第621話 竜郎の分霊神器
竜郎の分霊神器を作り上げる。
それが可能かどうかと言われれば可能である。
神格者なら分霊神器を持つための資格はクリアしているのだから。
けれど今までは竜種以外にサンプルが無かったので、竜郎は持つことが出来なかった。
だが今は違う。必要だった最後のピースを、他の誰でもないアレ自身が教えてくれたのだから。
もちろん、そのピースとはアレの分霊偽神器のこと。
本物の分霊神器の構成はカルディナ達から学び、それ本体の作り方は魔力頭脳や天照の演算によって何となく形には出来そうだったのだが、竜郎自身にどうやってそれを組み込めばいいのかがさっぱり解らなかった。
ところが竜種ではない存在であるアレが、その組み込み方を教えてくれた。
イメージ的な感覚で言い変えるのなら、飾る場所が見当たらず倉庫にしまっていた名画を飾る場所を、ようやく確保したといった感じだろうか。
「分霊神器……時間はもうあまりないようだが、そんなにすぐできるものなのか? タツロウ」
「ああ、出来ると思う。3分でやってみせる」
「3分て……随分即席な感じがしますが、大丈夫なんですか? 兄さん」
「後はアレの偽神器を解析しつつ、それを俺の魂の形に当てはめれば出来るはずなんだ。
元々分霊神器の形自体は既に構想があったからな。
仕込はしてあったんだから、仕上がりは3分でも大丈夫だと思ってくれていい。だから安心してくれ、リア。
──ってことで、時間もない。さっそく俺は作業に取り掛かる。
他の皆はアレが外に出ようと思わない様に、外からいじめててくれ」
「解った。浦島太郎の亀をいじめる悪ガキになった気分で頑張るね!」
「おう。その例えはどうかと思うが頼んだぞ! 愛衣。
ああ、ただし最後は皆の力を借りたいから、魔力やら何やらはちゃんと温存しておいてくれ」
愛衣達はさっそく、エネルギー球に閉じこもって泣き叫んでいるアレの周りで、どしんどしんと地面やエネルギー球を攻撃したりして威嚇する。
特に千子、彩、フレイヤ。に加えて、ニーナをみると余計に丸まって絶対に出ないんだからモードで引き籠ってくれた。
これなら竜郎が分霊神器を作るくらいの時間は稼いでくれることだろう。
ということで時間も無いので竜郎はさっそく作業に取り掛かる。
本当はもっとじっくり自分の分霊神器を作り上げてみたかったのだが、この際仕方がない。
《侵食の理》さえあれば後で微調整も出来るだろうし、今は突貫工事で作っていく。
まずは先ほどアレの偽神器を調べた情報をもう一度確認していき、それを竜郎に当てはめるにはどういう構成にすればいいのか演算していく。
流石は新型の魔力頭脳。もの凄い処理能力であっという間に答えを提示してくれた。
そこで念のため魔力頭脳内で仮想の竜郎の固有属性構成を作って、それを当てはめた場合ちゃんと出来るのか、問題はないのかシミュレートしていく。
「────」
「よし。問題はないみたいだな。さっそく組み込んでいこう」
自分の魂とシステムを《侵食の理》で侵していき、その領域の属性構成の配列を変えて自分の魂から器を作っていき、システムに紐付けていく。
ここまででまだ2分ほど。あとは魔力頭脳がシミュレーション通り、竜郎の属性配列を整えてくれるのを待つばかり──。
(──できた)
そう竜郎が心の中で呟いたのと、ほぼ時を同じくしてシステムからアナウンスが流れてきた。
《スキル 分霊神器:ツナグモノ を取得しました。》
《分霊神器:ツナグモノ》。
これは竜郎と他者の魂とシステムを繋ぎ、合一化させ繋ぎ合った者同士を一つの存在として強化するスキル。
そうして魔力や気力、竜力や神力などの内在エネルギーも互いに混ざり合わせることで、さらに強力なエネルギーへと昇華させることができるのだ。
竜郎と愛衣がやる気魔混合の発展強化版ともいえるだろう。
ただしこのスキル。竜郎との関係性によって合一具合と強化具合が変わってくる。
つまり繋ぐ者と竜郎が親しければ親しいほど内在エネルギーは交じり合い、より高次元のエネルギーへと昇華していく。
