~最終話~ さあ帰ろう──
翌日。さすが竜郎たちと言った所か、一晩眠っただけで体も精神的疲労も全て癒え、目覚めも気持ちがいい。
まだ早朝で薄暗いが、窓から見える外の天気は快晴。絶好の帰界日和だ。
竜郎と愛衣は昨夜できなかった分を取り戻すように早朝からいちゃこらしてから皆と領地内の砂浜で合流し、さっそくまずはニーナがあの怪我を負った後どうなったのかを聞いてみた。
そしてそこで竜郎たちは、ニーナと『おばあちゃん』の話を聞かされた。
「なるほど、だからそんなに強くなったって訳か。
頑張ったんだな、ニーナ。俺達のために、ありがとう」
「うん!」
竜郎が鼻先をくっ付けて甘えてくるニーナの頭を愛衣と一緒に撫でてあげると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
一方蒼太は、神格化したくらいでちょっと喜んでしまっていた自分を殴り飛ばしたくなるくらいの衝撃を受けていたが、それでもそのおかげでニーナが元気になれたと言うのなら──と素直に受け入れた。
「うーん。でもそっか。ニーナちゃんのおばあちゃんは、いなくなっちゃったんだね……。
──じゃあさ、ニーナちゃん。私がママになったげる!」
「ママ!? アイはニーナのママなの?」
「そうだよ。そもそも、たつろーがパパなら私はママになるんだから。
だよね? たつろー」
「まあ、そうなるかな。愛衣以外と付き合うつもりも結婚するつもりもないし」
少し顔を赤らめながらそう言う竜郎に、愛衣はふふふと笑いながら頬に軽くキスをした。
そんな仲睦まじい姿は何度も見ているが、それが自分のパパとママだと思ってみると嬉しくなってくるニーナ。
「ママー!」
「おいで! 我が娘~」
愛衣が──というより、ニーナに抱っこされるような形で2人はガシッと抱き合った。
──と、そこでは随分とのほほんとした空気が流れているが、ニーリナを継いだと言う事が、どれだけ竜大陸の住民にとって重大な事なのか理解しているイシュタルとレーラは、口を開けて未だに唖然としていた。
イシュタルなどは冷や汗のオマケつきだ。
そんな2人の反応に、竜郎はまさかニーナは相当な事をしたのではないかと気が付き始める。
「えーと……イシュタル。この場合、ニーナはイフィゲニア帝国でどのくらいの事件になるんだ?
竜王種くらいビックリな事って思えばいいのか?」
竜郎にとって最大級の竜達にとってのビッグニュースを口にすると、イシュタルは首をギギギと傾げた。
「い……いやぁ……。竜王種も確かに大事だったのだが、おそらくこちらの方が衝撃的だろうな……。
ど、どうだ? ニーナ。いっちょ私と一緒にイフィゲニア帝国にいって、一生食うに困らない地位を貰って、英雄を継いだ娘として祭り上げられてみないか?」
イシュタルがやけっぱちになって親指をグッと立て、ニーナを勧誘しにかかる。
──が、ニーナの答えなど決まっている。
「やー! パパといるのー!」
「ニーナちゃん、ママはママは?」
「ママもー!」
「はあ……。だよなぁ……。ああ、もう、竜王種の件が纏まりだしたかと思えば、さらに特大の爆弾が……。うぅ……頭が痛い……」
「ウサ子さんに治してもらいましょうか?」
「いや、大丈夫だ。リア……」
竜大陸にとって初代真竜セテプエンイフィゲニアは、崇め奉る神のようなもの。
そしてニーリナは、そんな神が生み出した最初にして最強の英雄竜と謳われている。
9体いた眷属竜たち──九星の中でも圧倒的な人気を博していて、ニーリナについての子供の絵本や難しい書籍、舞台劇など、さまざまな媒体で今もなおその名声をはせている。
地球で言う所のアーサー王やヘラクレス、アレキサンダー大王くらいの知名度だと思ってくれていいだろう。
そんな存在を継いだ──子孫などと言う生易しい表現ではなく、その存在とほぼ同じ存在に至った竜が竜大陸でもない場所に、一人の人間をパパと呼んで別の国の一領地で暮らしている。
などと話せば、イシュタルがまったく事情を知らない第三者であったのなら、頭がおかしくなったと思っていたことだろう。
「じゃあ、黙っていればいいんじゃないの?」
「それが妥当だな。もしニーナの事を公表でもすれば、大英雄の血筋を狙った阿呆が押し寄せてくるかもしれん」
「あぁん? うちの娘は、そんな輩には絶対やらんぞ!」
「そーだよ。ニーナはパパとママと一緒にいるのー」
「解っている。そういう可能性もあると言っただけだ……。
だがせめてアルムフェイルには会いに行ってやってほしい。
きっと喜ぶだろうしな」
アルムフェイルはニーリナ亡き後、現存する竜の中では最古の存在にして、九星の末席として活躍した竜でもある。
既に寿命も尽きかけ目も見えない様な状態だが、それでも今のニーナの力を感じ取れば、自分の姉──というよりも鬼教官という認識だろうが、そんな彼女を継いだ存在だと気が付けば喜んでくれることだろう。
彼も彼女ほど優秀な竜が子孫を残さなかった事を、少し残念に思っていた様だから。
それについては竜郎も賛成したので、ニーナもあっさりと了承してくれた。
「でもこれでさらにエーゲリアさんの、ニーナちゃんラブ度が高まりそうだね。
イシュタルちゃんは、そこんとこ大丈夫?」
「大丈夫とはどういうことだ?」
「えーと、だってエーゲリアさんは、イシュタルちゃんのお母さんでしょ?
