第598話 ランスロットとガウェインの新装備
「えーでは待ちきれない様なので、ランスロットさんとガウェインさんから」
「ありがたいのだ!」「待ってたぜ!」
どちらか片方だけを先に呼ぶと、どちらかががっかりしそうだったので、リアは両方いっぺんに渡す事にしたようだ。
そうしてランスロットには、特別な加工が施された聖金がベースで、水のように蒼く透き通った透明な刃がひかれた、ランスロットの小さな体格には少し大きな剣を。
ガウェインには40センチほどの大きさ、黒の碁石のような形でプニプニしたグミのような質感の物体を渡す。
ランスロットは本人に言うと怒りそうだが可愛らしい笑みを浮かべ、ガウェインの方は困惑したような表情になっていた。
「えーと……なあ、リア嬢。俺のこれは一体全体どうやって使やーいいんだ?」
「ああ、それはですね──と、ランスロットさん。ガウェインさんから説明していってもいいですか?」
「もちろん構わないのだ」
「ではそのように。まずその黒い円盤状の物体の中心部に、微妙に赤に近い色の物体──魔力頭脳が埋まっているのが解りますか?」
「ああん? えーと……おお、これだな」
「そう、それです。ではその物体に手を突っ込んで、その魔力頭脳を握り魔力を流してみてください。
そうすれば魔力頭脳が起動して、あとは自動でやってくれますから」
「自動でやってくれる? まあ、いいや。とにかくやってみるぜ」
ガウェインは言われた通りに、そのグミ状のプニプニ黒円盤の中心部に右手をめり込ませる。
すると薄いゴムのような質感の表面が内部へと伸びていき、ゴム手袋のようにガウェインの手に密着する。
そのままガウェインは埋め込まれている魔力頭脳を握りこみ魔力を流しこんだ。
その瞬間、裏返るようにして握った右手から右腕、首元、上半身、左腕、下半身へと、そのグミ状の物体が薄く伸びて体に纏わりついていく。
そして完全に頭以外の全ての部分に覆いかぶさると、やがて硬質化して表面の形状も変化していき魔力頭脳は鎖骨の中心部辺りの体に近い奥に収納された。
それを言葉で言い表すとしたら、まるでSF映画にでも出てきそうなアーマースーツ型の全身鎧だった。
ガウェインは目を丸くしてアーマースーツに覆われた自分の体をしげしげと見つめ、手を握ったり開いたりしている。
「おー、かっこいー! なんというか、未来的な鎧だね!」
「これはベルケルプさんが構想だけして実現はしなかった鎧に、私が独自に改良を加えたものです。
ガウェインさん。それが起動した標準状態になります。
これでフィッティングが終わり、今の形状を魔力頭脳が記憶したので次回以降は一瞬でその形に着込むことが出来るようになったはずです。
あとで試してみて、おかしなことがあったら報告してください」
「ああ、解ったぜ」
「それじゃあ、まずは体術スキルを使いながら適当に動いてみてください」
「んじゃあ、あたしが組み手をしてあげるっすよ」
「アテナさんか! ありがてぇ!」
やっと体を動かせるという事と、格上のアテナなら本気で暴れても大丈夫だという事の喜びを表に出しながら、勇んでアテナと共に少し離れた場所に移動していく。
「んじゃあ、適当にくるっす」
「胸を借りさせてもらうぜ、アテナさん──よ!?」
やろうとしていた事は寸分たがわず実行されたのだが、アテナの目の前にまで踏み込む速度が今までの比ではなかった。
そしてそのまま拳を突きだすと、それもまた想定以上のスピードでアテナの顔面に向かっていく。
「──ほっ」
だがそれをアテナは首を横に傾け最低限の動きで避けると、それと同時に右足での回し蹴りでカウンター。
ガウェインは即座に反応して後ろに下がろうとするも、この速度の蹴りを躱す事は無理だと判断し、左腕でガードしながら右横に自分で跳んで勢いを殺すように動く。
ドゴッ──というおよそ人同士の戦いでは聞こえるはずがないほどの音がし、ガウェインはそのまま砂浜を削りながら向こう側へと転がっていった。
「こいつはすげぇぜ……」
「だいじょうぶっすか~」
「ああ、大丈夫だぜ! アテナさん」
スーツなしの状態であったのなら確実に左腕は折れていただろう一撃だったのにもかかわらず、なんの損傷も無く体のダメージも皆無だった。
