第605話 ボス竜討伐ミッション3……?
そこにあるのはただただ広い砂漠と、じりじりと焦がすような太陽だけだった。
そんな不毛の地の主は、もっしゃもっしゃと砂を延々と食べていた。
「ギャウ~! オイシソー♪」
それは牛のような体躯に牛角を生やした竜の頭。それに竜のしっぽを付けたような体長13メートルほどの牛竜。
ただ牛と違って砂をとらえやすいようにか、やや平べったい足をしていた。
フォルムが竜郎に食べさせてもらった白牛に似ている事も有り、ニーナはその時の味を思い出し思わずジュルリと涎を垂らした。
「アレハダメダ、ニーナ。アルジニ、ソザイヲモッテイカナイト。
ソレニ、リュウノニクハ、タベルジュンバンガ、ダイジラシイ」
「ギャウゥ……、ソッカァ~」
ここまでの道中。蒼太、ニーナ、テスカトリポカという竜にヒポ子、ウサ子という魔王種2体。
これほどの異常すぎる戦力で挑んでいた為、他の皆よりも難易度が高いと言われていたはずのこのダンジョンも、すっかりニーナにとっては食道楽の旅と化していた。
道中、美味しい魔物も不味い魔物も食べて回ったせいか、ほんの少しだけ太──肉付きがよくなったようにすら感じる。
「ズモモ~ン……」
「ヒポコモ、カナシソウ……。カエッタラ、パパニ、タベサセテモラオーネ」
「ズモモーーーン!」
まったく意外でも何でもないが、ヒポ子も見た目通りよく食べる。
それこそ魔物でなくても食べるので、ニーナよりも下手をしたら満喫しているかもしれない。
「────」
「クルヨウダゾ」
そんな風にほのぼのとしていると、砂をお腹一杯に食べ終わったのか牛竜がようやくこちらに目を向け、足をザッザッと砂地に叩き付け始めた。
それと同時に大地が揺れ始め、ウサ子が砂に沈んでいってしまう。
「ダイジョウブ? ウサコ」
「キュ~」
大地の揺れは牛竜が大地を叩くのを止めても、いつまでも続いている。
ニーナはウサ子をひょいとつまむと、テスカトリポカの背中に乗せてあげた。
それを確認すると、テスカは地面から少しだけ宙に浮き揺れから逃れた。
「ヒポコハ、ソノママデイイノカ?」
「ズモモ~」
ウサ子と違ってヒポ子の足裏の面積は大きいので、多少揺れようとも上手く足を動かせば問題ない。
それに運動能力も見た目以上に高いので砂に足をとられる事も無く、ただ揺れているだけならすいすいと走る事だってできる。
なので別段この揺れ自体に脅威はなかったのだが、また何かし始めるようだ。
牛竜の角がぶるぶると震え始めたかと思えば、今度は空も揺れ始め避難していたテスカトリポカとウサ子も揺れ始めた。
どうやら空間ごと揺らすことが出来る様だ。
そして全ての準備が整ったばかりに、牛竜は全身に竜力を漲らせ身体能力を向上させると、勢いよく突進してくる。
「モーーーーーーー!」
「ギャウ!」
ニーナが前に出で迎え撃つ。竜郎に『ブリューナク』と名を付けて貰った爪付グローブの拳を握りしめ、構えを取る。
そしてタイミングを合わせて真正面から正拳突きをお見舞いするが──。
「ギャウッ!?」
その瞬間、足元の砂地は上下に、空間は横に強く揺れてニーナの拳が空を切る。
さらに牛は深く身を沈ませて、そのがら空きになったニーナの腹に向かって牛竜角を突き刺そうと飛び込んできた。
「ヴヴォッ!?」
「ニーナ。ユダンシスギダ」
「ゴメナサ~~ィ」
だが蒼太の尾の先端で弾き飛ばされ、牛竜はごろごろと揺れる地面の上を転がっていった。
「ズモモーーン」
「モーーー!」
そしてその先にはヒポ子が回り込んでいて、牛竜を踏みつぶそうとジャンプして前足を突き出した──が空間の揺れが激しくなり横に振られ、ニーナの時同様空振りに終わってしまう。
この牛竜は自分の自由に空間や地面の揺れを操作でき、そうやって相手の攻撃を逸らしつつ角で串刺しにするという戦闘スタイルで挑戦者たちを亡き者にしてきたのだ。
けれどそんな牛竜は、ヒポ子に集中しすぎて気が付いていなかったようだ。
テスカトリポカのミョルニルが飛んできて、横腹を強く打ち付けられた。
「モッ──モォーー……」
それだけで内臓が破裂し、死へのカウントダウンが始まる。だがそれでは、ニーナや蒼太に称号が手に入らない。