ちょっと嫉妬したりとかしないのかなぁ~ってさ」
「嫉妬? はは、そんなものはないさ。
母上がどれだけニーリナの事を好きだったかは知っているし、ニーナを可愛がる事で、私と母上の関係が変わるわけではない。
むしろ存分に可愛がってやればいいと思うくらいだ」
「おー、案外大人だったんだね、イシュタルちゃん」
「案外は余計だ。これでもアイよりずっと年上なのだぞ?」
「ああ、そっかあ」
人型の状態では中学生から高校生くらいにしか見えないので、ついつい年下のような感覚で愛衣は見ていたようだ。
ただ精神的には、まだまだ子供な部分も多く残っているのだが……。
──ということで、ひとまずニーナの件は保留にすることが決まった。
さすがにエーゲリアやイシュタルの周りの信用のおける人物や、アルムフェイル。竜王たちには言う必要はあるらしいが、それくらいなら問題はないだろう。
ただイシュタルの懸念としては、ニーリナ以外の九星たちは皆、子孫がいる。
その子孫たちが見れば、ニーナが特別な存在だとは直ぐに気が付くだろう。
そして九星の直系以外の子孫全てを把握できているわけではないので、そこから何らかの情報が漏れる可能性は十分あるのだ。
「まあ。ばれたらばれたでいいさ。うちの子に妙な気を起こす輩が出てきたら、ブッ飛ばすだけだ」
「ああ。向こうが一方的に押しかけてくるようなら私が許そう。
だが一応、その前に念話が送れるようなら私には送っておいてくれよ?
色々と手をまわしておく」
「了解。イシュタルも変な奴に気が付いたら事前に教えてくれ」
「解った」
そうして話がだいたい纏まった所で改めて今日、地球に戻る事を皆に告げた。
「まあ、戻ると言っても、すぐ戻ってくるから安心してほしい。
だから今回はリアやカルディナ達、それと後は約束していたレーラさんだけ連れて──」
「私も行きたいぞ! タツロウ。
一度帝国に戻ってしまったら、おいそれと異世界になど行けなくなるじゃないか!」
「えーと……いいのかな?」
イシュタルはこの世界にとって重要な真竜だ。さらに現皇帝でもある。
そんな人物を勝手に本人の意志だけで連れて行ってもいいのだろうかと、そのあたりの事情に詳しそうなレーラに問いかけてみた。
「良いんじゃないかしら? 別に危険な世界と言うわけでは無いのよね?」
「治安がいいと言われている俺達の国でも、そこそこ犯罪は起きるから絶対安全とまではいかないが……、イシュタルをどうにかできるような人間は俺達の世界にはいないな」
「なら良いだろう!」
「連れてってあげたら? たつろー」
「それもそうだな。それじゃあ、イシュタルも追加と言う事で」
「やった!」
イシュタルはガッツポーズをして無邪気に喜んだ。けれどそれを見ていたニーナが不服そうにしはじめる。
「ぶーぶー! イシュタルちゃんが行けるなら、ニーナも行きたい!」
「ニーナもか? 別に今いかなくても後からいくらでも連れてってやるぞ?
最初は色々と説明とかしなくちゃいけないから時間もかかるだろうし、そんなに面白い物でもないと思うぞ?」
「面白いとかじゃないもん! ニーナはパパと一緒にいたいのー!
