ある日のディオノルムたち
竜郎たちがはじめて魔王種という存在に出会い打倒することで、世界最高位の冒険者ランクになり数週間が経った。
ただ最高ランクになったということは、冒険者ギルドは大々的に喧伝していない。
竜郎たちがそれを望めば喜んでしただろうが、望まなかったからだ。
しかし別段隠すようにも言われていないので、既に耳ざといものはその情報を入手し、竜郎たちとの繋ぎを得ようとパーティメンバーそれぞれの個人情報を、藪蛇にならないよう注意しながら集めだしていた。
そんな水面下で徐々にあちこちの勢力が動きはじめた頃になって、ようやくその情報を耳に入れた男がいた。
その男──身長は180センチほどで、短い灰色の髪。見た目年齢二十歳そこそこのエルフは、焦りにも似た感情を顔に浮かべ、雪が降り積もった街道を急ぎ足で歩を進めていた。
「まじかよっ」
彼が今いるのは竜郎たちが普段いるイルファン大陸より、北東に進んだところにある小さな大陸デレマール。
気候は人が住めないほどではないが非常に寒く、大陸の総人口も少ない、小さな港と町があるだけの場所。
しかしそんな大陸でもちゃんと冒険者ギルドはあり、彼は世界最高ランクが新たに更新されたことをその職員から聞いたのだ。
小さな町なので、彼が目指している場所にすぐ到着した。
そこは二階建ての石造りの家に土魔法で即興で増築した跡が見られる、彼とその仲間たちが一時的な拠点としている借家である。
勝手知ったる我が家とばかりに鍵を開け、魔道具で温かくなっている屋内の空気を肌で感じながら階段を上がっていく。
そしてそのままこの家の二階中心部にある一番広い個室のドアを、ノックもなしに開け放った。
「父さんっ! 大変だ!」
「…………アブルム。せめてノックくらいしろ」
彼──アブルムが部屋の中に入ると、そこには美しい顔をした金色が強めなプラチナブロンドのアブルムと同じ短髪の男性と、腰まで伸びた長髪の女性のエルフが中央のソファに仲良く並んで座り、お茶を飲んでいたところだった。
ぶしつけな息子の来訪に、呆れたような表情をしながら父──インベルは彼を嗜める。
その男性エルフの妻にしてアブルムの母──ルシオノーラは、相変わらずねと笑っていたが。
そんなどこかのほほんとした両親に、自分はこんなに慌てているのになんでそんなに悠長にしているんだとばかりに声を荒げる。
「それどころじゃないんだって! 父さん、母さん!」
「それどころじゃないって、どういうことなんです? 坊ちゃん」
「──えっ? ……なんだボークス、いたのか」
「ははっ、いたのかは酷いですよー」
美貌もあって強烈な存在感を醸し出しているインベルとルシオノーラがいることを差し引いても影が薄い黒髪の人種の、本当にどこにでもいそうな凡庸な顔だちをした男──ボークスが、部屋の隅に立っていることにアブルムは一瞬目を丸くして酷いことを言うが、当の本人は気にした様子もなくヘラヘラと笑っていた。
彼が何を言っても気にしないのはいつものことなので、アブルムはすぐに父と母の方へ向き直り本題を切り出した。
「俺たちを超えた、新たな世界最高ランクの冒険者が生まれたんだ!」
「そのことか」「そのことね」
「反応薄すぎないか!?」
インベルとルシオノーラは息子の驚きの声も受け流し、のほほんとティーカップに手を伸ばした。
そう──この2人こそ、竜郎たちが最高ランクに上り詰めるまで不動のトップとして君臨していたパーティ『ディオノルム』の創設者にして、リーダーと副リーダー。
それに加えてアブルムを含めた16名が、世間一般的には"ディオノルム"のメンバーとして認識されている。
「坊ちゃん、そんな埃の付いた話題をさも大仰に語ってどうしたいんですか?」
「ボークス、お前知ってた──ってことは、父さんたちもか……」
「当たり前だろう。ボークスが、お前より情報を持ってくるのが遅いわけがない」
ボークス・レコード。
彼はディオノルムの正式メンバーであるが、世間一般的にはディオノルムのメンバーとして認識されていない。
そもそもこの『ディオノルム』というパーティは、主要メンバー──分かり易く言ってしまえば一軍メンバーと、二軍、三軍、+補助要員で構成されているので、本来の人数は16人など余裕で超えている。
さらにいえば将来の見込みがある若者をパーティー候補生として抱えているので、それらも構成員として合わせるとさらに人数は増える。
つまり16人というのは一軍の総人数で、全員が世界に通用する猛者の集まり。
二軍は時と場合によっては一軍メンバー誰かの代わり、もしくは追加で仕事に取りかかれる実力の持ち主たちで、限られた条件や状況次第では一軍メンバーすら凌駕する実力を持った優秀な者たちで構成されている。
三軍は二軍ほどではないが、そこいらの高ランク冒険者パーティでならリーダー格として活躍していてもおかしくない実力者たち。
これら二軍を『ディアノーツ』、三軍を『ディエトリア』とディオノルム内で呼び分けているので、別のパーティと認識している人が多い。
ではボークスはどこに属するのかと言えば、彼は『ディアノーツ』でも『ディエトリア』でもなく、補助要員の枠としてこのパーティに加わっている。
