第613話 折れない心
竜郎は頭を振って嫌な予感を振り払う。
最悪の状況を想定して動くのは良いが、それを気にして動けなくなるのは悪手だ。
未だに癇癪を起して地面を蹴ったり踏みつけたりしている間に、今の内だと竜郎はミネルヴァの情報共有を通して最後の詰めを確認していく。
「全員準備は良いな? 相手の注意を一か所に集中させない様に、人数差を生かして方々に散って攻撃だ。
だが最後の一手を見落とさない様に、いつでも奴の背中側に攻撃できるように気を付けてほしい。
最後の詰めはまかせたぞ、アーサー」
「お任せを。マスター」
「ギィギィィィィィイイイイゥウゥウウアァァアア…………」
ひとまず癇癪は収まったようだが、その美しい人の顔は憤怒に歪んでいる。
そして腕の無い体を中腰にして、辺りに散らばっている竜郎たちをぐるりと見渡していく。
誰から殺してやろうか──とでも考えているのだろう。
そして──。
「ゲヒャアアッ」
「来たぞ!」
後頭部を殴るだけ殴って逃げていったウル太に向かって、弾丸のように飛び出していくアレ。
周囲にもやたらめったら攻撃して、こちらに牽制までしてきている。
どうしてもウル太をもう一度殺したいようだ。
ならばこちらは皆でウル太のフォローに回っていく。
腕が無いので普段よりもバランスがとりにくくなっているのを利用し、穴をあけて片足を落としたり、滑りやすくしたり、足元を攻撃したりとチクチク地味に相手の動きを邪魔していく。
四方八方からの嫌がらせにアレの怒りがさらに、ふつふつとわき上がっていく。
「わーお。怒って頭の血管切れそーだね」
「確かに。血管がここから見ても解るくらい浮かび上がってるな。だがそれでもあくまでウル太狙いか……。
もっと注意を分散させたかったんだが」
「ならそれを逆手に取るのはどうでしょうか、主様。
ウル太さんだけに何度も囮をさせるのは、心苦しい所ではありますが……」
先ほど一度死んでまで大任を全うしてくれたと言うのに、また危険な事をさせようと言うのだから、さすがにミネルヴァも言い辛そうに提案してきた。
「そう……だな。ウル太がいいと言うのならやって貰おう。
最後の詰めでミスるわけにもいかないし、このままじゃ埒が明かない」
今現在、事態は膠着していた。
上手くアレの注意を皆でリレー形式に回していきながら、少しずつこちらの都合の良いように誘導する予定だった。
だがアレは先ほどから執拗にウル太を優先的に狙ってきて、思うように動いてくれないのだ。
それならウル太が逃げに徹して引き付けている間に、アーサーを起用した最後の詰めは止めて、そのまま背中を狙おうともした。
けれど皆が回り込もうとしても、野生の勘とでもいうのか背中側に誰かが回り込むと必ず牽制してくるので、簡単には背中側に回り込めなかった。
それならもういっそ、ウル太の危険度が1人だけ跳ね上がるが、徹底的にそちらに注意を引いてもらったほうがいいだろう。
その旨をウル太に伝えてみると、また了承の意を返してくれた。
「ならやるぞ──。皆はさりげなくウル太のフォローを」
そしてウル太はつかず離れず距離を保ちつつ、皆が最適な位置取りが出来るように走り回る。
一度失敗してまた殺されてしまったが、今度は2つ頭の巨狼となって、さらに強化された体で疾走していく。
それでもウル太以外にもそれなりに攻撃がやってくるので、他の面々も気は抜けない。
そうしてウル太の健闘により、アレの正面に1人と1体を除き全員で一か所を狙えるようにと、アレを中心に扇型の陣形になるような立ち位置に怪しまれる事なく収まった。
さらに最後の一押しとして、ウル太が《全爪一刺》という手の爪に纏わせた気力を大きな一本に合成した刺撃を飛ばす──という、アレに対してはそれほど強力でもないスキルをアレの太もも辺りに放った。
