第63話 牛頭
トガルの死骸を竜郎が調べてみると、その尻尾の針に毒はなかった。
さらにその体も良く見れば痩せ細っており、何日か前にここに居ついていたと推測できた。
その結果を他のメンバーに伝えると、ある可能性が皆の頭の中に思い浮かんだ。
「もしかして、こいつがエルレンさんを殺した奴だったのかな?」
「状態から見て、否定はできないが、断定も出来ないんだろうな」
もし解魔法か何かで同種の魔物による傷跡を、個体レベルで識別出来たのだとしても、肝心の遺体はもう焼いてしまい墓の下。
なのでそれを証明することは、実質不可能であった。
「冷たい言い方になりますが、それが解った所でどうしようもありません。あまりそういう事を気にしていたら、この稼業はやりにくいですよ」
「ですね…」「そう……だね」
少し雰囲気が落ち込んでしまったものの、レーラの一言で気持ちを切り替えることにした。
そうしてカルディナに探索をしてもらいつつ出てくる魔物を狩っていき、やがて石畳の道に戻ってきた。
「これで一通り回れたかな」
「けっこう歩いたねー」
竜郎がシステムのマップを見ながら、歩いてきた道のりを改めて確認すれば、大体もれなく見れているようだった。
「そろそろ既定の時刻ですし、これで終わりにしましょうか」
「ですね」「はーい」
そうして石畳の道の上で三人が帰り支度を始めていると、カルディナがアムネリ大森林の方角を向いて焦った風に鳴き叫んだ。
「どうし──」
竜郎が直ぐにカルディナの探査魔法と同期して情報を探れば、大量の魔物がこちらに、延いては町の方角に向かって押し寄せているのが解った。
「二人ともっ戦闘準備! 大量の魔物がこっちに来てる!!」
「「ええっ!?」」
慌てつつも、竜郎の表情で冗談ではないと悟り、すぐに戦闘の準備をしだした。
「たつろー。何体くらい来てるの?」
「多すぎて正確な数字は出せないが、五十はいるな」
「そりゃ大変だ」「五十も!?」
大分温度差のある発言に竜郎は笑いそうになるが、そんな場合でもないと顔を引き締めた。そんな時、レーラが二人に提案をしてきた。
「最初の一撃は、私に任せてもらえませんか?」
「良いですけど何を?」
「デカいのを一発、お見舞いしたいと思います。
ですがかなり魔力を消耗するので、お二人はそれでも倒し切れなかった魔物をお願いします」
「解りました」「はーい!」
それから手早く細かい所も詰めていって作戦会議を終えれば、ようやく大軍の先頭が見え始めてきた。
それらは獣型、虫型、良く解らない型と、統一性のない集団であるにもかかわらず、その全てが同じ方向に仲良く進んでいた。それはまるで、何かから逃げるように。
ここでこれらを押さえなければ、その全てが町の外壁に突撃していくのは容易に想像が出来た。
近くに援軍は見当たらないので、ここにいるメンツでこの状況を打破する他ない。
「私の前に出ないでくださいね!」
「はいっ」「はーい」
レーラは一気に魔力を練り上げ準備をしていく、それは竜郎の魔力視で見ていても驚愕するレベルの魔力があふれ出していた。
その間にも魔物の集団はドンドンやってきて、やがてその距離十メートルと差し迫ったところで、レーラはその膨大な力を解放した。
「《氷世界》」
そうレーラが呟いた先は一面凍り付き、その一角だけ銀世界が広がっていた。
どういう魔法なのかは聞いていたため、二人はそこまで驚きはしなかったが、その光景はまさに圧巻の一言であり、ほとんどの魔物はそれで凍り付き息絶えるが、何体かはそれでも動き出していた。
それを見て取った二人は、直ぐに行動に出る。
「いくぞっ」
「おうさっ」
竜郎の掛け声と共に、二人はレーラの横を駆け抜けていった。しかしその先は地面も凍り付いていて機動力が削がれるため、事前に決めていた通り愛衣は竜郎を抱えてジャンプして、さらに追加で二度飛び上がる。
すると後は落ちていくだけなのだが、今度は竜郎がボードを出して器用に二人はそれに乗り込み空を飛ぶ。
そうして空から死にぞこないを、竜郎のレーザーと愛衣の鞭で倒していった。
しかし、そのなかで一体だけ、その攻撃をやり過ごす魔物がいた。
「「「ブモオオオオオオオオーーーーー」」」
それは五メールはある体躯に、ミノタウロスの様な牛頭を三つ持ち、手は胴体に六本ついていて、それぞれ左右一対づつに、上から大斧、大盾、大槍を持ち、足は太くしなやかなものが二本付いていた。
そしてさらに、その体の表面を炎で覆っているようで、これによりレーラの魔法もあまり効かなかったようだ。実際その周囲の氷が溶けている。
「あれだけ別格っぽいね」
「ああ、攻撃自体もやばそうだが、何よりあの盾の使い方」
「うん。私らの攻撃をただ受けるんじゃなくて、絶妙な角度で受け流してる。勉強になるわー」
「そんなこと言ってる場合か──ってなんか来るぞ!」
竜郎の魔力視に三つある牛の口に魔力が集まるのを見て取り、急上昇して距離を取った。
するとその口からそれぞれ火柱を吹上げ、さらにその三つを一つに合わせてより大きく長くして、さきほど二人がいた場所を焼き払っていた。