彼の戦闘能力は皆無。極まった、または特殊なスキルも持っていない。けれどスキルとは関係ない素の部分で、彼はその地位を築き上げている。
それは情報収集能力。コミュニケーション能力が異常に高く、会ったばかり人の心の中にコンビニ感覚で入りこみ、その人の望む自分を演じてすぐに打ち解け、別れ際には十年来の友のようになってしまう。
その特技によって彼は世界各国に様々な『友達』を作り、独自の情報ネットワークとも呼べるものを世界規模で構築しているのだ。
そんな彼より新しい情報を純戦闘要員であるアブルムに、手に入れて来いと言うほうが無理がある。
そしてボークスが知っている情報は、当然のように組織のトップと共有されているのでインベルとルシオノーラも知っていると思っていい。
「なんで言ってくれなかったんだよ」
「そうやって大きな声で騒ぐからよ。相変わらず負けず嫌いな子ねぇ」
「ちなみにディアノーツとディエトリアのメンバーの一部、そしてディオノルムの中核メンバーはお前以外全員知っているからな」
「ひどいな……。まあ、実際に騒いだんだから言い訳のしようもないが──ん?」
部屋の扉の向こう側が騒がしくなったことに気が付き、振り返ってみればゾロゾロと別のメンバーが入ってくる。
「アブルムがなんか焦りながらこっちに来てたけど、なんかあったのかよ? リーダー」
成人男性にしては少し身長が小さく、背中から妖精と同じくらい小さな、けれど妖精とは違うコウモリに似た黒翼を生やし、耳が上に尖った形をした美しい顔の魔族と妖精種のハーフ──『サーヴァ』が、リーダーの息子が慌てていたと言いながらも呑気な声音で真っ先に入ってくる。
「どうせ最高位ランクじゃなくなったーって、泣きべそかきながら来たんでしょ」
「がっはははっ、相変わらず"坊ちゃん"だな! 若は」
「シグネ! 俺は泣いてなどいない! それと相変わらず坊ちゃんとはなんだ! サイファル!」
サーヴァに続いて入ってきたのは長身で長い金髪をした美しい天族の女性──『シグネ』。
禿頭で鰭のような耳をした、筋肉質で3メートルほどの巨体を持つ壮年の巨魚人の男性──『サイファル』が後に続いてアブルムをからかうように入ってくる。
その後ろからも、多種多様な種族の男女がぞろぞろやってきた。
部屋には総勢18人。ボークスともう一人いるドワーフの男性以外全員、ディオノルムの主力メンバーたちである。
いくらこの仮拠点で一番大きな部屋と言っても、かなり窮屈な状態となっていた。
ソファに座れなかったものはその背に腰かけたり、絨毯の敷かれた床にじかに座り込んでいく。
各々がそれぞれ腰を落ち着かせたところで、リーダーであるインベルが口を開いた。
「呼んでもいないのに中核メンバー揃い踏みとは、いったいどうしたんだ?」
その言葉に巨人と人種のハーフの、身の丈2.5メートルはある男──『ルジェク』が、床に胡坐をかいたまま鼻を鳴らす。
「知れたことを。アブルムが知ったということは、そろそろボークスがより詳しい情報を集めてきたころだと思ったからだ」
「俺を時告鳥扱いしないでくれ……というか、全員平然としているが、思うところはないのか?
俺たちはもう世界最高ランクの冒険者パーティ、ディオノルムじゃなくなっちまったんだぞ?」
アブルムは尊敬すべき両親とその仲間たちによって築かれた『ディオノルム』というパーティに、幼いころから憧れを抱いていた。
彼が今この場にディオノルムとして立っているのも、両親のコネではなく、候補生から『ディエトリア』『ディアノーツ』を順に経て、才能も多分にあるが必死に努力し成り上がってきたからだ。
だというのに突然、憧憬の存在にケチが付いたようで、彼は悔しくて仕方がないのだ。
けれどそんな彼の気持ちは伝わりはしたものの、その言葉に全員が「はぁ」と大きなため息をついた。
それからソファの背に座っていた美しい顔立ちで、背中から鳥に似た黒翼を二対生やした、ベリーショートの黒髪の魔族の女性──『フィフラ』が代表して口を開く。
「あのねぇ、アブルム。確かにアタシらは世界最高ランクの冒険者パーティではなくなったけど、これまでアタシらが積み重ね来た信頼も実績も変わらないよ」
「だが現に俺がその冒険者たちのもっと詳しい情報を聞こうとしたら、冒険者ギルドは何も教えてくれなかった。今までこんなことなかったじゃないか!」
この言葉には、さすがに他のメンバーたちも目を丸くした。
だが驚いたのは、"竜郎たちの情報をギルドが教えてくれなかった"からではない。何故そんなことも解らないのかと、アブルムの精神的な幼さに対して驚いたのだ。
両親であるインベルとルシオノーラは、そろって頭を抱えてしまう。
高位エルフとしてはまだ幼いと言ってもいいが、アブルムは人種が2、3回人生を終える程度の年月は生きている。さすがにそのくらい理解できてもいいはずだ。
戦いのことばかりで、そういうことを学ばせなかった自分たちに対して頭を抱えてしまったのだ。
両親がそのざまなので、面倒くさそうに頭を掻きながらの、竜と鬼人の間に亜竜として生まれ、クラスチェンジによって下級竜に至った細身の男性──『ガウォンニ』がアブルムに視線を向けた。