「ゲヒィーー!」
だがそれでは傷すらつけられないことをアレも理解したのだろう、それを無視して真っすぐ進んできた。
「ギヒェッ!?」
けれどその爪が当たった瞬間、そこに小さな穴が開いて大蜥蜴の様な分厚い皮膚を容易く貫通していった──ように見えた。
それに何故だとばかりに一瞬だけ驚くアレ。
「タイミングがバッチリだな。ミネルヴァ」
「ええ。上手くできて良かったです」
確かに先ほどのウル太の攻撃は、アレに傷一つ付けられなかった。
それでは何故、もう治癒しているとはいえアレの足に小さな穴を穿ったのかというと、実は穿ったのはウル太のスキルではなかったからだ。
あれはミネルヴァの《強制貫通弾》を、《透明弾》という弾系スキルの攻撃を不可視にするスキルを使って透明にし、アレの足にウル太の攻撃が当たるのと同時に着弾するようミネルヴァが遠距離から狙ってやったのだ。
タイミングも理解共有を用いれば、簡単にウル太と合わせられる。
そんな事とは露知らず、アレは今の攻撃をウル太がやったものだと誤認し睨み付けてくる。
そしてそんなアレに対し2つ頭の巨狼となっているウル太は「「ヲフフッ」」と、人間で言うのなら「だっさ」という嘲笑を浴びせて更に煽りに煽った。
「ギュベレレレレィレィィィイイレベリリリルゥゥルーーー!!!!」
嘲笑だとさすがに解ったらしく、アレは今までで一番の怒りを見せ、今までの攻撃の中で一番火力の出るスキルを発動。
アレの体の正面に大きなエネルギー球が、バチバチと火花のようなものを散らしながら構築されていく。
そしてそれをウル太に向かって勢いよく射出──しようとしていたのに、突然体が無意識的にクルリと真後ろに振り返り、そのエネルギー球をそちらに放った。
「その力──使わせてもらうぞ!」
アレが振り向きエネルギー球を放った先には、いつの間にかアーサーとアイギスがいた。
彼は強制的に攻撃をこちらに引き寄せる効果を持つ《必受吸反》をつかって、無理やりアレの向きを変えたのだ。
そして向かってくる球体は《必受吸反》の効果で、エクスカリバーに巻き取られていく。
エクスカリバーは莫大な力をその剣身に収め、眩いほどの光で周囲を照らす。
アーサーはそこにさらに《竜聖極砲》を乗せ、アレの脳天に叩き込むべく飛翔しながら突撃していく。
「はああああっ!」
「グッ──ビィレッ!」
アレの最大級レベルの一撃にアーサーの力が上乗せされた剣の一撃は、さすがのアレでも危険だ。
それ故にウル太の事も一瞬忘れて、すぐさま《空間反転》の行使に集中するため体がそこで完全に停止した。
「──今です!」
その数瞬前にミネルヴァからの一斉攻撃の指示が下った。
今あれがアーサーの方を向いていると言う事は、千子の呪刻が付いた背中はこちらを向いていると言う事だ。
さらに《空間反転》を制御するためにアレはその場を動けない。この期を逃すわけにはいかない。
だがこのまま《空間反転》をされては、アーサーが反転によるカウンターで死んでしまう。
あんな奴の為に、アーサーを同士討ちにさせるなどありえない。
なのでそちらは竜郎やカルディナたちと、フレイヤの鎖蛇のスキル使用制限効果、さらにウサ子の魔王種スキルでキャンセルしにかかる。
それと同時に攻撃にも参加する。
攻撃とキャンセル両方を行う事で竜郎やカルディナ達は若干、《空間反転》のキャンセルに割けるリソースが少なくなったが、アレも相当焦って制御が甘かった事も有り、あっさりとキャンセルされ反転することなく空間も元に戻る。
そして──。
「──ベャ」
アーサーのエクスカリバーがアレの脳天に直撃。鼻の辺りまで大きな切れ込みを入れ、脳を破壊。
《空間反転》がキャンセルされた瞬間に、アーサーだけでも殺そうと足の爪で刺し穿とうとしてきたが、それは見事アイギスが防いで見せた。
