第600話 フレイヤ、蒼太、テスカの装備
彩が去った後に、今度はフレイヤの名前が呼ばれる。
皆一様に装備品を受け取った後は楽だの便利だの言っていた為、彼女も非常に新装備に興味を持っていた。
それだけに自分にはどんな物が渡されるのだろうと、浮足立ってリアの前にやって来る。
そんなフレイヤに渡されたのは、全長120センチほどの大きさの灰色の傘──のようなものだった。
「これは武器には見えませんわ。雨を避ける時に使うものでは?
いえ、それにしては大きいですが……それに先が尖っていて危なそうですわ」
「まぁ雨具として使えないことも無いですが、れっきとした武器ですよ。フレイヤさん。
まず、その状態で突けば槍として使えますよね?」
持ち手は真っ直ぐで普通の傘のようにJ字に曲がっておらず、先端は針や杭のように尖っている。
確かに見た目は傘と言えど、これならば十分槍として使えそうである。
「まずその状態ではということは、やはり開けば盾になったりも?」
「そうです。傘が開いた時のようなイメージを──または盾になるようなイメージを、それに伝えてみてください」
魔力を通して起動した所で、フレイヤはさらに柄の頭に埋め込まれている魔力頭脳へ開くようイメージを送る。
するとバッと傘のように開いてフレイヤの前面を覆い隠す。
そこから広がった傘の内側を見ると、骨が無くツルンとした内面をしており、一人くらいならそこにかくまう事も出来そうな空間があった。
それと──。
「あら? これはなんでしょう? 傘の裏側に、薄いけれど大きな鎌のような刃が張り付いてますわ」
「それは次の次の段階で解りますので、とりあえず今は置いておいてください。
では次は、杖になるようにイメージを伝えてみてください」
「あら、杖にもなるんですのね。いろいろあって、お得な気がしますわ」
相変わらず見た目や口調はお嬢なのに思考は庶民的だなと竜郎が思っている間に、フレイヤが杖のイメージを伝え終ると開いていた傘が、強風にあおられ骨が折れた時のように裏返り逆向きに真っすぐピンと張られた。
確かにこの状態では槍部分が隠れているので、これを杖と認識させる事も出来るのだろう。
「さっきはこちらから見えなかったけれど、たしかにアテナちゃんの大鎌のような刃が張り付いているわね」
今は表側が裏に、裏側が表になった状態で、傘でいう布の部分──こまの裏部分を全員が見ることができた。
なのでフレイヤの先の言を確かめようと見てみれば、ぐるりと薄い刃がこまの模様のように張り付いているのが確認できる。
「では次です。皆さんが気になっているであろう、鎌になるようにイメージを伝えてみてください」
「了解ですわ」
槍から盾。盾から杖。そして杖から鎌になる様にイメージを伝えると、ガシャンと裏返っていた部分が、そのまま下にスライドして落ちてくる。かと思えばペリペリとシールをはがすかのように、裏側についていた刃が傘のこまの部分から剥がれていく。
そして完全に剥がれるとピンと横に旗のように張られ、即席の大鎌が出来あがった。
「ほんとうに鎌みたいになりましたの」
先ほどまで丸まって傘に張り付いていた鎌刃に触って確かめてみれば、ちゃちなフニャフニャの刃ではなく、きっちりと硬い物も切れるほどの硬度をもった刃だった。
「そして最後は刀になるようにイメージしてみてください」
「まだありますの!?」
刀のイメージを伝えれば、鎌の刃として出ていた刃がフニャフニャになって傘の裏側に張り付いていくと、今度はカチャンと持ち手の部分が少し浮き上がる。
フレイヤがその持ち手を握って居合抜きすると、仕込刀が傘から抜けて空を切り裂いた。
まさか傘の柄の中にこんなものまで仕込んであったとは露知らず、フレイヤは目を丸くしてその刀をしげしげと見つめた。
「以上で説明は終わりです。フレイヤさんは中衛で色んなことが出来ますので、あらゆる状況に対応できるように様々な形態を盛り込んでおきました」
本質的には怠けたい願望のあるフレイヤだが、意外と──といっては失礼かもしれないが、やる事はキッチリとこなす。
そしてこなせるだけの器用さも持ち合わせており、何でもそつなくこなす天才肌でもあった。
また形態を増やしたことで一つ一つをそれだけに特化した槍、盾、杖、鎌、刀と比べてしまうと劣る性能しか出せないと言うデメリットもあったが、彼女の場合はそれらに《崩壊の理》を盛り込める。
なので、むしろそれらを極める必要は無く、出来る事を増やした方が彼女のプラスになるだろう。
リアはそれらを見抜き加味した結果、この様な5段変形型の武器を用意したのだ。