このスーツは体術使いでなければ上手く機能しないという欠点もあるが、もともと耐久性に優れているうえで、受けた衝撃をスーツ全体に効率よく分散し内側へのダメージを最小限にする機能も備えつけられているのだ。
その結果にリアも満足しながら、次の動作を指示していく。
「慣れてきたようなので、次に行きましょう。
それは部分的に膨らませて大きさを変えることが出来ますので、手を大きくした状態で殴ったり、足を大きくして蹴ったりする事も出来ます」
「そうなのか。どれどれっ──!」
ガウェインは斜め上へとジャンプしながら右の拳に膨らむ様にイメージを伝えると、魔力頭脳が自動的に思い描く状態へと変化させていく。
それをみたガウェインは、斜め下にいるアテナに向かって流星のように飛行しながら落ちていき、巨大な一メートルはある拳を力任せに叩き付けていく。
「はあああっ!」
アテナはアテナで右拳部分に竜装を纏って、斜め上に突き出すように迎え撃ちガウェインの拳を真正面から止めて見せた。
ドンッ──という衝撃音が止む前に、ガウェインは大きくした拳はそのままに今度は海老反りになって反動を付けながら、両足部分のアーマースーツを巨大化させて、弧を描き地面を掬うようにアテナに両足での蹴りを放った。
その間、アテナを逃がさない様に拳同士を付きあわせたまま押していくのも忘れない。
「でりゃああっ!」
「──なっ!?」
てっきり足で正面にヤクザキックを放ってガウェインの両足蹴りをいなすものと思っていたら、アテナは右拳で受け止めているガウェインの拳の側面に向かって左の拳を叩き付けた。
するとガウェインの体は無理やり左向きに横回転するように軌道をずらされ、そのまま慣性に従って蹴りが空を切る。
「甘いっす──よ!」
「──ごはっ」
空を切った瞬間、ガウェインの腹部はアテナの目の前にありガードすらできない状態でがら空きだ。
そこへアテナは両手を組んで振り下ろし、ダブルスレッジハンマーで砂浜にガウェインを叩きつけた。
ボン──と砂浜を巻き上げクレーターをそこに作りだすと、腹部のダメージでヘロヘロになったガウェインが起き上って来た。
「ありゃりゃ、やっぱりすごいっすね、その鎧。
直ぐには起き上がれないくらいの力で殴ったはずだったんすけど。
感触が変だったっすから、もしかして部分的に装甲を厚くしたんすか?」
「……はぁ……はぁ。そう……だ、ぜ。
…………ふぅ、やっぱアテナさんにはまだ追いつけねーな」
回復したのか朗らかに笑いながら、ガウェインはアテナに笑いかけた。アテナもそれに笑って応え握手を交わす。
そんなスポコン風景に目を向けながら、竜郎はリアへ話しかける。
「耐衝撃に自在に膨らませて大きさを変える鎧か。体術をメインにしているガウェインにはもってこいだな」
「それに強い闇と邪属性の素材を使っているので、クロダさんほどではないですが、少なからずガウェインさんのスキル《闇邪超興起》での強化も期待できるはずです」
そうしてガウェインは大体の使い方を覚えると、それを着たまま黒田達のいる強化牧場へとはい──ろうとするが、直近のライバルでもある兄ランスロットの武器の情報を見ておかねばと思い直し、その場にとどまった。
「魔力頭脳を切れば元の円盤型に戻りますからね」
「えーと、こう──うおっ、ほんとだな」
グルンとまたひっくり返るようにアーマースーツが剥がれ、手の平に元の40センチサイズの黒い碁石のような物体が乗っかっていた。
これでだいたいの説明が終わったので、リアは今のガウェインとどうやって戦えばいいか考えているランスロットに視線を向ける。
「では今度はランスロットさんの武器について説明していきますね」
「うむ。助かるのだ。リア殿」
「まずは魔力か気力を流して柄の内部に仕込んである魔力頭脳を起動してください」
黄金で透き通った蒼い刃の剣に魔力を注ぎこむと、柄の内部に搭載された魔力頭脳が起動し、蒼刃の部分が波紋が広がるように小さく波打ち振るえ始める。
「それは刃の部分が特殊素材で出来ていまして、起動すると刃が細かく振動し切れ味を向上させます。
また例え戦闘中に刃こぼれしても、少しくらいなら自動で直ぐに修復されます」
「それは便利なのだ──ほっ、やっ、とぉ──はっ!
