第70話 別れ
「通常数十年単位で放置されない限り、魔霊に変化するなど有りえないのですが、おそらく湖に含まれる魔力と、魔竜の大量の血が混ざりった結果、それらが媒体となって、ああなってしまったのでしょうね」
冷静に状況を分析しながら語るレーラの姿に、竜郎の頭も冷静に回りだした。
そうして、その頭で先ほどの状況を思い出してみる。
「もしかして、あれは魔法の一種なんですか?」
「そうですね。詳しく解析しなければ断定はできませんが、呪属性の魔法でしょうね」
「って事は、それを魔法で解くことも出来るの?」
「解と水の混合魔法を使えば、できると思います」
「水魔法か……」
解魔法で湖を解析して、正確な状況を探っていく。
すると呪に闇の混合魔法で形成されている事が解ったのだが、その魔法のレベルが高いのか、魔力の波長を探ることまではできなかった。
そこで竜郎は、システムから解魔法のレベルを上げていく。
すると、Lv.7に光魔法で強化して、ようやく波長を読みとることに成功した。
それによると、この魔法の相殺魔法を構築するには、《水魔法 Lv.8》以上、《光魔法 Lv.4》以上が必要だと判明した。
竜郎は直ぐに今のSPからできるかどうか確かめれば、《解魔法 Lv.7》まで上げるのに(91)も消費したのだが、それでも牛頭、魔竜、レベルアップ分を全て含めればまだ(231)もあり十分取得可能である。
『愛衣、何とか出来るかもしれない』
『ほんと!?』
『ああ。俺たちの責任もあるみたいだし、やってみる』
『うん、お願い!』
いざやってみてできなかったら、ぬか喜びさせてしまうかもしれないので、愛衣にだけ内密に話を通しておいてから、行動に移りだした。
まずは称号取得も狙って、水魔法をLv.10まで取得する。
《称号『水を修めし者』を取得しました。》
(やっぱり修めシリーズは、Lv.10が解放条件みたいだな)
称号の取得条件も明らかになったところで、竜郎は人目から離れつつ、愛衣とカルディナをこっそり近くに呼び寄せた。
それから愛衣と手を繋ぎ能力の底上げをし、カルディナに魔法補助を頼んで過剰なほど準備を整えると、解と水と光の混合魔法で湖に掛けられた呪魔法を相殺すべく、魔力を杖の先に集めだす。
『たつろー、ガンバッ!』
『おう。頑張っちゃうぞー』
愛衣はにぎにぎと手に力を入れながら、竜郎ができないとは微塵も思っていない笑顔で見つめてくる。
それに竜郎は同じように手を握り返して、ニッと笑って、その期待に応えるべく気合を入れ直す。
そして目の前の汚泥を消し去るイメージを持ちながら、カルディナの補助を受け入れながら、魔法の構築を完了する。
「もう、お前にはウンザリだ。痕跡一つ残さず消してやる───」
完成した魔法は十六個の青く光る球体で、それを湖の中に等間隔で散りばめていく。
そして全てを目標地点まで移動し終わると、竜郎は手に持った杖を地面にカンッと打ち付けた。
それが合図となって、全ての球体が振動して波紋を作っていく。
十六箇所から生じた波紋が段々と重なり合って、湖全体を埋め尽くしていく。
すると湖の黒色が薄まっていき、やがて元の美しい姿を取り戻していった。
「これで、本当に終わったはずだ」
「ストーカーも真っ青な、しつこさだったね」
二人は念の為にと湖の水を覗き込んで触ってみるが、以前と変わらず澄み切った水質に戻っていた。
さらに解魔法で解析をしてもみるが、呪いの影響で塩水が出なくなったなんてことも無く、滾々と湧き出ていた。
そんな風に確かめあっていると、そのことに他の人たちも気付き始め、驚きの声を上げて叫んでいた。
『こっそり戻るか』
『そうだね』
皆が騒ぐ中こそこそと戻って行くと、レーラと目が合って微笑まれた。
やはり高レベルの魔法使いには丸解りだったらしい。
なので二人で人差し指を立てて、口に当てて「「しー」」と内緒にするようにジェスチャーをすると、その気持ちをくみ取って頷き返してくれた。
それに二人は笑顔で軽く頭を下げて、目に移りこんできた光に目を細めた。
