第61話 調査依頼開始
午前8時、町の外側の門の前に集合。それがレーラから聞いた情報だった。
二人はそれに遅れないように宿を出発したので、現在は集合時刻に二十分前だった。
そこにたどり着けば、平均年齢がゼンドーくらいの老練パーティと、カルネイのパーティー、さらに女性ばかりのパーティがそこにいた。
自分たちを含めて全四パーティ、カルネイに聞いていた検討中の者達を合わせた数と同じなので、これで探索メンバーは全員そろっていることになる。
そんなことを竜郎が考えていると、他の皆の視線がこちらに集まってきていることに気付く。
『なんか、注目されてるねー』
『まあ、カルディナも含め、この場に子供っていうのも目立ちそうだからな』
そんなふうに自己分析していると、町の方からパタパタと音を立ててレーラと別の冒険者ギルドの職員がこちらに小走りでやってきていた。
その全員が、やがて門を通り抜けると、レーラだけが竜郎達の方へやって来た。
「すいません、お待たせしてしまいました」
「時間まではまだあるんだし、気にする必要なんかないよ」
「そうですよ」
「そう言って頂けると、ありがたいです」
竜郎達の横にいるカルディナに少し驚きつつも、レーラは普段通りを装って二人と話した。その時に、向こうにいたカルネイのパーティがこちらにやってくるのが見えた。
それに竜郎と愛衣とカルディナは、なるべく普通にしながらも警戒した。その空気を敏感に察したレーラは、冷静に見守ることに徹するようだ。
「おはよう。皆さん」
「「「おはようございます」」」
特に示し合わせた訳でもないのに、三人の挨拶がハモった。しかしそれを聞いたカルネイは、三人の視線が硬いことに気付いた。明らかに警戒されていると。
それに困った顔をしながら、カルネイはアビーを呼び隣に立たせると、パーティ全員が頭を下げた。
「この前は、申し訳なかった!」
「すいませんっした!」
カルネイとアビーが謝罪を述べ、他のメンバーも顔を上げずにお辞儀のポーズをとっていた。
そして突然謝りだしたカルネイ達に、周りも何事かと視線が集まった。
「それはそこのアビーさんが、僕に魔法を使おうとした事についての謝罪ですか?」
「──ああ、その通りだ」
一連の流れを見ていた周りの人たちは、その言葉にギョッとしてカルネイ達に厳しい視線を向けた。
竜郎としては未遂だったので、ここまで事を荒立てるつもりはなかったのだが、やはり人に向かって無許可に魔法を使うのは、かなり褒められた行為では無いらしい。
現にあの優しげなレーラでさえ、少し眉が吊り上っていた。
「あの時、何をしようとしてたの?」
「解魔法で、ステータスを盗み見ようとしたらしい」
「ステータスを……」
竜郎は、その言葉に冷や汗を流した。もしかしたら、《レベルイーター》がばれてしまう所だったのかと。そこで改めてカルディナに、感謝の視線を送っておいた。
「それは誰の指示ですか?」
「それは俺──」
「違うんだ! 俺が何も考えずに使っちまったんだ。カルネイも他の奴らも知らなかった、これは本当だ! この通りだ、許してくれ」
アビーが土下座をして、その場で地面に頭を付けた。
土下座は最上位の謝罪であるのはこちらも同じようだが、されてるこちら側はあまりにも居心地の悪いものだと竜郎は思った。
しかし、それと同時にその芝居がかった光景に嘘くささも感じていた。
カルネイからは本当に申し訳なさを感じるが、このアビーという男は大仰すぎるのだ。
だが、ここで許さないのは今からの行動に支障が出るのも確か。
なのでさっさと竜郎は、この場を修めることにした。
「わかりました。今回のこの件に関してはこちらもこれ以上は何も言いません。
しかしまた同じことをされたら、その時は──」
「その時は、俺がこいつを断罪しよう。それでいいか?」
「はい。ではそれで。愛衣もいいか?」
「たつろーが良いなら、私もいいよ」
「という事で、これで手打ちにしましょう」
「ありがとう」「あざっす!」
そこでようやく、他のメンバーも顔を上げた。
竜郎は正直アビーのシナリオ通りに立ち回ったとしか思えなかったが、出会ったばかりの他人には気を付けろと言う教訓は得たので、良しとした。
それから頃合いを見て、レーラがポケットから出した懐中時計を見て話し始めた。
「時間になりました。皆さん、集まってもらえますか?」
その声に、皆が集まりだした。
そして全員がレーラの声が届く範囲にくると、此度の本当の要件に移った。
「まず今回の探索任務は、パーティーごとに分かれて行動してもらいます」
「そうだな。メンバー以外の者と組むと、互いに足を引っ張りかねん」
歴戦の戦士と言った風体のおじいさん冒険者がそう言うと、皆も同意見の様でそれに頷いていた。
「はい、なのでまずは──」
異存はないと見たレーラは、さらに詳しい概要を語っていった。
それによると、必要な探索範囲をここにいるパーティの数だけ分割して見回っていくという実にシンプルな内容だった。
竜郎達もレーラにそれぞれのエリアが色付けされた地図を受けとり、示された場所をチェックしておいた。
「終了時刻は午後六時を予定しています。それまでに、可能ならここへ一度戻ってきてください。何か質問はありますか?」
「ふむ、儂らはそれで構わんのだが、そこの坊主たちは見た所二人しかおらん。それはちと危険ではないか?」
