第64話 生ける災害
《『レベル:30』になりました。》
ゴロンと三つの塊が転がっていく。
それに愛衣はレベルアップのアナウンスを聞き流しながら、血がかからない様に後ろに下がった。
すると、ブシュッと大きく血を噴き上げて辺りを赤く染め上げた。
それを見て取った竜郎は直ぐに探査魔法をかけてまだ動ける魔物がいるかと探せば、凍りながらも死んでいない魔物がいたので手早く倒しておいた。
《『レベル:30』になりました。》
その時ようやく《レベルイーター》で牛頭から吸収したレベルが換算されて、竜郎もレベルを上げた。
そうして全ての魔物を倒したのを確認しながら愛衣と合流していると、レーラがその護衛に付けていたカルディナを連れてこちらにやって来た。
「これはトリフロガロス……。アムネリ大森林の中層から深層にいる魔物なのですが……。
あっさり倒してしまいましたね」
三つの首と六つの腕を無くして、うつ伏せに死んでいる魔物の横に返り血すら浴びずに立っている二人を見たレーラは、開口一番そんな感想を述べた。
しかしそれは《レベルイーター》での弱体化があったからこそであり、それが無ければ非常に面倒な相手だった。
「というほど、楽でもなかったんだけどね」
「魔物のくせに妙に人間臭い動きでしたけど、ああいうのって結構いるんですか?」
「人型に近い形状をしている魔物は、人と同じスキルを用いてくるものが多いですね」
どうやら魔物が体術などのスキルを持っているのは、そう珍しくない事だと知った竜郎は、そう言うものなのかと魔物の危険度を上方修正した。
そんな事をしていると、いつの間にかいなくなっていた愛衣がトリフロガロスと呼ばれた牛頭の装備を全て拾ってきた。
自分より大きい物を、大盾を受け皿の様にして積み上げて持ってくる様は、なんとも言いがたい光景だった。
「使えそうだから持ってきちゃった」
「そいつは鉄ではなさそうだけど、気力を通しても大丈夫な素材なのか?」
「大丈夫っしょ、牛頭も気力をこれに通してたし」
「そうだったのか……」
魔力は見えるようになったが、気力に対しては門外漢の竜郎はつくづく多彩なトリフロガロスに感心しつつ、魔物がどうやって武器を手に入れたのかが気になった。
そんな時に、丁度良くレーラがトリフロガロスの武器について説明してくれた。
「その武器は、トリフロガロスの骨と同じ成分でできているらしいですね。
魔物の所持してる武器は、それ自体が魔物の器官の一部であり、ある時期を越えた時に体から切り離した物ではないか。
なんて説が有る位で、その魔物の強さに応じて武器も成長していいものになっているんですよ」
「じゃあこれって、あいつの体の一部って事?
それ聞くと、あんまり使いたくないなぁ」
「良いじゃないか。それ自体は使えそうな武器だし」
確かに気持ちのいいものではないが、手持ちの手札が増えるのは身の安全性を上げることにもなる。
そう竜郎は愛衣を説得して、持っていてもらうことになった。
「他に取っておいた方がいい所ってありますか?」
「そうですね──」
そうして高値が付きそうなもの、武器や防具の素材になりそうなものを聞いて、ついでに周りにいる大量の魔物からも取って、それはレーラと山分けしていった。
「こんなものかな」
「今日は大儲けだったね!」
いらない部分の焼却も終えて、そんなことを二人で話している間、レーラは別の事を考えていた。
何故この魔物達は、こんな大軍で押し寄せてきたのだろうか──と。
しかしそれは、すぐに解ることになる。
「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーー」
そんな不吉な声が、アムネリ大森林の方から大音量で響き渡ってきた。
「──なんだ!?」「────っぁ」「なんですか!?」「ピィッ!?」
その声の方角を竜郎とレーラとカルディナが振り向き、見上げるとそこには二十五メール程の巨体を持つ首長竜に、翼と鱗を付け加えたような生物が威風堂々と飛んで、アムネリ大森林の方から湖のある方角へ空を泳ぐように向かって行く。
そしてそんなものに目を奪われていたせいで、竜郎は一人声を上げていない事に遅れて気付いた。
「愛衣っ、どうした!?」
「─────ぁ──ぁ」
口をパクパクとさせながら地面に膝をついて自分を抱きしめるようにして震えている愛衣に、竜郎はパニックになりそうになりながらも、すぐに解魔法で原因を探っていく。
「これは───さっきの奴の声か! カルディナっ手伝ってくれ」
「ピュィッ!」
心配そうに見守るレーラをよそに、竜郎とカルディナは解魔法で先ほどの声の魔力を解析し、中和していく。
どうやら先ほどの空飛ぶ首長竜の声には魔力が込められていて、それに抵抗できないものを強制的に恐慌状態に陥らせる魔法のようだった。