「あのなぁ、アブルム。それは当然ってもんだぜ。
今まで俺たちに他の冒険者たちの情報を教えてくれたのは、俺たちより下のランクの、冒険者ギルドが優先するパーティが存在しなかったからだ」
「だが此度、我々よりも優先される上のランクのパーティが新たに生まれた。
そちらの情報を無断で流す職員がいたら、私たちも冒険者ギルドの口の軽さに眉を顰めていただろう」
はじめの方に入ってきた天族の女性シグネよりもキリっとした目つきで、武人然とした雰囲気の別の天族の女性──『リューリ』が、アブルムにより解りやすくガウォンニの説明にそう補足を加えた。
「つまり、その新たな世界最高ランクのパーティ以外の冒険者たちのことなら、今まで通りお前にも教えてくれていただろう。理解したか? アブルム」
「…………あ、ああ、そういうことか。ごめん父さん、俺が短慮だったようだ」
「これからはもう少し、お勉強の方も頑張りましょうね」
「はい、母さん……。ガウォンニとリューリもわざわざ説明してくれて、ありがとう」
インベルとルシオノーラにも恥をかかせてしまったと、アブルムはそう言いながら顔を赤くして床へ視線を落とした。
礼を言われたガウォンニとリューリは、これ以上なにか言う必要もないと小さく彼に頷き返すだけにとどめた。
場の雰囲気がなんだか話しづらくなってしまったが、そんなことはお構いなしにボークスが呑気に笑いながら大きく手を叩いて全員の注目を集める。
「はいはい、坊ちゃんもお利口になってくれたところで、新しい情報を公開しましょう」
「ああ、頼む。それとアブルムのために、俺たちが知っていることも含めて改めてそのパーティについて説明してほしい」
「心得ていますよ、インベルさん」
そのくらい手間でも何でもないと、ボークスは自分とその部下や"友人"たちが、ここまでで集められた竜郎たちの情報を端的に述べていく。
「まず前にも説明したことなんですが、今回新たに世界最高ランクへと至ったパーティは、『タツロウ』と呼ばれる少年とその恋人? なのか妻? なのかは微妙なところらしいですが、『アイ』と名乗る少女を中心にした計9人で構成されています」
「少年と少女……?」
「はいそうです、坊ちゃん。見た目は本当に、まだ子供と大人の間といったところらしいですね。
そして何故これまでそれほど名が知られていなかったパーティが、ディオノルムを抜いたのかといえば、魔王種の単パーティでの殲滅です。
改めて裏付けもよりしっかりととったので、以前よりもはっきりとここでこれは間違いのない情報と断言します。
──そして、さらにここで驚くべき追加情報が1つ。
以前もその情報は入ってきていたのですが、あまりにも内容が内容だけにさすがに盛りすぎだと一笑に付して報告しなかったものがあります」
前者だけでも偉業ともいえるでき事だ。けれどそれに付随する新事実、それもこれまであらゆる情報を取捨選択し正確なものだけを伝えてきてくれたボークスでさえも嘘だと誤認してしまうほどの情報。
自然とこの場にいる全員の体に力が入り、誰かのゴクリという唾をのむ音が静かな部屋に響き渡った。
「なんとこのパーティは単パーティ撃破だけでなく、無傷──どころか装備や服に傷一つ、汚れ一つ着けずに完全撃破した。とのことです。
いやぁ、これがほんととは思いませんでした」
「いやいやいや、さすがに着替えたとかではないのか?」
「二つとないオリジナルの、それもそれだけのことがなせる人物たちに耐えうるだけの装備品を、そういくつも──それも全く同じものを持っていられるとは思えませんし、帰ってきた彼らは疲れた様子もなかったと、直接現場にいた者たちの確かな証言も取ってきましたから間違いないと思っていいでしょう」
さすがにそれはと、紫がかった銀髪で褐色肌の、魔法ではなく武術系特化になったバトルエルフの上位種であるウォーエルフの男性──『アルチュール』が冗談だろうとばかりにボークスに笑いかけるが、当の本人は大まじめに嘘ではないと否定する。
「──ッ!!」
──ダァンッ! と大きな音で机が両の拳で叩かれる突然の音に、メンバー全員の視線が集まった。
そこには一見男性に見えなくもない筋肉質で立派な体格をしているが、胸部を見ればその大きな胸で女性だと分かる獣人が一人、プルプルと机に拳を押し付けたまま体を震わせソファに座っていた。
彼女の名は『カンデラリア』。虎獣人の父と獅子獣人の母との間に生まれた、地球の呼称で言うのならタイゴンの獣人。
背は二メートルを超え、目つきも鋭い。モコモコと毛量の多い琥珀色に黒のメッシュが入った髪を無造作に伸ばした、このパーティでも1、2を争う前衛の要でもある女性。
そんな彼女の奇行とも呼べる行動に、パーティメンバーたちはああこれはいつもの病気だなと、すぐに「よく無事だったな」と机のほうに興味が移る。
するとカンデラリアの隣に座っていた天族の女性──シグネが、机の上に防御結界を張って今も机を壊さんとする拳の圧力から守っていることに気が付き、納得の色を見せた。
──とそのとき、今度は天井に向かって耳を覆いたくなるほどの大音声でカンデラリアが文字通り吠えた。
「ガァァァァアアアアアアアァアアアアアァアアアアアッ!!