「日が出てきたな」
「完徹しちゃったね」
「ああ、体力的には平気だが、ゆっくり休みたいな」
「町に帰ったらゆっくり休もうね、出発はその後でいいだろうし」
竜郎も同感だと愛衣を引き寄せて腰を抱き、顔を出し始めた太陽の光が反射して光る湖を、これで見納めだろうと眺めたのだった。
のんびりした時間を過ごすのも束の間、突然戻った湖に理由などどうでもいいと喜んでいた塩職人たちも落ち着きを取り戻し、今度こそ帰りの支度を始めた。
帰りも飛んで行ってしまおうかと考えていたが、ゼンドーにお誘いを受けて、最初に出会った頃の様に、荷馬車の荷台に乗り込んだ。
他の人達の準備も終わり、一斉に動き出して湖から離れていく。
そんななか、ゼンドーは湖が元に戻った原因は二人にあると勘付いていたため、礼を言おうと御者席から振り返ると、カルディナと目が合った。
するとカルディナが首を振って、駄目だと伝えてきた。
それに何かとゼンドーが首を傾げながらその奥を観察すると、竜郎と愛衣は仲良く手を繋ぎ合いながら、身を寄せ合って眠りに落ちていた。
その姿にゼンドーは、口元をゆるませた。そして、
「ありがとな」
そう小さく呟いたのだった。
荷馬車に揺られながら眠っていた二人は、町の近くに来たところでゼンドーに起こされた。
二人はもう着いたのかと驚きながら外壁を見れば、未だに町から出て行こうとしている人達でごった返していた。
「ありゃりゃ。そう言えば、まだ知らないんだったね、町の人たちは」
「俺たちみたいに念話が使えれば別だろうけど、基本連絡は手紙か口頭みたいだしな。
伝書鳩みたいなのは、いるかもしれないが」
慌ただしく動き回っている町人に、もうそんなことをしなくてもいいのにと思いながら門の前にたどり着いた。
それから後続の人達と合流したあと、ゼンドーに町を出る前には挨拶に行くと約束を交わしてから、レーラと一緒に冒険者ギルドへと向かって行った。
レーラは二人があまり目立ちたくないという意向を汲んで、建物の裏側の職員用出入り口からこっそりとギルドに入り込むと、二人は応接室に通された。
それからしばらく待っていてほしいと言って、レーラはお茶を出して部屋を出て行った。
「一体なんだろね」
「また素材の買い取りとかじゃないか?」
「あ~文字通り、売るほどあるからねぇ」
愛衣が散々切り刻んでまき散らした大量の鱗や肉片、三本の首に巨大な体一個と半分。
拡張した《アイテムボックス》が無ければ、とてもじゃないが持ちきれない程の量を抱えていた。
売ってほしいと言われれば、それも吝かではなかった。
そんなことを話し合いながらのんびり待っていると、扉が音を立てて開いて、見知らぬかなり高齢のおじいさんが、手足をプルプル震わせながら入ってきた。
その後ろに、レーラが介護師の様に付き従っていた。
「お待たせしました」
「い──え、それはいいんですが……」
「そのおじいちゃんは、どちらさん?」
「こちらは──」
「ふぁしふぉふぉふぉふぃふぅふぉふぉ」
「「…………え?」」
レーラの言葉を遮ってまで聞こえてきた声は、何を言っているのかさっぱりと聞き取れなかった。
唖然とする二人にレーラは「またですか」と言って、おじいさんを無理矢理ソファに座らせて、黙っているように言い含めた。
かなりぞんざいに扱っていたので、何者なのかと余計に疑問を募らせていると、レーラの口から思わぬ事実を告げられた。
「この方は、当冒険者ギルド・オブスル支部のギルド長です。見ての通りかなり高齢なので入れ歯がないと喋れないのですが、本人は付けたがらないのであんなことに……。すいません」
「はあ……」「うん……」
目の前でプルプルしながらお茶を飲んでいる老人に、ギルド長が務まるのかと疑問はあったが、レーラが嘘をつく理由もないと、一先ず飲み込んでおいた。
それよりも、聞かなければいけない事があったからだ。
「──それで、ギルド長が自ら僕らに会いに来た理由はなんですか?」
「ふぉふ──」
