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レベルイーター  作者: 亜掛千夜
最終章 帰界奮闘編

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第617話 つぐもの

 遠くに吹き飛ばされたニーナの事が心配なのは皆同じこと。

 けれどそんなことは、アレにとっては関係ない。

 ようやく一人殺してやったとゲラゲラと不快な笑い声をあげながら、既に再生の終わった足で大地を蹴って竜郎に迫ってきた。


 竜郎はそれに対応しながら、直ぐにミネルヴァにニーナの安否を確かめてもらう。



「吹き飛んで行く最中に、なんとかウサ子さんが回復の魔法を少しだけかけることに成功したそうです」



 もの凄い勢いで吹き飛んで行ったことと、やや離れた位置にいたことが災いし、ウサ子の魔王種スキルを発動している余裕すらなかったようだ。

 けれどウサ子は一瞬で出来る回復の魔法を離れた場所からかけ、なんとか吹き飛んで行くニーナの応急処置くらいは出来たようだ。


 さらにニーナにも事前にここに来る前に回復用の傷薬を持たせてあったので、それを飲めば死ぬことはまず無いだろうとの事。

 竜郎とのパスも切れる気配も無く安定しているので、そこからみても今すぐに死んでしまうと言う事はないと断言できた。

 そこでひとまず全員が安堵した。



「ですが容体は良くありません。移動速度と軌道から計算するに、この森の初層近くまで吹き飛ばされていったようなので、そこいらの魔物にやられるようなことは無いとは思いますが、そこまで助けに行って戦線に復帰させる──というのは正直難しいと言わざるをえません」



 ただでさえ1人でも抜けてしまうと厳しい状況であったのに、さらに竜郎たちの陣営の中でも神格者であり高い戦闘力を有していたニーナが抜けると言うは本当に痛い。


 そんな状況下でまたニーナの為に戦力を割いて救護に向かうと言うのは、非常に難しい。

 今でもアレの猛攻をしのぐのに精いっぱいで、竜郎はほとんど固有属性構成の収拾が出来なくなっているのだから。


 今すぐ助けに行かないとまずいと言うのなら、もちろんそれも実行していただろうが、ひとまず死ぬことは無い状況であるのなら、可哀そうだが竜郎たちもこちらを優先するしかない。

 助けに行って帰ってきたら、仲間が全滅していた──なんてこともあり得る状況なのだ。こちらに余裕は一切なかった。



「このまま何とかするしかない──」



 出来るかどうかではなく、やらなくてはこちらが死ぬしかない。

 そんな絶望的な状況の中で、竜郎はニーナの無事と自分たちの勝利を祈りながら、目の前のアレと対峙していくのだった。






「ギャ──ゥゥ……」



 一方、その頃。

 ミネルヴァが予想していた通り、中層近くの初層辺りまで吹き飛ばされ、木々をなぎ倒しながら地面に落ちたニーナは、うつ伏せの状態のまま急いで回復薬を飲んで応急処置を自分に施した。


