第601話 ニーナの特別な装備
ハンマーで思い浮かぶ名前と言えば、有名なものがある。
「ミョルニルでいいか? 俺達の世界ではかなり有名で、凄いハンマーだったって話なんだが」
「────」
なんとなく竜郎の言った言葉の意味を理解し、それでいいと言ったようなニュアンスの感情が返ってきた。
ということで、テスカトリポカの新装備のハンマーは『ミョルニル』と呼ぶことに決まった。
「さて。これで残すところ、あと一つですね」
「アレだね」
「アレだな」
竜郎も愛衣も、そしてその他の皆もアレが何かは解っている。
「ギャウ! ニーナノダヨネ!」
「ええ、そうですよ。ニーナさん」
そうして機嫌よくやって来たニーナに、リアはアレを出して渡した。
アレとは、一言で言えばニーナの5本指の竜手と爪にピッタリと嵌る爪付きグローブのことだ。
それは全てプラチナ色で出来ており、右手首の辺りに魔力頭脳が埋め込まれていた。
──と、そこまで聞いた限りでは他の皆のものとも、そこまで大差はないと思うだろう。
だがニーナのこのグローブは、少々特殊な背景をもっていた。
「さすがに使っている素材が素材だけに、凄まじい力を感じるな……」
「だろうな。なんたって、それは私のばあさまの素材から出来ているのだから」
そう。それは今のエーゲリアをもってしても、今の自分よりも強かったと言わしめる史上最強の存在にして初代真竜──セテプエンイフィゲニアの素材から出来たものである。
だが何故。リアがそんな素材を持っているのかと言えば、それは少し前までさかのぼる。
皆のレベリングも済み一段落。リアが本格的にウリエル達の装備を作りに取り掛かろうとしていた頃、その竜は現れた。
「こんにちは~。タツロウ君」
「いらっしゃい。エーゲリアさん」
その竜とは現代において最強の存在、イシュタルの母エーゲリア。
事前にリアが改良した通信魔道具で来ることは知っていたので、特に慌てることなく竜郎は愛衣と一緒に出迎えた。
レーラやイシュタルは、調べ物をまだしてくれているので今日はいない。
だが竜郎と愛衣の後ろには、ニーナと幼竜達がいた。
「あらまあ! ニーナちゃんも! こんにちは」
「ギャウ~。コンニチハ」
「……………………なるほど。そういう形で成長したのね」
「ギャウ?」
「ふふっ。強くなったわね、ニーナちゃん」
「ギャウ! パパノタメニ、トッテモ、ガンバッタノ!」
「そうなのね~。偉いわ~」
「ギャウ~♪」
優しいお姉さんと認識しているエーゲリアにぎゅ~と抱きしめられ、ニーナは嬉しそうに頬を擦り付けていた。
「あ~も~可愛いわ! うちに連れて帰っちゃダメかしら!」
「ダメですよ!」
「じゃあ、暇になってからでいいから、私の島にお泊りに来てもらうと言うのは?」
「まあ、それくらいなら。本人がいいと言うのならですけど」
「ニーナちゃん。良いわよね? たっくさん、遊んであげられるわよ」
「パパモ、イッショ?」
竜郎と遠くに離れるのが嫌なのか、寂しそうな目でニーナが竜郎を見つめてきた。
「もちろん、一緒でもいいわよ! ねえ、タツロウ君も来たいでしょ?」
「え? ああ、はい。そうですね。
カルディナはともかく、ジャンヌ達はまたセリュウスさん達に会いたいみたいですし」
「なら決まりね! 絶対よ!」
「はい。解りましたよ」
エーゲリアはニーナが可愛くて仕方がないようで、ずっと抱きしめたままそう竜郎に言ってきた。
そんな威厳もへったくれもない姿に、竜郎は思わず苦笑してしまった。
「こほん。エーゲリア様。ニーナちゃんの事もいいですが……」
エーゲリアの後ろで目立た無いように控えていた直属の眷属聖竜リリィも、竜郎と同じように苦笑しながら話を進めるように促した。
今回はニーナの成長を見に来たというのもあるのだろうが、本題はその後ろでエーゲリアという自分たちより桁違いに強い存在に呆然としている幼竜達なのだから。
「ああ、そうだったわね。それでそっちの子達が竜王種ね。
あらあらホント。イシュタルの言っていた通りね。まさか同じなのに別の個体が生まれるなんて思いもしなかったわ」
エーゲリアからしても驚きだったのか、大きな目で幼竜達──とくに竜王種のヴィータとソフィアを観察する。
そんな状況にヴィータは「なんだこの竜すげー」とただただ大口を開け、一番怖がりなアヴィーは身を隠すように丸くなる。
ソフィアはエーゲリアという存在に興味津々でパタパタと手を振り、それを見たアリソンもソフィアと同じように手を振り始めた。
