第67話 竜の強さ
竜郎と愛衣はカルディナに《恐怖付与》を打ち消してもらいながら、後ろの作業場に被害が及ばない様に、以前テントを広げていた場所まで逃げていく。
その姿を見た魔竜は、怒り狂いながら尻尾を振り上げ虚空に向かって振りぬいた。
「愛衣っ!」
「解ってる!」
愛衣はすぐに竜郎を掴んで地面を一回、空中を二回蹴って、その尻尾の直線上から緊急回避し、カルディナもそれに追従する。
するとさっきまでいた場所に向かって、目に見えるほどの気力を孕んだ尻尾の形をした一閃が、ガガガガガッと線を引くように数十メートルに渡って縦に地面を削り取っていった。
「たつろー、アレヤバい!」
「ああ。すぐに《レベルイーター》で無効化する。飛ぶぞ!」
「はいよ!」「ピュィッ!」
竜郎と愛衣は地割れの様な線の入った地面を見ながらボードに飛び乗り、魔竜からその力を効率よく無くすために近づいていく。
「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー」
「ピュィイイイイイイーーーーーーー」
再び放ってくる《恐怖付与》を難なくやり過ごして、《レベルイーター》に適した距離にまで近づいていく。
しかし、そこまで来ると向こうの手段も増えてきた。
魔竜は《氷の息吹》に切り替えて、こちらに放出してくる。
「冷たっ!」
「たつろー!?」
「いや、大丈夫だ」
確かに《氷の息吹》を回避したはずなのに、竜郎の背中側がその余波だけで凍り付いていた。
しかし、さりげなく熊の毛皮を服の下に巻きつけていたため、ひんやりした感じだけ済んでいた。
だが、これがなかったら凍傷を負っていたかもしれない。
それを心配げに愛衣が見守る中、火と光の混合魔法ですぐに解凍して難を脱した。
けれどあれを打たれる度に、こんなことをやっていたのでは、とてもじゃないが勝つことなどできない。
だから竜郎はカルディナに指令を出した。
「カルディナ!〈さっきの奴をまた打ってきたら、解析を頼む!〉」
「ピュイ!」
氷魔法の逆の波長は土魔法。
この理論に基づいて完全に中和出来なくても、余波だけなら消せると踏んで敢行する。
結果としてそれは功を奏して、二度目の《氷の息吹》の余波に耐えながら解析し、三度目の攻撃からはその余波の打ち消しには成功した。
そうなってくると魔竜は効果がないことを悟り、今度は自分の周りに氷でできた巨大な鎌を十二本出してきて、それを竜郎達に向かって回転させながら襲い掛からせてきた。
「これは私に任せて!」
「頼んだ!」
愛衣は《アイテムボックス》から宝石剣を取り出して、気力を極彩色になるまで注ぎ込むと、その鎌と空中で切り結んで行く。
するとその鎌は愛衣に打ち砕かれて次第に数を減らしていくが、その度に魔竜が追加して元の十二本に戻そうとしてくる。
けれどそれも《レベルイーター》によってスキルレベルが下がるに連れて、段々とその本数が十本、五本と落ちていき、しまいには氷の鎌を出すことが出来なくなっていた。
「ジャアアアッ」
今までできていたことが次第にできなくなっていく、そんな奇妙な感覚に不快気に嘶くと、魔竜は口を開いて《氷の息吹》を出そうとするが、これも失敗に終わった。
そしてその頃には、《レベルイーター》の吸出しもだいぶ進んでいた。
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レベル:86
スキル:《完全再生》《かみつく Lv.10》《竜飛翔 Lv.0》
《竜尾閃 Lv.0》《氷の息吹 Lv.0》《氷刃 Lv.0》
《恐怖付与 Lv.0》
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(やっぱり、レベルがない《完全再生》は吸い取れないか。でも、それじゃあどうすれば……)
不安要素を抱えながらも一旦それは放置して、レベルを下げていく事にした。
しかし、そちらが何故かなかなか吸い取りきれない。
その間にも愛衣の《空中飛び》での変速起動と、竜郎の曲芸飛行で尻尾や《かみつき》をスイスイ躱していく。
その際に愛衣は宝石剣で鱗に覆われた皮膚を笹掻きして切り取っていくが、直ぐに《完全再生》の効果でビデオを巻き戻すようにして元に戻っていってしまう。
そしてそれから数十分かけて、ようやくレベルの吸出しも終了した。
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レベル:1
スキル:《完全再生》《かみつく Lv.5》《竜飛翔 Lv.0》
《竜尾閃 Lv.0》《氷の息吹 Lv.0》《氷刃 Lv.0》
《恐怖付与 Lv.0》
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(一番厄介なのが取れないのは気がかりだが……。しょうがない、これで打ち止めだな)
《かみつく Lv.5》は、あえてできることを残して行動を読み易くさせるために、脅威度を下げるだけに留めて残りの全てを自分の糧に変えた。
「《かみつき》だけは残して、後は全部とったぞ」
「じゃあ、こっから反撃開始かな?」
「あ、すまん。あの復活した時のスキル《完全再生》は、取れなかった」
「え? 取れなかったの?」
「ああ。感覚的な言い方になるが、多分この世に生まれた時から持っていた、あいつ自身の体の機能……みたいな感じがして、どうしても取れそうになかった。