 ウサ子の回復の魔法もほんの一瞬だけだったがかかっていたのもあり、竜種持ち前の頑丈さも相まって、それだけで死ぬほどでは無くなった。


 だが内臓は依然として酷い状態。

 ここで無理に竜郎たちのいる場所に戻ろうとすれば傷口は開き、いくら頑丈なニーナでも死んでしまう可能性が高い。


 今すぐ竜郎のもとに行って助けてあげたいのに、行けない。いや行かなくちゃ──そう自分に言い聞かせるが、体が上手く動いてくれない。

 ニーナは這うように何とか動き、近くの木にもたれ掛るように背を預け、座るようにして体をおちつかせる。

 だがそれ以上はどうにもできない。



「……ウゥゥ──グスッ──ウゥゥ……」



 そんな状況が情けなくて、ニーナの目からは涙がこぼれる。

 血の匂いを嗅ぎつけて、犬のような魔物が近くをうろつき始める。

 ニーナが涙を流しながらも本気で睨み付けると、それだけで恐れをなして何処かへ去っていった。


 けれど今はもうそれくらいしかできない。足に力を入れて立とうと頑張るが、ズキリと腹部に激痛が走る。



「──ギゥッ…………ウウウゥゥゥ……」



 ぽろぽろと絶えず涙が流れ、ニーナは悔しさで拳を力一杯握りしめた。

 なんであそこで上手くガードできなかったんだと、ニーナは後悔に押しつぶされそうになる。

 このままでは大好きな竜郎が、皆がいなくなってしまうかもしれないのに。



「──ギゥッ……グゥゥ……」



 そんな後悔の念をなんとか払拭させようと、ニーナはもう一度立ち上がろうとして、また痛みで力が抜ける。

 ダメと解っていても諦めきれずに何度も何度も、それを繰り返す──すると。



『あーあー……。見ていられませんね……まったく』

「──ギャゥ!? ナニ? ──ッ」



 突然ニーナの胸の辺りが熱くなり、耳に──ではなく頭の中に直接響くような声が聞こえた。

 それに驚きまた傷口が痛むが、思わずニーナは周囲にキョロキョロと視線を向けた。

 けれど誰もいないし、何の気配もない。



『何処にもいやしませんよ。私はあなたの心臓なんですからね』

(アナターノ・シンゾー……? ダレソレ?)

『名前じゃありゃしませんよ……。まったく、ボケている余裕なんてないでしょうに。

 そうですねぇ、とりあえず私の事は『おばあちゃん』とでもお呼びなさい』

(オバーチャン? ウン、ワカッタ)

『素直でよろしい。それであなたは何をしているのですか?

 そんな体で無理に動こうとすれば、本当に死にますよ?

 おとなしくここで休んでいなさい』

(ダメ! ニーナダケ オヤスミナンテ、デキナイモン!)

『はぁ……。今のあなたでは、戻る前に力尽きて死ぬだけです。諦めなさい。

 命が助かっただけでも良しとしなければ』

(イヤ! ニーナハ、シンダッテ パパヲ タスケルンダモン!)

『死んだら助けられませんし、そもそもその体では助けにも行けないと言っているでしょう。

 いい加減、自分の状況を理解しなさい』

(リカイナンテシナイ……。ドンナニナッテモ、ニーナガ──ニーナガッ、パパヲ タスケテミセルモン!)



 ニーナは理屈ではなく気持ちだけで反論し、再び足に力を入れようと奮闘し始めた。

 それにまた『おばあちゃん』は、ため息を吐いた。



『まったく……ほんとうにまったくもう……。あなたは幼い頃の私にそっくりですねぇ。

 見ていて恥ずかしくなりますよ。──そんなに、パパを助けたいのですか?』

(アタリマエダモン! パパハ、パパタチハ、ニーナヲ タスケテクレタ!

 モウ、ヨクオボエテナイケド、ソレデモ、ズットズット、スッゴクサビシクテ、スッゴクカナシカッタコトハ オボエテル……。

 ソンナ ニーナヲ、パパハ、スッゴク シアワセニ シテクレタンダモン!

 ココデ、ナニモシナイデ オワルナンテ──ゼッタイニ、イヤッ!!)

『それがどんなに苦しくてもですか?』

(ウン)

『死ぬほどの痛みを──それこそ、今の痛みなど笑ってしまう程の痛みを味わってもですか?』

(ウン!)

『どうやら、本気でそう思っているようですね……。

 ならばいいでしょう。この心臓を、本当にあなたの心臓にしてあげましょう』

(ギャウ? ドーユーコト?)



 確かに今はもうニーナの心臓として受け入れられて機能しているが、それでもニーナの体の一部として最低限の働きをしているだけ。

 本当の意味でニーリナの心臓を自分のものにした──というわけではなかった。


 だがそれは意地悪ではなく、そうしなければ最初の移植の際にニーナは死んでいたからだ。

 その心臓にわずかに残っていたニーリナの残滓に、生物と融合し生命活動を再び開始したことで自我が宿り、その自我がニーナを助けようと働き、必要最低限の肉体の変化に留めたのだ。


 けれどそうしたおかげで、心臓は本当にそのままニーリナだった頃の老竜の状態だ。

 本当に受け入れると言う事はそうではなく、ニーナに合わせて心臓も若返り変化しなければいけなかったのだ。



『ですが神格者となった今のあなたなら、絶対に諦めない自信があると言うあなたなら、なんとかなるかもしれません。

 そうすれば、あなたは本当の意味でこの『おばあちゃん』の力を受け継ぐことになるでしょう』

(ソースレバ マタ、タタカエル?)