──っげぇ! すっげぇじゃねーか!! そんなすげー奴らがオレたちと同じ冒険者なのかよ!? 戦いてぇっ!! いや、戦いにすらなんねぇかぁあ!?」
普段の彼女は粗暴なところは多々あれど、姉御肌で面倒見がよく誰に対しても分け隔てなく接するので周囲からの人望も高い。
けれどひとたび戦いのこととなると、一気に理性を溶かしてしまう『戦闘狂』とも『狂戦士』とも呼ばれる存在でもあった。
「いやでも、それなら稽古をつけてくれねーかなぁ!! おいボークス! どうなんだよっ!!」
「────っ」
先ほども言ったがボークスはディオノルムであっても、戦闘能力は皆無の非戦闘員。
ディオノルムでもトップクラスの武術職である彼女の威圧ともとれる視線をもろに浴び、呼吸すらできずに固まってしまう。
が、彼の近くで浮遊した状態で話を聞いていた白に近い薄緑色の髪をした妖精種の女性──『ラウーラ』が、その視線を切るようにボークスの前に躍り出た。
「そんなギラついた目でボークスを睨むのは、おやめなさい。彼が非力なのは貴女もご存じでしょう?」
「──っと、すまねぇ! オレとしたことが、つい我を忘れてたぜ」
「──ッゴホ、ゴホッ…………はぁ、はぁ………………、頼みますよ……カンデラリアさん。
それでえーと……、戦うだの稽古だのは流石に解りませんので、このまま話を続けさせていただきます」
「話が進まないからな、続けてくれ」
「ちぇー」
唇を尖らせ拗ねて見せるが、さすがにここでごねるほど子供でもないのでインベルの言葉に抗うことはせず、彼女は机から拳を上げて頭の後ろに回し聞く体勢に戻った。
「えーそれでは続きを、以前あやふやだったメンバー構成についてですが……、いろいろツッコミを入れたいことも多々あるとおもいますが、ひとまず最後まで聞いてください。
まずタツロウ・ハサミ、アイ・ヤシキと名乗る少年少女は人種……といわれています」
本人たちも人種であると公言し、外見的特徴もまさに人種そのもの。
けれど持っている能力が調べただけでも異常すぎて、そのまますんなり受け入れることはできそうにないディオノルムのメンバーたち。
「そしてアテナと名乗る虎獣人の若い女性、ナナと名乗る幼い魔族らしき少女、リア・シュライエルマッハーと名乗るドワーフの、これまた幼い少女。
さらにカルディナという鳥と、ジャンヌという角の生えた四足歩行するシステムを得た知恵ある魔物たち。
さらにさらにシステムを得た知恵ある杖と魔道具……………………となっているようです」
ボークスはただ調べたままに、そしてまず間違いないと思った情報だけを機械的に述べただけだったが、その驚くべきメンバー構成に誰もがポカンと大きな口を開けて静まり返った。
その中で一番最初に我に返ったのは、副リーダーでもあるルシオノーラである。
「えっと、ボークス? いろいろ言いたいことは沢山あるのだけれど……………………、知恵ある杖と魔道具ってなに?」
「そのままの意味ですね。ちゃんと冒険者登録もされ、一個の人間として認知されているので間違いありません」
「そ、そうなのね……。へぇーー…………」
この場の誰よりも、夫のインベルよりも長く生きているルシオノーラも、意志を持つ程度の装備品や魔道具の話は聞いたことはあっても、人間と認識されるほど高度な知能を持つ存在など聞いたこともない。
けれど冒険者ギルドに登録できたということは、そんな未知の人間が存在するのは確かなのだろうと、彼女は無理やり納得することにした。
「けど他のメンバーも特殊じゃない? 魔王種を簡単に倒せるくらいだから私はてっきり……」
そういってソファの背に座っている一人──『キウィディノー』が、おずおずと声を挙げる。
キウィディノーは高校生くらいの見た目で、赤茶色の長い髪をしたエルフの少女……にしか見えないが、その背中から生えている髪と同じ色の竜翼を見ればそうでないと分かるだろう。
そんな彼女の言葉に、全員が大きく頷き返した。
何にといえばカルディナとジャンヌ──ではなく、特に奈々とリアという存在に違和感しかなかったからだ。
なにせ魔王種などという異次元の存在を打ち取ったメンバーの中に、年端もいかない少女が2人も混ざっているなど"普通"はありえない。
逆にカルディナやジャンヌのように魔物の姿をした人間のほうが、彼らにとっては受け入れやすい存在といえよう。
「それについては、別の情報もありますね。
それによると、おそらくその幼い姿は今のキウィディノーさんと似たような状態である可能性が非常に高いです」
「わたしと?」
今のキウィディノーは可愛らしい少女のような見た目だが、これはあくまでも人化した状態。
真の姿は5メートル級の、火と土の属性を強く持つ生まれながらの下級竜だ。