ねーいーでしょーねーねー」
「うーんでもなあ……」
竜郎の肩を爪の先でツンツンしてくるニーナに難しい顔をする竜郎。
別にニーナを連れていくこと自体は嫌じゃない。ただニーナは体長6メートルはあるので、竜郎や愛衣の家の中に入れない。
説明している間、ずっと外にいて貰うというのは少し心配なのだ。
そんな話をすると、ニーナは考えがあると言って少し離れた──かと思えば、体が光り輝き始める。
「これはまさかっ。ニーリナさんを継いだことで、人化も出来るようになったのか?」
「まさかっ、悩殺美少女ニーナちゃん伝説が始まるというの!?」
などとアホなことを愛衣が言っていると、直ぐに光が収まりその姿をあらわにした。
「どお? パパ。これなら大丈夫でしょ!」
「か、可愛い!」
「確かに可愛いな。でも、そっちだったか」
ニーナは無事悩殺美少女……ではなく、30センチサイズまで縮小したちびっ子竜ニーナちゃんになっていた。
「ニーリナは人化は覚えようとしなかったらしいからな。
なんでもイフィゲニア様から頂いた体を別の形にするなどとんでもない! とか言っていたらしい。
だから大きさ的に入れない様な所は、今のニーナみたいに小さくなっていたそうだ」
「なるほど」
「ぎゅ~~~」
「ぎゅ~~~」
抱っこし、抱っこされながら、愛衣とニーナは仲良くじゃれ合っていた。
「ニーナは良い子だし、連れて行ってもいいか。これだけ解りやすくて小さい異世界の証明もないだろうしな」
「だって、ニーナちゃん。連れてってくれるって!」
「やったあ!」
ニーナは愛衣の胸の中でバタバタと体を動かして喜んでいた。
そんな姿に竜郎も思わず心を和ませながら、今回の件で人間化した千子、エンター、亜子に話しかけていく。
「新しいクラスやら何やらは帰ってから相談しよう。
もちろん取りたいのがあるのなら、好きに取っちゃってもいいからな?」
「いいえ。待ってます、主様。一緒に選びまひょ」
京都弁に近い独特なイントネーションで話す千子。
「はははっ、水臭いじゃないか、マスター殿! 私も待っていますよ!」
ヒーローショーにでも出てきそうな、暑苦しく勢いのある言葉を発するエンター。
「ええ、私も待っているわ。主様」
大人の女性の色香を振りまくような、妖艶なしぐさでしっとりと微笑む亜子。
これが竜郎でなかったら、鼻の下を伸ばしていた事だろう。
「そうか。なら、その時までに自分たちの考えを纏めておいてくれ」
千子ははんなりと、エンターはブンッと、亜子はしっとりと、三者三様に頷いてくれた。
それに竜郎も頷き返しながら、今回の話の纏めに入る。
「それじゃあ、今日は盛大に祝勝会をしてから帰ろうと思う。
皆、好きなだけ飲み食いしていってくれ」
せめてものお礼という事で、竜郎が出せる美味しい食材を沢山取り揃えておいた。
あとはこれらを各自バーベキュースタイルで食べて、はしゃごうじゃないかという趣旨である。
なので今日は誰もまだ朝食を口にしていない。
その為、竜郎は既にセットしておいたバーベキューセットに魔法で火をつけていき、新鮮な食材を氷魔法で作った大きな箱の中にドンとおいて、各自好きなだけ取っていけるようにしておいた。
食材につけるソースも市販の物から、リアやフローラが作ってくれた物まで用意されている。
飲み物も市販のものから、竜郎が魔法で大量に絞った様々なフルーツジュース。
お酒が飲める者たち用に、酒竜を討伐した時に手に入れた酒の容器から小分けにした瓶も何本か置いておいた。
豪華な料理──というわけではないが、食材は良いものばかりなので、こういうスタイルもたまにはいいだろう。
今日ばかりは全員参加だ。爺やも城の手伝いをしてくれている小天使や小悪魔たちなど。
さらに領域を管理しているキー太や魔物達に至るまで全員。
皆に飲み物が行き渡ったのを確認すると、竜郎は大きくコップを空へ掲げた。
「皆! ありがとう! 本当に感謝している!
