第607話 称号を取ったその後は
30個目を達成したのも砂漠地帯。砂には飽きたとうんざりしている竜郎達の前方10メートルほど向こう側に、突如空間の揺らぎが出現した。
「ようやくお出ましか」
「どんな竜なのかちょっと楽しみだな。わくわく」
その空間からにゅっと大きな全長20メートルは有りそうな、お腹のでっぷりとした二足歩行型。だらりと体格からしたら長細い手を垂らし、巨大な翼を背に持つ琥珀色の竜がゆっくりと現れた。
「なんだか優しそうな顔立ちの竜ですの」
「ほんとだな。犬で言うとサモエド犬みたいな感じだ」
その竜の顔のつくりは何だか笑っているような感じに口角がきゅっと上に上がっていて、目も好々爺のように優しげに弧を描いてこちらを見ていた。
そして竜郎たちがじっと攻撃もせずに、その竜と目を合わせていると、不意に大きな右手をちょいちょいと動かし手招きしてきた。
「こっちに来いって事だよね」
竜郎たちが近づき始めるのを見ると、その大きな竜はガバッと口を開き細長い腕を喉の奥に突っ込み始めた。
そしてズズズズッと何かを引きずり出し始めたかと思えば、親指から中指の3本の指で大きさ縦7メートル横4メートルほどの円柱状の琥珀色の筒を抓む様に口から出し、残り2本の指で2メートルはあろう大きな琥珀色の盃を挟んで出した。
そして盃を近寄ってきた竜郎たちの前にすっと置くと、大きな筒をゆっくりとそこへ傾けた。
すると筒の上にあった注ぎ口から透き通った透明な液体が零れ始め、盃の中に注がれていった。
盃の真横にいるわけでもないのに、アルコールの香りが竜郎たちの鼻孔をくすぐる。
どうやらアレは聞いていた通り、酒で間違いないようだ。
「ルルルゥ~~ルル~~♪」
「見た目はどっしりしている割には、可愛いらしい鳴き声ですの」
「歌ってるみたいで面白い子だね」
一滴も零すことなく大事に盃一杯に酒を注ぎ終ると、その竜は再び琥珀色の筒を口の中に呑みこんでお腹にしまいこんだ。
そして元から上がっていた口角をさらにニッコリとあげて笑いかけると、竜郎たちにむかって右手を広げ前に出し、「さあ、俺の自慢の酒を飲んでくれ」とでも言わんばかりにアピールしてきた。
本来はここで一人でいいから盃に口を付けて、一口でもいいからちゃんと飲む。
そしてそこで『美味い』の一言を言えば、盃ごと注がれた酒を置いて、ご機嫌に酒竜は去っていく。
後は酒を持って帰って楽しむもよし、盃なんかも良い値が付くので、それごと売ってお金に換えるもよしと、これを知っている者達からしたら色々な意味で美味しいイベントだった。
──しかし、竜郎たちはそうするつもりはない。
「申し訳ないが結構だ。未成年なんでな」
「ごめんね~!」
「ルゥ~?」
何を言っているか解らず、飲もうとしない竜郎たちに対し首をかしげる酒竜。
自分のアピールが足りなかったと思ったのか、今度は両手を前に出して手を広げ、「さあ、飲んでくれ。遠慮はいらないぞ!」というように竜の威圧感が少しました。
その威圧も軽く受け流し、竜郎たちは大きく首を振る。
さらに圧が増し始め、「あれ? もしかして、こいつら俺の酒を飲まないつもりか?」とでも言うように穏やかだった顔が少しずつゆがみ始める。
だが念のためにと、おばかさんだから気が付いて無いだけかもしれないと、今度は盃をずいと押し出し竜郎たちに近づけた。
だが、それでも竜郎たちは頑として飲もうとしなかった。
「~~~~~~~ッ」
「体の色が変わってきてる」
「顔も凄い形相になってるぞ。解りやすく怒ってるなぁ」
橙色に近い綺麗な琥珀色の体鱗が、赤に近い赤琥珀色に染まっていく。
好々爺の様な優しげに弧を描いていた目は吊り上り、大きく見開かれた目蓋の奥の真っ赤に染まった瞳がよく見えた。
そして鼻先に皺をよせ、にこやかに上がっていた口角も下に下がって般若のような解りやすい怒り顔だ。
だがここまで解りやすい怒り顔は、この竜にとっては最後通牒の証でまだ襲うつもりは無かった。
竜郎たちは飲むのを断っているだけで、攻撃してくることも酒をこぼしたり嘲笑する事も無かったからだ。
なのでここで急いで飲んで、大げさに美味い美味いと笑いかければ、一転して元の優しい顔に戻ってくれただろう。