うむ、最初見た時は我には大きいように思えたが、使ってみると扱いやすいのだ」
軽く空を切るように剣舞を舞うランスロット。その動きは非常に流麗で、竜郎たちの陣営にいる誰よりも美しい動きだった。
それから竜郎が砂浜を材料に闇魔法で硬化させた土人形を作って試し切りさせてみると、音も無くスッと切り裂いた。
「切れ味も抜群なのだ! 今まで仮の武器として使っていた物が、玩具のように思えてくるぞ。
これはとても良いものを頂いた。本当にありがとう、リア殿」
「どういたしまして。ですがランスロットさん。それには、もう一つ機能が付いています。
そちらも使ってみてください」
「なに!? さらに何かあると? 流石リア殿なのだ……それでどうすれば?」
「では、魔力頭脳に鞭になるようにイメージを伝えてください」
「鞭だな。了解したのだ!」
ランスロットが剣に対して鞭のイメージを伝えていくと、剣身の部分にいくつも横に切れ込みが入っていく。
そしてピンとしていた剣がクニャリとしなり、鞭のようであるのだが刃が蛇腹に付いた武器へと変化した。
「あれは伝説の中二武器──連接剣じゃん!! すごーい、生で初めて見た。
ランスロット君、早く使ってみてよ!」
「解ったのだ、愛衣殿。──ふっ!」
ランスロットは皆から少し離れた場所まで飛んで行き、空の上で軽く振り回して使い心地を確かめていく。
《超直観》と《超絶技巧》の影響でグングンと鞭術のレベルが上がっていく。
そしてランスロット自身の鞭──というより、連接剣の扱いが最適化されていく。
「ではマスター。土人形を修復してほしいのだ!」
「解った! 存分に試し切りしてくれ!」
竜郎がすぐさまバラバラになっていた硬い土人形を元に戻すと、ランスロットは連接剣を剣に戻してから人形からまだ距離がある状態で振り抜いた。
するとビュンと剣が蛇腹状に変化して伸びていき、人形の顔の部分に突き刺さ──りそうになる前に手首で軽く操作し刃先をしならせ下に向け、軌道を地面に向ける。
今度は地面に斜めに刺さりそうになる前に、また手首を振って人形の股下から掬い上げるように、連接剣で下から上に真っ二つに切り裂いた。
「まだまだっ!」
ランスロットは新しいおもちゃを与えられた子供のような笑みを口元に浮かべながら、器用に連接剣を使いこなし二つに割れた土人形が崩れる前に右肩から左太ももまで袈裟切り。円を描くような軌道で首と足首を切断。さらにもう一つ小さく円を描き胸と太ももの上部を切断。
後はもう、とにかく縦横無尽に動かして、土人形が崩れ落ちたころには小さく小さく分割され、原型が解らない程みじん切りにされていた。
「おもしろいのだ!」
「おーすごーい! かっこいーねー連接剣!」
土人形はもう使い物にならなくなったので、今度は空の上で連接剣を振り回し、自身の周り前後左右上下全てに鞭のような刃を走らせる。
それはまるで刃の結界。力なきものが今のランスロットに近づこうとすれば、たちまち微塵と化すだろう。
「難しそうな武器なのに一瞬で会得したわね。相変わらず素養の高い子だわ、ランスロット君は」
「いや、それよりもレーラ。私はあの武器が気になるぞ」
「えっと、何がかしら? もしかして、あなたも欲しいの? イシュタル」
「ほ、ほしい。とてもカッコいい気がするんだ。
今からは無理だが、いつか私にも作ってくれないものだろうか」
「今の短杖はどうするの?」
「両方使う! どっちもかっこいいからな」
「まあ、イシュタルなら使いこなせそうだし、別にいいのかしら?」
「だろう」
誰も気が付いていないが最初の頃より少しだけ成長している薄い胸をドヤ顔で張るイシュタルに対して、レーラは苦笑しながら「好きにしたらいいんじゃない?」と肩をすくめて返したのであった。




