第610話 醜い産声
やって来たのは、竜郎たちがこの世界にやって来た日より少し前。
以前、この森の深層へとチャレンジした時と同じ──ヘルダムド国歴992年の3/10、呪属性の日。時刻は18時30分頃のアムネリ大森林の入り口。
ここは今の竜郎たちでなければ来れない『行動を起こしたアムネリ大森林』なので、『何もしなかったアムネリ大森林』とは違う。
なので以前の竜郎たちと鉢合わせする事もないのだそうだ。
またここの日付と時間は等級神たちに指定されており、今の竜郎達の戦力、森の状況など、あらゆる視点から見てこの位の時に行けばちょうどいい時間帯につけるらしい。
急ぎつつも、念のため道中にも変化がないか確かめながら行ってみようということになり、竜郎達は隊列を組んで森の中をずんずんと突き進んでいく。
蒼太は大きすぎるので、とりあえず竜郎の《強化改造牧場》内にいて貰っているので目立つこともない。
そして以前、この時間帯に来た時にはあったのに、ない物がさっそくみつかった。
「りっすんの群れとその蛇たちが普通に暮らしているな」
「前はヘビさんが尻尾を黒渦に巻き込まれて大量発生してたのにね」
「ここにまで及ぶほどの世界力溜まりではなくなったと言う事でしょうね」
他にも魔物の数が前に比べると少なかったり、りっすん以外にも数か所あった黒渦も一切見当たらなくなっていた。
これだけ見ても、大分竜郎たちが過去や未来でやってきたことの影響が出てきてくれているのが良く解る。
「苦労してあっちこっち行ってきたかいがあったね」
「だな。──よし、このまま一気に進んでいこう」
その宣言通り、竜郎たちは前に来た時よりも数倍速い速度で踏破していき、あっというまに初層、中層と抜けて深層に足を踏み入れる。
本当にここまで変わったものも無く、野生の魔物も今や敵にもならず叩き潰して進んでいけるので平和そのものだ。
だが深層に入った事で、竜郎の眷属となった魔物達に少しばかり変化が出てきた。
「皆さん、気が立っているようですね」
「気が立っていると言うよりも、興奮状態になってきていると言った方がいい気がしますわ」
ミネルヴァとフレイヤが、近くにいたシュベ太やエンター、亜子を見つめながら少し心配そうにそう言った。
「だが力はかなり増してきているな。指示に対しての反応が少し鈍くなってきてもいるようだが、メリットも大きい」
「眷属のパスの方は大丈夫なんだよね? 切れたりしないよね?」
ここに来る前に、順応訓練のついでに魔物達も深層を連れまわしてみたりもしていた。
そこでも眷属としてのパスは強固で、テイム契約のように一方的に破棄される事も無かった。
そして時間軸がその時と違うからと言って違う結果が出ることも無く、ちゃんと竜郎の意志が届き、若干反応が鈍くなっていたがちゃんと聞いてくれている。
反応が鈍くなっていても、それを補って余りあるほどの恩恵を受けて、感覚は研ぎ澄まされて素の能力値も大幅に上昇している。
これなら等級神たちが言っていた通り、心強い味方として活躍してくれることだろう。
「皆、大丈夫だよな? 辛くはないよな?」
念の為に他のメンバーの体調確認もしていくが、そちらも全て竜郎のシステムが受け止めているので全く支障は出ていない。
レーラとイシュタルに限っては少しばかりだるさを感じはしているようだが、神格持ちなのでそこまで大きな弱体化は起きていない。
ここまでは予定通り、思っていた以上の事は何も起きておらず順調だ。
そこで竜郎は空を見上げる。元から鬱蒼とした森だっただけに薄暗くはあったが、ここまで来るまでにすっかり日も暮れてきた。
このままでは最終決戦になるころには真っ暗だろう。
「ここで皆の決を採りたい。暗闇で戦う方がいいのか、それとも朝方──明るくなってきてから戦うのがいいか。どっちがいい?」
「俺達は夜の方がいいぜ、マスター」
当然ガウェインと黒田は夜の方が自分達にとって有利な状況なので、夜を勧めてくる。
他にも視覚情報に頼る必要のないミネルヴァや、吸血鬼の魔物の千子なんかも夜の方が自分の優位に立ちまわれそうだとガウェインと同じ夜を推してきた。
しかし──そちらの方がマイノリティである事も有り、多数決によって一晩ここで過ごし、朝方決行と言う事に決まった。
そこまでのこだわりがあったわけでもない様で、ガウェインたちも別にそれならそれでいいと直ぐに受け入れてくれた。
「情報収集をするのに、リアの目が少しでも見えやすい状況で行きたいしな」
「こっちにとってヤバいスキルとかあったら、直ぐに解った方が対処もしやすいしね」
一番の理由はリアの視界を出来るだけ良くするため。