『ええ、戦えますとも。そして、より大きな力も手にする事でしょう』

(ナラ──)

『ただし──。ほんの少しでも痛みや苦しみに負けそうになった瞬間、あなたは死ぬでしょうね。本当にあっさりと。

 それでも、あなたは『おばあちゃん』の力が欲しいですか?』



 ニーナはそこで目を閉じて考える。ニーナだって死ぬのは嫌だ。

 死んだら全部終わりで、もう二度と誰とも話す事も遊ぶことも愛して貰う事も出来ないのだから。


 けれど例え死ぬような思いをしたとしても、本当に死んでしまうようなことをするのだとしても、それをすれば竜郎や皆が助けられると言うのなら、ニーナはどんなことでも耐えて見せると本気で思った。

 だからこそ──。



(オネガイ。オバーチャン。

 ワタシニ、オバーチャンノ チカラヲ ゼンブチョウダイ。

 ニーナハ ダイジョウブ。ソレデ パパタチノトコロニ モドレルナラ、ナンダッテ タエテミセルカラ)

『……そうですか。──ならば心してかかりなさい。

 おそらく今程度のあなたでは、あなたが考えている以上に苦しむことになるでしょうからね』



 そこで竜郎や愛衣、そして皆の顔が脳裏に浮かんでくる。

 それだけでニーナの心は温かくなっていく。不安なんて吹き飛んでいく。



(ワカッタ)

