第62話 魔物達との戦い
戦闘が終ると同時に竜郎は、不意の奇襲対策に回していたカルディナに他に敵はいないか確かめてもらう。
カルディナはそれに頷き、ピュイと鳴いて大丈夫だと太鼓判を押した。
ならばと三人はその死体の処理に向かった。死骸を置き去りにすれば、それを餌にする魔物が寄ってきてしまうからだ。
「これはアスモルガですね。
この魔物も本来は、アムネリ大森林からは出てこないはずなのですが……」
「やっぱりこれも地震のせい?」
「いえ。おそらくこれらは、その後に来たのだと思います」
「どうして、そう思うんですか?」
その質問にレーラは、一体の仰向けに倒れているモノの腹部を指差した。
「この魔物たちは、あまり痩せていないんです」
「「痩せてない?」」
「ええ。十三日近くもこの森を彷徨えば、もっと痩せ細っているはずです。
ここはアムネリ大森林と違って、大型の魔物が長期間いられるほどの食料はありませんから」
そう言われてみれば、この魔物たちは痩せているどころか十分に栄養が行き渡っていそうな体型をしていた。
それに二人が納得していると、レーラはポツリと一人呟いた。
「やはり、未だに森に何かが……」
「レーラさん。この魔物はどうしたらいい?」
「──え? ああ、それらの肉や皮は安価ですが売ることが出来ます。
ですから、《アイテムボックス》に余裕があるなら持って行ってもいいかもしれませんね」
レーラの呟きに気付かなかった愛衣に、急に言葉を振られて意識を戻し適切な処理を伝えていった。
竜郎は知識人がいると、こういう時の判断が直ぐにできて有難いと思いながら、まだ空きのある自分の《アイテムボックス》にアスモルガを全てしまいこんだ。
それを見届けてから、レーラはさらに森の奥に目を向けた。
「では、行きましょうか」
「はい」「はーい」「ピューイ」
そうして再び森の探索に戻っていった。
竜郎達は担当エリアを大きくグルリと一周することに決め、森の奥へと入っていく。
その間カルディナに周辺を探査魔法で探って貰っていたので奇襲を掛けられるどころか、逆にこちらから不意を衝いて楽に魔物を駆除していけた。
しかし奥に行くにつれ増えていく魔物達を発見する度に、レーラは眉間に皺を寄せていった。
「やっぱり、おかしいです」
「おかしい……ですか?」
道のりを半分ほど過ぎた所で、レーラが真剣な顔で口を衝いた。
「地震だけが原因なら収束に向かっていてもいいものなのに、むしろ悪化し続けています」
「じゃあまだアムネリ大森林では、何かが起こり続けているって事?」
「そう見るべきかと」
けれど今現在それを知る術がないので、目の前の魔物達がここで増えて行かない様に間引きしていくしかない。
そう頭を切り替えて、さらに進んでいくとカルディナが止まって竜郎の方を向いた。
それに何かと近づくと、さらに森の奥の方に嘴を向けた。
「あれは……ネズミか?」
「ねずみ?」「鼠ですか? ───まさかっ」
竜郎の率直な感想に嫌な予感がしたレーラは、急いでカルディナの示す方角に目を向けた。
するとそこには三十センチ程の大きさの、茶色い鼠の様な魔物がうじゃうじゃと群れて巣のようなものを作り上げようとしていた。
「パルミネ…それもあんなに……」
恐ろしいものを見るような目でそれを眺めるレーラに、愛衣もそちらを覗き込んだ。
「んー数は多いけど、弱っちそうだよ?」
「だよな。アレってそんなに不味いんですか?」
「ええ、不味いです。
と言ってもアイさんの言う通り、あれ自体は数が多くても弱いですが」
その言葉に、二人はますます疑問顔になる。弱いのに不味い、これ如何にと。
それを察してか、レーラはすぐに説明してくれた。
「あの魔物はとにかく繁殖力が高いうえに、あらゆる魔物にとってアレの肉は美味いと感じるらしいんです」
「という事は、アレがここにいるだけでドンドン魔物が寄ってきてしまうと」
「それは確かに、人間にとっては美味しくないね……」
あれの真の恐ろしさは美味しい所とは、なんとも皮肉な魔物である。
そんなことを二人が思っていると、さらにレーラは言葉を継いでいった。
「パルミネはその特性故に、魔物がその地に根付くきっかけを作ってしまいます。
もしここでそれが起こったとしたら──それはアムネリ大森林の拡大に繋がってしまうでしょうね」
「……そうなれば、ここはもう人の住める場所ではなくなってしまうと。そういう事ですね」
「そうです」
「なら、さっさと倒さないと!」
パルミネを食べる魔物を、食べる魔物を、食べる魔物を……と食物連鎖を繋いで、どんどんと輪を広げていく魔物。
巣を完成させ完全に根付き、数を今以上に増やす前に倒さねば危険である。
それを理解した愛衣は、今にも飛び出さんとする。
しかし、それを竜郎とレーラが止めた。
「愛衣、待ってくれ」「待って下さいっ」
「なんで? 今倒さなきゃいけないんでしょ」
「だからこそだ。一匹ずつ一々相手にしたら時間もかかる上に、逃げられるかもしれない」
「そうです。なので魔法で一気に片付けます」
「あ……そっか。確かに今の私じゃ、アレをいっぺんには倒せないや」
将来的には倒せるようになるといった言い方に、竜郎は頼もしさを感じていた。だが、今ここでは魔法使いの出番である。
「私だけでも一掃はできますが、帰りの魔力も取って置かなければいけませんし…。