そんな事も有り、竜郎たちは深層の入り口辺りに《強化改造牧場》内への扉を開き、幼じょ──奈々城に行き一晩を明かした。
そしてその日の朝。しっかりと朝食を取ってから、少し休み、体の調子を整え再出発。
「前は、この辺りで魔王種候補のケラ爺が出てきたんだが……。一切反応が無いな」
「ってことは、あれも世界力溜まりの余波で生み出された存在だったって事なんだろうね」
「まあ、そうそう魔王種に連なる存在がぽこじゃか生み出されても困りますからね。では、先へ進みましょう」
今なら苦戦のしようも無い相手ではあるので別に出てきても良かったのだが、出てこないならそれはそれでいいと先へ急ぐ竜郎達一行。
だが、以前と変わらないモノもその先で竜郎やカルディナ、ミネルヴァが発見した。
「クマゴロー一家の集落は、こっちでもちゃんとあるんだな」
「でもさ、規模は小っちゃくなってるね。前はそれはもうウジャウジャいたのに」
「他の魔物の数も減っていますし、その分、食料となる魔物もいないので数が減ったのかもしれませんね」
カルディナの分霊による映像で確認しながら、以前との違いを見ていく竜郎たち。
「そうだ。カルディナ、ちょっとあそこの映像をくれ」
「ピューー」
「おっ、あったあった。ほいっとな」
その言葉と同時に竜郎の手の中に黄金の水晶球が収まっていた。
「あー! また盗っちゃったの? もう持ってるのに」
「まあ一応、前と同じイベントが起こせそうなら、やっておいた方がいいかもなって思ってな。
それに人類にとっては危険な魔物は少ない方がいいだろう?」
「うーん。確かにそれはそーかも」
そうしてパチった魔卵を《無限アイテムフィールド》にしまうと、再び出発。
しばらく行くと、以前八腕黒鬼の魔王種と戦った辺りに差し掛かる。
すると──そこには黒渦が出現していた。
といっても以前、黒鬼となったソレに比べれば、まったく大したことのない規模の黒渦なのだが。
「さすがにあの規模の黒渦は完全には無くならなかったのか」
「でもあれくらいなら、精々レベル150そこそこの魔物がいい所じゃないですか?
それで兄さん、どうしますか?」
「もちろん、潰していく。何になるかちょっと気になるしな。
こちらにいない、お初の魔王種候補なら大歓迎だ」
あの程度なら前哨戦にもならない。なので軽く倒して珍しい魔物なら回収していこうと、黒渦を刺激して魔物化を促していった。
そうして出てきたのは、大きさ6メートル。人の手に似た形の手足に鋭い鉤爪を生やした人型で黒い一本角の鬼。
肌は乾いたアスファルトのような質感で、全体的にどっしりとした、お相撲さん体形。
レベルは156と(一般的には)非常に高い。
もしこのレベルの魔物が普通の町を闊歩していたら、大パニックになっていた事だろう。
さらにここは魔物に恩恵を与える凶禍領域。攻守ともに強力そうなこの鬼が暴れれば、それはもう悲惨な──。
「魔王種候補じゃない様ですね」
「なんだ……はずれじゃないか。それじゃあ、もういいや。はーい、邪魔だからどいてくださいねー」
「ガオオオーーーーッ──……? ────」
──ことになる事も無く。威勢よく声をあげたところで竜郎のレーザーが心臓を射抜く。
そして自分が死んだことにも気が付かず、黒鬼はその場に倒れて動かなくなった。
「はい回収終わり。先へ進もう」
「一応素材は回収してくんだね」
「まあ、なんかの素材になるかもしれないしな。見た事のない魔物ではあったし」
道端の小石を蹴飛ばすように蹴散らして、竜郎たちはいよいよ近づいてきた件の場所へと急いだ。
──そして、目指していた地へたどり着く。
そこは上から見たら穴のように見えるのではないかと言う程、丸く開けた場所。
その中心部には黒渦がいくつか重なっており、歪な球体のようになって存在していた。
それは以前、ここで見た物と同じようなものなので、これが目的のそれで間違いないだろう。
「前に見た時程ではないですが、それでも結構な世界力溜まりになってますね……」
「ああ、一つじゃなくて色んな次元から飛んできた物が、ここで集合しているって感じらしいからな。
量を減らしたってヤバい物には変わらないさ」
ただ前の時はまったく安定した様子は無く、まさに爆発寸前の危険物といった感じだったのに対し、今回のはまだそこまで不味い雰囲気ではなかった。
『じゃが、これでも放置しておけば危険じゃ。
儂らの世界でそのまま暴発させれば大規模な損害を受け、人間たちの暮らす次元は死の大地と化すじゃろう』
(等級神か。それじゃあ、逆にこれをこのままこの世界の外に放り出したら俺達の世界はどれくらいの被害を被る?)
