第604話 ボス竜討伐ミッション2
肌寒く薄暗い森の中央付近には丸く大きな池があり、そこには全長9メートルでカメの様な甲羅を背負い、短い4本足と長い首の竜頭という特徴的な水竜。
尻尾は長く6本あり、先端には丸い金属球のような骨の塊がついていた。
そんな亀竜とでも言うべき存在が、池の中央に浮かびこちらをじっと睨み付けていた。
「あら? どうやら、あれは幻術で作られた虚像の様ですわ」
「うん。変な違和感があるー。たぶん本体は池の中かなぁ?」
「ヲォフッ」
「そのようですわね」
ウル太は度重なる道中での不意打ちや幻術に苦戦した結果、何となく相手の位置を察知する《気配鋭敏》というスキルを取得していた。
それによれば、本体が池の中の方向にいると言う事だけは解ったのだ。
と。そんな風に冷静に話していると、向こうから虚像の亀竜が池から出てこちらへ突進してきた。
「──?」
「幻術に突進させて何の意味があるんだろうね? 千子」
「無意味な行動だとは思えませんわ。皆、お気を付けて」
「うん。油断なんかしないよー」
亀のような見た目の割には俊足で、あっというまに彩たちの前までやってくると、その長く先端に硬く重い骨を付けた尻尾を振りまわして攻撃してきた。
虚像だと解ってはいたが、念のため全員回避行動を取る。
すると虚像であるはずなのに、その尻尾の重りで避けた先にあった木々が倒されていっていた。
「────!」
「尻尾は実像なんですの?」
エンターが試しに自身の周囲に浮かんでいる8つの光盾を使って受け止めてみると、ガンッと明らかにぶつかった衝撃と音が伝わってくる。
それにフレイヤは首をかしげつつ、続けざまに亜子の周囲に浮いている6本の闇剣からのレーザーを尻尾全体に向かって撃ってもらう。
しかしそのレーザーは全てすり抜け、撃った方向へ飛び去ってしまった。
「────?」
「幻術みたいだよ?」
先ほどエンターは攻撃を受け止めることが出来たのに、亜子の攻撃は虚像に撃ちこんだのと同じような状態だった。
このことからフレイヤはある憶測をたてる。
「あのカメの様な竜の本体は、部分的に一瞬だけ幻術と入れ替わる様なスキルを持っている可能性がある気がしますわ」
「おー。それじゃあ、当たらないのも解るねー」
フレイヤは傘槍──ロキを一瞬で杖モードに変形させ、巨大な《崩壊の理》による球体を幻術にぶつけて消してみた。
するとまた新たな幻術が水面に浮かび、襲い掛かって来た。それも今度は12体もだ。
「幻術であると、こちらが理解しているのが解ったようですわね」
「もーめんどくさいし、ボクの狼と千子に本体を連れてきてもらおーよー」
「なかなか面白そうな能力ではありますが、これ以上面白い事も無さそうですし、お願い致しますわ」
「りょーかーい。千子もお願いね」
「────」
千子は薄闇にまぎれるように気配を消し、彩の体からは《狼王守護印》による墨絵のような狼がコッソリと飛び出し、こちらも闇にまぎれて千子と共に池の方へと去っていった。
その間12体は尻尾を振り回し、口からは《超水竜力収束砲》を放ってくる。
先ほどのフレイヤの憶測は当たっており、尻尾は1本1本から実像に変えられるので、12体全部で72本の尻尾のどれが実像になるか解らない。
収束砲もギリギリまで虚像なので、12本中1本をすぐさま見極めなければならない。
亀竜は池の底に隠れたまま12体の幻を使った虚実入り乱れるこの戦法で、いままで多くの人命を奪ってきたのだ。
けれどその全てを彩、フレイヤ、ウル太、エンター、亜子は苦も無くかわし防ぎ時を稼いでいると、やがて池の方から本体が宙を舞いながらこちらに落下してくる。
どうやら千子が池の中から外へと、乱暴にぶん投げたらしい。
「おー! ごーかーい」
「豪快すぎますわ……。さあっ、一気決めますわ!」
千子はコウモリのような翼を背中に生やし、亀竜が変な事をしないようちょっかいをかけながら地面に叩き落とす。
そして落ちた瞬間、彩チームとフレイヤチームによる総攻撃で、亀竜はあっけなく事切れたのだった。
白いタイルが床一面に敷き詰められたとても広大な広場。遠い向こう側を見渡せば、何処までも高く高く伸びる白壁に囲まれているようだった。
「ちっ、嫌な所だぜ」
そこは神聖な気配に満ち満ちており、邪や闇に属するガウェインや黒田には気持ちの悪い場所だった。
「やはりそうなのだな。我やアーサー兄上達にとっては、気持ちのいい場所ではあるのだが」
「じゃあガウェインは休んでいるか?」
「馬鹿言うな、アーサー。どんな状況でも、どんな相手でもぶっ潰す。それが俺だ」
「ははっ、言うと思ったよ」