そんな幼竜達の反応にエーゲリアは母のように優しく微笑みながら、1体1体の頭を人差し指の先でゆっくり撫でていった。
「この調子なら、みんな立派な大人になりそうね。
どんな未来になるにせよ、楽しみだわ」
「イシュタルなんかは、そちらの帝国の竜王種たちの婿や嫁になってほしいと考えているみたいですが、エーゲリアさんは違うんですか?」
「ええ? そりゃあ、そうなってくれるのが一番、私たちにとって都合がいい事だけれど、けっしてそれを強制するつもりは微塵もないわ。
好きになったら結婚すればいいし、したくないなら自由に生きればいい。
この子達の未来は自由よ。それは私が保証するわ」
「そうですか」
エーゲリアが実力行使で竜王種達に嫁がせようとするとは思っていなかったが、他の竜は知らないし解らない。
だがエーゲリアが自由を保障してくれると言うのなら、誰が来てもこちらは幼竜達の意志を最大限に守ってやればいいだけだ。
イシュタルが前に出てくれるだけでも心強いが、やはりまだまだ竜達に対してはエーゲリアの言葉の方が影響力が大きいのだ。
少し安心して竜郎は幼竜達の頭を撫でると、4体とも嬉しそうに鳴き声をあげた。
「けれどまあ、その内それぞれの竜王たちと一度会ってほしいとは思っているわ。
タツロウ君たちにはピンとこないかもしれないけれど、こちらにとってはかなりの大ニュースなんだから。その中でも特に竜王たちにとってね」
それはエーゲリア自らが直々に訪れている時点で、なんとなく察する事は出来た。
まだ知っているのはエーゲリアとイシュタル、そしてその側近眷属たちだけなのでまだ静かなものだが、ひとたび竜大陸にこの情報が知れ渡れば激震が走ると言っても過言ではないだろう。
「はい。それくらいなら問題ないです。それに僕らも竜王の方々と仲良くやっていきたいと思っていますしね」
「ええ、そうできることを私も願っているわ」
ただこの時、一人心配な竜王の顔がエーゲリアの頭をよぎったが、まあ大丈夫だろうとあえて口にすることは無かった。
こうしてエーゲリアの竜王種の確認も一段落。
自由にしていいと最強の竜からお墨付きも貰ったし、もう恐いものは無いなと和やかに会話をしていると、そこへリアが煮詰まった頭を冷やすべくやってきた。
「あれ? ああ、そうですね。今日来るんでしたよね。エーゲリアさん、こんにちは」
「こんにちは、リアちゃん。随分疲れた顔をしているけれど、大丈夫かしら?」
「あー解りますか。今、ニーナさんの装備品をどうしようか考えているんですが、なかなかこれだという案が思い浮かばなくてですね……」
「ええ? ニーナちゃんの?」
「ギャウ? ニーナノ?」
ニーナはレベルを上げ竜郎が固有属性構成を調整し直した結果、色々と規格外に変化した。
そしてさらに《超竜闘気》を纏って戦うとなると、半端な素材では直ぐに壊れてしまう。
また壊れないようにしたとしても、まだそのスキルに慣れていないニーナが使うとなると、装備側の負担も大きく消耗も激しい。それが思わぬ時の破損に繋がると、とても危険だ。
その辺りをどうにか上手く解決したうえで、ニーナにあった装備品を作るという難題。
今のリアでも、なかなか良い案が思い浮かばなかったようだ。
しかしそんな話を聞いていたエーゲリアがふと、大きな竜の手の人差し指を顎に当て考える様な素振り見せ、次にニーナを見つめる。
「うーん……そうねぇ。今のニーナちゃんだったらいいかしら」
「エーゲリア様?」
何をする気ですかとリリィが心配そうな顔で見守る中、エーゲリアは自分の《無限アイテムフィールド》から左右1つずつで1組の爪付グローブを取り出した。
「ねえ、リアちゃん。これをニーナちゃんの手にピッタリ嵌るように調整する事は出来るかしら?」
「──────────っえ」
リアはそれを《万象解識眼》で確かめた瞬間、絶句し固まってしまう。
「エ、エーゲリア様。よろしいのですか? だってそれは……」
「いいのよ。私が使うには小さすぎるし、イシュタルだってそうだから使わないでしょう?
使いもしないのに大事に取っておいても宝の持ち腐れだわ」
「いいとおっしゃるのなら、私に異存はありませんが……」
リリィとエーゲリアの会話に耳を傾けながら、リアを見ても説明してくれそうにないので竜郎は本人たちに直接聞いてみることにした。
「えっと、それは何か特別なものなんですか?
