第597話 魔物達の装備品
《魔物大図鑑》を手に入れてから、また数日の時が流れた。
そんなある日。突入組の眷属たちの装備品が完成したと、朝食時の軽い定例報告会でリアから報告があがった。
なので今日の訓練は一旦取りやめにして、朝食後に皆で砂浜に集まって装備品のお披露目会をすることになった。
リアが奈々を連れて皆の中心に立つ。眷属たちはどんな装備品が貰えるのか、いつ自分の名前が呼ばれるのかとソワソワしながらそれを見守る。
「では、まずは魔物の方々の装備品から渡していきますね。
シュベタさん、ウルタさん、ヒポコさん、シロタさんはこちらへ」
名前を呼ばれた者達はリアの方へと歩み寄っていき、それぞれ自分の装備品を受け取っていく。
シュベ太とウル太は大きな腕時計のようなタイプで、時計盤にあたる部分に新型の魔力頭脳が搭載されている。
どんな体形になっても自動でフィットするようになっているので、ウル太が人型以外の姿に転生しても大丈夫なようになっている。
またヒポ子と白太はビブネックレス型で、中央部分に新型の魔力頭脳が付いているタイプ。
こちらも体形に合わせてフィットするようになっており、さらに戦闘中にじゃらじゃらしない様にネックレスは胸元にピッタリと吸い付くようになっている。
この子達はその身一つで戦線に入っていけるタイプなので、下手に武器や鎧を渡すよりも、スキルが使いやすくなる装備がいいと判断したが故にこれらの形となった。
4体はさっそく装着して使い心地を試してみると、魔力頭脳による補助の素晴らしさに目を丸くした後、口元をニヤッと歪ませ我先にと竜郎の《強化改造牧場》内のトレーニング空間に入っていった。
「兄さん。後で問題が無かったか聞いておいてください」
「ああ。解ってる。ちゃんと聞いておくよ」
「ありがとうございます。それでは次にクロタさんとミツタさん」
黒田と光田がフワフワとリアの元へと浮遊していく。
リアは闇を縒って作ったかのような不思議な材質の細い糸で作られた、蜘蛛の巣のような形をした網の中央に、新型魔力頭脳が搭載されている物を黒田へ。
光を縒って作ったかの様な不思議な材質の細い糸で、パイナップルレース編みされたクロッシェレースのような物の中央に、新型魔力頭脳が搭載された物を光田へ、それぞれ渡していく。
その不思議素材の糸の特徴なのか、闇糸と黒田は同化し黒田の闇に新型魔力頭脳が張り付いているような見た目になり、光田もまた同じように光糸と同化して新型魔力頭脳を自身の光に張り付けた。
この2体は手や体がないために、どういう風に持たせたらいいのか考えた末に、妖精郷の研究者たちが知っていた特殊素材の情報を元にリアが独自に手を加えて作った限りなく闇や光に近く、切れにくい頑丈な細い糸を作りだし、それを今回導入した形だ。
これにより黒田も光田も実体が無くても、ちゃんと新型魔力頭脳の恩恵が得られるようになったというわけだ。
この2体も軽くその恩恵を味わうと、早く実戦で試したいとばかりに今日ばかりは相棒を置き去りにしてさっさと《強化改造牧場》内にいったシュベ太たちの後を追った。
その姿を羨ましそうにランスロットとガウェインが見ていた。
「では次にいきましょうか。キヨコさん、こちらへ」
やって来た清子さんに渡されたのは、竜の手の形をした物と鳥の足の形をした物の、2つの盾。
片手持ちの清子さんの体形からしたら小ぶりな盾に、指が生えている感じだと言えば解りやすいか。
新型魔力頭脳は盾の裏側。コの字型に突き出ている持ち手の近くにあり、鳥足側はその受信機が付いていた。
「それはキヨコさんの手の延長線上として使えまして、その盾で相手に触れるだけでも接触系のスキルもちゃんと発動します。
直接手で触れられない様な相手と戦う時にはいいかもしれません。
