第611話 厄介ポイント
それは今のところただ笑うだけで、竜郎たちに興味を示していない。
シュベ太達のように段階を踏んで慣れてきた訳ではなく、生まれてすぐにこの領域が与えてくれる力を受けた事で、刺激が強く酔っ払っているようなものなのかもしれない。
これは好都合と今のうちに、あちらの情報を集めるべく竜郎は麒麟型のゴーレムに搭乗しているリアの方へと視線を向ける。
精霊眼では始めてみる色ばかりで、どんなスキルがあるのか想像がつかなかったのだ。
「リア。アイツのスキルを教えてくれ。特にしちゃいけない攻撃なんかがあるなら優先的に頼む」
「────」
竜郎の言葉に反応せずに、戸惑うような間を作りながら、醜く笑う化物を麒麟型のゴーレムがじっと見つめているだけ。
「リアちゃん?」
それに愛衣がどうしたの?という風に、相手から目は逸らさずに名前を呼んだ。
するとそこでようやく、リアの声が機体から聞こえてきた。
「──解りません。何も見えないんです。いえ、見えそうになってきているんですが、まだ見えないと言った方が正確かもしれませんが」
「まだ見えない? もしかして、清子さんの時みたいな感じって事か?」
「ええ、そうみたいです。どうやらアレは、この世界にとっても未知の魔物の様です」
「あらゆる次元から集まって来た力で作られた魔物のようだし、あの気味の悪い体から見ても色々な魔物の情報が合わさって出来た魔物かも知れないわね。
どんなスキルをもっているか、予想も出来ないわ」
リアの《万象解識眼》でも、この世界がまだ知らない事までは見通せない。
その代り、この世界も直ぐに未知の魔物に対して情報収集を始めているので、しばらくしたらリアの目でも見えるようになってくるだろう。
「それまでは自力で調べながら相手をするしかないって事か。
イシュタルの分霊神器、予知竜眼では何か解らないか?」
「こちらもまだ何も見えない。世界もまだ予測できない存在と言う事だろうな」
「そうか……」
相手が普通の魔物であれば、それでもいいと思うのだが、アレは慎重を期さなけれヤバいと誰もが理解できる程、異様な雰囲気を醸し出していた。
アレ相手では、少しのミスでも大惨事につながる事も十分あり得るだろう。
それはまるで地雷原を探知機無しで進むようなものだと竜郎は思った。
「あのまま、リアが調べ終わるまでジッとしていてほしい所ですの」
「……どうやら、そうもいかない様ですよ、奈々さん」
アーサーがそう言ってエクスカリバーを強く握りしめる。
「アハァ~♪」
アレが狂気じみた笑顔で蛇のように長い舌をだし、遊び道具をみるような目で竜郎たちを順々に眺めはじめた。
せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、その表情が全てを台無しにしている。
「イヒヒヒィィィヒヒィイイヒヒイイイイッーーーー!」
「──うおっ」
ノーモーションで舌が伸び、地面を舐め溶かしながらガウェインへと向かってきた。
それも、ガウェインでも躱せるかどうか微妙なほどのスピードで下から上へ掬うように。
だが黒田の《闇空操作》で空間を引き伸ばして時を稼ぎ、ガウェインはサイドステップでそれを難なくかわして悪態をついた。
「あぶねーな、クソッ」
「まだ終わってないぞ! ガウェイン!」
「わーってるぜぇ、ランスロット!」
まるでランスロットの連接剣のように舌は自在に動き、今度は横向きに殴るように舌が迫ってくる──が、これも危なげなくガウェインは躱していく。
その後も遊ぶように一通りガウェインと戯れると、飽きたのか伸ばした舌を元に戻してゲラゲラ笑っていた。
「……のヤロウ」
「ガウェイン、落ち着きなさい」
「──っち。ああ、解ってるぜ、ウリエル」
ウリエルにではなく、自分が避けていた様を見て笑っているアレに対し舌打ちすると、ガウェインはイラつく心をクールダウンさせていった。
今は情報が少なく手は出せないが、後でたっぷりお返ししてやろうと闘志を心に秘めながら。
「そろそろミネルヴァの方も情報共有を頼む」
「解りました」
相手が動き出したので、竜郎は離れた場所にいるミネルヴァに指示を出す。
彼女は解魔法で竜郎の口の動きと空気の振動から正確に意味を読み取り、《理解共有・極》のスキルを発動。
この場にいる魔物達も含めた全員と、あらゆる情報が共有できる状態にした。
これでリアやイシュタルが得た情報をミネルヴァを通して、すぐさま全員の脳に情報を叩き込めるようになった。
これから乱戦になっても、正確に情報が共有される事だろう。
そしてリアの方も大分情報が集まってきたようだ。それを小さく口に出し、ミネルヴァが情報を読み取り全員と共有していく。
