あの日のレーラ
『第65話 誓い』~『第70話 別れ』 の間の出来事です。
「それじゃ、行こっか」
「………ああ」
レーラは去りゆく二人を見送りながら、見えなくなるまでその方向を見続けた。
あの方角からいって、おそらくヤメイトの鍛冶屋に向かったのだろう。
「私も仕事に戻らないと。どこの支部に行くにしても、やっておかないといけないこともあるのだから」
二人への興味に後ろ髪を引かれるが、それでもレーラは振り切って仕事に戻っていった。
レーラがしばらく職員たちと一緒に、ギルドの一時凍結にあたってしなければならないことをこなしていると、外の様子を見にいっていた男性職員が一人帰ってきた。
混乱による怪我人の治療や、町の門に密集する人々を冷静にさせようと、残っている町の役人と協力しながらなんとか現状を保っているが、まだまだ落ち着きを取り戻すには時間がかかりそうだ──とのこと。
レーラはその報告にため息を吐きながら、竜郎と愛衣はもう町の外へ行ってしまったんだろうな、もう少し一緒にいたかったな、と少し残念に思っていると、さきほど報告をしていた職員が近寄ってきた。
「なにかご用ですか? トリップさん」
「いや……あの、自分も又聞きなので確かな情報とまでは言えないのですが……」
「はあ。それで?」
「実は塩湖の方に向かって、なにか板のような物に乗って飛んで行く人を見たという目撃情報が数件あったそうなんです」
「目撃者は何人ですか?」
「それほど多くはないです。皆それどころじゃないでしょうし、数人程度がそれらしきものを見たと言っているのを、門の付近にいる職員が聞いたというだけですので」
「そう……」
今そんなことができるような人物といったら、レーラには竜郎と愛衣の二人以外に思い浮かばなかった。
しかしレーラの性格分析では、あの二人は自分と恋人の命が最優先で、ゼンドーのためとはいえ命がけで行くような人物だとは思えなかった。
(魔竜を倒す自信があるということ?)
あの魔竜を見た時、クリアエルフとしての能力を完全に開放すればなんとかできそうだとは感じたが、あの二人は能力値は高いものの、あの魔竜を楽に殺せるほどではなかったはずだ。
(でももし、私が見たことも聞いたこともない切り札があったとしたら……?)
レーラの体がブルリと震えた。知りたい、聞きたい、見てみたい。
もう何年も味わっていなかった、強烈な好奇心の疼きを感じはじめる。
こうなったらレーラはもう、まっすぐ突き進むことしか考えられない。
レーラはおもむろにニコリと笑い、手に持っていた書類をトリップに押し付けた。
「これ、お願いできます?」
「は、はいっ!」
超がつくほどの美女の微笑みに、反射的に「はい」と答えてしまうトリップ。
気が付いた時には自分の仕事に加えて、彼女の仕事までしょいこむ羽目になっていた。
そしてそのことに気が付いた時には、既にレーラの姿は冒険者ギルドの建物の中にはなかった。
「門はあんな状況だし、本当はよくないのだけれど……──しょうがないわねっ」
レーラは塩湖の方向にある町壁に向かう。
そして超劣化版の《氷瞬歩》を発動させ、壁の一部を凍らせながら垂直に駆け上がる。
天辺まで上りつめると、そこからジャンプして空に作った氷の塊を蹴りながら、町から大分離れた場所で着地した。
「キシャーー」
「──邪魔よ」
普段なら街道に出てくることのない一メートルサイズのトカゲ型魔物が、着地と同時に襲いかかってきた。
けれどレーラは一瞬でトカゲを氷漬けにすると、それを蹴飛ばし粉々にしながら塩湖を目指すべく走りはじめた。
「はっ──はっ──はっ──今の私って、こんなに遅いのね……」
超劣化版《氷瞬歩》での移動は、馬よりも速く常人からしたら追いつけないほどのスピードだが、クリアエルフとして、氷神の巫女としてちゃんと活動していたときはこんなものではなかった。
自分で意図的にしたことだが、今回ばかりは歯がゆさを覚える。
途中、数体の魔物を屠りながら街道沿いに走り抜け、ようやく塩湖にたどり着く。