つまりボークスは少女の姿は仮りの姿で、なんらかの事情で普段は真の姿を見せないようにしていると言いたいようだ。
「その裏付けとしては、イルファン大陸にあるヘルダムド国のとある領地で起こった事件で、多くの目撃情報が取られています」
その事件とはもちろん、リアがリューシテン領の領主に拉致監禁されたときのこと。
あのとき竜郎たちはそれなりに暴れまわっていたので、当時の《真体化》した姿を多数に見せていた。
その目撃情報をボークスは丁寧に集め、ふるいに落として間違った情報を消していき、彼なりに人物像をまとめあげていたのだ。
「このナナと呼ばれている『少女』ですが、真の姿の彼女と相対したらしいシアンという女性によれば、その時の彼女は『少女』ではなく『女性』であったと証言しています。
しかも普段の彼女は翼すらない人種のような風貌でもあるのですが、彼女が直接見たのは『女性』の姿であり、その姿になっているときは色濃く魔族の特徴を有しており、さらに魔族といえど異常なほどに強い力を持っていたという証言も得られています」
「つまり私と似たような状態と言ったのは、スキルかなにかで本当の姿とは違う姿で普段は過ごしているということね」
「そういうことですね。さらにその事件関係で得られた追加情報としては、カルディナ、ジャンヌと呼ばれている存在もそのような状態であり、目撃者によれば真の姿は『竜だった』と称していました。それもおそらく上級の──」
「上級だと!? それも2人も!?」
3メートル近い相撲取りのような体型をした、鯨獣人と人魚のハーフ──『パスクワル』が、ボークス以外全員が思っても衝撃で口から出なかった心の声を代弁して叫び声をあげた。
しかしその声は非常に大きく、扉の前を陣取るように胡坐をかいて座っていたため多少他のメンバーたちより離れていたとはいえ、あまりの音量に全員が顔をしかめながら耳を抑えるはめになる。
「耳鳴りが………………、あ、ああ、ありがとうございます。オッシアンさん」
「気にするな。だからはやく続きを──」
普段から寡黙な天族の男性──『オッシアン』がボークスに軽く魔法で治療を施すと、竜郎たちの話の続きを促した。
あまり話すことはなく、人と必要以上になれ合おうともせず、常に冷静沈着な彼であっても、未知すぎる存在は気になって仕方がないのだろう。
ボークスはもう一度軽く礼を言ってから、竜郎たちのパーティ情報を最初にジャンヌとカルディナの《真体化》した竜の姿についてメンバーたちと共有した上で話は続いていく。
「この上級竜という憶測は、竜狩りのツォマホ、巨獣殺しのセジェナムが赤子のように軽くあしらわれたということから推測しました。
彼らの最大火力の本気の一撃でさえ、ジャンヌの前ではなんの効果もなかったのを、当時現場で見ていた兵士たち全員が目撃しています」
「ぬぅ……、あの2人はワシも知っておるし、その最大火力の一撃というのも心当たりがあるし実際に見たこともある。
その上で言わせてもらえれば、あれならば中級の竜でも微塵も効果なしというのは考えにくいはずじゃ。となると上級は十分にあり得るのぅ……」
筋肉隆々で2メートルほどの身長を持つ、禿頭でまさにおじいさんと言わんばかりに年老いた見た目をした巨人と人種のハーフ──『ルジェク』は、もとから刻まれていたシワをさらに深くしてうなり声をあげる。
「そういうことです。そしてカルディナの場合は、リューシテン航空部隊が保有する22体の飛行魔物たちと、テイマーとしてそれなりに有名な猿獣人のマテオ、ハーフエルフのジャニス、融鉱人のゼーとそのパートナーたちを相手取り、テイムされた魔物も含め殺さず全員無力化したそうです。
それも本人はこれ以上は手抜きできないと言えるほど、十分に手加減をしながら」
「なぜそこまで手加減していたと解る?」
「それはですね、インベルさん。実際に相対したマテオ、ジャニス、ゼーが、威圧しただけで呼吸すらできなかったと極身近な知人に話していたらしいのです。
そしてその魔物たちも、ただ抑えていた威圧を解放されただけで心をへし折られたとも」
「ジャニスとその相棒のレンテは私も知ってるが、勝てるかどうか動けるかどうかはさておき、下級竜や中級竜が威圧しただけで呼吸が止まってしまうような者たちではなかったはずだ」
天族の女性リューリがそう断言したことで、他のメンバーたちもジャンヌと同じくカルディナが上級竜相当の存在だと認識した。
「そして『リア』と名乗る幼き外見の少女ですが、こちらはその事件で珍しい魔道具の数々を使っていたそうです。
しかしながら、ほとんど活躍していなかったのでその正体は不明でした」
「でした──ということは、なにか情報を掴んだのか?