だが向こうはもう大人しくしてくれない様だ。
笑い飽きたのか、次のターゲットを誰にしようか、長い舌をグルグル回し──アテナの所でピタリと止まった。
「──こっちっすか。上等っす」
「ヒャッハアアアアハハハハッ!」
長く伸びた舌はアテナに向かって槍のように伸びていく。だが今回はそれだけではなく、自分自身も動き始めた。
突如、何の予備動作も無く竜郎に向かって殴りかかって来たのだ。
「たつろー!」
「──大丈夫だ」
武蔵の目と回避能力、そして竜郎の時空魔法により空間の引き伸ばし。
これらがあれば、ただのパンチなら躱すのはたやすい。だが──。
「バアァ!」
「──やっぱりそう来たか」
握っていた拳を開き、竜郎の方に向かって手の平を見せてきたかと思えば、その手の平から3ミリほどの小さな種のようなものが飛び出してきた。
それは《粒種超爆》というスキル。小さいながら、何もせずに当たれば竜郎が消し飛ぶほど強力な爆弾だ。
だがその情報は既に共有済み。
竜郎は月読と混合魔法での障壁を張りながら、武蔵の《瞬動》と《移動多足》であっという間に遠くに逃げた。
そして誰もいない空間で、小規模ながら威力だけは馬鹿高い爆発が起こった。
「──ゲヒャヒャヒャヒャヒャ────ァ?」
竜郎を殺してやったと思っていたのに、誰も死んでいないことに気が付き笑みが止んだ。
別の意志を持っているように動き回り、アテナを執拗に追いかけていた舌の動きも止んで、アレの口元に戻っていった。
そしてその顔は酷く不満げな表情だった。そしてその体から、超常の力が溢れ始めた。
どうやらお遊びは終わりらしい。
──けれど、こちらの情報収集もたった今、全て終わった。
リアの目で、アレの情報が完全に観られるようになったのだ。
そしてそれと同時に、イシュタルの数秒先の予知も出来るようになった。
なのでこちらも準備完了──と言いたいところだが、解った事でどれだけ厄介な存在なのか改めて理解できた。
まず厄介ポイントその1。《世界力変換吸収》。
この世界に無限に溢れる世界力を直接吸い取り、それを自分のエネルギーにすることが出来ると言うもの。
なので実質どれだけ大規模な力を振るおうとも、アレにエネルギー切れという概念はないと言う事だ。
厄介ポイントその2。《超特級自己再生・極》。
エネルギーが切れない限り、どんな傷も一瞬で癒える最上級の自己回復スキル。
先のスキルのおかげでエネルギー切れは無いので、即死させない限り永遠に回復し続ける。
厄介ポイントその3。《断絶破掌》。
このスキルを発動した状態で魔法や武術、あらゆるスキルの攻撃を手の平で触ると、その全てを打ち消す事が出来る。
こちらは本来なら消費エネルギー的に乱発できるようなスキルではないのだが、アレの場合は気にせず何度でも使ってくることだろう。
厄介ポイントその4。《空間反転》。
文字通り空間を反転させるスキルで、自分に向かってくる攻撃を空間ごと反転させて相手に返すことが出来るカウンタースキル。
これもエネルギー問題を解決しているアレなら何度でも使える。
以上、この4点が特に厄介であり、レベルの無いスキルなのでレベルイーターで取り去る事も出来ないと来ている。
他にも今使い始めた身体能力を大幅に強化するスキルや、魔法系武術系の攻撃スキルも取り揃えているので全体的に隙が無い。
「ウシシシッ──シャッーー!」
だが隙がないのはこちらも同じこと。
アレの上半身の鱗が弾けるように周囲に飛び散り、さらに自分もその中で暴れまわりながら口から火を吐いたり、手から爆弾を放ったり、足の爪を伸ばして刺してきたり、角がロケットのように飛んできたりとやりたい放題暴れまわり始める。
けれどイシュタルのほんの少し先の未来をイシュタル経由でミネルヴァが理解し、一瞬で全員と共有。
そうすることで次に何をして、何処に来て、どうするのか手に取るように解り、全員が危なげなく対処していく。
それでも傷を負う事もあったが、すぐさまウサ子が癒してくれるので負傷者もゼロ。
さらに余裕があれば避けながら攻撃する事も出来た。
まあ、それは全て《断絶破掌》によって打ち消されてしまっているのだが……。
「アヒャアアアアアアアアアアッ!!」
「これでどうだ」
向こうは文字通り先読みされた上で、一切攻撃が通らないことにいら立ち始めた。
その瞬間に竜郎は千本の細いレーザーを、相手を取り囲む様に放っていく。
これを全て手の平で触っていく事など不可能だろう。
しかし手の平が追いつかないとみるや、《空間反転》でレーザーの向きを変えて反射してきた。
その状況をミネルヴァやカルディナ達と一緒に解析しながら情報を集め、竜郎は思考を巡らせこの拮抗状態を崩すべく作戦を組み立てていく。