数に入れて貰えなかったカルディナが、なんとなくそれを察してか、鳴いて抗議していると、レーラがそれを不敵な笑みで制した。
「この二人には私が付いて、フォローします。ですのでご安心を、アグラバイトさん」
「なに!? お前が出るのかっ」
え?何それ聞いてない。と竜郎達は驚くが、それ以上に他の人たちが動揺しているのが気になった。
さらにそれが収まると、皆が口をそろえてレーラさんが付くなら安心だな、と言っているのが、さらに気になりだした。
「レーラさんて、実はすごい人なの?」
「いいえ、大した者ではありませんよ」
「なあにが、大した者ではないだ。冒険者歴は儂よりも上だろうが、氷の女王レーラよ」
なんか中二臭い二つ名が、と竜郎が思っている傍らで、愛衣はかっこいい!とそれに絶賛していた。
「その名前は、とうの昔に捨てましたよ」
「かかかっ。そうであったのう!」
なにやら勝手に盛り上がって、勝手に解散していき、後に残ったのは竜郎、愛衣、カルディナとレーラだけであった。
「えーと、もしかしてサポートするって言ってたのは……」
「はい、私の事ですね。驚きましたか?」
「ビックリだよ。まさかレーラさんが付いてくるなんて」
「ふふっ、こう見えて元冒険者ですし、実力もさほど落ちてはいませんから、足手まといにはならないはずですよ。
あ……しかし、お二人が迷惑だというのなら、陰ながら付いていくことにしますが……」
いや、結局は付いてくるんかいっ。と突っ込みたくなったが、あそこにいたメンバーの反応から見ても、レーラの実力は並ではないのだろう。
それに、この町でゼンドーの次に信用している人物でもある。
だから二人は同行してもらう事にした。
「では、今日はよろしくお願いします」
「おねがいしまーす」
「はい。承りました」
こうして、レーラが一時的に探索メンバーに加わった。
それからレーラを含めた全員で、目的地に早足で向かって行った。限られた時間で、少しでも詳しく調べ上げるためにだ。
その道中、レーラの事について何も知らない二人は、どんな事が得意なのか聞いてみた。
「私の得意なもの、ですか。私は主に、氷属性の魔法を用いて戦いますね」
「氷属性……、それで氷の女王って言われてたんだ」
「ですね。好奇心に駆られるままに冒険者稼業に勤しんでいたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていました」
「女王っていう位だから、かなり凄そうですね」
「ふふっ、それは実際に見て頂ければ解るかと」
薄っぺらい自信などではなく、長年積み上げ研鑽してきた実力から来る不敵な笑みに、二人は何とも頼もしく感じた。
そうして一時間ほど道を行き、いよいよ森へと突入することになった。
竜郎とレーラは杖を、愛衣は鞭と宝石剣をそれぞれの《アイテムボックス》から取り出した。
そして二人はレーラの杖に、レーラは愛衣の宝石剣に目を丸くした。
「立派な杖ですね」
「ほんと、竜郎のよりもさらにゴージャスって感じ」
二人の目線の先には、サファイアの様な輝きを放つ石が天辺部に嵌められ、その下の杖の部分は氷の鱗のような物で覆われていた。
「タツロウさんの杖もなかなかですが、アイさんのその宝石剣……それって全て翠聖石で出来てますよね?」
「えーと、確かそんなことを言ってた気がする。ね、たつろー」
「ああ、言ってたはずだ」
「やっぱり。それに造った人物は、相当な腕のはずです。よくこんなものを、見つけましたね」
「おっちゃんの鍛冶屋で、売ってくれたんだよ」
その言葉にレーラは、ああと納得した顔を見せた。
そして竜郎の方は、おっさんが嘘をついているとは思っていなかったが、値段が値段だ。第三者から保障されて、買って間違いは無かったのだと安心していた。
そうして品評会もそこそこに、カルディナを先頭に出して、その後に続くように三人は森へと足を踏み入れた。
森に入るとそこは、奇妙なほど静まり返った空間だった。
アムネリ大森林にいた時はあんなにも何かの生物の声がしていたのに、と二人は不思議に思った。
しかしそれはレーラも同じだったようで、何か強い個体が潜んでいるかもしれないと、警告を受けた。
そんな時だった、突然カルディナが一方向に向かって鳴きだしだ。それは何かが来る合図と察した竜郎達は、直ぐにそちらに意識を向けた。
すると何かの足音が複数響いてきたので、皆じっと息を殺し木の後ろに隠れて敵を待った。
そうしていると成人男性程の大きさで、赤く硬そうな皮膚に覆われた毛のないゴリラの様な魔物が六体姿を現した。
それに対し、まず愛衣が鞭の先端の三角錐の重りを一番手前にいた奴の眉間にぶち込んだ。
「ウッ!?」「「「「「ウゴ?」」」」」
「まず一匹っ」
それは魔物の額を粉砕し、一撃の元に倒れ伏した。それに未だ何が起こったのか理解できていない別個体達が、立ち止まって倒れた仲間を見ていた。
その隙に竜郎とレーラも動き出す。竜郎は最大火力のレーザーで、レーラは氷柱のようなものを中空に数本出して魔物に降り注いでいった。
すると、残り五頭の内一頭は竜郎のレーザーで胸に穴を開けられ、そのまた別の一頭は顔面にいくつもの氷柱を刺して倒れていた。
「「「ウゴオオオオーーーーーーー」」」
数を半分に減らされてようやく敵の存在に気付き、怒声を上げるが後の祭りだ。
三人が先と全く同じ行動をし、その場に追加で三頭の亡骸を作っていったのであった。