そこでウサ子の出番だ。すぐさま死ぬ寸前から半死半生状態にまで牛竜を回復させた。
「テスカ。ツヨクヤリスギダ。シトメルトキハ、ミンナデダ」
「────」
テスカポリトカは蒼太の言に謝るようにぺこりと頭を下げた。
なんとなく意味は解ってくれたらしい。
「ギャウー……。ニーナ、イイトコナカッタナァ~」
パンチを空振りしただけであっけなく終わってしまった事に不満を感じながらも、蒼太にまあまあと宥められ、皆と一緒に牛竜に止めを刺したのであった。
時は少し戻り、蒼太たちがダンジョンに入っていった半日後の事。
竜郎、愛衣、奈々、天照、月読、武蔵、ダーインスレイヴの7人は、そろそろいいだろうと蒼太たちと同じダンジョンに入っていった。
しかし入った先にあった空間は、聞いていた場所とはまるで違った。
そこは真っ白でなにも無く、ただただ広いだけの場所。
それはまるで竜郎達が以前のダンジョンで、浦島現象にあった時に強制的に入れられた場所そっくりだった。
「おいおい、また出たら数十年先とかは勘弁してくれよ」
「でもそういう兆候はないとレーラさんは言っていたはずですの」
「だよねぇ。どうゆーことだろ」
天照や月読、武蔵やダーインスレイヴも、不思議そうに周囲をうかがっていると、不意に白い床が盛り上がり始め、人の形を取り始める。
皆が警戒しつつ数歩後方に下がり、なんだとそこに視線を送っていると、やがて人の形に色が付き始め、完全な人間のような存在がそこに立っていた。
「お前たち。どこのどいつだ?」
「それはこちらのセリフなんだが。そっちは誰だ?」
その人間らしき恰好をした存在は身長2メートル程で、某有名なハリウッド映画で殺人アンドロイド役をしていたあの人そっくりなゴリゴリの筋肉青年だった。
また声も彼の人物の日本語吹き替え版で聞こえてきそうな良い声をしている。
そんな青年の問いに毅然と問いで返すと、不思議そうな顔をされながら半ば予想していた答えが返ってきた。
「俺はこのダンジョンの個だ。当たり前だろう。
それでお前たちは何処のダンジョンの個なのだ?」
「何処のダンジョンと言われれば、カサピスティと言う国にあるダンジョンの事を指すんだろうが……もしかして何か勘違いしてないか?」
「勘違いだと? どういうことだ」
キリッと、なかなかに男前な堀りの深い顔に力を込めて睨んでくる。もの凄い眼力である。
それに少し竜郎もたじろぎながらも、誤解を解かなければと口を開く。
「もしかしてなんだが、あんたは俺達の正体というか本体と言うか、とにかくそういうものがダンジョンだと思っているんじゃないか?」
「ふふふ……。隠そうたって無駄だ。俺にはお見通しだぞ!」
「いや、全然見通せてないじゃん……」
これは迷宮神か等級神辺りにヘルプを頼んだ方がいい案件なんじゃなかろうかと、竜郎や愛衣達が頭を悩ませていると、ずいっと筋肉青年が竜郎の方を睨み付けながら近寄ってくる。
それに何だと睨み返していると、突然────その場で土下座された。
「たのむうううううううううう! その秘術を俺にも教えてくれよぉおおおお!! 俺も外に出て人間たちみたいに楽しみたいんだよぉおおおおお!」
「「「………………は?」」」「「「「………………?」」」」
ここにいる全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
それを見た男はとぼけているのだと思ったのか、今度は仰向けになって大泣きしながらじたばたとぐずり始めた。
「やだやだやだやだーーー! 教えてくれよおおおーーー! 何でもするからぁああああ!」
見た目とのギャップが凄すぎて、一周回ってこれは高度なギャグなんじゃないかと思ってしまう程、壮絶な光景だった……。
「おい……ちょっと、見た目はもういい大人なんだから、それは止めてくれよ……。いたたまれなくなってくる」
「む? 見た目の問題なのか? ならばこれでどうだ!」
そこにドヤ顔で立っているのは、3頭身の人形のような体つきで顔はそのままの筋肉青年だった。
竜郎たちは、もはや死んだ魚のような目で、目の前の光景をただ見つめた。