『今のまま外に放ってしまえば、お主達の世界は良くて1~2割残るかどうかかのう。
まあ、ほぼ100%に近い確率で崩壊しそうではあるが』
竜郎たちのいた世界は世界力が特に余っているわけでもないので、なんの防御も出来ない。
それ故に、ここまで減らすことが出来てもまだ助けることはできないのだろう。
「それじゃあ、やっていこう。皆、自分の装備はちゃんと持ってるな?
最初から本気で戦えるように準備は怠らないようにしておいてくれ」
「うん! 解ってるよ」
カルディナ達も《神体化》状態になり、他の面々も完全武装。今すぐに開戦しても十分対応できるはず。
それを確認した竜郎は自分も武蔵を改めて憑依させ、天照と月読にも問題が無い事を確かめ、それから世界力溜まりの前に立った。
(等級神。調整は頼んだぞ?)
『こころえておる──。お主は、もう少し気を緩めた方がよいぞ』
(──っ、そうだな)
竜郎が吸って等級神が量を見ていく。これまで何度もやって来たことだ。今更緊張する必要などない。
けれどこれで最後だという気持ちが強くなり、気付かないうちに思いが高ぶってしまったのだろう。気付けば少し体が硬くなっていた。
竜郎は一度深呼吸をして心を静めてから体をほぐし、いよいよそのあらゆる次元からやって来た世界力同士が滅茶苦茶にくっ付いた、目に見えるほど濃厚な世界力溜まりに干渉していく。
天照の杖を向け、綿菓子を作るようにグルグルと回していき、魔物を生み出す黒渦として形を整えていく。
すこしずつ世界力溜まりの塊が解けるように巻き取られていき、小さくなっていく。
それに比例して、竜郎の杖に巻きつけている渦は大きくなっていく。
そして完全に巻き終わると、今度は《レベルイーター》で吸い取っていく。
以前のように竜郎のシステムが壊れる様な危険は感じない。いたっていつも通りに吸い出していく。
ただやはり一度に吸いきるのは危険かもしれないと言う等級神の配慮から、何度かに分けて、抜き取った残しておく分の世界力を周囲に分散させていく。
『ストップじゃ。あとはそれを倒し、世界力を消費させてしまえば、お主達の作業は終わりじゃ。
後は儂らが気張って残りの世界力を取り扱うだけじゃ』
(ああ、そっちは任せたぞ)
『任せておけ。──ここまできて死ぬでないぞ』
(死んでたまるか。絶対、愛衣と一緒に帰るんだから)
そうして等級神との会話を終えると、竜郎はゆっくりと杖に巻き付いたままの黒渦を切り離し皆の元へと急いで戻る。
そして皆で最初に決めた通りに散らばった各々の場所から、その黒渦が魔物になっていく様を見ていく。
「────アヒャッ」
そいつはまるでエルフのように整った顔と耳を持った、身の丈5メートルほどの大男。
だがエルフなどでは決してないのは、顔以外のパーツが語っている。
頭には鬼のような角が2本。背中には鳥のような翼と虫のような翅が計4対、生えていた。
上半身は魚のような鱗に覆われており、首元にはライオンのようなタテガミが。
腕は人間を模した金属質なもので、出来の悪いロボットのものを無理やりつけたよう。
また足は大トカゲのようであり鋭い爪が地面を掴んでいた。
「キヒヒッ、シシシィ~~~ゲヒェ、ウヒャヒャッ──」
──そんな、人間の顔に様々な魔物のパーツを取りつけた化物が、美しい人の顔を嫌らしく歪ませ、鈴の音の様な美しい声で醜くただただ不気味に笑っていたのであった。