また他の範囲が限られたスキルなんかも、少しだけ拡張できたりもします。
さらに二つの盾を繋げますと──」
竜郎はリアの説明を聞きながら、清子さんに指示を出していく。
両手に持った手の形をした盾の手の付け根にあたる部分同士を繋げると、ガチャンと音を立てて繋がった──かと思えば薄く伸びて一瞬で球体となって清子さんを包み込んだ。
見た目のイメージ的には、虫を手の中に閉じ込めて捕まえた時のように、両手で箱を作ってその中に清子さんを入れて守っているといった感じか。
「どうしても躱しきれなかったり、防御が間に合わない時は盾を小型シェルターにして自身を守ります。
これはシェルターの状態でも手の延長線上として使えるので、シェルターに触れた敵や近づく敵にそのまま攻撃もできます。
キヨコさんの性質上、魔法に対しての耐久度を特に上げていますので、フローラさんの魔法防御が間に合わない広範囲攻撃の時に使うといいかもしれません」
「フローラが相棒としていると言っても、自分でも魔法対策はしておいた方がいいしな。
そっち方面も固めてくれたって感じか」
戻るように思考を送れば分離して元の盾に戻るので、清子さんのような魔物でも扱いは簡単だ。
清子さんもそれが気に入ったようで、嬉しそうに盾の持ち手を握って《強化改造牧場》内へと入っていった。
「続いてチコさん。こちらへ」
ようやく私の番ねとでもいうかのように胸を張って千子が前に出てくる。
そんな千子に渡されたのは、長さ30センチほどの持ち手のついた赤黒い杭。
持ち手の後ろ側にぽこっと膨らんでいる所があり、そこに新型魔力頭脳が仕込んである。
「これはチコさんに提供していただいた血をメイン素材として作ってあります。
なので《血液操作【真祖】》で形を自由に変えられる上に、血の量を追加して注いでいけば大きさも長さも自由自在です。それこそ剣にだって盾にだって斧にだってなれます。
ただその杭の場合、槍と鞭として使うと一番使いやすいように最適化されているので、普段はそれらを使い分けて使うのがいいかと」
「────」
千子は頭がいいとはいえ人間ではないのでニュアンスは理解しているようだが、細かい所までは理解しきれない。
なので千子はリアの説明を竜郎の眷属のパスを通してイメージで伝えられ、ふむふむと、それに頷きながら魔力頭脳を起動してから自身の血を注いで一メートル半ほどの長さの血の杭──というより槍にして見せた。
さらにそこから水飴のように引き延ばしていき、ひも状にすると鞭になった。
それが面白かったのか、千子の顔に子供のような笑みが浮かぶ。
「ちなみにそれで《直心呪刻》を相手に刻むことも出来ます」
《直心呪刻》は刻印をした場所が急所に繋がると言うスキルだが、本来これは手で──というよりも千子の爪を刺し血を注ぎ込む必要があるスキルだった。
なのでどうしても対象者に接近しなければいけなかったのだが、この装備品のおかげで密接しなくても良くなった。
前衛よりも中衛が得意な千子からしたら嬉しい武器だろう。
「ただし普通の武器としてなら問題ないのですが、《直心呪刻》の効果を届かせるには持ち手の先から9メートルの長さまでが限界でした。
なのでその辺りは気を付けてください」
こちらの説明も竜郎から細かい補強をしてもらいながらもしっかりと理解し、だいたいこのくらいかしら?とでも言うように鞭の長さを9メートルくらいにして見せ、竜郎に確認を取っていた。
「ああ、そのくらいだな。だが余程せっぱつまってない限りは、ギリギリじゃなくてある程度余裕を持って長さを調整しておいた方がいいだろうな」
「────」
竜郎のその言葉になるほどと素直に頷きながら、これまた早く試したいのか《強化改造牧場》へと優雅に走り去っていった。
「えーと、それじゃあ次はエンターさんとアコさん。こちらへ」