逆に竜郎、もしくは繋がれる者が、嫌っていたり関心がなかったりすると、合一や強化具合はゼロになる。
なのでこれは竜郎がどれだけ他者と信頼関係を築けているかで、最終的な力が決まってくるという事でもある。
ちなみにこのスキルは、システムへ効率よく侵入する為にレベルイーターの黒球の動作を参考にしてあり、その動作を他者を喰らうのではなく他者と繋ぐ方向に変え作り上げたものだったりする。
そして竜郎の魂は等級神と深いかかわりを持っているがゆえに、レベルイーターを参考にした形が一番しっくりくるからこそ、このような能力になったともいえる。
さっそく発動してみれば、竜郎の胸の辺りから細い糸を束ねて作った虹色のロープが──にゅうっと飛び出してきた。
「これが俺の分霊神器、ツナグモノか。さて──」
ここまでで3分と少し、ほぼ宣言通りの時間で作ることが出来た。
だが時間切れも刻一刻と迫ってきている。竜郎は急いで全員に分霊神器が出来た事を告げた。
「説明をしている時間はないから、さっそく今から俺の分霊神器を発動させる。
特に害はないはずだから素直に受け入れてくれ。
だが俺自身、初めてなんで、まずは安全面も考慮して俺と存在がほぼ同じカルディナ達から始めていこうと思う。準備はいいか?」
「ピュイィー!」
長女であるカルディナが、他の妹たちの代表として声をあげた。
それに竜郎は大きく頷き返しながら、自分の胸から飛び出しているロープに念じ、その一部を解いて6本の糸を引き出していく。
そしてその6本の糸をカルディナ達の胸元に伸ばしていけば、その糸は体の中にすぅーと吸い込まれる様にして入っていった。
その瞬間カルディナ達の魂、そしてシステムが竜郎のものと本当の意味で繋がった。
これで普通に機能が働けば、竜郎はカルディナ達のあらゆる力が竜郎と混ざり合い強化されるはず……なのだが、ここで嬉しい方向に予期せぬ事態が起こる。
《スキル 分霊神器:カルディナ を取得しました。》
《スキル 分霊神器:ジャンヌ を取得しました。》
《スキル 分霊神器:ナナ を取得しました。》
《スキル 分霊神器:アテナ を取得しました。》
《スキル 分霊神器:アマテラス を取得しました。》
《スキル 分霊神器:ツクヨミ を取得しました。》
「──は? 分霊神器?」
カルディナ達のシステムには何の変化も無かったようだが、何故か竜郎はカルディナたちの名前を冠した分霊神器を6つも取得したのだ。
どういうことだと思わず繋いでいる糸を引き抜いてみると、竜郎のシステムに表示されているが薄くなって使用できない状態になっていた。
試しに今度はカルディナに繋いでみると、《分霊神器:カルディナ》だけが使えるようになった。
どうやら《分霊神器:ツナグモノ》で繋がった状態でなければ、これらは使えないスキルらしい。
「ピィュー!」
カルディナたちにも何となくそれが解ったのか、早くそれを使ってみてくれと呼びかけてきた。
竜郎は解ったと言ってカルディナ達と繋がり合い、そして《分霊神器:カルディナ》を発動。
するとカルディナが竜郎の中に吸い込まれていったかと思えば、竜郎の背中から大きな《神体化》状態のカルディナが持っていた大きい竜翼一対と中くらいの鷲翼が一対生えていた。
それはカルディナ自身であり、また竜郎の体の一部でもあるといった様な不思議な翼だった。
次に《分霊神器:ジャンヌ》を発動すればジャンヌが竜郎に吸い込まれて、竜郎の腕がジャンヌの腕をモチーフにした肩まである聖なるガントレットに覆われた。
《分霊神器:ナナ》を発動すれば、サソリの様な毒針の生えた黒紫色の竜尾が腰辺りから生え出した。
《分霊神器:アテナ》を発動すれば、トラの足をモチーフにしたような太もも辺りまで覆う足の鎧が装着された。
《分霊神器:アマテラス》を発動すれば、竜郎の頭から根元はエメラルド色で先端に向かうにつれて灼熱色に染まっている竜角が2本生えた。