まあ、軽く見ただけでも普通じゃないのは解りますが」
そのグローブは素人目に見ても異様な雰囲気を放っており、迂闊に触れば勝手に動き出してこちらが握り殺されるのではないかと恐怖すら抱く代物だ。
とても普通のものではないだろう。そしてやはり普通のものではなかった。
「それは私のお母様──セテプエンイフィゲニアが直々に作り、その眷属ニーリナに下賜した宝剣ならぬ宝拳よ。
そして使われているのは、お母様の爪や皮や鱗ね。だからこの世のどんな素材よりも扱いが難しいけれど、どんな素材よりも強靭なものでもあるの。
これをニーナちゃん用に使えるようにすれば、どれだけ未熟な《超竜闘気》で負荷をかけようともビクともしないわ。
実際に最盛期の頃のニーリナが全力を出してなお、余裕すらあったほどなんだから」
「それは確かに凄そうですね……。でもそれじゃあ、これはエーゲリアさんにとって、ニーリナさんの形見にもなるのでは?」
イシュタルから、エーゲリアとニーリナの関係は聞いているので知っている。
イフィゲニアの側近たちの中でも、特に仲が良かったと。
「僕らとしては本当にありがたいですが、それなのに本当にニーナに上げてもいいんですか?
もっと言えばニーナ以外にも、ご自分の眷属たちに使って貰ったりなんかも出来なくはなさそうですが」
「ん~そりゃあ、私の眷属の中で使える子がいれば渡しても良かったのよ。
でも、それは特別でね。真竜か、ニーリナ、またはその直系の子孫以外が嵌めようものなら殺そうとしてくる危険な物でもあるのよ」
「うわっ、こわ~~~」
愛衣は綺麗なプラチナ色のグローブを触ってみたそうにしていたが、それを聞いて竜郎の腕に抱きついた。
竜郎はそんな愛衣の頭をよしよしと撫でていると、エーゲリアが笑いながら「触るくらいなら大丈夫よ」と言った。
そうこうしている内に、フリーズしながらも話だけはしっかりと聞いていたリアが復活し口を開いた。
「確かにそうじゃないと私も改造する事なんてできませんからね」
「そうね。ああでも、ちゃんとニーナちゃんの物になるという意思を込めながらやらないと攻撃してくるから気を付けてね」
「えっ…………あ、はい。気を付けます。……大丈夫ですかね」
リアは少し不安そうにしながらも、あれだけの品に手を出せるチャンスはもうないかもしれない。そう自分に言い聞かせて気合を入れた。
そんなリアを微笑ましげに見ていた愛衣が、ふと浮かび上がった疑問を口にする。
「あれ? でもニーナちゃんなら大丈夫なの?
確かに心臓のドナーにはなって貰ったけど、直系どころか子孫でもないよ?」
「それが大丈夫に、なっているのよ。アイちゃん」
というのも、竜郎が固有属性構成を操作し魂レベルで心臓との繋がりや、別の超級に格上の心臓が入った事で歪んだ部分までも完璧に整えた結果、どうやらこの世界的にニーナは直系の子孫と同じ存在になってしまったらしい。
なので子孫を誰も残す事の無かったニーリナのこの装備を使えるのは、つい最近まではエーゲリアとイシュタルのみだったところに、ニーナの名が加わったというわけだ。
それはエーゲリア自身が保証してくれているし、何より既にニーナは少しだけ指の形が合わないグローブを嵌めてしまっているのに何ともないのだから大丈夫──。
「──って、なんでもう嵌めてるんだよ!? ニーナ、良いって言うまで嵌めちゃダメだ。まだ話している途中だったんだから」
「ギャウッ!? …………ギャゥ、ゴメンナサ~~イ」
ニーナはパパッと両手に嵌ったグローブを取って地面に置き、しょんぼりした顔で素直に謝った。
「ああ……、しょんぼりしているニーナちゃんも最高に可愛いわぁ……」
「エーゲリア様。ニーナちゃんが可愛いのは解りますが、もう少し口元を引き締めてくださいませ」
「はっ、そうね。少しはしたなかったかしら……おほほほほ」
先ほどの蕩けた顔を見てしまった後にキリッとした顔をされてもなぁ、と竜郎は内心思いながらも、反省してくれてるならもういいんだよとニーナを撫でてあげると、嬉しそうに竜郎に頭を押し付けてきた。
そしてそんな姿を目にしたエーゲリアは、まただらしない顔をしてリリィに注意されたのであった。




