第69話 魔竜の最後
竜郎の放ったレーザーは、再生をはじめた肉をかき分け、あの赤い宝石に見事命中した。
しかし予想以上に硬く、それだけでは砕くことができない。
そこで竜郎は鉄のインゴットを《アイテムボックス》から取り出して、ワイヤーの様に細く引き伸ばしていく。
そして再びレーザーでそこまで穴を穿つと、ワイヤーを操って、その体内の石に巻きつけていく。
「でりゃああああっ」
完全に巻き付けると、竜郎はそれを一本釣りでもするかのように、魔法も駆使してこちらに引き寄せていく。
そして手の届く範囲にまで持ってくると、待ち構えていた愛衣がそれを宝石剣で切り付けた。
しかし愛衣の膂力をもってしても、ガンッという音をあげて弾かれてしまった。
「うそっ!?」
「愛衣っ、一旦離れろ!」
「───っ!?」
竜郎の言葉に何かとみれば頭だけ再生が完了しており、愛衣に向かって牙をむけてきた。
それに躱している暇はないと、手に持った宝石剣で迎え撃つ。
「でりゃあああ!」
「ジャアアアッ」
愛衣は切るのではなく剣の腹で顎をかち上げ、竜郎の元に一足飛びで戻っていく。
しかし、その間に魔竜の巨体が元に戻ってしまっていた。
「……もしかして、またやり直し?」
「いや、少なくとも一歩進んだぞ」
竜郎はこの状況で笑いながら、手に持っているワイヤーを愛衣に見せた。
愛衣はそのワイヤーの先が、魔竜の体内に続いているのを見て目を丸くした。
「そのワイヤー、切れなかったんだ」
「ああ、かなり頑丈に造っておいたからな」
竜郎がそう言っている間にも、ワイヤーの先に絡めていた物体が体の中をグルグルと移動しているのが解る。
それが止まるのを待とうと二人はカルディナと一緒に地上で相手をしているのだが、釣り針のかかった魚の様にワイヤーの先は常に動き続けていた。
「全然、止まんないね」
「まさか、俺たちが狙っているのが解ってるのか?」
二人は位置が固定されたら、そこに竜郎を主軸に置いた気魔混合で吹き飛ばそうと考えていたのだが、あれは射出後に細かく軌道修正ができる技ではない。
また愛衣の気魔混合は大振りすぎて、動き回る物体にピンポイントで当てるのは難しい。
ならどうするか。
そう竜郎は悩んでいたが、愛衣は至極明快な解を導き出す。
「ねえ、たつろー、知ってる? 困ったときは、直接ぶん殴ればいいんだよ」
愛衣がそう言いながら、竜郎の右手を恋人繋ぎで握ってきた。
それに対して竜郎は、その拳の様に硬く結ばれた手を目線に上げた。
「直接ぶん殴るねぇ……。意外といいかもな」
「でしょー」
愛衣は竜郎が同じ気持ちなのだと嬉しくなり、つないだ手をぶんぶん振り回す。
その姿に竜郎は笑いかけながら、今度こそ最後の一手に向けて動き出す。
「行くぞ!」
「はいよ!」
まずは何をするにしても一度魔竜の息の根を止めて、時間を作り出す必要がある。なので再び二人は空に舞い上がる。
その間レベルが上がり三本にまで増えた《氷刃》が迫ってくるが、愛衣が一刀のもとに切り伏せていく。
そして魔竜に近づこうとするが、先ほど首を引きちぎられたのが余程痛かったのか、なかなか首元に近づけさせてもらえなくなっていた。
そんな中であの手この手で追いすがるが、《竜飛翔》のレベルも上がってさらに機動力が向上し、その上首が蛇の様にうねりながら躱していく。
さらに段々強力になっていくスキルによる攻撃に、二人は舌打ちをした。
「どうしよっ、あれじゃあ近づけないよ!」
「ああ、ワイヤーを持ってるせいで、こっちの動きが制限されているのも問題だ」
そんな風に二人が手をこまねいていると、突然魔竜の周囲に第三者の強大な魔力が集まり始めたのを、竜郎の《魔力視》が捉えた。
そしてまた、その魔力の脈動を竜郎は一度だけ見たことがあった。