最後に《分霊神器:ツクヨミ》を発動すれば、手足と頭以外を覆う竜水晶の鎧が装着された。
そしてその6つ全ての分霊神器を発動した瞬間、竜郎に新たな称号が付与された。
《称号『人竜神』を取得しました。》
竜郎はこの状態に至る事で、竜へと種族が変化できるようになった。
なのでカルディナたちの分霊を解除してしまうと称号の表示は薄くなって効果を失うが、この状態であれば竜郎はこの世界において竜と認識されるということだ。
「凄い力だな……。さすがに母上と比べたらまだまだだが、それに近い圧倒的な力強さを感じるぞ」
「2重神格持ちの竜を6体その身に収めて、さらに本人も2重神格持ちともなると、こんな感じになるのかもしれないわね。面白い変化だわ」
イシュタルは純粋に感心した声を上げ、レーラはひたすら好奇心旺盛な視線を向けていた。
「俺も驚いて──って、そうじゃない。急がないと本当に不味いんだ。
とりあえず大丈夫そうだし、このまま繋いでいくぞ」
「おっけー」
愛衣、リア、そしてレーラと続き、イシュタルに竜郎の胸元から出た虹色ロープを解いて引き出した糸で繋ぐと、こちらもまた変化が起きた。
竜郎とイシュタルの魂とシステムが繋がった瞬間、イシュタルの腕に嵌められていた腕輪に亀裂が入り、はじけ飛んだのだ。
そしてあっという間に人化が解けてプラチナに若干よった銀色の体鱗に、体も初期の10メートル程から12メートルほどまで成長した真竜の姿に変化した。
竜形態のイシュタルの姿を見たことが無い竜郎の眷属たちは、その神々しさに見とれる者すらいた。
「母上の作った腕輪が壊れて人化が解けたぞ。何故だ?」
「……おそらく兄さんと繋がった事で増幅した力が作用して、破壊してしまったようですね。
イシュタルさんも兄さんの魂の一部という認識になっているようですし」
「なるほど……だが好都合だ。この姿の方が力は出しやすいからな」
確かにイシュタルが言うように、明らかに一度に扱えるエネルギー量は増しているようだ。
さらにエーゲリアが思い描いていた細かな制御も、人形態で戦ってきたことで身についたようなので、あの腕輪の役目もちゃんと果たされたと言ってもいいだろう。
そうして時間も差し迫ってきているので、イシュタルの状態を見ながらも竜郎はどんどん糸を伸ばして眷属たち、そして魔物達にまで繋いでいく。
その時ちらりとアレに視線を向けるが、突如力を増した竜郎にさらに強く泣き叫びながら、自分を守るエネルギー球を厚くしていく。
だがあれくらいなら大丈夫なはずだ。そう竜郎は冷静に判断しながら、皆と繋がっていく。
「魔物の子達にもいけるんだね」
魔物の場合システムを持っていないので少し同化率は下がるのだが、それでも竜郎を慕ってくれているのなら、ちゃんと繋ぎ同化できるのだ。
そうして最後の一体ウサ子に繋ぎ終えると竜郎は、いよいよ全員分のエネルギーをごちゃ混ぜにし昇華させた、神力でも竜力でも魔力でも気力でもない別種の、超が付くほど強力なエネルギーを使っていく。
この力の凄い所は、竜郎と愛衣が気魔混合の時に見せた様に、ただの足し算ではないと言う事。
全員分の、それも他人の力も混ぜることで、本来この世界の理屈ではありえないほどの力を生み出してくれるのだ。
だからこそ、今の疲弊した竜郎たちの力を集めただけでも、アレをどうにかするには十分なだけの力がそこに用意できた。
そしてさっそく竜郎は、その皆の合成エネルギーの制御に乗り出す。
「──ぐっ。なんだこれ。とんでもなく扱いにくいぞ」
せっかくアレをどうにか出来そうなエネルギーが集まったと言うのに、今の竜郎でもその力は手に余るらしい。
竜郎が思い描く形に形成しようとするのに、とんでもなく動きが鈍く、このままでは完成する頃には地球が滅んでしまっているだろう。
少し焦りを見せながら、何とかできないかと歯を強く噛みしめる竜郎に皆が不安そうな表情を見せる中、愛衣だけが彼にそっと近づき──。
「なら、私と半分こしよーよ」
「ん!?」