タツロウさん、手伝って頂けますか?」
「もちろん。それで俺は何をすれば?」
「タツロウさんは私が起こした冷気を、風魔法であそこまで運んでほしいんです」
そう言ってレーラは、忙しなく蠢いているパルミネの集団を指差した。
ここまでの道中一度も使っていない風魔法を指定され竜郎は面食らうが、他の人の前で堂々と使っていたのだ、ばれていてもおかしくないと飲み込んだ。
「解りました。愛衣」
「はいはーい」
「あの……、いったい何を?」
今まさに攻撃を仕掛けようという時に何故か手を繋ぎだした竜郎と愛衣に、レーラは胡乱げな瞳を二人に注いだ。
それに対し竜郎は「こっちの方が集中できるんで」と、何とも嘘くさい誤魔化しかたをして、ますますその視線は強まった。
しかしレーラも無理に聞き出すことではないと、好奇心を押し殺してパルミネに視線を切り替えた。
「では、最初は気付かれない様に少しずついきましょう」
「解りました」
竜郎の了解を得たレーラは、目の前に見えない冷気の塊を作り出していく。
それを魔力視で見て確認した竜郎は、目の前の冷気を風魔法でパルミネのいる一帯に薄く広く拡散していった。
そうして徐々にパルミネの周囲の温度が下がっていき、ちょろちょろ動いていたその挙動が鈍くなっていく。
「出力を上げていきます」
「はい」
愛衣との称号の効果で底上げした魔法制御で緻密に風を起こしていき、さらに向こうの温度を下げていく。
そうして終いには、パルミネ達のいる場所だけ凍り付いてしまった。
なので残った作業はと言えば、凍死した大量のパルミネの処分だけである。
そのため三人と一匹で手分けして死骸を真ん中に集めてから、竜郎の魔法で骨も残さず消し去った。
それから念の為、取りこぼしが無いかカルディナとチェックをして、ようやく皆で腰を下ろした。
「「「おわったあ……」」」「ピィッ!」
魔力が持つ限り疲れ知らずのカルディナ以外、回収作業で体力と精神力を消耗してしまった。
なので一旦この場で、昼食を取りながら休息することに決めた。
そうして各々適当な食べ物をパクついて、一服してからまた探索を再開した。
「それにしても、ちょっと出てくる魔物が減った気がしない?」
「そうだな。案外パルミネ目当てに、集まっていたんじゃないか?」
「それは十分あり得ますね。悪化していた原因も、アレのせいだったのかも知れません」
どこかホッとした面持ちでそう語るレーラに、二人も安心して探査に臨んでいった。
そうして途中些末な魔物を何体か狩っていき、そろそろ帰り始めようか考えた時にそれは現れた。
「あれはトガル……」
「「トガル!?」」
その名はかつて二人が手紙を受け取った、エルレン・ディカードを死に追いやった魔物であった。
それがどんな魔物かといえば、大きさは四十センチ程でイタチの様な外見だが、尻尾の先には鋭利な針が付いていた。
そいつはまだ竜郎達に気が付かずに、木の下に掘った穴の中にうずくまっている。
「気付いてないみたいだし、ここで片付けよう」
「そうだね」「ええ」
二人とも異存はないようなので、竜郎はカルディナに周辺を警戒させてから愛衣の手を握った。
それをまた不思議そうにレーラは見ていたが、気付かないふりをして杖の先をトガルに向けた。
未だに気付いていないのを確認してから、一気に魔力を練り上げてレーザーを打ち込んだ。
「───ッキ!?」
「外れたっ!?」
トガルはレーザーが発射される一瞬の光に気付き、その場を見事な体捌きで身をよじって躱した。
それを見た愛衣はすぐさま鞭の先端での《投擲》をするがこれもスルリと躱し、目にも止まらぬ速さでこちらに駆けてきた。
レーラはそれを押しとどめようと氷柱を出して浴びせかけようとするも、トガルのスピードにはついていけずに掠りもしなかった。
そして竜郎の目の前にトガルが身を乗り出し、尻尾の先端の針を頭に向かって突き出してきた。
「させないっ!」
「キィッー!」
だが唯一そのスピードを捕えていた愛衣が、宝石剣に気力を通し竜郎と針の間に突き入れてそれを弾いた。
それに気付いた竜郎が、すぐさまレーザーを放つがこれも躱され、愛衣の二撃目の剣の振り下ろしでようやく尻尾を切り落とした。
「ギイイイィイィィィッ」
「早すぎだろ、こいつ!?」
「だから危険なんです!」
レーラとそんなことを言い合ってる間にも、尻尾のあった場所から血を流しながら木を蹴って距離を置こうとする。
しかし、スピードでも負けていない愛衣が追い詰めていく。
「はああっ!」
「キィッ」
愛衣は木を使って立体的に動き回るトガルに、《空中飛び》で足場を作って同じように追いすがる。
やがて血が抜けて動き回る力が衰えた時、竜郎が愛衣に指示を出した。
「愛衣っ、ジャンプだ!」
「ふっ!」
竜郎の言葉に何の疑問も抱かずに、愛衣はその場で軽くジャンプした。
それと同時に、トガルは足を地面につけた。
「キキィッ!?」
その瞬間、地面が泥濘のようにトガルの足に纏わりついて、その動きを一時止めてしまった。
それを愛衣は見逃さない。
ジャンプの途中で《空中飛び》を使って横に跳び、トガルの真上を通り抜けるような軌道に変える。
そしてトガルの上を通り抜ける一瞬で、宝石剣を横に薙いで真っ二つにしていった。
そうしてトガルは、その生に幕を下ろしたのであった。
 