レーラはすぐにいくつか並んでいる塩づくりのための作業場の一つに飛び乗ると、屋根伝いに一番塩湖に近い作業場の上までいき空を見上げた。
「─────ァッ─ァ─────ァ─ァ──────ッ」
「うそ、もう終わっちゃった?」
その瞬間に見えた光景は、魔竜の首の真ん中から頭部にかけてまでが、竜郎の魔法によって空高く千切れ飛んでいく姿だった。
そしてそのまま魔竜の体が塩湖へと落下していく。
──しかし、二人は次の攻撃に移りはじめていた。
「首が飛んだくらいじゃ死なない魔竜ってことね」
レーラは、のんきに見学してないで助太刀にいこうかと思うのだが、今の二人と一匹の間に突如割って入っていっても邪魔にしかならない気がした。
なにより、竜郎たちにはまだ余裕があるように見えた。
「あれは、気魔混合? 他人同士でできる人なんて滅多にいないのに……凄いわ。
やっぱり、あの子たちは面白い──」
ならば自分が割って入る必要性がでてくるまでは、ここで見学させてもらうことにした。
もちろん、今立っている作業場の中にいるゼンドーたちを、いつでも守護できるように構えながら。
レーラが見守るなか事態は進んでいき、竜郎と愛衣が魔竜の側をウロウロしはじめた。
なにかの作戦かとも思ったが、どうやらもう一度、魔竜の首をとりたいようだ。
けれど相手も一度目の痛みを知っているだけに、死に物狂いで抵抗するので事が進まない。
「これなら手を貸せそうね────」
レーラは杖を空に向け、スキル《氷世界》の発動と制御のために集中していく。
間違っても二人の邪魔をしてはいけないと細心の注意を払い──。
「《氷世界》!」
「「レーラさん!」」
見事、最高のタイミングで魔竜の体を氷漬けにして動きを止めてみせた。
愛衣の剣が魔竜の首に切込みをいれ、竜郎の魔法で首をもいで飛ばしていく。
それと同時にレーラは魔竜の体から氷をはぎ取り、あとは二人にお任せする。
「「いけええええええええーーーー!」」
「ジャ"ア"ア"ア"ア"アアアァァァ─────ァッ……」
手をつないだ二人の拳に宿ったエネルギーが爆発し、魔竜の尻尾の付け根から半径十メートル付近まで破壊しつくされていく。
それにより魔竜の驚くべき再生能力は消え去ったのか、レーラから見ても完全に事切れていた。
「「おわったああああー!」」
「ふふっ、お疲れ様」
レーラの声など届かないだろうが、竜の死骸を椅子にして塩湖の真ん中で座り込んだ二人に向けて労いの言葉をかけた。
そうしているとギィィーーーと、今足場にしている作業場の扉が開く音が聞こえた。
ゼンドーたちも魔竜が死んだことに気が付いたようだ。
「このままだと、あの二人が質問攻めにされそうね。このくらいは私がやらないと」
レーラは屋根から飛び降り、魔竜の死骸と、その上に座る二人の姿に唖然としている人たちと、誇らしそうに見つめるゼンドーの前に着地した。
何事だと驚かれたが、すぐにレーラだと気付き全員が安堵の表情に変わった。
魔竜のこと、二人のこと、いろいろと聞かれ、レーラは話しても問題なさそうなことだけを伝えなんとか納得してもらった。
やがて二人が帰ってくるとゼンドーと話し始めたので、レーラは黙ってそれを見守り少し待ってから近づいていく。
「レーラさん。あの魔法助かりました。ありがとうございます」
「ありがとね! レーラさん」
「私がやったことなど、たいしたことではないですよ。
こちらこそ、魔竜を討伐していただき、ありがとうございました」
お礼を互いに言いあい、レーラはさりげなく二人がこれからどこに向かうのかリサーチをかけ、よくない噂を聞く商会ギルドについて話し終ったころ。
「おい、タツロウ。ありゃ、なんだと思う?」
ゼンドーが何かをみつけ塩湖の方を指差すので、レーラもつられてその方向に視線を送る。
「あれは──魔霊!? タツロウさんっ、光ま───」
本来こんな短い時間で現れるはずのない存在に、レーラは気が付くのが遅れる。
そして気が付いた時にはもう遅く、美しかった塩湖は真っ黒に染まり、水質も変わってヘドロのような滑りと粘性を帯びた汚泥に成り果てた。
(なんなのっ、あの魔竜は!)