「なら蒼太、次の実験を頼む」
「リョウカイ」
ミネルヴァの共有で竜郎の指示を聞き届け一人、空高く上で機会をうかがっていた蒼太が自然を操り大きな雷を一本アレに向かって叩き落とす。
大きな雷という自然物に対してすぐさま反応したアレは、1本だけなので手の平のスキルで打ち消そうとそれに手を翳す。
しかし──。
「──イヒッ?」
それはキャンセルされる事なく、手の平をほんの少しだけ焦がしていた。
しかしそれも一瞬で治ってしまったので、アレは大して気にせず一度首をかしげるだけで竜郎たちへの攻撃を再開する。
だが、竜郎はそれをしっかりと解魔法で確認していた。
「なるほど。そう言う事ならいけそうだな。ミネルヴァ、今から作戦を全員に伝えてくれ」
「解りました。それでどんな作戦でしょうか?」
「まずは──」
そうして竜郎は、アレを倒す一手を皆と共有していく。
そして全員の了承と理解を得たとミネルヴァから返事が返ってくる。
「なら、作戦開始だ。フレイヤ──」
「了解ですわ」
方々からやってくるアレの攻撃をかわすために全員忙しなく動き回る中、フレイヤは《縛封鎖蛇》を発動。
自身の周囲から頭と尻尾は灰色の蛇で体は鎖という存在を大量に生み出して、地面に敷き詰めていく。
竜郎たち味方に対しては何もせずに踏んでもただそこにあるだけだが、アレがその鎖の蛇に触ると一斉に群がって体中を縛ってくる。
その蛇はスキルの使用制限効果もあるので、アレはほんの少しだけ全スキルが使いにくくなり、さらに動きもほんの少しだけ鈍くなりながらも、鎖の蛇を引き千切り、爆散させながら無理やり竜郎たちへの攻撃を続けてくる。
「愛衣、蒼太──」
「あいあいっ」「リョウカイ」
愛衣は自分の手に天装の槍ユスティーナを持ち、気力をガンガン注ぎ込む。
蒼太は空の遥か彼方上空から、先ほどよりもさらに大きな雷を自然を操り準備していく。
そして互いにミネルヴァを通してタイミングを見計らい、愛衣はユスティーナから雷嵐の竜巻を、蒼太は最高に大きな雷を正確に落としていく。
右横から雷嵐、頭上からは超巨大な雷がやってくるのに気が付き、アレはそこで立ち止まってこれまで通り《断絶破掌》で打ち消そうとする。
しかし──それらはキャンセルされる事なく、自身の身をほんの少し傷つけてきた。
愛衣も蒼太も切れ目なくアレに浴びせていき、手の平がじりじりと傷付き焦げていく。
というのもこの《断絶破掌》というスキル。あらゆるスキルを無効化するが、魔法でもなく武術技でもない現象は無効化できない様だ。
なので天装による魔法とは少し違う事象での雷嵐や、蒼太の天候操作によって自然の力を借りて作った巨大雷。
この2つはスキルの範囲外であるということのようだ。
だが向こうの耐久が高すぎて、普通の人間なら一撃で消滅しているレベルの攻撃だというのに「ちょっとヒリヒリするかな?」くらいの負傷しか与えられていない。
なのでここでもう一つ、目的のために小細工をしていく。
「亜子──」
「──」
「ギヒェッ!?」
亜子のスキル──《極極極極極痛与》。
これは対象者に痛みを感じさせることに特化したスキルであるが、さらに付与前に痛みを感じている部分があると、その痛みを何億倍にもしてしまうという効果があった。
けれど向こうは格上。敵側の魔法抵抗の高さによって、十全にその効果を発揮する事は出来なかった。
普通の人の感覚で言えば、チクリよりは少し深くグサッと針を指先に刺してしまった程度の痛みでしかないだろう。
だが、アレはここにきて初めて痛いという感覚を覚えたはずだ。
手はロボットのような金属質なもので元々痛みに鈍かったのもあり、余計に鮮明に。
そしてそれは自分にとって嫌な感覚だと言う事も。竜郎の予想通り、痛いのが嫌になって《断絶破掌》から《空間反転》でのカウンターに切り替えた。
そしてその《空間反転》をやっている時は、全ての攻撃が一旦止んでそれだけになる。
この魔物でも、空間系統のスキルは攻撃しながら、動きながらでは難しいのだろう。
さらに反射されたところで、そこに蒼太と愛衣は既にいない。
誰もいないところを雷嵐の竜巻と巨大雷が通り過ぎていった。
「今の痛みを覚えたな? ──さて、調教の始まりだ」
ここまでただ少しの痛みを与えただけで、アレを倒せる様な事は何一つしていない。
だというのに竜郎はそれだけ言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたのであった。
「調教だって。ちょっとえっちいね、リアちゃん」
「し、知りませんよっ! こんな時に何言ってるんですか姉さんっ」