さらに竜郎たちの一斉攻撃が背中に刻まれた《直心呪刻》に寸分たがわず命中。
アレの急所──心臓にその全てのダメージが飛んで行き、完全に爆散させた。
アーサーがアレの頭にめり込んだエクスカリバーを抜き取ると、さっと後ろに下がって念のため距離を取る。
他の面々──竜郎たちも誰一人油断することなく、アレがどうなったのか観察する。
まず左足の膝が折れ、そのまま全身が崩れ去るようにアレの体が地面に倒れた。
そして竜郎たちの頭に、決着の証明を示すかのようにアナウンスが流れ始めた。
《『レベル──
竜郎はその瞬間、自分は考えすぎていたんだなと少し前に感じていた不安を笑い飛ばすように笑みを浮かべた。
──のだが、その後に続く言葉で凍りつく。
《────ルレベルル──レ──ベルル──────────。
レベルアップに失敗しました。
システムに吸収されるエネルギーが、再回収されたようです。》
「は? 何を──」
言っているんだ。誰もがそう思い、既に死んだはずのアレに反射的に視線を送った。
すると──本当にいつの間にか、アレの死体の上に透明なガラスで出来た心臓の様な物体が浮かび上がっていた。
全員がそれに気が付くと同じ頃合いに、その心臓にアレの死体がシュンッ──と吸い込まれた。
「皆さん! アレが──復活します! 戦闘態勢に移行してくださいっ!!」
「どういうことなの!? リアちゃん!」
全員が気を引き締め一定の距離を取った所で、リアの説明をミネルヴァ経由で全員に共有していく。
それによれば、アレは死を悟った瞬間に分霊神器──モドキを獲得したようだ。
よほど死ぬのが嫌だったのか、殺されることへの復讐心が強かったのかは知らないが、アレは凄まじいほどの生への執着を見せた。
それ故に、死ぬ寸前。本当に死ぬ間際、一つの理想の形を自身の魂をかけて作り上げた。
その形とは《分霊偽神器:多次元私参照復元》。
その能力とは、永遠に失われない最盛期の体を、どんなになろうとも復元するというもの。
例えその身全てがこの次元から消え去ろうとも、過去未来現在の平行時空。そのどこかの自分の最盛期の状態を参照し、自分を構成していたエネルギーをあらゆるものから奪い返して復元する。
もし奪い返せない部分があったとしても、そこはこの世界の世界力から補填してでも復元する。
つまり、アレは今後。この世界に無限に溢れる世界力を完全になくさない限り、あらゆる次元から自分の状態を参照し、永遠に復活することが出来るようになったと言う事だ。
「そんなの──そんなの倒せないじゃん!
だって、だってそれって、たつろーのレベルイーターでも吸い取れないんでしょっ?」
「偽とはいえ分霊神器ということは、レベルも無いんだろうからな」
「たつろーは何でそんなに冷静なの? 倒せないんだよ! 帰れないん──」
アレはまだ復元されている最中。まだ時間に少しだけ余裕がある。
だからこそ竜郎は、愛衣を落ち着かせるようにギュッと抱きしめた。
ようやく帰れると思った所でいきなり、どん底に落とされたことで、さすがの愛衣も動揺してしまったようだ。
だが竜郎の温もりを鎧ごしでも感じとり、愛衣は冷静さを取り戻していく。
「落ち着け。大丈夫だから」
「────ほんと? レベルが無いんじゃどうしようもないんじゃないの?」
「俺はな。前から考えていたんだ。
どうしてもそのスキルを無くさなきゃ倒せない敵が現れた時、どうする事も出来ないままじゃいけないだろうと。
ほら、こっちにきて最初の頃に戦った氷の魔竜とかさ、アイツは変な核みたいなのがあったから倒すことが出来たが、もしそう言うのが無かったら詰んでただろ?」
「う、うん。そうだね」