今までのレーラの経験からいっても、あの魔竜は異常だった。
だがそんなことを考えている間に、ゼンドーが湖に触れようとするので急いで止めた。
そして竜郎にどうすればなんとかできるの聞かれたので対処法を伝えると、彼は考えるような素振りをしながら塩湖に視線を向けた。
(なにかをする気のようね)
不謹慎だと思いながらも、竜郎が何をするつもりなのか気になって密かに観察を続けると、竜郎は人目から離れはじめ、愛衣とカルディナを呼び寄せていた。
(さあ、なにをするか私に見せて!)
高鳴る心臓の音を抑えながら、レーラだけは二人を遠巻きに観察し続ける。
そして竜郎の魔法によって、塩湖は完全に元の姿を取り戻した。
(あのレベルの解魔法や水魔法は、さっきまで使えなかったはず──。
であるのに急に使えるようになったってことは、なにかしらの強力な魔法に対する恩恵があるはず──うぅ……気になるーーーー!)
頭の中では悶えながらも、レーラは二人にばれないように先ほどの場所に戻り、こそこそ戻ってきた竜郎と愛衣に向かって微笑みを向けた。
すると内緒にしてほしいといった動きをされたので、レーラは黙って頷き返した。
魔竜騒動に決着がついたのを確認したレーラは、竜郎たちと一緒に冒険者ギルドに戻ると、二人にお茶を用意して部屋に残し、ギルド長のいる部屋へと足を向ける。
「あ、レーラさん。その顔をみると、大丈夫だったみたいですね。
それとレーラさんの分の仕事、私がやっておきましたよ」
「あら、ありがとうございます、トリップさん」
「急にいなくなるもんだから大変でしたよー。これは今度お茶でもご一緒に──」
「それはそれとして、ギルド長はいますか?」
「………………いますよー、いつもの部屋で座ってます」
「ふふっ、ごめんなさいね」
「──────っ。…………くそーやっぱ可愛いなぁ!」
途中仕事を押し付けたトリップからデートのお誘い受けるが、聞かなかったことにして最高の笑顔とウインクをプレゼント。
そのまま去ると後方でなにやら聞こえたが、それも無視してギルド長の元へと急いだ。
部屋の前に立つとレーラはコンコンコンとドアをノックし、返事も聞かずにそのまま入っていった。
「失礼します」
「ふぉぉ、へーふぁふぁん」
「だから、入れ歯をしなさいと言っているでしょうロバート。
昔はあんなにいい子だったのに……」
「昔の話はよしてくれないか……レーラさん」
体をプルプルと震わせながらも、入れ歯をはめれば滑舌よく話しはじめた老人は、冒険者ギルド、オブスル支部の長である。
レーラは彼がまだ幼かった頃に、一緒に行動を共にしていたことがある。
両親は死んでしまい天涯孤独の身で、必死に冒険者として生きようとしていた時に出会い、一人前の冒険者となるまで育てたのだ。
彼は今でもなぜ、あのとき親切に自分を一人前の冒険者になるまで育ててくれたのか疑問を持っているのだが、彼女に聞けば気まぐれだと答えられるだけ。
だがそれはないだろうと、彼女の性格から察していた。
なぜなら興味のないことに何年も付き合うほど彼女はお人よしではないと、過ごした十数年の間で嫌というほど知ったからだ。
そして多少の素質はあったかもしれないが、自分は彼女の興味を引くほどの存在ではないと断言できた。
「それでここに来たということは魔竜の件、もしやあの二人が何とかしてしまったのかい?」
「ええ、その通りよ」
自分のことのように笑みを浮かべ語るレーラに、ロバートは少し心が痛んだ。
自分ではどんなに頑張っても興味を引けなかった彼女を、あの子たちは夢中にしているのだと。
彼はレーラと過ごした間に彼女のことを愛してしまった。
けれど一人前になったら、この思いを伝えようと決めていたのに、彼女はその思いを告げる前にふらりと消えてしまった。
