第60話 深まった愛情
太陽が完全に上を向き、時間の上ではお昼を回った頃。竜郎は柔らかなベッドの上で目を覚ました。
隣を見れば裸で横たわる愛衣が、規則正しい寝息を立てて眠っていた。
それで昨日の出来事が鮮明に甦ってきた。竜郎は昨日あれだけしたのに節操のない、と湧き起こってきた情欲をかき消し──たつもりになって、愛衣の寝顔を見つめた。
「昨日、結ばれたんだ…」
そう口にすると余計に現実味を帯びていき、今まで以上に目の前の少女が愛しくてたまらなくなった。
「愛衣……」
竜郎はそっと愛衣を抱き寄せて、優しく優しく頭を撫でた。
そんな至福の時を十分ほど続けていると、やがて愛衣が竜郎の腕の中で目を覚ました。
「たつろー」
「なんだ?」
「大好き」
「俺も大好きだよ」
そうして二人は強く抱きしめあって、何度もしているはずなのに飽きることのない深い深いキスをした。
「そう言えば、その……大丈夫か?」
「ん? んーちょっと違和感があるかも? でも我慢できない程でもないよ」
「そうか……、それならいいんだ。今日は一日ゆっくりしような」
「うん。でもそういう竜郎は、全然大丈夫みたいだね。
昨日はあんなにしたっていうのに」
自分のお腹に当たって激しく自己主張している物体Xに、愛衣は悪戯っ子の目をして笑った。
「それは、まあ、まだ若いので……」
「またしたいって思う?」
「もちろん!」
「おおう。そんなに必死にならんでも…」
そう言って苦笑いをした愛衣に、竜郎は一抹の不安を覚えた。もしや自分は、とんでもないヘタクソだったのではないかと。
竜郎は恐れながらも、はっきりさせないわけにはいかないので、重要な事を聞いてみた。
「愛衣は、もうしたくはないか?」
「え? たつろーがしたいなら、今からしてもいいよ?」
「そうじゃなくて。俺がしたいからじゃなくて、愛衣本人の意見を聞きたいんだ」
「私本人? 私としては……その……えーと…したい……デス」
愛衣の表情検定一級の竜郎鑑定によれば、どうやら気を使って言っているわけでもなさそうだったので、安堵の息を漏らした。
しかし、そのすぐ後に愛衣がさらに言葉を付け足した。
「あ。でも次する時は、もう少し優しくしてくれると嬉しいな」
「ぐっ、スミマセン……」
竜郎は自分で改めて思い起こしてみれば、理性を何度か飛ばしてしまった時の行動は、確かに乱暴だったかもしれないと頭を下げた。
そんな竜郎に、愛衣は笑ってしまった。可愛い人だなあと。
「いいよ。竜郎も初めてだったんだし、真剣に愛してくれようとしてたのはちゃんと伝わったよ」
そう言うと愛衣は、ちゅっと竜郎の頬にキスをして笑った。
その笑顔に竜郎は、次はもっと優しくしようと心に刻みつけた。
そうして二人は着替えると、シーツやらなんやら汚れたものを一旦《アイテムボックス》にしまいこんで、分解で汚れを取ってから元に戻した。
そのままにしておいても何も言わずに綺麗にしてくれるだろうが、さすがに二人は恥ずかしかったのだ。
その作業が終わると二人は一階のリビングに下りて、ベルでメイド達を呼んで昼食を用意してもらった。
その時ついでに一時間後くらいにお風呂に入りたいと言って、その準備もしておいてもらった。
「いやー、至れりつくせりですなあ」
「だなー。ダメ人間になりそうで少し恐いが」
「言えてる」
そんなことを話しながら食べ終わり、一服してから二人で一緒にお風呂に向かった。
愛衣曰く。今さら隠す必要はないでしょ、と何とも男らしい意見であった。ただ顔が真っ赤になっていたのは、公然の秘密であるが。
しかしやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかったらしく、脱衣場では竜郎に先に行かせて、愛衣は後から入ってきた。
そうしていつの間にか掃除がされて髪の毛一本落ちていない浴場に入っていくと、ひと肌より少し暖かい程度のお湯がしっかりと張られていた。
竜郎はそれに感心しながら、一度桶でお湯を掬って体を流してから入った。
愛衣もその間にコソコソッと体を流して直ぐに湯の中に入り込み、胸をさりげなく隠しながら竜郎の隣に座った。
竜郎は竜郎で今日はのんびりしようと言った手前、手を出すつもりはないので、あまりそちらを見ない様に天井を見上げた。
「あーいい湯だなぁ」
「おっさん臭いよ、たつろー」
昨日はそれどころじゃなく風呂を堪能しきれていなかった竜郎は、手足を伸ばして芯から温まる懐かしい感覚に思わず声が出てしまい、それに愛衣がクスクスと笑った。
それがいいきっかけになったのか、愛衣の方も緊張が解れて、お互いに天井を見上げながら手を繋ぎ合った。
それは何をしているわけでもないのに、何よりもこの時間が幸せなんだと二人は感じ合ったのだった。
それからお互いの体を背中以外もしっかり洗いあって、いちゃつきながらまた風呂で温まって、それから二人は着替えてリビングに戻った。
もちろんその間も、竜郎は根性で手を出さずに乗り切った。
それから一日、何をするでもなくのんびりと羽を伸ばしていったのだった。
そうして二人は翌日からはまたSP稼ぎをしたり、スキルレベル上昇の訓練をしたり、買い物をしたり、宿に帰ってのんびりしたりと充実な日々を過ごし、いよいよ森の調査依頼当日である4/6 樹属の日となった。