だがもちろん、竜郎たちの答えは決まっている。
「残念だが飲む気はない」
「飲まないって言っている人に飲ませようとするのはどうかと思うよ!」
「ギュリュアルリュアアルルルァアアアアアアアアアァーーーーーーーーーーーーー!!」
酒竜は暴竜と化し、盃を引っ掴むと全部自分で飲んで口の中に盃を放り込む。
そして竜郎たちにむかって、容赦なしの《竜の息吹き》を放ってきた。
「ルルルァアアアアーーー!!」
脆弱な人間。息吹きを放った先に誰もいなくなったので、たったそれだけで完全に消滅したかと思っていたのに、不意に自分の右足の横で声が聞こえた。
「俺達のために死んでもらう」
バッとそちらに顔を向ければ、そこには竜郎がいた。
武蔵と《憑依同化》し、その肩の辺りからは炎小太刀と嵐太刀を握った大鬼の腕が2本伸びていた。
そしてそれに気が付いたと同時に、右足が脛の辺りから横にズレていく嫌な感覚を覚えた。
「──こっちも貰うぞ」
「──ルゥッ!?」
目を離したつもりはないのに、今度はいつの間にか左足の踵の後に大鬼の腕を生やした竜郎が立っていた。
すると今度は左足が脛の辺りからずれ始め、体が斜めに崩れていく。
要するに、両足とも竜郎と同化した武蔵に切断されたのだ。
「グギュルリルリルリリイィィイリャァアアアーーーー!」
だがそれでも怒りの方が勝っているのか、諦めずに右手を強く握りこんで殴りかかってくる。
「月読──」
「ギャアアアアアッ」
だがそれを竜郎のコートから出てきたスライムが優しく受け止め──たかと思えば、そのまま腕をスライムが覆っていき、思い切り捩じり折って千切った。
「天照──」
「ギュルルゥァッ──」
それでも一矢報いようと左の拳が飛んでくるが、そちらは竜郎の小型ライフル杖から天照が放った灼熱のビームで消し炭に。
ここまでやってもまだ怒りのままに攻撃してこようと立ち向かってくる。
両腕両足、全て失い倒れ行く中で腰を捻って回転し、そのまま転がり押し潰そうとしてきたのだ。
けれど空からダーインスレイブと同化した刺突牙を構えた奈々が降ってきて、腰に向かって《かみつく》を放つ。
腰骨が砕かれ回転が止まり地面にうつ伏せのまま、怒りの形相で竜郎たちを睨み付けてくる。
そして、かぱっと口を開いて一瞬で目の前に向かって竜力収束砲を撃って来た。
「てりゃあっ!」
「────アアァァ……」
しかしそれは愛衣が拳で殴って消し飛ばした。そこまでやってようやく諦めたのか、体の色が赤琥珀色から元の琥珀色に戻っていく。
次第に手足から流れる血の海の中で意識が薄れていく酒竜。
「飲めなくて悪かった。じゃあな──」
「ァ……──」
天照、月読、武蔵、ダーインスレイヴ達と共に止めを刺させ、無事に竜殺しの称号が手に入った。
それから竜郎たちはこの竜の素材を細かく掻き集めていき、帰還石を使って最終層に向かうことなく、このダンジョンを後にしたのだった。
外に出ると何年も経っていた──なんて事は当然なく、無事攻略を終えた面々を拾って竜郎たちはカルディナ城のある領地に戻って来た。
帰ってすぐに素材を改め必要な作業を済ませると、竜郎はどんな竜だったのか、とある準備に携わっていない面々に聞いて回ると──。
サメのような背びれの付いた、地中や水中を泳ぎ回れる蛇竜。
氷雪地帯を異様なスピードで走り回れる狩猟豹竜。
幻術を得意とし、離れた場所から戦える亀竜。
聖竜であり、重い雨を降らせたり地割れを操ったりできる象竜。
地面や空間を自在に揺らす事の出来る牛竜。
などなど多種多様。聞いただけでも、なかなかに良い素材が集まってくれたようだ。竜郎はホクホク顔で皆を労った。
「あとは心臓を復元したりしないといけないが、竜王種の素材だと思われるものは揃ったな。
だがまあ、それはおいおい試していくとして、この蛇竜はいずれ普通に強化して生みだして、ワーム隊と組ませて地中部隊長として活躍して貰うってのも楽しそうだ」
「それでいくとっすよ、蒼太は全てを統括する総部隊長に任命して、牛竜は砂地にいたって事っすから海岸部隊長に、象竜を空中部隊長に、亀竜を海中部隊長にって事も出来るんじゃないっすか?」