そしてこれからも、よろしく頼む! ──乾杯!!」
「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」
そこからは皆、大はしゃぎで食べて飲んで、はしゃぎ始める。
魔物達も陽気な空気に誘われて、皆機嫌が良さそうだ。
特に食いしん坊なヒポ子などは食べても食べても食材が出てくるので、ご機嫌でお尻を振ってダンスしていた。
そんな様を見て皆笑顔になり、非常に盛り上がっている。
竜郎と愛衣は少し離れた場所に立ち、2人手を繋いで皆が笑っている光景を見て楽しんでいた──そんな時のこと。
「これで大丈夫なんだよね? たつろー」
「ああ、等級神たちだって大丈夫って言っていたんだ。
それに俺達もここまで来るのに頑張ったじゃないか。今度はあの時とは違うよ」
竜郎はそっと繋いだ手を放すと、不安そうに見上げてきた愛衣の腰に腕を回して優しく抱き寄せた。
そしておでこにキスをする。大丈夫だよと、愛衣にも自分にも言い聞かせるように。
竜郎と愛衣が直ぐ帰らなかったのは、等級神に説明したような事情もあったが、実はまだ決心がついていなかった──という理由もあったのだ。
あの時──自分たちの世界に一度戻れた時、竜郎と愛衣はその目で直接世界が壊れる様を見せつけられた。
その時の光景は今でも、はっきりと二人の脳裏に焼き付いている。
だからこそ、恐かったのだ。
これだけやったのに。ここまでやりきったのに。もし、それでも駄目だったらどうしようかと。
またあの光景を見てしまったら、もう一度立ち上がれるのだろうかと。
けれどこうして祝勝会を開いて皆で大騒ぎして、笑っている光景を見ていると、少しずつ勇気が貰えた。
こんな素敵な仲間たちがいるんだから、きっともし、万が一、億が一ダメだったとしても立ち直れるし、何度だって挑戦できると。
だから大丈夫。絶対に。
「もしなんてないけどさ。けれど本当に、もし今回もダメだったとしても、俺は絶対に諦めない。
そして愛衣がまた笑顔になれるように、全力でそばで支えてみせる。
だから安心してくれ」
竜郎はもう一度愛衣のおでこにキスをした。愛衣は小さく微笑むと、そっと竜郎の頬に唇を付けて竜郎の一番好きな、お日様の様な満面の笑顔になる。
「──うん。そうだね!
そんなになったって、たつろーは絶対に私と一緒にいてくれる。
だから私もそばで支えるよ。これからどんな事があっても、例えもう一度世界が滅んでも。
だってさ、一方が寄っかかってたら倒れちゃうかもだけど、二人で支え合ったら倒れることもないもんね。ほら、こーしてさ」
愛衣は人という字を指で宙に書いた。
「金八かっ。だがそうだよ。それに俺達だけじゃない。ここにいる皆が、また俺達を支えてくれるはずだ。
これだけいたら倒れようもないだろ。こーしてさ」
竜郎は人という字を大量に宙に描いて、にっと笑う。
「もうっ、なにそれー! そんなに書いたら、ぐちゃぐちゃだよー。あはははっ」
「はははっ!」
もう不安はいつの間にか消えていた。
そして馬鹿みたいに、大して面白くもないはずなのに大声で笑いあった。
──と、そんなことをしていると。
「兄さーん! 姉さーん! そんな所でなに笑ってるんですかー!
食材が少なくなったので、また出してくださいよー!」
「ふふっ。だってさ。愛しい妹ちゃんが呼んでるし、いこっか」
「ああ、行こう」
竜郎と愛衣はまた手を繋ぎ、皆の輪の中へと戻っていったのだった。
宴もたけなわ。楽しい時間も、あっという間に終わってしまった。
速やかに皆で一緒に後片付けを済ませてしまうと、このバーベキューパーティもお開きだ。
そしてそれは、帰界の時という事でもある。
竜郎と愛衣。そしてカルディナ、ジャンヌ、奈々、リア、アテナ、天照、月読。
そしてレーラ、イシュタルと小さくなったニーナ。
この帰界組を中心にして、カルディナ城の地下室へとやって来た。
バーベキューに参加していた全員が来たがったが、それだとさすがに入りきらない。
なので今回の見送りは爺や、ウリエルの2人だけ。
けれど、どうせすぐに皆と会えるのだから問題ない。
「皆さん。私が渡した世界力供給装置は持ちましたか?