兄弟3人仲良く軽口を交わしていると、それなりに離れた場所の上空からそれは舞い降りてきた。
「場所的にそうだと思っていたが、やっぱりそう来たか」
「といっても、見た目は少々予想外だったけれどね」
「だが竜には変わらないのだ。我らはただアレを倒すのみ」
やって来たのは聖なる気を周囲にこれでもかと振りまく、全長30メートルはあろう金色に輝く鱗に覆われた聖竜だった。
だがそれは竜と言うよりも、全体の風貌は象に近い。
顔は竜のような感じではあるのだが、鼻先は象のように太く長く伸びており、耳も象のように薄べったく大きなものが広がっている。
ただこちらの聖竜は耳が翼になっているようで、大きな体をその2枚の耳翼で支えながら飛んでいた。
「だがまあ聖竜つっても、ジャンヌさんやアーサーなんかと比べると大したことねーな」
「ジャンヌ姉上やアーサー兄上と比べるのは少々、可哀そうなのではないか……?」
やがてドシーンと音を立てて着地すると、自分のことを馬鹿にしているとでも思ったのか、怒り狂いながら「パオーーーン」と鳴いた。本当に象のような竜である。
まずは小手調べとでも言うように、象の様な体躯の前足2本を持ち上げると、地面に叩きつけるように振り下ろす。
すると象竜を中心に、クモの巣のような網目状に地割れが発生する。
「はっ、俺達の翼が見えねーのかよ。盆暗だなぁ、おい!」
だが3人とも空を飛べるので問題ないし、かなり向こうとの距離も離れているので躱すのは造作もない。
空に飛んで地割れを回避しガウェインがさらにおちょくっていると、今度は空に向かって長い鼻先を向け、そこから大きな光の玉を花火のように打ち上げた。
「なんだ?」
アーサーがそう呟きながら光の玉の行方をおっていると、パンッという破裂音と共に小さな雨粒のような光の粒子となって飛び散り一斉に降り注いでくる。
見ただけではあまり脅威には思えないが、この場にいる全員が警戒を怠らない。
アーサーがランスロット、ガウェインよりも高い場所にすぐさま移動し、アイギスを上空に掲げた。
するとアイギスを起点にドーム型の結界が張られた。
これは道中アイギスが新たに覚えた、宝珠の加護での反射ではない範囲系の防御スキルだ。
ドドドドドドッ──と、雨粒程度の物が結界に当たったとは思えない重低音が響き渡る。
「あの雨粒一つに、どれほどの質量が収まっているのだ?」
「ただ当たっただけでも、たいていの挑戦者達は即死するだろうな」
その重さを言葉で言い表すとしたのなら、その一粒一粒が30メートル級の象竜一体と同等の質量を持っている。
それが落下速度も加わって豪雨のように降り注いできているのだ。しかも自分にだけは全く影響がないときている。
そしてその光粒の豪雨に耐えられたとしても、空中に止まれなければ地面に落とされる。
そうなると今度は地割れでできた溝に落とされ、象竜が割れ目を閉じて敵対者を潰して殺す。
このパターンだけで挑戦者が一体何人散っていったことだろうか。
「だが当たっても今の俺達なら死にゃーしねーだろーな。
ならランスロット。ちょいとゲームでもしよーぜ」
「ゲームだと? 我らはマスターの任務で来たのだぞ。遊びに来たわけではないのだ」
「まあまあ、そう硬いこと言うなって。むしろそれは俺やお前の訓練にもなるんだからよ」
「訓練だと? どういうことなのだ?」
「この雨粒に当たらない様に向こうまで行って、先に一発あのデカブツにかませた方が勝ちってルールだ。
ただし攻撃で相殺するときに触るってのはありな。そうじゃなきゃ、俺が不利になっちまう。
これならただ光の雨を無視して進んでいくより、俺達の経験になるだろ?」
「確かにそうだな。なら私も──」
「ってことで、アーサー。審判は頼んだぜ!」
「えっ、いや私も──」
「頼んだのだ兄上! 兄上なら正確に見ていてくれるはずなのだ!」
「あ、うん。そうだな。なら私は後ろで見ているよ……」
弟たちと楽しく訓練だ! と思いきや、自分は審判らしいと解り少し落ち込むアーサー。
そんなアーサーの気持ちにランスロットもガウェインも気がついてはいた。
けれどここでアーサーが出てくると、ほぼ間違いなく負けるだろうことは、これまでの道中で嫌と言うほど味わってきた。
それだけ優秀な兄を誇らしくも思うし、いつか勝って見せるという気概ももちろんある──が、それじゃあ2人はつまらない。
どちらが勝つか解らないギリギリとドキドキを、今は味わいたいのだから。
そんなこんなでアーサーはスタートの合図も任され、後ろから2人についていく事に決まった頃。