その珍しい魔道具とやらの情報だけでも、詳しく知りたいんだがなぁ」
そう話に入ってきたのは、このディオノルムでボークスと同じく非戦闘員扱いの白髪のドワーフの老人──『ギード』。
彼はそこそこの冒険者並みに戦う力も持ってはいるが、このディオノルムでは必要とされないレベルでしかない。
けれどギードは鍛冶師としては一流で、このディオノルムに在籍する鍛冶師たち全ての長として君臨している、パーティにおいてなくてはならない存在だ。
そんな彼が最も得意とする分野は、『杖』と『魔道具』。
天照や月読という杖や魔道具の人間にも興味が尽きなかったが、さらに出てきた珍しい魔道具という言葉に最後まで黙って聞いていることができなくなってしまったらしい。
「そう言うと思って、アマテラスと魔道具に関しては分かる限りで、真偽があやふやなものにいたるまでまとめた資料があるので、そちらでご確認ください」
「それはありがたいっ!」
その話になると彼の質問が止まらなくなって、竜郎たちの情報を共有するどころではなくなると分かっていたボークスは既に手を打っていた。
ギードも文字通り膝を打って喜んでいるので、ひとまずそれでこの場は我慢してくれるだろう。
「それでリアという少女の追加情報ですが、それはリューシテン城の事件ではなく魔王種討伐のとき付近にいた者たちから集めることができました。
それによって私はおそらく彼女は、ドワーフの特徴を有したゴーレムなのではないかと推測しました」
「……随分と突飛な推測なように聞こえるけれど、あなたがそう言うということはそれなりに根拠があるということよね?」
「はい、もちろんですよ、ルシオノーラさん。実は魔王種討伐の前に受けていた調査依頼のときに──」
カサピスティであった、それこそ竜郎たちが世界最高ランクの冒険者になるきっかけとなった事件ともいえる黒菌騒動の際のこと。
リアが乗り込み式の虎型ゴーレムに乗っていたことを、ボークスがここで説明した。
「そこで彼女はそのゴーレムは、特殊なスキルで創ったもの──だと言っていたそうなのですが」
あの場にいた人たちの中には、仕事柄犯罪者と接する機会が多い者たちもいた。
そのせいもあってかスキルではなくても、他人の嘘を見破る目が養われていた。
そんな彼らから言わせると、嘘をつきなれていないリアの言葉に違和感を感じたのだという。
完全に嘘とは言わないが、スキル以外の秘密があるのは確実だろうと。
さらにそれは人造のゴーレムというには、あまりにも自然な動きをしていたという。
そこでボークスたち情報班はゴーレムについて、詳しく調べてみたところ──。
「ゴーレムの中には自分と相性のいい鉱物などを身にまとい、手足のように扱えるものもいます。
そのゴーレムとやらも、実は本体である『リア』が同様のスキルで身にまとっているとも考えられなくもありません。
そして極めて珍しいですが、ゴーレムが人間にいたった例も歴史上存在します。
これらのことから、『リア』はドワーフの外見をもった人間ゴーレムだと推測しました」
「なんというか……ボークスにしては、無理やりすぎる推測じゃないか?」
巨人と人種のハーフ──ルジェクには、与えられていた時間的にしょうがないのかもしれないが、それでも推測が先に行き過ぎているように感じたようだ。
またボークス自身も、そのような情報を出すような男ではなかったので彼を含め何人かは『らしくない』という視線を向けていた。
だがボークスは、そんな視線を前にしても苦笑するだけだった。
「考えてもみてください。魔王種すら容易く屠るパーティに、ただのドワーフの少女が補助でもなく、"戦力"として入り込む余地がありますか?」
リアがゴーレムで戦った姿は遠目に目撃されている。それはちゃんと魔王種と戦える力を持っているという証明に他ならない。
つまりここまで述べた上級竜だと思われるカルディナやジャンヌ。それに匹敵する魔族の奈々にも比肩する戦士だということになる。
「そんな存在がただのドワーフで、ただの幼き少女? 馬鹿言っちゃあいけませんよ。
我々の想像する数段突飛な存在であることは確定でしょう。
その突飛な存在で、一番あり得る選択肢といったら、それくらいしか出てこなかったんですよ」
今のリアはダンジョン攻略の際にゴーレムの魔物の魂を吸収しているので、ボークスの推測がまったくハズレというわけではない。
むしろこの短期間でよくそこに行きついたと驚くべきところだろう。
さすがにディオノルムの面々たちはそのことは知らないが、彼の言葉に一定の納得の色を見せた。
「まあ、こまけーことはいいじゃねーか。んで、オレは個人的にアテナっていう虎獣人のことがさっきから気になってんだが、そっちの情報はもっとねーのか?」
同じ獣人で女性──しかも半分は自分と同じトラの因子を持っていて、魔王種を軽く葬るメンバーの一人であるというアテナという存在が、カンデラリアはかなり気になっていたようで、リアのことは頭のいい奴らに任せておけばいいと言わんばかりに話の続きをせがみだす。
「ああ……そちらの女性なのですが、『ベバイリレ』というパーティが今のところ唯一まともに彼女と戦闘をしたという情報があるのですが、そのメンバーたちは頑なにそのことについて周りに漏らそうとしません。
だからそのせいで彼女に関しては、ほとんど情報がないんですよねぇ」
「ああ? そりゃまたなんでだよ?」
「我々もあの手この手で接触を試みましたが、彼らにとって彼女は『正義』なんだそうで、同じ志を掲げた同士の情報をどこにいるかもしれない『悪人』に聞かれてはならないと考えているようです。
むしろその場にいたパーティ外の面々たちにまで口止めしていたらしく、アマテラス、ツクヨミ同様に、情報が非常に少なかったです。
ただその中でも得られた情報といえば、武術に関して"鎌"を使うのを魔王種討伐の際に目撃されているので、《鎌術》を持っているのは間違いないでしょう」
カンデラリアは「鎌か!」ともし自分がアテナと手合わせする機会があるのなら、どう戦うべきかと頭の中で考えはじめるが、次のボークスの言葉に思考が止まる。
「さらに彼女は魔法が苦手な部類であるはずの虎の獣人でありながら、強力な雷魔法を行使できるそうです」
「魔法だと!? 虎獣人なんじゃねーのかよ!?」
「まだ定かではないですが、こちらも虎の因子を持つ竜ではないかと考えています」
「ああ、それなら魔法を使えてもおかしくないですわね。存在としては十分おかしいけれど。
ならもうナナという女の子も、竜の因子を持っている魔族と考えたほうが自然な気がしてきましたわ」
「だなぁ、超級の魔族っていっても聞かないくらいやベーみたいだし。
うはぁ、ってことは凄腕の上級竜が4人てか?