「ちょっと黙っていてください! 失礼しました。
この方を呼んだのは、お二人の冒険者ランクを上げて貰うためです。それは私の権限ではできませんから」
「「冒険者ランク?」」
そろそろ常識も身に付けてきたと思っていたが、またもや知らない言葉に二人は首をそろって傾げた。
「冒険者ランクとは、冒険者ギルドの信用度の値と言うのが近いでしょうね」
「それが高いと、いいことあるの?」
「ありますよ。制限のかかっている場所に簡単に入れたり、以前のように紹介状がなくても素材の持ち込みをしやすくなったりと、冒険者ギルドがこれだけ信用している人物ですよと示すことで、他の機関でも信用が受けやすくなるんです」
「それは確かに、動きやすくなりそうですね」
それからも詳しく聞いて行けば、冒険者ギルドは世界中に拠点を置いているので、その効果も広い地域で適用されるとのこと。
ランクが上がれば個別依頼を受けることも増える可能性があるが、冒険者業は自由であることが掲げられているので、それを受けなくてもペナルティは生じないらしい。
二人はそれならばと、その申し出を受けることにした。
「では、ギルド長。アレを二人に渡してください」
「ふぁふぁっふぁ」
あいかわらず何を言っているのか分からないギルド長が、懐から透明なスマホサイズの板を取り出し、そこから二枚の青く光る板をそれぞれに差し出してきた。
それを二人が受け取ると、システムが起動した。
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冒険者ギルドのランクアップ申請 を確認しました。
ランクを上げますか?
はい / いいえ
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当然「はい」を選択すると、その板は消失した。
それを見届けたレーラが、今二人のランクがどうなっているのか説明された。
それによれば、二人の身分証でもある冒険者ギルド証にランクが表示されていて、現状では個人単位のランクは6、パーティ単位ならランク8に設定されているらしい。
しかし、魔竜をパーティメンバー──つまり二人だけで倒したことを大々的に表明すれば、個人でも8、パーティでは10を名乗っていいとも言われたが、それは丁重に断っておいた。
聞けば、今発行されている最高ランクは、個人で11、パーティランクで12。
それも今では、世界で1パーティしか存在していないらしい。
そして先ほど提示された、個人でも8、パーティでは10と言うのも、現状では3組のみ。
そんな中に、ぽっと出の自分たちが入り込めば、目立つことこの上ない。
あまり注目されても、今後動きにくくなるだけだろう。
そして無事ランクも上がった所で、素材の話に移っていく。
そこで魔竜の鱗を一枚平均三万シスで売れたので、150枚売って約450万シスを即金で貰った。
他の生物も売ってしまうと考えていた二人だが、竜種は死んでから千年は腐らないらしく、さらに《アイテムボックス》の時間遅延と組み合わせれば、もっと取っておくことができるという。
つまり生肉の状態で千年以上もつ、最高の保存食として持ち運ぶことができるのだ。
これは旅の道中肉には困らなくなると、諸手を上げて大量の肉を抱え込むことにした。
「明日からは、あの魔竜の影響で来てしまった魔物の討伐に忙しくなるでしょうけれど、お二人はこの町を出られるのですよね」
「はい。ここも居心地が良かったのですが、やりたいこともありますので」
「それに私達がいなくても、できないわけじゃないんでしょ?」
「そうですね。今回の騒ぎで情報も多く広がったため、他の所から稼ごうとやってくる冒険者が来るでしょうし」
その言葉に安心して出て行けると、胸を撫で下ろした。
それから他愛のない話を交わしてから、ギルド長をソファの上に残したまま職員用出入り口からこっそりと外に出た。
「それでは、これで本当にお別れですね。
お二人のおかげでこの町は救われました。ありがとうございます」