魔竜は二人の相手に夢中で、自分が魔法の標的になっていることに気が付いていない。
そして、その魔法は完成を遂げる。
「《氷世界》!」
「「レーラさん!」」
そのレーラの魔法により、魔竜のいる空間が首だけ残して凍り付いた。
氷属性を得意とする魔竜にそれで直接のダメージはないが、その動きは一時完全に止まった。
「でりゃああ!」
愛衣の剣が瞬く間に、魔竜の首に切込みを刻み。
「──はあっ」
竜郎の魔法で首がもがれて、すっ飛んで行く。
するとタイミングを見計らったかのように、レーラは氷魔法で首のない魔竜の体から氷を一瞬ではがし取る。
それを見ながら二人は魔竜が湖に着水する前に着地して、お互いの手を強く結び合った。
そして竜郎は繋いだ左手に、愛衣は繋いだ右手にそれぞれ魔力と気力を合わせていく。
それはどちらか一方に力を渡すわけでもなく、ただお互いに繋ぎ合った場所に莫大なエネルギーをため込んで融和させているだけ。
しかし、それはただぶつけるだけで恐ろしい威力をもっていた。
二人はワイヤーの先がどのあたりに有るか、目線を魔竜に向けながら待ち構えていると、いよいよそれは目の前に落ちてきた。
その際盛大に塩水を被るが、二人は気にせず目印に向かって手を繋いだまま走り寄る。
そして魔竜が首を生やし終わる前に、タイミングを合わせて動き回るワイヤーの先───尻尾の付け根に向かって、繋いだ拳を振り上げた。
「「いけええええええええーーーー!」」
丁度その時、魔竜の首が生え終わるが、その瞬間にはあの石のある場所を寸分たがわず、二人の繋いだ拳に宿ったエネルギーが爆発する。
「ジャ"ア"ア"ア"ア"アアアァァァ─────ァッ……」
その力の暴力に、魔竜の《完全再生》というスキルのエネルギー源となっていた核を粉々に粉砕し、尻尾の付け根から半径十メートル付近まで破壊しつくしていた。
《完全再生》の核を失っても再生できなくなるだけで死ぬわけではなく、それから直ぐに殺される前に逃げ切れば、再び核は再生して元の状態に戻ることが出来た。
しかし、その明らかな致命傷の前に魔竜は目の力を失っていった。
《『レベル:49』になりました。》《『レベル:31』になりました。》
《《称号『竜殺し』を取得しました。》》
《《称号『響きあう存在+1』を取得しました。》》
何度殺しても甦ってきた存在が、ようやく完全に死んだのだと、システムのアナウンスが聞こえてきた。
リザルト報告でいくつか気になる項目はあったものの、今はお互い手を繋ぎ合ったまま、竜の死骸を椅子にして湖の真ん中で座り込んだ。
無理矢理その身を以って気魔混合のエネルギーを使ったせいで、体中が痛くてたまらなかったが、今はそんな事も気にせずに勝利の美酒に酔う。
「「おわったああああー!」」
二人がそうして休んでいると、作業場の扉が開いて隠れていた人の内数名が外に出てきた。
それをレーラが目ざとく見つけて、色々説明に回ってくれているようだった。
そんな光景をボーっと疲れた目で見つめながら、お互い異様な速度で回復していく気力と魔力に、あの称号が進化したのだと二人は納得した。
そしてカルディナに周辺警戒をまかせつつ、一休みを入れて生魔法で体の痛みを和らげていった。
それから竜郎はさらに《アイテムボックス》の拡張をして、二人の攻撃によって何度も剥がされた鱗や、吹き飛んでいった二つの頭も含めて、竜の素材を集めていった。
それが終われば、二人と一匹は湖の外へと飛んで出る。
するとそこには、ゼンドーが立って待っていた。
「ありがとう。お前らのおかげで、俺たちは助かった」
「僕らはただ湖に遊びに来ただけですから、気にしないでください」