レーラは彼の気持ちに気付いていたからこそ、告白される前に去ってしまったわけなのだが。
というのも、レーラにとって彼は恋愛対象にはなりえない。
ロバートは彼女が大切にしていた冒険者パーティ──トリストラの一員だった者の子孫であり、親友の孫やひ孫のようにしかみられないのだから。
面影があり、出会ったころに彼がつけていた特殊な効果を持つ腕輪が、その人物の物であったことから、なんとなくそうなのだろうと気が付いた。
だからこそ、彼女はここで死なせるわけにはいかないと、何年もかけて彼を育てあげたのだ。
ただそのことを彼に伝えるのは、なんとなく恥ずかしかったので最後まではぐらかしたまま別れた。
そしてレーラと離れてから数年間一人で活動している時にロバートは冒険者ギルドに誘われ、そこで職員として我武者羅に働き、この国の冒険者ギルドにおいてかなりの地位にもつけた。
その間に妻もでき、子供もでき、孫だってできた。
それから孫も大きくなってきた頃、激務に疲れた彼は田舎のギルド長を引き受け、妻と一緒にオブスルにやってきた。
するとどうだろうか、昔愛した女性が、当時そのままの姿で普通に働いているではないか。
それを知った時の衝撃でギックリ腰になり、酷い目にあったのを彼は今も忘れていない。
そしてレーラが、そんな彼を懐かしそうに見つめながら笑っていた顔も。
「私は彼らにランクを与えてもいいと思っているの。ロバート、あなたの権限で、あげてくれないかしら?」
「具体的には、いくつくらいが妥当だと?」
「魔竜の特異性を鑑みれば個人で8、パーティでは10でもいいはずよ。
そしてあなたなら、それだけの権限も持っているでしょう?」
「確かにできるが……、そんなにか」
「でも本人たちはあんまり有名になるのは嫌そうにしてたから、個人6、パーティ8くらいの方がいいのかもしれないわ」
「普通はできるだけ高いランクを望むのだがなぁ。まあ、いい。
レーラさんが言うのなら確かなんだろうね」
「それじゃあ用意して。私は副ギルド長たちに魔竜騒ぎが終わった事を報告してから、また戻ってくるから。その間に準備して部屋の外で待っていて。
あと、入れ歯。ちゃんと付けてきなさいよ?」
「ああ、分かったよ」
パタンッ──と扉が閉まる。
「入れ歯か……自分でもバカみたいだと思うよ。こんな年になってまで」
入れ歯を外して喋ると、レーラは昔のように接してくれた。
だからそれが癖になって、入れ歯を嵌めるのを嫌がる素振りを彼女に見せていた。
別に今更どうこうなりたいなんて思っていないが、それでも初恋の彼女との小さな触れ合いが懐かしくて、嬉しくて、ついやめられずにここまできてしまったのだ。
彼はため息を吐きながら机の引出しをあけ、ランクを渡すための魔道具を取り出し設定を終えると立ち上がる。
そして、決して自分に振り向くことのなかった彼女の興味を引いて止まない二人に対し、ほんの少しの意地悪をこめて、彼はそっと入れ歯を引出しの奥にしまいこんだのであった──。
なんとか1月中に投稿できました(汗
ギルド長──ロバートのくだりは書こうか迷ったのですが、いちおう裏設定として当時から考えていた設定だったので、のせてみることにしました。
最終話時点での竜郎たちのいる時代では、すでに亡くなっている人物です。
お次はアーレンフリートの話を書く予定ですが、投稿日は未定です。
構想はできたのであとは文字を書いていくだけ──というところまできているのですが、まだ一文字も書けていません(汗
あちこちでやらなければいけないことが重なって、目途がついていない状況なのです。
2月のどこかで投稿できたらなと、個人的には考えています。