「いえ、僕らはやりたいことを、やりたいようにやっただけですから」
「そうだよ。それに冒険者のランクも上がったし、日持ちする保存食も大量に手に入れられたし、言う事なしだよ」
「──そう、ですか」
そうして二人は最後にもう一度別れを告げて、離れていった。
二人が離れていく様を見ていたレーラは、二人の事が最後まで気になって仕方がなかった。
元来知的好奇心が旺盛なエルフの中でも、特にその気持ちが強かったレーラは、二人について行ってその秘密を聞かせて貰えるくらいの仲になりたいと思っていた。
しかし、あの魔竜の戦闘での二人の実力に、今の鈍った自分がついてはいけないだろうと思い直した。
「そろそろ、冒険者に戻ってみるのもいいのかもしれませんね」
世界中を見て回り、知的好奇心も収まってしまった。
けれど、あのワクワクした高揚感はいつまでたっても忘れることは無かった。
だから、またあの頃を思い出せる何かがあるかもしれないと、色んな人がやってくる冒険者ギルドの職員になった。
そんな心持で、ズルズルと何年もギルドの職員をやっていただけなので、今のレーラにとって辞めるのは惜しくなかった。
「まずは、アグラバイトさんのパーティにでも入れて貰って、しばらくリハビリですかね。
その上で今の自分より強くなって、お二人とまた出会えたのなら、その時は──」
そうしてレーラは冒険者に戻るべく、ギルド長の元へと向かったのだった。
レーラと別れた二人は、まずは買い出しに行き、たっぷりと旅のお供になりそうなものを購入していった。
それから二人は高級宿に戻って、一っ風呂浴びてから泥の様に眠った。
そうして目が覚めれば、夕陽がちょうど沈みだす頃だった。
二人はそれからも仲良くいちゃつきながら、ゆったりと一日を過ごしてゆく。
そして、異世界にきて16日目となる朝を迎えた。
二人は珍しく早朝に起きだして、別れ際に聞いたゼンドーの家を目指した。
「ここだね」
「ああ、間違いない」
間違っていないかしっかりと確認しながら、早朝だからと遠慮がちにドアをノックした。
すると、ゼンドーと歳近い見た目のおばあさんが出てきた。
「はいはい、どちら様です?」
「あの、竜郎と言うものなんですが、ゼンドーさんはいますか?」
「あら、うちの人のお知り合い? ちょっとー、あなたー」
「ああ? なんだよ──ってお前達か。という事は、もう出るのか?」
少し寂しそうな顔をしてくれるゼンドーに、二人は涙が出そうになった。
この世界で初めて話して、初めて親切にしてくれて、初めてこの世界の事を教えてくれた人。
これから旅に出れば、ここにはもう帰ってこないかもしれない。
という事は、もう二度と会う事はないかもしれないのだ。
そう考えると、とても寂しかった。
しかし泣かれても困るだろうと、その気持ちを押し込めて二、三言葉を交わして笑顔で最後の挨拶をする。
「お世話になりました。これからもお元気で」
「もう、おじいちゃんなんだから、無茶ばっかりしてないで体を労わってね」
「ふんっ、おりゃ今でも現役だ。まだまだ若いもんには負けねえよ! がはははっ。
───んじゃあ、またな。タツロウ、アイ」
「はいっ、また!」「うんっ、またね!」
そう言って確証のない「また」を誓って、二人とゼンドーは笑いながら手を振って別れたのだった。
そんな三人の姿を遠目で見守っていたおばあさんは、二人が見えなくなってようやくこちらを向いたゼンドーに問いかけた。
「あんなに若い知り合いがいたのね。身なりも整っているし、どういう子たちなの?」
その質問にゼンドーは、ニヤッと気持ちのいい笑顔を浮かべ───
「アイツらはただの、ダチで、命の恩人で、この町の救世主さ」
「はあ?」
突拍子もない物言いに、目を丸くして首を傾げたおばあさんに、ゼンドーはがはははっと豪快に笑ったのだった。
これにて第二章の終了です。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。