なかなか落ちないアーサーたちにイラつきながらも、象竜は空にむかって光の玉を撃ち続けていたのだが、そろそろこの3組のペアがヤバいのではと気が付き始めた。
なので今のうちに殺してしまえと、鼻先から光の玉を打ち上げつつも、大きな口を開いて念のため切り札として準備しておいた、《溜力増強》というチャージスキルを合わせた《超聖竜力収束砲》をすぐさま撃ち出した。
「──はあああっ! 悪いが邪魔をしないでくれ。
私はこれから審判をしなくてはならないんだ」
「パッ、パオ~ン!?」
けれどその切り札は、アーサーがエクスカリバーを振るって速攻で叩き切った。しかも、その余波だけで地面が大きく抉れる始末。
そのでたらめな強さにさすがの象竜も後ろに下がる。
「ではよーい────はじめ!」
「むう!」「しゃあっ!」
アイギスの結界から飛び出した二人は、各々の手段で重い光雨を無効化していく。
「アロンダイト!」
ランスロットは己の武器の名を叫びながら、連接剣に変形させそれを縦横無尽に巡らせ、自身に当たりそうな雨粒ほどの小さな光粒を正確に切っていく。
それでも手が足りないモノは、ランスロットのマントと化している相棒の光田が撃ち落としてくれた。
一方ガウェインの方はと言えば、彼にしては非常に精密な動作をやってのけていた。
「──っ──っふ──っよ」
ガウェインの周りには闇の空間が広がり、そこへ容赦なく光の雨粒が降り注ぐ。
けれどそこは黒田の《闇空操作》の領域だ。
入ってきた雨粒の距離を引き伸ばし、進むガウェインの距離を縮小する。そうして、ほぼ全ての雨粒を華麗に避けているのだ。
それでも躱しきれないものだけ、針の穴を通すようにガウェインの拳で叩き潰す必要はあるのだが。
「ガウェインも、ただ突進するだけではなくなったな」
アーサーは弟の成長を嬉しく思いながら見守り続ける。今のところガウェインの方が少しばかりリードしていた。
ランスロットとガウェインの飛行速度はランスロットの方が速い。代わりに地面を走る速度はガウェインの方が速い。
そして今回の勝負は象竜までの距離を飛行して進んでいくので、ただ飛んで行くだけならランスロットは勝てるだろう。
けれどそこに黒田の《闇空操作》での距離縮小を合わせることで、ランスロットの飛翔速度を上回る速度で飛んでいるのだ。
「くっ、このままでは負けてしまうのだ──光田! 全身全霊で行く! ついてこれるか?」
「────!」
マントが強く輝きを増し、誰にものをいってるんだ! そんな強気な返事が返ってきたようにランスロットは感じた。
そんな相棒にニヤリと笑いかけると、妖精の翅が一対増え全ステータスが大幅に向上する《為虎添翼》を発動。
さらに莫大なエネルギーを常時消費する代わりに、自身の能力を全て上昇させる《存在深化》も併用。
ランスロットは大人の姿になると一気に加速。
雨を切り裂く速さも上がり、ぐんぐんとガウェインとの距離を詰めていく。
それに気づいたガウェインは、不敵に笑いながらも前を見つめて象竜を目指す。
そして──。
「はあああああっ!」「でりゃあああああっ!」
ランスロットの普通の剣モードにしたアロンダイトが、象竜の左前足を切り落とす。
ガウェインのガラティーンの拳が、象竜の右前足の付け根を破壊し千切り落とす。
「どっちなのだ!」「どっちだ!」「バオ"オ"オ"オ"~~~ン"」
「………………引き分けだ。私には、ほぼ同時にしか見えなかった」
「なんとっ!?」「んな馬鹿なっ」
「パオオーーン!! ──バボッ」
「ちょっと大人しくしていてくれ」
怒りの目からビームが炸裂しようとしていたのに、アーサーに頭を上から殴られ象竜は地面に顔面を叩きつけられた。
…………象竜はぴくぴくと痙攣したまま気絶した。
「──こほん。確かに同時だった。それは私の目が保証しよう。
それとも2人は私が信じられないか?」
「むぅ……」「う……」
それを言われてしまうと何とも言えない。そもそもアーサーを信じて審判をして貰ったのは2人なのだ。
なので、ここは大人しく引き分けを受け入れることにした。
そして3人の目は自然と痙攣して気絶している象竜に向けられた。
「それにしても、こいつは良いところなかったな。頭がちょっとへこんでらぁ」
「少し強く殴りすぎたか……。すまない、名も知らぬ竜よ。
もう少しいいところを見てやれれば良かったのだが……」
「兄上……。それはもう嫌味にしか聞こえないぞ……。気の毒になってきてしまった……。
まあ、とにかく、こちらは3人同時で片づけるとするのだ」
そうしてアーサー、アイギス。ランスロット、光田。ガウェイン、黒田の組も無事に称号とSPが付与されたのであった。