「あんな事まで、できんのかよっ」
「鉄壁の盾に、近距離の斧。中距離は槍で、遠距離には火炎放射……どうしよっか?」
「《レベルイーター》を使いたいな」
「それにはあの牛頭に、近づかなきゃね」
それに竜郎は頷いて同意し、風魔法を操って牛頭に向かってボードを滑らしていく。先ほどから隙なくこちらを見ていた牛頭は、再び雄たけびを上げて武器を構える。
竜郎は、そのまま真っ直ぐ正面に突っ込む軌道を取る。牛頭はそれに口角を上げて、こちらを嘲るような鳴き声を上げた。
そしてそのまま突っ込んできた竜郎達に左右二本の斧を袈裟がけに振りおろし、同時に二本の槍も付いてきた。
しかし当たる瞬間に、愛衣が空中を蹴って左にボードごと水平に移動し、四つ全てを躱した。そしてさらに、もう一度空中を蹴って牛頭の真横に出る。
そこには盾が構えられていたが、今回の目的は《レベルイーター》を当てる事である。竜郎はすでに口の中に用意していた黒球を吹いて、その横を通り抜けて行った。
「「「ブモオオオオッ」」」
「当てれた?」
「ああ、ばっちりだ」
--------------------------------
レベル:44
スキル:《炎纏 Lv.7》《火炎放射 Lv.5》《斧術 Lv.8》
《盾術 Lv.7》《槍術 Lv.5》《狂乱 Lv.3》
《受け流し Lv.3》《身体強化 Lv.5》
--------------------------------
「かなり強いな。黄金水晶の熊より弱いが、あれよりも器用そうなスキルが揃ってる」
「比較に金のクマゴローが、出てくるレベルなのね。そりゃ強いわけだ」
「じゃあ、また近づいて一気に頂くから、回避は任せていいか?」
「任せて!」
そうしてまた旋回して、距離を詰めていく。
すると今度は火炎放射を放ってくるが、これも愛衣が空中を蹴って躱し、それからも縦横無尽に動き回って攪乱する。
ちなみに先ほどから何度も連続で、愛衣が使っている《空中飛び》のスキル。
これは本来、一回の跳躍ではレベルの数しか使えないというものである。
だが厳密に言えば、両足が何かに触れれば着地したことになるため、ボードに足を着けっぱなしにしたまま空中を蹴れば、使った瞬間に回数制限がリセットされる。
なので実質気力が持つ限り、無限に蹴ることができるようになっていた。
そんな裏ワザともいえる方法で愛衣に回避を任せた竜郎は、二人とも落ちない様にだけ気を付けながら魔法を使い、《レベルイーター》でそのレベルを削いでいった。至近距離で行っているため、その効率もいい。
すると目に見えて牛頭の動きが鈍くなっていき、技の冴えはまるでなくなり、愛衣の余裕が比例するように増していった。
そして、
--------------------------------
レベル:37
スキル:《炎纏 Lv.0》《火炎放射 Lv.0》《斧術 Lv.0》
《盾術 Lv.0》《槍術 Lv.0》《狂乱 Lv.0》
《受け流し Lv.0》《身体強化 Lv.0》
--------------------------------
まで吸い取っていた時に、牛頭が急に手に持った斧、盾、槍を全て竜郎達に向かって投げつけてきた。
牛頭は突然スキルが使えなくなり、筋力が落ちていく感覚に本能で恐怖したのだ。
しかしそれを知らない二人には奇行にしか見えず、面食らいながら愛衣が空を蹴って躱した。
けれどその間に牛頭は、レーラの方へ向かって全力で逃げ出した。
「しまったっ!」「あっ!」
牛頭とドンドン距離が空いてしまい、《レベルイーター》を繋いだままでは辛くなり、竜郎は残りのレベルの吸出しは諦めて、黒球を飲み込んで糧とした。
「追うぞ!」
「うんっ」
あちらが走るスピードより、こちらの方が早いためグングンその距離を縮めていく。
それに気付いた牛頭は逃げられないと悟ったのか、こちらに振り返って遮二無二に六本の腕で殴りかかってきた。
しかし、そんな素人パンチでは愛衣には勝てない。
「たつろー、降ろして」
「はいよ」
すぐにボードを減速して地面に降ろしていくと、地上一メートルの所で愛衣は飛び降りて行った。
そして宝石剣に気力を大量に流して、その色を極彩色に変化させる。
「「「ブモオオオオオオオーーーーーー!」」」
「はああっ!」
真正面からぶつかり合い、《身体強化》を使って愛衣は目にもとまらぬ速さで剣を振るって、全ての腕を切り落とした。
「「「ブモオオォッ!?」」」
それに混乱して後ろを振り向き、この期に及んでまた逃げようとする、が。
「へい、らっしゃい」
「「「ブモ"オ"オ"オ"ーー」」」
いつの間にか牛頭の背後に立っていた竜郎の風と土の混合魔法で、大きな竜巻の中に尖った石片を混ぜたものを浴びせかける。
その魔法で全身に石を突き刺さされ、瀕死の状態で何とか竜巻から飛び出ると、その先には断頭台の処刑人の様に宝石剣を振り上げた愛衣がいた。
「ざんねんっ!」
「「「モ"ッ──」」」
ズバッっと一閃、その三本の首の付け根を一気に切り落としたのだった。