だとするとタツロウとアイってやつは、まじでナニモンだよ。イフィゲニア帝国の皇帝の関係者か何かか?」
妖精種──ラウーラの言葉に、魔族と妖精種のハーフ──サーヴァが具体的にタツロウたちのパーティを思い浮かべて一番あり得そうなことを口にする。
「タツロウ、アイという冒険者についてなのですが、実はアテナ、ナナからは父親と母親であるような呼称が何度も聞かれています。
またリアという少女に関しては、妹なんだそうですよ」
「また意味が分からなくなってきたのう……」
「なんなのだ、そのパーティは……」
さらに追加でボークスはこれまで分かっている範囲での、竜郎と愛衣の情報について詳しく口にしていく。
大まかにまとめると──竜郎は魔法全種を、愛衣は武術系全種を無尽蔵とも思われるエネルギーをもって強力無比な攻撃を馬鹿みたいに行使できる。
しかも大技だけでなく、細かな制御もお手の物。といった内容だ。
これなら上級竜と目されるカルディナたちの『両親』であると言われても、十分納得できてしまうレベルのものだろう。
しかしそうなってくると、ディオノルムの中で竜郎と愛衣もまた人種でないことが確定した。
であるのなら、いったいこの2人は何なのだろう。上級竜をぽんぽん生み出し、ゴーレムドワーフの妹を持つ存在は、何でしょうと言われてもお手上げだ。
「現在もっとも有力視されている説がタツロウは『魔神』の、アイは『武神』の御使いだという説が出ています。
しかし、上記のことを考えるとそれ以上の存在である可能性が高いですね」
「魔神様と武神様の御使いというだけでとんでもないと思うのだけれど、それ以上となるといったい何だというのかしら……」
妖精種のラウーラもディオノルムの古株と言ってもいいほどに長い年月を生きているが、そんな彼女の頭の中にも竜を生み出し、魔法や武術を全種自在に繰り出せる存在などおらず、お手上げだとばかりにため息をつく。
けれどインベルとルシオノーラは、そこで一つの可能性に行きついた。
というよりも、最初からそうではないかと考えていた可能性があったのだ。それは──。
「タツロウ、アイは俺やルシオノーラと同じ、神造種なのではないだろうか?」
「実はこちらもその可能性が高いと見ています。というのも、どんなに調べても出自がまるで掴めません。
あれだけの力を持っているのなら、少なからず成長過程で情報が出ていそうなものなのにです。
それこそ突然、この世に発生したとしか思えないほどに急に現れた人物たちでした」
「とするとやっぱり……その可能性が高いのね」
「待ってほしい。リーダーたちと同じということは、クリアエルフの類だということになるのか?」
「性質を見るにクリアエルフとはまた違うのでしょうけれど、そういうことになると思うわ」
神造種とは言ってしまえば、神に細胞の一片まで直接生み出された存在たちのこと。
『セテプエン』という神子を示す名を頭に持つ、初代真竜イフィゲニア、レーラなどのクリアエルフがここに該当する。
そして何を隠そう『ディオノルム』内においても比類なき力を持つインベルとルシオノーラもまた、それぞれ水神と火神から創造され人間の次元に発生した"元"クリアエルフなのだ。
ただし彼らはレーラからすればおこちゃまとすら呼べるほど早い段階で出会い結ばれてしまったので、他の元クリアエルフたちよりも戦闘能力はかなり低い。
けれど高位エルフすら凌駕する才能豊かな体を有した存在ではあるので、神の子には及ばずとも冒険者たちの一番になるくらいはそう難しくはなかったのだが。
「新種の神造種の出現とするのなら、私にとっての水神様や、ルシオノーラにとっての火神様にあたる『親』はどの神かという話になってくるのだが……まぁ、そういうことなのだろうな」
「タツロウは魔神と竜神系の誰か、アイは武神と竜神系の誰かが関わっているといったところでしょうね」
「全魔法を司る存在と、全武術を司る存在が親というだけでとんでもないのに、さらに竜の神さんまで関わって生まれた種とか……クリアエルフよりやべーじゃねーか」
「それもそうだが、そこまでくると生み出した理由のほうが私は気になってきたのだが……」
元亜竜の下級竜──ガウォンニの言葉に、天族の女性──リューリが冷や汗をたらしながらそう言った。
竜郎たち側からしたら神造種でもなんでもないということも、こちらの世界にやってきたのも偶然に近いと分かっているから何とも思わない。
しかし、ある程度元クリアエルフであるインベルやルシオノーラからクリアエルフの役割を聞いているメンバーたちは、竜郎や愛衣が新たな『神造種』……それもクリアエルフよりも上格の神が生み出した存在だと勘違いしている。これまで創世以来一度もなかったであろう種をだ。
となると"そうしなければいけない"ナニかが、この世界で起きようとしているのではないかという考えに至ってしまったようである。
その自分たちの既知外で起きようとしている、または起きているナニかに、未曽有の危機を感じ背筋を冷やしその場の雰囲気が一気に凍り付いた。
けれど流石というべきか、竜郎たちのような規格外を除けば最強たちが集まるディオノルム。逆にそれを前向きにとらえられる者もいた。
「どんな理由があるかは分からねぇけど、神たちが対処したから生まれたってことだろ? そこはもう、そっちにお任せでいいだろ。
むしろそのおかげで俺らが命を張らなきゃいけなくなるような事も減ったと思えば、むしろ幸運じゃないか」
「サーヴァの言う通りだな。逆に考えてみれば、私たちは彼らに世界最高ランクに求められる危機の排除を、今後は安心してまわすことができるようになったということなのだから」