大天使王──エンターと大悪魔女王──亜子が並んでリアの前にやって来た。
リアは黄金の六角棍をエンターに、黒く禍々しい気を放つ宝石が杖頭に嵌った長杖を亜子に差し出した。
それらはエンターと亜子が生まれながらにして持っていた装備品であり、彼と彼女の体の一部とも言えるものだった。
今回リアは、それらを借りて、その装備品をさらにバージョンアップさせつつ、新型の魔力頭脳まで組み込んだようだ。
「けっこう簡単なように言っているけれど、相当に難易度の高い事をしてるわね……」
「ですがレーラさん。今の私なら問題なくできると確信を持っていましたし、お二人もこの装備が良いそうだったのでやってみました」
魔物が持っている装備品は、まさにその魔物の体の一部と言ってもよく、装備品でもあるが生物にも近い。
等級の高い魔物の物ともなれば、本来の持ち主の許可なく触れば所有者を自分の意志で殺そうとしてくることもあると言う。
そう言った生きている装備という意味では天装とよく似ており、等級の高い魔物の物ほどその扱いは難しい。
ましてエンターと亜子の等級は9.9。さらに竜郎が神竜魔力で半神化させた存在だ。
その難易度は他の魔物が持っている物などとは比べようもないほどに高かった事だろう。
なにせ生きていると言うからには死ぬ事だってあるわけで、下手に弄れば装備品として死んでしまうという普通の道具にはあり得ない事が起きたりもする可能性だってある。
そんな状況の中で本人の許可を貰っているとはいえ、大人しく改造させて魔力頭脳を埋め込むなんていうのは、この世界の鍛冶師からしたらまさに神業だろう。
そう言った意味を込めてのレーラの言葉だったのだが、受け取ったエンターと亜子は気にする事無く、その使い心地を確かめに《強化改造牧場》へと去っていってしまった。
イシュタルもそんなもんなのかというだけで、竜郎達に至ってはこの世界の魔物武器事情など知るわけもない。
レーラは何だかなぁと、この凄さを解って貰える人がいない事にため息を一つ吐いたのだった。
「まあ、私は称賛されたくてやったわけじゃないですから、別にいいんですよ。レーラさん。
それじゃあ、今度はウサコさん。こちらへ」
ウサコに渡されたのはティアラ。ビブネックレス。指輪。の三点セット。
「ウサ子ちゃんのだけ3つもあるんだね」
「ええ。この子の魔王種スキルは非常に有用ですが、非常に消費が激しく扱いも難しいようだったので、できるだけ消費を減らしつつ簡単に使えるように──と考えたら3つになってしまいました」
ちなみにウサ子が手に持っている玩具のような杖はエンターや亜子のような武器としての装備品ではなく、あくまで外部記憶装置なので、別で用意する必要があった。
「ですがこの3つを付けてリンクさせることで、かなりの性能が発揮できますよ」
「それは心強いな。ウサ子、よかったな」
「キュッキュ」
ウサ子からも喜びの感情が伝わってきて、ぴょんと飛び跳ねお礼を言うようにリアに飛びつき、へばりついた。
リアはそのモフモフの塊をぎゅ~と抱きしめ、こちらも嬉しそうに笑った。
それからウサ子のお礼も終わって、ウサ子も《強化改造牧場》内に去っていくと、今度はアーサーとヘスティアの相棒両方の名前があがった。
「アイギスさんとカラドボルグさん。こちらに」
何故か少し緊張した面持ちのリアに、事情を知っている竜郎や愛衣、奈々以外の皆が疑問に思っている中、アイギスとカラドボルグが目の前まで浮遊してやって来た。
「お二人の装備品は、どうしようか本当に悩みました。
なにせゴーレムなので、本体はコアなわけですし」
「それだと何か不味いのか?」
「実はですね。イシュタルさん。例えばアイギスさんの鞘の部分がありますが、あれはいわば鎧のようなもので体の一部ではないわけです」