「1つで5つ美味しいとは、とってもお得ですわ! 気に入りましたの」
「それは良かったです」
「では主様。さっそくカッコいい名前を付けてくださいませ」
「カッコいい名前と言ってもなぁ。色々と形態がありすぎて何を付けていいのやら」
「5つもあるしね。なんか神話とかで沢山変形する武器とかなかったのかな?」
「そう言うのは無かった気がするな。神話とかの武器はむしろ解りやすく剣は剣、槍は槍って感じだったし……待てよ。
武器ではないが変形はしなくても、変身が得意な神はいたな。
ただフレイヤの名前の元ネタとなった女神とは仲が悪かったらしいが」
「それは是非どんな名前なのか聞いてみたいですわ」
「ロキだ。たしか名前の意味は『終わらせる者』だったか」
「《崩壊の理》を持つフレイヤの武器にはピッタリな名前かもしれませんの」
ということでフレイヤの傘の名は『ロキ』に決まった。
こちらの世界のフレイヤとロキは仲良くしてほしいところである。
フレイヤは仕込刀を納刀して元の傘槍状態にまで戻すと、それを大事そうに手に持ち先ほどまでいた場所に戻っていった。
「それじゃあ、お次は蒼太さんのものですね」
「タノシミダ」
500メートル級の巨体故に海の中にほとんど浸かっているが、頭だけ前に出してやってくる。
そんな蒼太に渡されたのはボウルのような半球型で、薄緑色をした金属質の物体だった。
ただし大きさは蒼太の装備品なので相応に大きく、30メートル以上はありそうだ。
「コレハ?」
「まずは、どちらかの手を突っ込んで竜力を流してみてください」
「ワカッタ」
ザバーンと海から大きな左手を取りだすと、大きな半球型の物体に手を乗せ竜力を流す。
すると内側表面に仕込んであった魔力頭脳が直ぐさま起動し、それと同時にガシャンと球体になって左手を丸々覆い隠してしまった。
見ようによってはボクサーのグローブの様である。もしくはドラ○もんの手。
「モシカシテ、コレデ?」
「はい。それは盾です。それも身を守るのではなく、《蒼海玉》を保護するための」
蒼太の無限に海水を生みだす玉を生みだすスキル《蒼海玉》。これにより蒼太は無尽蔵に竜力を得ることが出来るのだが、そのかわりこの玉は非常にもろかった。
それ故に蒼太は何とかカバーする方法はないかとリアに相談していた。
そうして出来たのが、この手を覆い隠す盾。
この状態で手の中に《蒼海玉》を出せば、盾として耐衝撃、対魔法などなど、あらゆるものから守ろうとしてくれる。
また蒼太が盾術を覚えてこれに使えば、その守りもさらに鉄壁になる。
乱暴に扱ってもこの盾が壊れない限りは、余程の事が無い限り玉が壊れる事もなくなるだろう。
また、これは蒼太の大きさに合わせて伸縮する機能もあるので、《縮龍超強化》で体を小さくしても大丈夫なようになっている。
「さらにそれは杖にもなります。イメージを伝えてみてください」
蒼太が左手に嵌った球体にイメージを伝えると──。
「なんか、あーゆー健康グッズあったよね。たつろー」
「あーあるある」
にょきにょきと球体から先が丸い突起が生えてきて、イメージ的には栗やウニのよう。
愛衣が思い浮かべたのは恐らく手で握るとツボを刺激してくれるタイプの、健康グッズの事だろう。
「一番これを効率よく杖にする方法が、これくらいしかなかったんですよね。
ちょっと見た目的に面白い感じですが、性能面では魔法能力を大幅に向上させてくれるはずです」
「ソレハタスカル」
クラスチェンジしてから魔法適性が以前よりも高くなった蒼太は、最近は魔法も多用するようになった。
なのでこの追加機能は嬉しいようだ。
ただし杖モードにしてしまうと素の耐久性しか持ち合わせていないので、盾モードよりも《蒼海玉》の守りが薄くなると言う欠点はある。
ただ素の耐久性もかなりのものだとリアも胸を張って保証してくれているので、それで直接強者の攻撃を受け止めたり、殴ったりしない限りは大丈夫だろう。
「デハ、アルジ。ナマエ、ツケテクレ」
「よし解った。そうだな…………そいつの名前は『ファフニール』にしよう。
元ネタは財宝を守っていた竜の名前だ」
《蒼海玉》を財宝ととらえるのなら、ピッタリな名前だろう。
またファフニールは毒の息を吐いたとも言われているため、蒼太の想い竜──毒の属性も持つニーナにも通ずるところがある。
そんなことから、その名を付けた。
蒼太はその名が気に入ったのか、ファフニールを付けたまま大事に抱え元いた場所に下がっていった。
「それでは次、テスカさん」
「────」
今まで石像のように微動だにしなかったテスカトリポカが、自身の名前に反応してノシノシとリアの前までやって来た。