それと認識阻害の魔道具も」
「ちゃんと全員もっていますの」
世界力供給装置とは、リアが新たに作った向こうの世界でもシステムが使えるように、帰還石のエネルギーを抜き出して濃縮した、ボタン電池くらいの大きさ。
それでいてかなりのエネルギーを保有し、持ち主に世界力を供給してくれるペンダント型の装置の事だ。
ペンダント部分は3つ蓄世界力池ともいえるボタン型のそれがあり、なくなると色が変わって残りの方から直ぐに供給が開始される様になっている。
交換もワンタッチで出来て、蓄世界力池も全員に大量に渡されているので、そうそう困る事もないだろう。
そして認識阻害の魔道具は、リアやレーラ、イシュタルたちを普通の人間に見えるようにしたり、完全に認識されない様にしたりすることが出来るもの。
こちらは向こうの竜郎や愛衣に、念のため存在を知られない様にしておくための物でもある。
それらの動作チェックを最後にもう一度してから、リアは全てが正常なのを確認し終え、竜郎に大丈夫だと頷いた。
それに竜郎も頷き返し、見送りに来てくれた2人に目線を送った。
「それじゃあ、行って来る。こっちの時間で言うと本当に直ぐになるだろうけど、留守は頼んだ」
「はい。お任せを」「了解です、主様」
恭しく頭を下げる2人に相変わらず自分なんぞに大げさだなあと苦笑しながら、天照の杖を手に持ち中心に立った。
すると愛衣が竜郎の腕に抱きついてきた。
「これだと邪魔かな?」
「いいや。最高だ」
「ふふっ、なら良かった。──んじゃあ、れっつごー!」
「おうっ! ──────────はあっ!」
時空魔法を展開し、爺やとウリエル以外の全員をその魔力で包み込む。
向かうは竜郎と愛衣がこちらに落ちる頃の日本。
段々とこの場の時空魔法の魔力が濃くなっていき──、やがて竜郎達の姿がパッと消え去ったのだった。
「「どうか望む世界でありますように……」」
爺やとウリエルの、そして眷属たち全員の願いも一緒に乗せて──。
転移にも慣れてきたもので、最初と違って目をつぶる事も無く、全員があの公園の真ん中に立っていた。
カルディナ達やリアは二度目なので普通にしていたが、レーラやイシュタルは物珍しげに周囲をキョロキョロ見渡していた。
ニーナは竜郎の背中にへばりついているだけで、特に異世界には興味なさそうだ。
「ここまでは大丈夫そうだね」
「ああ、問題はここからだ。──来たぞ」
全員認識阻害をかけたまま、空に浮かんで見下ろすように全体を見渡せる位置についた。
ブロック塀が倒れる音。やってくる2人の男女。
「危なかったね」
「ああ」
レーラとイシュタル以外には二度目の光景を、黙って見ていく。
すると予定通り空間に亀裂が入り始め、まだ異世界に行くのだとは想像もしていない2人が慌てふためいている。
そして──愛衣が亀裂に呑みこまれ、竜郎もそれを追うようにして裂け目の中に消えて行った。
「問題はここからですね」
「ああ」「うん」
揺れが少しずつ収まっていき、ヒビ割れた空間も徐々に直り始める。
その光景を固唾をのんで見守り、竜郎と愛衣は強く強く互いの手を握り合った。
「「「「「「「「「「「「────────────」」」」」」」」」」」」
完全にヒビ割れた空間も直り揺れも止まり、1秒、2秒と静寂が続いていく。
──そして世界は普通に回り始めた。
塀が壊れた家の人が出てきて、その光景に「あーあー」とめんどくさそうな顔をする。
方々の家々からも人々の活動の音や声が聞こえてくる。
「やった……んだよな?」
「だよね……? きっと」
安心した時に嫌な事が起こった二人は、この状態になっても警戒していた。
だがリアの目から見ても、もうこの世界には何の危険もないと告げてくれている。
その事を伝えてからも3分ほど黙っていた竜郎と愛衣も、ようやく喜びが湧き始めた。
「やったんだ──」
「──やったんだよ!」
「よっしゃあーっ!」「やったーっ!」
2人はすぐさま地面に降りて、公園の中をぐるぐると走り回る。
地球の人の身では到底出せないスピードで走っているが、誰にも認識されないのだから問題はない。
今ばかりはニーナも遠慮して、リアの頭の上にとまっていた。
そしてカルディナ達も、嬉しそうにその光景を見守った。
「帰って来たんだ!」
「帰って来たよ!」
走るのピタッとやめると、互いに向かい合って抱きしめ合う。
そして自然と離れると、互いに潤んだ目と目を合わせて笑いあった。
「愛衣」「竜郎」
竜郎と愛衣は名前だけを呼び合って、これまでの色んな出来事が頭を駆け巡りながら、そっと口づけを交わしたのであった──。