「言われてみれば確かに、そうかもしれないな」
人間でいえば手足の先まで分厚い鎧を着こんでいるようなものであり、そこにリアの作った最高の剣を持たせたとする。
本来なら最高の剣は最高の性能を発揮してくれるはずのだが、本人の体の一部でもなく、その鎧自体もリアが調整した物でもないので、どうしても本人と鎧と剣の間で力の流れに詰まりが生じてしまう。
リアはそれを嫌がったのだ。
そうして考えた末に、リアは一つの方法を考え付いた。
「お二人には、これを渡そうと思います」
「何それ? スライムか何かかな?」
リアが左右の手に一つずつ乗せたのは、どす黒い赤色のゼリー状の物質の中に、新型魔力頭脳の中身が入っていると言った感じのものだった。
「これは新型魔力頭脳そのものであり、普段硬く加工してある外身の部分をゼリー状にしたものでもあります。
今からこれをアイギスさんと、カラドボルグさんのコアに直接移植します」
つまりアイギスやカラドボルグのゴーレムコアに直接埋め込み、新型魔力頭脳搭載型のゴーレムコアにしてしまおうと言う発想だった。
「そんなことして、アイギスやカラドボルグは大丈夫なんですか?」
「ん。死んじゃったら悲しい……」
アーサーとヘスティアは特に自分の相棒なので心配なようだ。
「これまで兄さんの人形魔法で作ったゴーレムコアで何度も実験してきましたし、失敗することは無いはずです。
ですが本人たちが嫌だと言うのなら、妥協して別の装備を用意しますがどうしますか?」
リアも実際に仲間の魔物相手に埋め込んだことなどないので、少し緊張していたのだ。
だがリアは何度もその為の練習や実験を繰り返し、ちゃんと技術として習得したからこその発言だ。
万に一つも失敗するつもりはない。
そんなリアの真摯な気持ちが伝わったのか、アイギスもカラドボルグも直ぐに了承の意を竜郎に伝えてきた。
それをリアに竜郎が伝えると静かに頷き返し、まずはアイギスの前に立った。
そして鍛冶術を発動させながらアイギスをペタペタと触り、ゆっくりとゼリー状の新型魔力頭脳を埋め込んでいく。
やっている本人や見守っている方からしたら長く感じたが、実際には5分ほどで作業は終了した。
「どうですか? アイギスさん」
「────!」
「生まれ変わったみたいだ──みたいな事を言ってくれてる。処理能力が抜群に上がったみたいだな」
問題なく成功しその身に魔力頭脳を移植したアイギスは、スキルを軽く発動してみれば今までとは比べ物にならないほど楽になっていた。
そんなアイギスを見るや否や、カラドボルグも自分も早くと言わんばかりに急かしてきた。
リアの集中力も十分持ちそうなので、そのまま2回目の移植作業を敢行。
こちらも問題なく終了し、カラドボルグもまた魔力頭脳の恩恵が直接受けられるようになった。
ただここで注意しておきたいのは、新型魔力頭脳は世界力から魔力を生成してずっと動き続けられるが、ゴーレムコア自体に供給する事は出来ないので、無限のエネルギーをその身に収めたわけではないのだそう。
2体はさっそく実戦で試してみようと意気投合し、《強化改造牧場》内に去っていった。
アーサーとヘスティアはもう装備品を貰っているので一緒に行こうと誘ってくれると思いきや、そのまま2体でさっさと行ってしまうものだから、「え? 行っちゃうの?」みたいな顔で目を丸くしていた。
「──ふぅ。これで大仕事は終わりましたね」
「お疲れさん。これで魔物達は全員渡し終わったってことでいいか?」
「ええ、そうです。それじゃあ、残りの人間の眷属の皆さんと竜種の皆さんの装備品を出していきましょうか」
ランスロットやガウェインは待ってましたとばかりに目を輝かせ、自分の名前が呼ばれるのを心待ちにし始めたのであった。
次回、第598話は10月31日(水)更新です。