朝早く二人は目覚めると、しっかりと朝食を取り、準備をしてから寝室で最後の確認をとっていた。
「よし、忘れ物は無いよな?」
「うん。大丈夫。
あ、でも念の為お互いのステータスを確認しておこうよ。
昨日、二人ともレベルが上がったんだし」
「ああ、それもそうだな。んじゃ、まずは俺から──」
二人はシステムを立ち上げ、お互いのステータス画面を確認した。
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名前:タツロウ・ハサミ
クラス:光魔法師
レベル:29
気力:66
魔力:646
筋力:92
耐久力:92
速力:87
魔法力:514
魔法抵抗力:506
魔法制御力:514
◆取得スキル◆
《レベルイーター》《光魔法 Lv.10》《闇魔法 Lv.5》
《火魔法 Lv.10》《水魔法 Lv.2》《生魔法 Lv.1》
《土魔法 Lv.7》《解魔法 Lv.5》《風魔法 Lv.6》
《魔力質上昇 Lv.3》《魔力回復速度上昇 Lv.3》《魔力視 Lv.3》
《集中 Lv.3》《全言語理解》
◆システムスキル◆
《マップ機能》《アイテムボックス+3》
残存スキルポイント:1
◆称号◆
《光を修めし者》《火を修めし者》《打ち破る者》《響きあう存在》
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名前:アイ・ヤシキ
クラス:体術家
レベル:29
気力:4040
魔力:35
筋力:803
耐久力:785
速力:553
魔法力:32
魔法抵抗力:32
魔法制御力:32
◆取得スキル◆
《武神》《体術 Lv.7》《棒術 Lv.1》
《投擲 Lv.8》《槍術 Lv.7》《剣術 Lv.7》
《盾術 Lv.6》《鞭術 Lv.8》《気力回復速度上昇 Lv.7》
《身体強化 Lv.9》《集中 Lv.1》《空中飛び Lv.2》
《全言語理解》
◆システムスキル◆
《アイテムボックス+2》
残存スキルポイント:16
◆称号◆
《打ち破る者》《響きあう存在》
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「ちょっとだけ強化して、魔力視が加わったんだよね」
「ああ、前みたいに勝手に魔法を使われそうになっても、これならもっとレベルが上がっていけば何の魔法かも解るみたいだしな。
愛衣の方は、主力のスキルレベルを上げたんだよな」
「うん。それにー──空中飛び!」
「ああ、あれを最初に見た時は驚いたよ」
竜郎はついこの前、町の外でカルディナと追いかけっこをして遊んでいた愛衣が、いきなり空中で二段ジャンプした時の事を思い出していた。
愛衣は無意識に発動させたらしいが、後から調べてみれば《体術 Lv.6》から解放される特殊な派生スキルらしい。
それはシステムから取得できる一欄にも載らず、自力取得のみでその難易度もかなり高い。
なのでいくら《武神》を持っている愛衣でも、Lv.2で現在止まっていた。
ちなみに一回の跳躍で作れる気力の足場の数はレベルと同数なので、現在愛衣は空中で二度ジャンプする事ができる。
「私は気付いたらやってたから驚きはなかったけど、意識して出来てたら、初めての時はきっと感動できただろうなぁ」
「だろうな。あれはかなりの衝撃映像だったし」
そうして残念そうにする愛衣の頭を撫でながら、前よりもさらに大きくなったカルディナを呼び出した。
「カルディナちゃんも体のレベルが上がって、かなり立派になったね」
「ああ、かっこいいぞカルディナ」
「ピィッ!」
「いてっ。あれ、なんで怒っているんだ? 俺は褒めたんだぞ?」
かっこいいと言った竜郎に、カルディナは足で軽くキックしてきた。その行為に訳が分からないと狼狽する竜郎に、愛衣はやれやれとため息を吐いた。
「だめだよたつろー。
カルディナちゃんは女の子なんだから、綺麗になったねって言ってあげないと。ねー」
「ピューイ♪」
「えっ、性別とかあったの!?
しかもなんで愛衣は、そんなこと知ってるんだ!?」
「そんなの一緒に居れば解るよねー」
「ピィー」
そもそも魔力体生物の性別などいっさい考えた事のなかった竜郎に、そんなことが解る筈もなかった。
しかしカルディナが雌であるのなら、あの時の愛衣の行動も納得できた。
その行動とは、今まさに愛衣がカルディナに付けているピンクの可愛らしいチョーカーを購入した時の事だ。
カルディナの存在は魔物に近いと気付いた竜郎は、解りやすい印を付けようと考えた。
なのでそれを買いに愛衣と二人で店に行った時、竜郎と意見が割れたのだ。
竜郎は、恰好の良いスカーフを巻きつけたかった。
しかし愛衣は、今の可愛らしいチョーカーの方がいいと言って聞かなかった。
結局竜郎が折れてそちらにしたのだが、正直カルディナは気に入らないだろうと思っていた。
しかしそれを見せたカルディナは大層気に入って、表に出てくる度に付けてくれとせびる様になったのだ。
(そうか……、女の子だったのか)
今更ながら小さな疑念が晴れた竜郎はカルディナに一言謝って、いよいよ集合場所に向けて歩き出したのだった。