「それだと狩猟豹竜ちゃんが余っちゃうね。氷雪地帯でなくても走るのは速いのかな?」
愛衣は実際に戦った事があり、直ぐ近くにいたヘスティアに問いかけてみた。
するとヘスティアは、咥えていた棒付飴を手に持ち少し考えてから口を開いた。
「ん~~~? わかんない。でも戦った感じだと、普通に地面の上を走っても速いと思う」
「なら地上遊撃部隊長として、城や妖精樹周辺を警戒して貰うってのがいいかもしれないな」
などとさっそくその竜素材の使い道で竜郎たちが盛り上がっていると、少し離れて聞いていたイシュタルが話に加わって来た。
「いやいやいや。タツロウ、お前は一体このカルディナ城を何から守ろうとしているんだ……。
近々魔王種の軍勢にでも襲われる予定でもあるのか?」
「いやないけど」
「ふふふっ、むしろ魔王種の軍勢ならこっちにいるわよねぇ」
そう言ってレーラがコロコロ笑った。それに竜郎は難しい顔をする。
「軍と言うにはまだ少ないんだよなぁ。いずれは、もっと揃えていきたいと思ってる」
「まだ増えるのか……」
「イシュタルちゃん、気にしたら負けだよ。たつろーは、ただ趣味に走ってるだけだから」
「趣味か……。ああ、もう解ってはいるんだが、それが実現したら、うちの帝国以外、防衛戦力で勝てるところなどないだろうな。
…………どこの王侯貴族だと、つっこみたくなるぞ」
「でも最強部隊って響きがなんかかっこよくない?」
「……確かに、かっこいいな。うん、かっこいいなら有りか。
いずれ出来たら記念撮影でもさせてもらうとしよう」
本当の意味で最強はエーゲリアを倒せるくらいでないと名乗れないだろうが、一軍としての戦力としてなら、竜大陸の数は多くないが竜王種以外にもいる神格竜を含んだ精鋭部隊とも渡り合えるようになるだろう。
イシュタルはそうなったら合同訓練をしてみるのも面白いかもしれないなと、未来に思いをはせた。
──と、そんなことを話し合っていると、向こうで準備が出来たようだ。
リアが全員に聞こえるように、大きな声でこちらに向かって呼びかけてきた。
「みなさーーん! 竜肉の準備が整いましたよー。
順番に並んで、置いてある順番通りに食べて行ってくださいねー」
素材の確認や話を聞いている間に、リア達が率先して竜肉の順番を間違えない様にきちんと並べたり、色々と準備してくれていたのだ。
また今回は象竜がレベル101。牛竜にいたってはレベル118もあり、竜郎達もレベル96の竜肉でストップしていた竜力増強の恩恵に預かれる。
なのでこちらも一番初めに竜郎が調整し、レベル97~118までの竜肉も準備済みである。
「おっ、準備が出来たみたいだな。それじゃあ、称号効果でじゃんじゃん竜力を増やしながら、竜の肉を堪能していこう」
「竜の肉と言うのはいささか抵抗もあるが、そうもいってられないな。私も強くなるために食べるか」
イシュタルはかなりの箱入り娘だったために、《竜殺し》の称号は持っていなかった。
だが今回、ボス竜が出るダンジョンについて調べている時、ついでに竜大陸にいた野生の魔竜を単独討伐してきたので実は皆よりも先に覚えてしまっていた。
なので今回の竜肉祭りでレベル1の竜肉から食べていけば、さらにイシュタルの竜力は増幅されていくと言うわけだ。
ただ竜の肉ということで、少し気は乗らない様ではあるが。
「称号効果が得られない魔物達の分も別に用意してありますのー。
こっちに並んで自由に食べていいですのー」
竜郎が《レベルイーター》でレベルを調整した竜肉の支度を手伝っていた面々の中にいた奈々が、システムの無い魔物達を呼び寄せる。
竜力が増えることは無いが、この子達も頑張ってきたので、こちらもたっぷりと用意してあるのだ。
ヒポ子などは、特に嬉しそうに真っ先に奈々の元へとかけていった。
「これより竜肉祭り開催だ! 竜肉以外にもフローラたちが用意してくれた料理なんかもあるから、余裕が有ったらそっちも食べてみてくれ!
それじゃあ──」
「「「「「──いただきます!」」」」」
全員で頂きますの挨拶を一斉に交わし、皆が最終決戦に向けて英気を養っていくのであった。
次回、第608話は11月14日(水)更新です。