それは竜郎やレーラ、カルディナの様に魔法抵抗の強いものには影響はないレベルのものだが、それが低いものだと、今の愛衣の様な状態になってしまうのだ。
そうして三分ほど中和作業を続けると、まだ青い顔をしているが、ようやく愛衣が元の状態に戻っていった。
「大丈夫か!?」
「ん、もう平気だよ」
「気付くのが遅れた……。ごめんな、愛衣」
竜郎は生魔法を使いながら、申し訳なさそうに愛衣を強く抱きしめた。それに愛衣も抱きしめ返して、首を横に振った。
実力が伴ってきても経験はまだ未熟な竜郎に、突然現れた竜が突然放った鳴き声に攻撃性があると見ぬくのは、まだ不可能であると愛衣は理解していたのだ。
「あんなのがいきなり出てきたら、しょうがないよ」
「それでも、ごめん」
そう言って放さない竜郎に、愛衣はしょうがないなあと言いたげな顔で微笑んで、その抱擁と謝罪を受け続けた。
そうして愛衣が完全に復調し、竜郎も安心した頃。ようやくさっきの魔物の話に移っていく。
「さっきの魔物は、いったい何だったんですか?」
「あれは、おそらく魔竜の一種だと思われます」
「「魔竜?」」
またもや知らない異世界魔物情報に二人して首を傾げていると、レーラが直ぐに補足をしてくれた。
「魔竜とは知恵を持たないドラゴン、そう表現するのが一番近いでしょうか」
「ドラゴンって事は、相当ヤバいんだよね?」
「ええ。知恵はないとはいえ、魔物の中では最上位に位置するドラゴンですからね。
一暴れするだけで甚大な被害を巻き起こす、まさに生ける災害と言っていいでしょう」
そうして、そのドラゴンが今まさに降り立った湖の方角をレーラが見つめた。
「降りてった場所って、モロに塩の湖がある場所ですよね?」
「そうですね。あそこの湖には大量の塩と一緒に魔力も噴き出しているので、それに引き寄せられたんでしょう」
「でもそうなると、ゼンドーさん達はどうするの?」
「塩造りなんてできないでしょうし、それどころかオブスルと言う町自体が放棄される可能性もあります」
「──なっ」「そんな…」
その事の大きさに、二人は絶句した。それをレーラは努めて冷静に受け止めてから、こう言った。
「あの魔竜も動く気配は今のところないようですし、一度町に戻りましょう」
「……ですね。愛衣、とりあえず戻ろう」
「……うん」
そうして三人と一匹は早足で町に戻っていった。
それから町に着く頃には辺りは暗くなっていたのだが、門の前には人が溢れかえっていた。
「なにあれ?」
「さっきの竜の事が、もう皆に伝わっているんじゃないか?」
「それで町から逃げようという人が、我先に門を通ろうとしている。そんな所でしょうね。さっさと冒険者ギルドに行きましょう」
レーラのその冷めた言葉に頷きながら、竜郎はカルディナをしまって三人で人ごみの中を通りぬけて行った。
そうして町に入ってみれば、そこも人々の怒号が飛び交い酷い有様だった。
三人はそれに関わらない様に、そそくさと冒険者ギルドの中に入ると、探索メンバーがそこに揃っていた。
「皆さん、ご無事で何よりです」
「ああ、そっちはなかなかこないから死んじまったのかと思ったぞ」
「貴方よりはずっと長生きするつもりですから、御心配なく」
「ははっ。違いない」
アグラバイトと呼ばれていた老練の冒険者とレーラのそんな一幕の後に、それぞれが持ち寄った情報を出し合って纏めていった。
それによると、竜郎達ほどではないが、やはり全パーティがかなりの数の魔物と戦ったらしい。
そして全域において今現在でも、魔物の数が増していっているとの事。
中でも一番アムネリ大森林の近くを探索していた老練パーティの話では、魔物達の挙動がおかしかったらしく、逃げるようにして森林を出ようとしていた様だ。
そしてそのとき倒し切れずに逃がした魔物達が、結果として竜郎達の方に来てしまったらしい。
「これで今回の、魔物分布の狂いの原因が解ったな」
「地震の原因って事になっていたけど、そもそもその地震自体があの魔竜の仕業だったんじゃないかしら」
カルネイと女性のみのパーティのリーダーらしき人がそう纏めると、皆その考えに至っていたのか異論を出すものは一人もいなかった。
「それで、これからどうするの?」
「どうもこうもない、儂らだけじゃあどうしようもないじゃろう。
あの魔竜が大人しくしている間に、一旦この町から逃げるほかあるまいよ」
「……そうなんだ」
何とかできないかと希望を込めた愛衣の発言にアグラバイトが諭すようにそう言うと、少し落ち込んだ風にして引き下がった。
何もせずに引き下がるのは癪だが、一つの田舎町の為に命を張れる者は、この中にはいないのだ。まして、ここで逃げれば人命被害はゼロ。
後は、国や魔竜の討伐経験のあるような冒険者たちに任せるのが得策である。
竜郎も愛衣も、そう思って諦めようとした──そんな時だった。
「大変だ!」
そんな声と共に血相を変えて今回の探索メンバーとは関係のない、冒険者の男が入ってきたのだった。