突如現れた愛衣がガントレット越しではあるが右手を握って来たかと思えば、何故か竜郎の制御が楽になりエネルギーの形成速度も大幅に向上していく。
それに何故かと隣に視線を向ければ、竜郎が先ほどまで扱っていたエネルギーが竜郎と愛衣の繋いだ手の部分に集約され、まさに二人で分け合い扱いやすくなっていた。
本来ならこの《分霊神器:ツナグモノ》は、竜郎1人を主体として合一化するスキルである。
なのに今は、竜郎と愛衣2人を全く同じ人物として扱われ、全員分の力を半分ずつ受け持っているような状態だった。
さらに驚くべき事に、竜郎の分霊神器であるはずのカルディナ達まで分け合った状態に変化していた。
具体的にはカルディナの2対4枚の翼は片翼ずつ──竜郎には左翼、愛衣には右翼が背中から生えている。
ジャンヌの聖なるガントレットは竜郎には左腕に、愛衣には右腕に装着。
奈々の竜の尻尾は短く細くなり、二人の腰の辺りから1本ずつ伸びている。
アテナのももまで覆った足鎧も片足ずつ分け合って、天照の2本の角も1本ずつ。
そして月読の鎧は左半分が竜郎に、右半分が愛衣にと少し奇妙な感じだが、仲良く半分になっていた。
それはこんなスキルを使わなくても気魔混合が出来る二人であり、相手のことを自分よりも大切に思っているからこそ、他よりも更に竜郎と繋がり合えたという事なのだろう。
さらに愛衣の場合《十三獣神・拳》を発動し、全武器をガントレット一つに集約したことで持っていた武器の分だけ魔力頭脳の演算も得られているようだった。
その為、竜郎だけでやるよりもずっと早く思い描いていた形に変わっていく。
「私がいてよかったでしょ?」
愛衣はそう言って、微笑みながらウインクを竜郎に飛ばしてきた。それに竜郎も微笑みを返す。
「ああ、やっぱり俺は愛衣がいないと駄目みたいだ」
「でしょでしょ。でもね、それは私もだよ。
私もたつろーがいないと駄目なんだから。
だからこういう時でも二人一緒じゃなきゃね」
愛衣はいつもより少し大人びた顔で優しくそう言って、竜郎の手をより強くギュッと握ってきた。
竜郎もそれに応えるように、自分からも繋いだ手と手を強く握りしめる。
その時ふと、最初の頃に金のクマゴローと戦った事を思い出す二人。
「ああ、そうだな。いつだって俺達は一緒だったんだ。
最後の最後も一緒に決めよう!」
「うん!」
二人は握り合った手を前に突き出す。するとそこには、巨大な虹色のハンマーが出現した。
これこそ竜郎が思い描いた、アレをこの世から消し去る最強の力。
それはエーゲリアであっても、攻撃されれば看過できない程の力を内包していた。
「いくぞ!」「いくよ!」
二人で持ち手が互い違いになるようにその虹色ハンマーの柄を持つと、一気に助走をつけて走り出す。
1歩2歩と地面を蹴って速度が乗ってきたところで二人一緒にジャンプして、背中に片翼ずつ生えた《分霊神器:カルディナ》の翼で空へと舞い上がる。
そして光を切り裂くような速さで、アレとそれを守るエネルギー球に虹色ハンマーを振り上げ突貫していく。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」
「「はああああああああああああああっ!!!」」
こっちに来るなと言わんばかりに泣き叫び身を縮ませるアレ。
そんなの知るかと雄たけびを上げながら、ハンマーをエネルギー球に向かって振り下ろす竜郎と愛衣。
結果──ハンマーの頭とエネルギー球がぶつかり合って、エネルギーの球体に大きな穴が見事穿たれた。
だがその瞬間、ハンマーの頭も消滅していってしまう。
それを見たアレは急いでこの穴を塞げば助かるぞと、少し顔に喜色を浮かべながら全力で穴にエネルギーを補給しようとした──のだが。
「そうはいくかっ!」「そうはいかないよっ!」
ハンマーの頭の部分が消滅した瞬間、シュッ──とその中から槍が飛び出した。
それは竜郎が《侵食の理》で無理やりこれに繋げ、天照の《竜神絶炎嵐槍》の効果、相手の防御を一切無視して貫く効果を付与したもの。