「テスカさんには、こちらを使っていただきたいと思っています」
リアが取り出したのは星天鏡石や虹水晶が、ふんだんに使われた巨大なハンマー。
大きさは柄の部分も合わせて立てれば約3メートル。ハンマーの頭部分は横2メートル縦1メートルほど。
他の者達が受け取った装備品も使われた素材を良く調べれば、とんでもない資産的価値を持つが、こちらは見て直ぐにとんでもなくお金のかかった装備だと気付けるほど絢爛で宝石のようなハンマーだ。
ハンマーの頭の部分の打撃面は、良く見ると両面4隅に噴出孔らしき穴があいており、そこ以外の面が一段盛り上がっている感じになっている。
「これは直接殴る事も出来れば、頭の部分だけを飛ばして投擲する事も出来ます。
もちろん投擲後は繋がっている特殊ワイヤーを巻き戻して、自動ですぐさま戻ってくる仕様になっているので繰り返し使えます」
「それはお得ですわ!」
さっきから新装備の傘『ロキ』に対してや、テスカトリポカのハンマーに対して、お得お得としきりに言うフレイヤに対し、竜郎は地球に連れて行ったらポイントカードをやたらと作りそうだなと、密かに心の中だけで思った。
いつか皆と一緒に絶対に連れて行ってみたいなとも。
「では、まずこれを持ってみてください」
「────」
星天鏡石で出来た骸骨竜といった見た目のテスカトリポカの喉元から、にゅっと人そっくりな大きな手が伸び逆さに地面に立てられていたハンマーを握って持った。
これはリス魔物りっすん3匹組の紅一点、りっ子が器用に砂浜に絵──というか模様をかくのを眺めている内に、自分もやってみたいと思った結果覚えたスキル《多種義手生動》。
肩から指先にかけて自分の体と同じ物質で作られた義手を、体のどこからでも生やし自由に動かせ、さらに体中を滑るように移動させる事も出来る。
また手という概念を持っているのなら、人間の手だろうがタコの手(触手)だろうが竜の手だろうが、自在に再現することが出来るので、これだけでもかなり汎用性が高い。
喉元から伸ばした人間そっくりのゴーレム義手を、喉から滑らせるように右肩の辺りに移動させる。
そして竜力を流して魔力頭脳を起動させると、軽く骨の翼を羽ばたかせて空を飛び、着地と同時に誰も近くにいない砂浜を義手で持ったハンマーで殴りつける。
落下速度と義手の振り抜きが見事に合わさり、かなりの威力で砂浜を巻き上げた。
舞い散る砂を竜郎が風魔法でさりげなく地面に戻していると、今度は両面についた噴出孔の片面側から青い火柱のようなものを上げながらの打撃。再び砂地が大きく変形する。
リア曰く、テスカトリポカの竜力を噴出エネルギーに変えて、打撃力を上乗せできるのだとか。
また片面に4つずつ付いた噴出孔は、持ち主側で自在に調整できるので攻撃中に片側2つだけ切って向きを変えたりなんて器用な事も出来る。
ただそこまでは、まだ人間ではないテスカトリポカには難しいだろう。
ちなみに両面についているので、どちら側でも対応可能。
さらに投擲機能は、柄とハンマーの頭部分を切り離し標的に向かって投げるというもの。
試しにテスカトリポカにやって貰うと、ハンマーを振り抜くと同時に、それの頭が切り離されロケットの噴出も両面8つ使って上手く回転しながら猛スピードで遠くの海面に着弾。
着弾確認後は先にリアが言っていた通り、切り離された柄の先端と今はぐるぐるとタコ糸の様にまかれた特殊ワイヤーで繋がった頭部分が逆再生するかのように舞い戻ってきて、ガチャンと再び合体した。
「テスカさんなら投擲スキルも持っていますし、ある程度なら魔力頭脳が噴射を制御して自動で対象に狙いも付けてくれるので、そちらも扱いやすいと思います」
りっすん3匹組の本能に忠実な力自慢のりっ太。この子が何の気なしに砂浜に落ちている魔物の破片を抓んで海に向かって投げて遊んでいる様を見て、テスカトリポカは《義手生動》で作った義手で同じような事をし始めた。
そうしていたら、いつのまにかテスカトリポカは《投擲》のスキルを覚えていた──というわけだ。
「そう言う面でも、りっすん達をテスカと一緒に生活させて正解だったのかもしれないな」
感情の萌芽に続き、新しい事への興味まで芽生えてくれた。
これはあの、りっすんの中でも変わり者の3匹と一緒にいなければ、もっと遅いか、最悪芽生える事すらなかった感情かも知れない。
大量のりっすんをテイムしたのは偶然でしかなかったけれど、あの時テイムしておいて本当に良かったと、竜郎は改めてあの3匹にお礼を言いたくなったのであった。