『ではいきますよ──』



 ニーナの心臓がドクンと、今まで感じたことが無い位に飛び跳ねたように感じた。

 そして──。



「──────アッ──ガ──フッ─────────ギッ─────────ッ」

『頑張りなさい──』



 ニーナは感じた事がないほどの苦痛に、声にならない悲鳴を上げた。



「ッ──ッ──────────ッ」



 最初は心臓が爆発したのだと思った。

 それくらい壮絶な痛みと熱さを持ち、そのまま周りの臓器を燃やしていっているように感じた。

 そこまででも想像を絶するほどの苦しみと痛みを味わったと思っていたのに、それはまだまだ序の口だ。


 体中がゴリゴリと音を立てて、内側からマグマを流し込まれているのかと思う程の熱を味わいながら、骨が再生と崩壊を何度も繰り返し始める。

 内臓や、皮膚、鱗まで、同じように熱を持ってぐちゃぐちゃと滅茶苦茶に形を変えて暴れまわる。


 その異様な雰囲気と、ニーナだったナニかから放たれる圧迫感に、先とは別の寄って来ていた魔物達も脱兎のごとく逃げていく。


 さらにそんな痛みと熱さに堪えている最中だと言うのに、爆発的なエネルギーが湧き上がり、外に飛び出そうとする。

 それをニーナは薄れそうになる意識を必死に繋いで抑え込む。

 もしそれが少しでも体の外に開放されれば、ニーナは一瞬で爆散するからだ。


 それは本当に『おばあちゃん』が言っていた通り、苦痛に負けた瞬間、死が待っていると言う事だ。

 ニーナはその隣り合わせの、それも密着するように真横にいる『死』の恐怖にも抗わなくてはいけなかった。


 ここで恐怖し心が少しでも弱くなれば、そこから一気に決壊してニーナはボンッとこの世から消え去ってしまう。


 ニーナは必死で竜郎や愛衣達の事だけを考える。

 ここで死んだら二度と会えなくなるんだよ──と、自分にただひたすらに言い聞かせて、一人でその苦痛と恐怖に立ち向かう。


 絶えずおとずれる痛みは引く気配も無く、いつまで続くかも解らない絶望の中でも、ニーナは懸命に未来に向かって耐え続けた。




 そして──ニーナは、彼女にとっては数億年の時が経ったように感じるほどの、長い長い苦痛の果てにたどり着く。



《九星白天に近づきし全竜神の系譜 より 九星白天を継承せし全竜神の系譜 にクラスチェンジしました。》

《スキル 体覚戦記憶 を取得しました。》



 そんなアナウンスがニーナの耳に入ってきた瞬間、ふっと全ての苦痛や死の恐怖が嘘のように消え去った。



「ぎゃう……? 何だか変な感じがする。体がふわふわしてる?」



 ニーナは何だか体が浮いているような気がして、自分の足を見る。

 けれど足は地面にちゃんとついていた。



『おめでとう。よく耐え抜きましたね』

(おばあちゃん? 何だか声が遠くて聞き取りづらいよ? どうしちゃったの?)

『もうこの心臓は私の心臓ではなくなったということでしょう。

 だから、私の居場所も無くなった。

 もう直ぐ私は消えてなくなってしまうから、あなたと話せるのももう後わずか──ということですよ』

(そんなっ! せっかく、おばあちゃんができたのに!)

『ふふっ、悲しんでくれるのは嬉しいけれど、私はとうに死んだ存在の残り滓。

 それがいくつかの要因が重なって、あなたと話せるようになったと言うだけ。

 今更、別れを惜しむ必要なんてないのですよ。

 そして私自身、この世から消え去る事に何の未練もないのですから』



 ニーナの心臓として移植されて自我を得た。

 そして、そこから竜郎の《侵食の理》によって、よりニーナの体に適合した。


 その上でニーリナが世界で一番愛し尊敬していた、セテプエンイフィゲニアの体の一部を使った相棒とも言うべきグローブまで身に着けたことで、より鮮明に自我が表に引っ張られた。


 だからこそ、こうしてニーナと話すことが出来、自分の意志で心臓を再び本当の意味でニーナの物にできるように動かす事も出来たのだ。


 逆に言えば、それらのどれか一つでも欠けていたら、ここに『おばあちゃん』という意思は表に出てくることも無く、ニーナはずっと泣きながらここで竜郎達を待っているしかなかったという事でもある。



「本当にお別れなの? おばあちゃん」

『ええ、そうです。少しですが、あなたと話せて楽しかったですよ』



 また一段と『おばあちゃん』の声が遠くなる。



「ニーナも嬉しかった。おばあちゃん、私のお願いを聞いてくれてありがとう」

『どういたしまして』

「なんだかね、さっきから凄い力が湧いてくるの。実は、おばあちゃんって凄い人だった?」

『……まあ、そこそこ凄い人だった気がしますね』

「そーなんだあ。やっぱりねー」



 イフィゲニアやエーゲリアをもってしても戦いの天才と言わしめた存在が『そこそこ』であったのなら、その他のほとんどが塵芥となり下がるだろう。

 だが自分のことを自慢するようなことを好まない『おばあちゃん』は、そう言ってうそぶき誤魔化した。


 そんなことにはニーナは気が付かず素直に「へー」と受け入れると、キリッと表情を引き締めた。



「じゃあね、おばあちゃん。私、パパのところに行って来る」

『ええ、さようなら。曲がりなりにも私を継いだのですから──無様は許しませんよ?

 ぶちかましてきなさい、ニーナ』



 初めて『おばあちゃん』に名前を呼んでもらい、ニーナの目から幸せな涙が零れ落ちた。



「──うん!」



 純白の体鱗に濃紫の美しい模様の入った紫白の翼。

 紫色の爪を手足に生やし、足と手の甲にも濃紫の模様が入った竜──ニーナは、全速力で竜郎たちのいる方向へと飛び去った。




(孫というものがいたら、こんな感じだったのでしょうかね。

 もう少し、あなたの中で見ていたかった気もします。

 頑張りなさい、私の可愛いニーナ────)



 そうしてニーナの心臓に宿っていた『おばあちゃん』は、ほんの小さな未練を抱え、それでも潔く、この世界から完全に消え去ったのであった。

次回、第618話は11月28日(水)更新です。

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