならなきゃいいけど」
少しの不安を抱きつつも再び犀車に乗り込み、ジャンヌに頼んで次の目的地に走っていった。
何度か魔力補給を挟みながら、やがて日も暮れ始めたため、今日は野宿の予定なので道から少し脇に逸れた所で停車した。
ジャンヌは労ってから一度竜郎の中に入って休んで貰う事にして、カルディナはまた魔力を補充して周辺警戒に回って貰った。
それから外で初めての竜肉クッキングの時間となった。
「いよいよ、あれを食べるのね」
「ああ、レーラさんが言うには生肉でもいけるらしい」
とは言うものの、初めて食べる肉の種類を生肉で食べるのはやはり抵抗があるので、オブスルで購入したバーベキューセットを取り出して、皮と分離した生肉を少量だして、包丁で食べるサイズに切っていく。
そして焼肉で出てくるような感じに切ったものを網の上に乗せて、燃焼剤はケチって買わなかったので、自前の火魔法で炙っていく。
その間に、愛衣が塩を振って味付けをしていく。
「なんか、意外とおいしそうかも」
「匂いとか、まんま焼肉だな」
美味しそうな香りに生唾を飲み込みながら、今か今かと待ちわび、ようやく両面に火が通った。
「「いただきますっ」」
待ってましたとばかりに、二人は竜郎お手製の軽量化された石箸で肉をつまんで食べた。
「うまっ!」「おいしっ!」
口の中で解けるように溶けていく肉に声が漏れ、味付けは塩だけにもかかわらず、今まで食べてきた、どの肉よりも美味しかった。
想像を絶する味をよく噛みしめてから、二人は息を合わせたかのように同時に飲み込んだ。
《《称号『竜を喰らう者』を取得しました。》》
「「ん?」」
ただ肉を食べただけの二人に、そんなアナウンスが聞こえてきたのであった。