魔族と妖精種のハーフ──サーヴァとインベルの言葉に、表情をこわばらせていたメンバーたちも肩の力が少しずつ抜けていく。
「そうよね。これまで私たちはさんざんその恩恵にあずからせてもらってきたわけで、いざというときに逃げ出せるような立場でもなかったわけなんだから。
最近で言うと魔王種の討伐──とかね」
「「「「「────」」」」
ルシオノーラのその言葉に、何人かの体がブルリと震えた。
もし魔王種などの本物の化け物が現れれば、エーゲリアやクリアエルフたちに直接依頼が出せない人々が求める希望は『ディオノルム』だった。
そしてその希望の象徴として役割から逃げ出せば、彼らは世界中から批判されてしまう。
多少の我儘なら国にすら要求できるほどの権利や、それに付随する恩恵と優遇を受け続けてきたのだから。
当然彼らもそれが分かっているからこそ、いざというときの備えはしてきていた。
それも考慮しての二軍『ディアノーツ』、三軍『ディエトリア』。数多くの特殊技能を持った補助要員たち。
さらに自分たちほどでなくとも有名な冒険者パーティたちと交友を持ち、いざというとき協力を求められるよう恩を売っていたりもしていた。
その全てをフルに活用できれば、竜郎たちが相手にした魔王鳥にも勝ち目を見出せるほど、彼らは"いざ"というときに対処する力を蓄え続けていたのだ。
けれどそうなった場合、たとえ勝てたとしてもその後の人的被害も含む損害によって、『ディオノルム』の壊滅すらあり得る甚大な被害を被っていただろう。
「けどもう俺たちは、そこまでの重責を負う必要もないってことか……。
いざってときは、そのタツロウっていう人が率いるパーティに話をまわしてもらえばいいわけだし。言ってて情けなくもあるが……」
「命あっての物種よ、アブルム。それにもし助力を請われれば、私たちは力を貸すわ」
「魔王種をも平気で狩れる集団に、その必要があるとは思えないが……まぁ、ルシオノーラの言う通りだ。
私たちには戦闘以外でも、これまで築き上げてきたものもある。何かしら手を貸す機会はあるかもしれないしな。
というわけでボークス、彼らとの関係を今後どうすべきだと思う?
個人的には繋がりを持っておきたい気持ちもあるんだが」
「今はあちらの邪魔にならない程度に情報を集めつつ、現状維持がいいかと。
なにせ神が関わっている人物たちですからね。むこうからならともかく、こちらからずかずかと関わりにいっていいのかどうか判断がまだ付きません」
「冒険者になってるってことは、少なからず人々と交流を持とうという気はあるんじゃないのか?」
「ギードさんのいうことももっともですが、この世界が、そして神が関わっている可能性が高いのですから、情報班としては慎重に慎重を重ねたほうが得策だと判断しました」
未知の技術があるかもしれないとドワーフ老人──ギードは、冒険者という俗世に関わることを選んでいるのだからもっとぐいぐい関わりをと思ったようだが、ボークスにそう言われては引き下がるしかない。
もし不用意になにかしたことで世界が危機に陥いったり、神の怒りを買うことに繋がる可能性もゼロではない。
そうなったとき責任を取ることなどできないと頭を冷やした。
それを静かに見ていたインベルは、リーダーとしてこれまでの情報をまとめ今後の身の振り方を全員に伝えるべく椅子にもたげていた姿勢を正した。
「他に不服のある者はいないようだな。では、まずはボークスの意見を採用することにしよう。
だが状況次第で関わりが持てそうならば、何かしら繋がりを持てるように行動したいとも思うが、そこは慎重に行く。これでいいな?」
ひとまずは現状維持。それが"元"世界最高ランクの冒険者パーティ『ディオノルム』が、竜郎たちへの対応として下した決断なのであった。
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新キャラがいきなり大勢出てきたので、いちおう『ディオノルム』のメンバーについて軽くまとめておきます。
●リーダー:元水神のクリアエルフ(男)──インベル
〇副リーダー:元火神のクリアエルフ(女)──ルシオノーラ
・クリアエルフ同士の子の高位エルフ(男)──アブルム
・魔族と妖精種のハーフ(男)──サーヴァ
・天族(男)──オッシアン
・物理特化型エルフ亜種ウォーエルフ(男)──アルチュール
・巨人と人種のハーフ(男)──ルジェク
・巨魚人(男)──サイファル
・鯨獣人と人魚のハーフ(男)──パスクワル
・竜に至った亜竜人(男)──ガウォンニ
(竜と鬼人の間に亜竜として生まれ、クラスチェンジによって下級竜へ)
・天族(女)──シグネ
・天族(女)──リューリ
・魔族(女)──フィフラ
・獅子と虎獣人のハーフ(女)──カンデラリア
・妖精種(女)──ラウーラ
・下級竜(女)──キウィディノー
+α
・鍛冶部の長:ドワーフ(男)──ギード
・情報部の長:人種(男)──ボークス
予想以上に投稿が遅れてしまいすみませんでした。まさか前の投稿から一年以上経っているとは……。
こちらに割ける私自身のリソースがかなり少ないので、ちょっとずつ書いていたらこんなことに……。
なのであともう一つ短編をあげたら、一度完結としてこちらでの短編の投稿を閉めようと思います。
まだ書こうと思っていたネタがないわけではないのですが……。
次はさすがに一年も開かないように気を付けますが、今のところいつかは未定です(汗
少し特殊な話になるので執筆が難航しておりますが、その話で区切るのが一番キリが良さそうなのでちょうどいいかなと。
今回もお読みいただきありがとうございました!