エネルギー球の穴が塞ぎきられる前にその槍は中へと入り、アレの心臓めがけて飛んでいく。
「アアアアーー!!」
だがそんな突然の事態に驚きながらも何とか反応し、わずかに身を捩ってアレは心臓に刺さる事だけは回避してみせた。
そしてエネルギー球の穴も完全に塞ぎ切り、完全に自分は助かったんだと──勘違いするアレ。
「これで終わりだ!」「これで終わり!」
唯一残ったハンマーの柄の部分を持ったままだった二人は、それをエネルギー球に投げ込んだ。
なんだとアレが警戒していると、その柄は形を変えてエネルギー球を丸っとさらに大きな球状の膜となって包み込んでしまった。
それに「はあ?」といった感じに首をかしげるアレだったが──ふと、自分が先ほど刺された槍の穴が再生せずに癒えていないことに気が付いた。
そしてよく見れば、槍だったものが丸まってどんどんと体内で小さくなりながらも、もの凄いエネルギーを吹き出して常に自分の体に傷を与えている事にようやく気が付く。
だがもう遅い。それに気が付いた瞬間、圧縮に耐えきれなくなった槍だったエネルギー物質が体内で大爆発を起こす。
それは身を守るはずだったエネルギー球すら突き破って外に爆発の力が出ようとするが、それは先ほど竜郎たちが投げた柄が変化した球状の膜が守り、中に全てそのエネルギーを閉じ込めきってしまう。
その柄だったモノには月読の神級スキル《竜神絶晶盾》の効果を《侵食の理》で無理やり繋げた、攻撃を一切無視して防ぎきる最強の保護膜となって外への被害をとどめるのと同時に、アレを閉じ込め完膚なきまでに消滅に導くための檻でもあった。
一切のエネルギーも漏れていないと言うのに、竜郎たち全員分のエネルギーを混ぜて作ったそれの威力は凄まじく、大地全体がゴゴゴゴゴッと揺れていた。
そしてそれは次第に収まっていき、爆発で中が見えなかった保護膜の内側が、ようやく見えた。
──そこには、アレだったものは微塵も存在することなく、この世界自身もアレが死んだことを観測。
竜郎たちの脳内に、今度こそちゃんとしたレベルアップのアナウンスがこだまし始めた。
それでも愛衣は疑わしげに消えていく保護膜の辺りをキョロキョロと見渡し始める。
それに何をしているんだと竜郎が問いかければ──。
「じつは地面の中にいるとかないよね……?
あはぁ♪ ──とかキモい鳴き声あげながらさぁ」
「不吉なこと言うなよっ! 大丈夫だから、な?」
竜郎の言った通り。アレはこれで完全にこの世から消え去った。
もう実はどこかにいるなんて事はない。それは神々やこの世界すらも保証してくれるだろう。
「…………終わったんだね。本当に」
「ああ。これで俺達の戦いは終わったんだ」
いつの間にか竜郎の《分霊神器:ツナグモノ》は解除され、カルディナ達も竜郎の中から出て皆と喜びを分かち合い始める。
二人はそんな皆の輪の方へ向かいながら、そっと互いに手を握り短いキスをして笑いあったのであった。
──こうして長かった竜郎たちの戦いは、今ここに終決した。
『いや、まだ弱い魔物とはいえ、最終調整が残っておるのじゃが……。
あれくらいなら消化試合の様なもんじゃが』
『今は良いじゃないか、等級神。少しだけ、そっとしておいてあげよう』
『まっ、そうじゃな。魔神よ。
にしてもアレは本当に驚くべき執念じゃったのう』
『そうだね。まさか、あの最後の大爆発に巻き込まれる中で多次元空間に逃げようとするなんて』
『その前に心臓が消し飛んで死んだんじゃがの。
とはいえ、爪の欠片が一つ他次元に飛んで行ってしまったようじゃが』
『あれは驚きだったね。まさか、タツロウ君たちが初期の頃に戦った氷の魔竜が、その力から出来ていたなんて』
『あの程度の魔竜が不完全とはいえ、《完全再生》などというスキルを持っていた時点で何かおかしいとは思っておったのじゃ。
まあ、これは言わんでもいいかもしれんのう』
『あー……確かに、この雰囲気に水を差すのも悪いし黙っていようか』
『うむ。そうしよう──』