「そして今回の──最後の敵がそう言う奴じゃないなんて誰にも保証できなかった。
だから俺は最終決戦に挑むまでの間に必死で考えていた」
「それじゃあ、そのスキルを何とかする方法を思いついたって事?」
「ああ。ちょっと大変だが、俺達なら出来る。だから俺を信じて、一緒に戦ってくれないか?」
そう言って竜郎は少し体を離して愛衣の顔を覗き込むようにして、彼女の目を見つめた。
その目はただ今の愛衣を落ち着かせるために言っているのではなく、真に希望に満ち溢れた眼差しだった。
だからこそ、愛衣のへたった心に再び闘志が燃えたぎる。
失われかけていた希望の光が、竜郎の目からうつされたように彼女の目にも宿っていく。
ガラスの心臓に肉が付き始める──。
それを横目に見ながら愛衣はそっと彼の唇に唇をつけて直ぐに離すと、二カッと太陽のような笑顔を浮かべた。
その笑顔に、竜郎はこの子の為ならどんなことだってやって見せると改めて思う。
「ごめん! ちょっとかっこ悪かったね、さっきの私は」
「いいさ。そんな愛衣も俺は大好きだよ」
「私も、そう言ってくれるたつろーが大好きだよ」
そう言って互いに不敵に笑いあう。
そして直ぐにたった今、体を──腕の生えていた最初の頃の体を、アレは完全に取り戻した。
「アハァ~♪」
ただいまぁ♪ とでも言っているように聞こえたが、こちらとしては全力で拒否したい気持ちで一杯だ。
だがそうはいかない。さきほど死んだことで頭が冷え、さらにこの力場による酔いもさめ、さらにさらに腕もちゃんと生え変わった事でご機嫌な上に絶好調だ。
例えここから逃げ出そうとも、地の果てまで笑いながら追いかけてくることだろう。
「主様。さらに悪い報告が──」
リアが得た情報をまたミネルヴァが皆に教えてくれようとした矢先に、アレはその悪い報告の内容を解りやすく実践してくれた。
「ギャハッギャハッ、ビャバアヒャッヒャッヒャッ!」
「「「「「「ギャハハハッ」」」」」」
「「「「「「ギャハハハッ」」」」」」
「「「「「「ギャハハハッ」」」」」」
「「「「「「ギャハハハッ」」」」」」
アレの周りに空間の歪みが出来たかと思えば、その中からアレそっくりな化物が次々と飛び出してきた。
「うそーん……。それはダメだろ……。今度は俺の心が折れそうだ……」
「なら、今度は私がめきょっと直してあげる」
「めきょは勘弁してほしいなあ」
そんな竜郎と愛衣のやり取りを、ミネルヴァを通して聴いていた面々の重かった空気が軽くなっていく。
リアが言うにはあの大量のアレモドキ達は、《多次元私劣化複製》というスキルによるアレの劣化版らしい。
なので1体1体は竜郎たちよりも弱いので、アレほどの脅威はない。
多次元に干渉できる偽神器を得た事と、竜郎たちの戦いで数の重要性に気が付いたのだろう。
それらが上手くかみ合って、偽神器と同時にそれも取得したようだ。
ただアレほどの脅威はないと言っても、その数は最大50体まで生み出す事が可能。
戦闘能力も竜郎たちよりも弱いが、元が元だけに片手間に殺せるような強さではない。
アレモドキに対してもこちらの戦力を割かなければならないので、相当な足かせとなってくると予想される。
(だが──)
竜郎は《多重思考》も使って現状のこちらと向こうの戦力やスキル、消耗度合いを比較していき、次の手を考えていく。
(確かに数的にも不利になってしまったが、まだギリギリ許容範囲内だ)
けれどそれは誰か一人が戦線離脱するだけで、大きく戦況に影響する非常に危うい綱渡り。
(だがやってやれないことは無い)
竜郎が思案するわずかな時間の中で、アレは現在37体の劣化コピーに囲まれ高らかに笑っている。
あのアホ面を絶対に叩きのめしてやると心に誓い、竜郎は次の作戦を口にしていくのであった。
「まずは──」