「そうそう。そういえばそこに変なのがいたから、ついでにやっつけといたよ!」
「そうか、ついでかっ! がはははっ」
ゼンドーは二人の気持ちをくみ取って、あえてその言葉に乗って豪快に笑った。
それに二人も、ゼンドーとは、こんな風に気軽に笑いあえる関係がちょうどいいのだと微笑んだ。
そうして三人で語り合っていると、レーラがこちらに近寄ってくるのが見えた。
二人が魔法でアシストしてもらったことに礼を言うと、レーラの方からも礼を言ってきて、それから軽く話をしていると、次第に今後の二人についての話になってきた。
「お二人は、これからどうされるおつもりですか?」
「そろそろオブスルを出て、鍛冶師の町と言われるホルムズを目指したいと思ってます」
「あの素材を使って、防具を造りたいんだよー」
「ああ、アレを使うには相当な鍛冶師に頼む必要がありますからね」
レーラは、黄金水晶のデフルスタルの毛皮を思い浮かべながらそう言うと、一言二人に忠告をしてくれた。
「確かに装備品を依頼するならホルムズを目指すのは良いことだと思いますが、現在あそこの商会ギルドを取り仕切っている人物には気を付けた方がいいかもしれません。
まだ噂レベルですが、嫌な話を多く聞きますので……」
「という事は、普通の買い物以外では、商会ギルド関連の場所や人間は避けた方がよさそうですね」
「それが賢明かと。防具作成依頼も信頼できる個人に頼むのが一番でしょう」
その話に二人は頷きながら、おっさんに貰った紹介状が役に立ちそうだと、ここにはいないヤメイトに感謝の念を送った。
それから竜郎は、作業場でまだ《恐怖付与》の影響が抜けていない人達を治してから、さてみんなで帰ろうかなどと話していた頃だった。
ゼンドーがふと湖を見ると、黒い靄の様なものが浮かんでいるのが見えた。
「おい、タツロウ。ありゃ、なんだと思う?」
「え?」
「なになに?」
ゼンドーの戸惑うような声で指差す先を、竜郎は愛衣と同時に眺めると、明らかに異常な物が湖の上をフワフワと浮かびながら、その規模をどんどん広げだした。
「あれは──魔霊!? タツロウさんっ、光ま───」
あれよりも小規模な物を見たことがあったレーラは、その正体にすぐに気付いて、その最大の対処法でもある光魔法を竜郎に使ってもらおうとしたのだが、すでに遅かった。
その靄は湖を完全に覆い尽くすと、水に溶けるようにして湖面に沈んでいった。
するとあの美しかった湖が真っ黒に染まり、水質も変わってヘドロの様な滑りと粘性を帯びた汚泥になってしまった。
「……………………おい。ちょっと待ってくれ、何なんだこりゃ──」
ここにいる誰よりもこの湖と共に過ごしてきたゼンドーは、声を震わせながらその変わり果てた湖の水を手で掬って頽れた。
「ゼンドーさんっ、それに触れてはいけません!」
「………………」
ゼンドーは声一つ上げられずに、レーラにされるがままに湖から引き剥がされた。
その光景にゼンドーと共に来た他の塩職人達も、その場で呆然とたたずんでいた。
その痛ましい姿に、二人は何とかできないかとその原因を知っていそうなレーラに詰め寄った。
「レーラさん。これはなんなんですか?」
「どうやったら元に戻せるのっ?」
「お教えしますから、一度落ち着いてください」
二人をまず落ち着かせて、ちゃんと聞ける状態にしてからレーラは今何が起こったのかを語りだした。
「先ほど現れたものは魔霊と呼ばれる存在で、何かの死骸を放置し続けると、希にそれが形を変えて呪いをまき散らすようになるんです」
「って言うともしかして……」
「はい。おそらく、魔竜の最後のあがきでしょうね」
「そんな……」
死んでもなお害をなし続けるそのしつこさに、二人は愕然と湖を見つめたのであった。