だから──っと」
話の途中で随分と最初と比べて速度の落ちた動きの《かみつき》を使って来るが、竜郎が風の軌道を変えて顔の横をすり抜けていく。
そのついでとばかりに、愛衣が宝石剣で目をくりぬいて《アイテムボックス》にしまうという芸当を試みる。
「ジャアァッ」
「ほんとだ。戻ってる」
痛みの声は上げるものの、すぐに新しい目玉に生え変わった様を二人はうんざりした顔で見つめた。
「《アイテムボックス》の中にはあるか?」
「私もそれが気になったんだよねー……っと、あった」
「じゃあスキル名通り、ただ純粋に再生しているだけか」
「回数制限とかないのかな?」
それにかけてみるかと、二人はお互いに空中で引っ付きあって攻撃を仕掛けていく。
まずは竜郎から。
レベルが上がったおかげで、愛衣の補助があれば飛びながらでも他の魔法が使える様になってきた。
なので竜郎は魔竜に向かって杖を突きだし、その先に風魔法で圧縮した空気を横に並べるようにして、いくつも造り出していく。
それが出来上がると、そこに土と火と闇の混合魔法で造った人の頭ほどある、高温で真っ赤になった超硬質な土塊をセットしていき、後はその圧縮した空気を順番に開放して移動しながらエアガンの様に巨体に打ち込んでいった。
その魔法に対し巨大な体はいい的でしかなく、体のあちこちに焼けた土塊を打ち込まれ、硬い鱗を突き破り、その内部を焼かれ、それが冷えると今度は体の内部に張り付いて異物が埋め込まれた状態になる。
「ジャアアアアアアアッ」
「埋め込んでもダメか」
「次いってみよ!」
「ああ」
埋め込んだ土塊が盛り上がる様に排出され、新たな肉が穴を塞いでいったのを見て、次は愛衣が攻撃を仕掛けていく。
「成長した私の技を見せたげるっ」
「おう、いったれ!」
そう言って愛衣は宝石剣を構えると、そこにさらに気力を乗せていき、極彩色の刀身を虚空に向かって振りぬいた。
すると刀身から気力が放出され、性懲りもなく《かみつき》をしてくる魔竜の頬に打ち込んだ──のだが。
「ジャアアアアッ!」
「威力が弱くないか!?」
「練習中ですから!」
軽く引っ叩かれたくらいの衝撃を受けただけで、傷一つ負う事のなかった魔竜は余計に怒りを増していく。
しかし愛衣は、ようやく気力を放出することに成功してドヤ顔である。
その攻撃は中途半端に切り離した少量の気力の塊を当てているだけなので、斬撃も付与されず、ただの打撃になっていた。
しかしこれは1レベルでも高い耐久性を誇る魔竜だからこの程度というだけで、低レベルの一般人に見舞ったら簡単に骨をへし折る威力である。
それを調子に乗った愛衣は、剣を高速で振り回して何十発も魔竜へと当てていく。
「てりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ」
「ジャアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーー」
「どんどん怒り狂わせてるだけなんだが……」
怒りで攻撃が単調になってくれているので、デメリットにはなっていないのだが、これを続けていったところで、いつまで経っても終わらない。
そんな事を考えていたのは魔竜の方も同じだったらしく、怒りながらも一生懸命別のスキルを使おうともがきだした。
その隙に竜郎も熱した土塊を打ち込んで、何度も再生を使わせていた──そんな時だった。
魔竜がまた出来もしない《氷の息吹》をしようとしたなと思いながら、念の為に《魔力視》で見ていると、そこにしっかりと魔力が集まり始めているのが見て取れた。
「───まずっ。カルディナ!〈《氷の息吹》のアンチ魔法発動!〉」
「なにっ。どうしたの!?」「ピィッ!」
何が起きているのか解っていない愛衣は、突然慌てだした竜郎に状況を問いかける。
しかし今の竜郎にその余裕はなく、直ぐにアンチ魔法をカルディナと共に発動して二重に結界を張る。
「ジャアアアアアアーーーー」
「はああああっ」「ピュイイイーーーー!」「なんで撃てるの!?」
突然放たれた《氷の息吹》の威力は、かなり弱体化していた。
だが直撃した一枚目の結界は破壊され、竜郎の張った二枚目の結界で防ぎながら、氷の射線上から何とか抜け出した。
「さっきまでは出来ていなかったんだから、ちゃんとスキルは取れてたんだよね?」
「ああ。ちゃんと俺のSPに、変換されたはずだ。
なのに……なんで──まさか《完全再生》ってそっちも戻せるのか!?」
「なにそれずるいっ!」
魔竜からしたら、おまえらの方がよっぽどずるいわ! とツッコミたいところであるが、そんな知性はないため、また使えるようになった《氷の息吹》を吹きかけてくる。
それを竜郎たちはまた面倒な事になったと、今度は最初から射線上に出ない様に空中移動していく。
ちなみに魔竜がスキルを取り戻したのは、実は《完全再生》のスキルとは関係がない。
では何故戻ったのかといえば、それはこの魔物が竜、もしくはドラゴンと呼ばれる種族であるからだ。
竜とは竜であるだけで、あらゆる面で優遇される。
それはスキルの習得速度にも反映されており、愛衣の《武神》程ではないが、無くしたレベルを自力で上げ直したというだけなのだ。
しかしそんなことを知らない二人は、スキルレベルさえも再生してしまうと思い込んでしまったまま、戦闘は継続していく事になるのだった。