「いやもう……俺が悪かった。元に戻ってくれ……。頭痛くなってきた……」
「む? 我儘な奴だな」
直ぐに元に戻ってくれた。そして元に戻ったんだから、早く秘術を教えろと迫ってくるので竜郎はため息をつきながら、自分たちがダンジョンの管理者になったいきさつを語って聞かせた。
最初はそんな事があるものかと笑っていたが、最終的に迷宮神が今の状況を察知し会話に加わり、ちゃんと説明してくれたことで事は収ま──れば良かったのだが、出来ないと知るや否や男はわんわん泣き出してしまった。
「それでは俺は外で楽しく遊べないではないかあああ。うおーーーんおんおんおんおん、うおーーーんおんおんおんおん──」
「うーん。なんかこうなってくると可哀そうになってきちゃったね」
「確かにそうだが、俺達にできることなんてないだろう。
そこのところ、どうなんですか? 迷宮神さん」
『そうねぇ……。しかしまさか、ここまでダンジョンが出たがっていたとは知らなかったわ。
他の子達もそうなのかしら?』
迷宮神のそんな疑問に、男は泣くのを止めて立ち上がった。
「そりゃそうですよ、迷宮神様! 他のダンジョンの奴らも少なからず外の世界を知りたいと思っているんですから」
高レベルのダンジョン同士だと、ある程度コンタクトを取ることが出来るらしく、この男が知る限りほとんどのものが人間のように地上を見てみたいと思っているようだ。
そしてそんな気持ちが溢れてか、レベルの高いダンジョンは外にも魔物を排出するようになるのだと言う。
迷宮神はその外に魔物を排出する行為は、ただの遊びの一環だと思っていたらしく、目を丸くして驚いていた。
毒竜のダンジョンの一件があって以来、いつでも殺せるように、それほどダンジョンの個たちと親密にならない様に心がけていた事も災いしたようだ。
ダンジョンの個たちも、迷宮神相手には余計な事は一切言える雰囲気ではなかったので、ずっと話す事も無かった。
「ねーねーたつろー。私たちが前に話したダンジョンさんも、外に魔物を出すようになってたよね。
あの子も外を見てみたかったのかな?」
「それはどうか知らないが、俺達に外に壁があるとか聞いたから、案外それをぶち壊そうとしてたりしてな」
「えーまさかぁー」
などと竜郎と愛衣は笑っているが、あのダンジョンは外を見たいという気持ちもそこそこあったが、それ以上に本気で外の壁を破壊したい! と思ったからこそ、外に魔物を排出するようになったのだ。
もしあの時、竜郎たちにその事を聞かなければ、もう少し魔物の排出も少なくなっていた事だろう。
まあ、その願いは今も叶っていないのだが。
──と、そこでそんなダンジョンの個たちの不満を初めて知った迷宮神は、ふと何かを思いついたようだ。
『もしかしたら、タツロウの《侵食の理》と妖精樹とリンクしたダンジョンを使えば、限定的にだけれど外に出してあげられるかもしれないわね……』
「なんだか良く解りませんが本当ですか!? 迷宮神様ぁああ!」
『ええ、でもそれにはおそらくタツロウの協力が必要不可欠になるのだけど、どうかしら?』
「どうかしらって」
「うるうるうるうるうる」
目を潤ませてパチパチしながら、筋肉青年は竜郎を見つめてきた。全然かわいくないし、むしろ恐い。
が、ここで断れるほど竜郎も無情な性格はしていない。
「ま、まあ、今すぐってのは無理ですが、時間が出来たら協力するのは良いですよ。
もちろん、こちらにとって不都合がある様なら途中でお断りする事もあるでしょうが」
『そうならないように、いろいろと考えてみるわ』
そうして迷宮神は色々と他の神々に相談すべく、竜郎たちとの通信を打ち切った。
そしてそれを察するや否や、男が滂沱の涙を流しながら迫ってきた。
「うおおおーー、心の友よぉおお!」
「うわっ、こっちくんな!」
抱きつかれそうになったので、竜郎は華麗に避けた。だが男の猛追は止まらない。
竜郎は全力で逃げ、男はその後ろを両手を広げながら追いかけると言うわけのわからない光景が広がったのであった。
「凄いね。出会って数十分で心の友だって」
「なんともまあ、インスタントな心の友ですの」




